日本内分泌・甲状腺外科学会雑誌
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原著
早期離床を目指した甲状腺手術後の至適鎮痛薬の探求
大野 希西塚 永美乃宇留野 隆藤原 智恵彌永 美記渋谷 洋北川 亘長濵 充二杉野 公則伊藤 公一
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2016 年 33 巻 4 号 p. 259-263

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抄録

甲状腺手術後鎮痛薬としてペンタゾシン+ヒドロキシジン塩酸塩を使用し,術後3~4時間での安静解除を目指してきたが,覚醒不良,気分不快,ふらつきにより離床が遅延することがあった。至適鎮痛薬を探求すべく前向き比較試験を行った。ペンタゾシン+ヒドロキシジン塩酸塩(n=49)とペンタゾシン単剤(n=53)の間に,鎮痛効果,ふらつき,離床時間の差はなかった。ヒドロキシジン塩酸塩の併用は,悪心嘔吐を減少させた。アセトアミノフェン静注液(n=65)は,ペンタゾシン・ヒドロキシジン塩酸塩と同等の鎮痛効果を有し,悪心・嘔吐,ふらつきに差はなかったものの,離床時間は有意に早かった。2回目の鎮痛剤の使用は,アセトアミノフェン静注液で有意に少なかった。特筆すべき有害事象もなかった。早期離床を目指した甲状腺手術後の鎮痛薬として,アセトアミノフェン静注液は,第一選択となりえる。

はじめに

解熱鎮痛薬であるアセトアミノフェンは,1878年に合成され,1887年に最初に臨床使用された。安全性が高く,経口薬,坐剤共に,世界中で広く用いられてきたが,鎮痛作用については,作用発現が遅いこと,効果が不確実であることが問題であった。静注剤としては,2001年から,欧州では使用開始となり,米国では,2010年に認可された[]。日本では,2013年に保険収載され,経口および坐剤の投与が困難な場合における疼痛および発熱を適応症としている。

当院では,甲状腺手術後鎮痛薬としてペンタゾシン+ヒドロキシジン塩酸塩を頓用使用してきた。全身麻酔後の肺合併症や深部静脈血栓症のリスクを低減するために,術後3~4時間での安静解除,早期離床を目指してきたが,安静解除時の覚醒不良,気分不快,ふらつきにより離床が遅延することがあり,鎮痛薬として用いられた麻薬鎮痛薬の影響も疑われた。今回,アセトアミノフェン静注液の院内採用に伴い,至適鎮痛薬を探求すべく前向き比較試験を行った。

対象・方法

本研究は,院内の倫理審査委員会に承認され(申請番号118),UMINへの臨床試験登録を行った(UMIN 23015)。

当院では,1週間に約40症例の甲状腺,副甲状腺手術が行われている。9週間の予定手術患者のうち,無作為化比較試験参加への同意が得られた353例を,3週間毎の単純割り付けとして,3群に割り付けた(単盲検試験)。手術帰室後から,安静解除までの間に,疼痛を訴えた患者に,割り付けられた群に応じた鎮痛薬を用いた。ペンタゾシン+ヒドロキシジン塩酸塩をPH群とし,ヒドロキシジン塩酸塩の併用が,覚醒不良やふらつきにつながっている可能性をふまえ,ペンタゾシン単剤をP群とした。更に,アセトアミノフェン静注液をA群とした。PH群,P群に関しては,ペンタゾシン(15mg)±ヒドロキシジン(25mg)を生理食塩水50mlに混注し,30分で点滴静注した。投与量は,年齢,体重によらず同量とした。A群は,アセトアミノフェン静注液を15分で点滴静注した。投与量は,体重50kg以上は1,000mg,50kg未満は500mgとした。疼痛の程度は,出棟前,帰室直後,帰室後1時間,3時間,離床時の5回聴取した。患者の自発痛の訴えを,3段階(0:痛みを感じる/1:軽度の痛みを感じる/2:ほとんど痛みを感じない)で記録し,0,1を疼痛ありとして解析した。また,鎮痛効果については,鎮痛薬投与終了後の疼痛の程度が投与前に比べて改善した場合に,鎮痛効果ありとした。悪心・嘔吐は,離床時に評価し,3段階(0:強い/1:軽度/2:ほとんどない)で記録し,0,1を悪心・嘔吐ありとして解析した。ふらつきについても,離床時に評価し,3段階(0:歩行不可能,1:介助があれば歩行可能,2:しっかりとした歩行)で記録し,0,1をふらつきありとして解析した。検討項目は,鎮痛効果(あり/なし),鎮痛剤の追加使用(あり/なし),離床時疼痛(あり/なし),ふらつき(あり/なし),悪心嘔吐(あり/なし),離床までの時間(4時間以上/未満)とした。薬剤投与による有害事象については,アレルギー反応の有無(アナフィラキシー,発疹など),肝腎機能については,術後3日目の採血データを外来データと比較し,治療介入を要する異常値であれば記録した。

結 果

無作為化の過程については,図1に示した。表1に示すとおり,3群間に術式の差はなかった。手術室,回復室で用いられた主な麻酔薬,鎮痛薬,制吐薬については,表2に示した。偶然ではあるが,PH群でsevofluraneが使われた症例がなかった。postoperative nausea and vomiting(PONV)に対してdroperidol(ドロレプタン)およびdexamathasone(デカドロン)を用いた症例が,アセトアミノフェン静注薬投与群で一番少なかった。年齢の中央値,65歳以上の頻度にも,差はなかった(表3)。

図1.

ランダム化の過程

表1.

手術術式

表2.

手術室および回復室で使用された主な薬剤

表3.

年齢と主要評価項目

はじめに,ペンタゾシン投与において,ヒドロキシジン塩酸塩の併用が,覚醒不良やふらつきにつながっている可能性がないか検証した。表3に示す3群のうちPH群(n=49),P群(n=53)を比較した。鎮痛効果(p=0.68),鎮痛剤の追加使用(p=1.00),離床時疼痛(p=0.14),ふらつき(p=1.00),離床までの時間(p=0.69)は,両群間に差がなかったが,悪心嘔吐の発現は,PH群で有意に低かった(p=0.042)。ヒドロキシジン塩酸塩の併用は,離床時間には影響せず,悪心嘔吐を減少させた。

次に,アセトアミノフェン静注液の有用性について,PH群と比較した。表3のA群(n=62)とPH群(n=49)において,鎮痛効果(p=0.55),離床時疼痛(p=0.56),ふらつき(p=0.24),悪心嘔吐(p=0.80)について両群間に有意差はなかったが,A群に鎮痛薬の2回目使用が有意に少なく(p=0.035),離床までの時間は,A群が有意に短かった(p=0.0014)。更にA群は,鎮痛剤を必要としなかった188例(4時間未満:141例,4時間以上:45例)との比較でも,離床時間に有意差を認めなかった(p=0.17)。疼痛の訴えのある患者でも,アセトアミノフェン静注液の使用により,鎮痛剤の使用を必要としない患者と同等の離床時間を達成しえた。

今回の対象患者すべてにおいて,鎮痛剤投与による過敏反応は経験せず,退院時の血液検査で,肝機能,腎機能の明らかな悪化を示した症例はなかった。

要約すると,アセトアミノフェン静注液は,ペンタゾシン・ヒドロキシジン塩酸塩と同等以上の鎮痛効果を有し,離床時間は有意に早かった。甲状腺手術後疼痛に対する,アセトアミノフェン静注液の有用性が示された。

考 察

アセトアミノフェン静注薬の作用機序は,未解明の点もあるが,鎮痛作用については,5-HT2受容体活性化と,中脳,あるいは末梢レベルでのCOX2あるいはCOX3カスケード阻害の両者の関与が示唆されている[]。最近では,カンナビノイド受容体の関与も報告されている[]。解熱剤としての有効性は視床下部の体温調節中枢への作用に起因するとされ,鎮痛作用は視床と大脳皮質に作用して痛覚閾値を上昇させることによると考えられている。一方で,アセトアミノフェン静注薬の薬物動態については,確立している。経口薬と比べ,すみやかに血中濃度は上昇し,最高血中濃度も高値を示す。最高血中濃度までの到達時間中央値(Tmax)は15分,鎮痛作用は,投与後2~15分で発現する。1時間後に最大効果発現となり,およそ4~6時間持続するとされる。半減期は2.39時間で,経口薬の2.66時間と大差はない[,,]。静注薬の経口薬に対する優位性としては,肝の初回通過代謝を受けないことである。脂溶性が高く,蛋白結合性が低いため,血液脳関門の疎通性が高く,血中から数分以内に脳脊髄液中に移行するとされる[]。American Society of Anesthesiologists(ASA)guidelineでは,術後鎮痛として,アセトアミノフェン,NSAIDsの併用によるオピオイド使用の低減(multimodal pain management therapy)を推奨している[]。術後鎮痛目的にアセトアミノフェン静注薬が有用であるとの報告は,整形外科,泌尿器科,産婦人科,乳腺,消化器外科手術を含め数多く報告されている[,]。そのほとんどで,麻薬性鎮痛薬の使用量の低減,疼痛スコアの低下に寄与したとされている。本報告執筆時点で,甲状腺手術や頸部手術後の術後疼痛に対するアセトアミノフェン静注薬単剤使用の有用性を報告したものは,Pub med検索上認められなかった。甲状腺切除後の鎮痛に,ケトプロフェン(100mg i.v.)単独と,アセトアミノフェンの前駆体であるpropacetamol(2,000mg i.v.)併用の比較試験では,propacetamolの上乗せ効果は否定されている[]。腋窩アプローチのロボット支援内視鏡下甲状腺切除後に,アセトアミノフェン静注薬(paracetamol 1,000mg)を,麻酔導入直前から6時間毎に24時間まで予防投与し,鎮痛剤の追加投与は,プラセボ(65.6%)に対して,9.5%に抑えられ,同時に悪心(44.3% vs 22.2%),嘔吐(21.3% vs 6.3%)も減らしたと報告されている[]。他の手術でも,アセトアミノフェン静注薬が,悪心,嘔吐の抑制にも有用であったとの報告は多い[,]。本研究では,アセトアミノフェン静注薬投与群の,コントロール群(鎮痛剤非投与188例)に対する悪心嘔吐抑制作用は,明らかでなかった(p=0.84,data not shown)。これは,手術室および回復室で,PONVに対してdroperidolおよびdexamathasoneを用いた症例が,コントロール群(鎮痛剤非投与)において有意に多く(p=0.0001,data not shown),アセトアミノフェン静注薬投与群で一番少なかったことと関係しているかもしれない。同様に,アセトアミノフェン静注薬投与群は,ペンタゾシン・ヒドロキシジン塩酸塩投与群よりも,droperidolおよびdexamathasoneを用いた症例が少ないにもかかわらず,悪心嘔吐の頻度が同等であったことを考えると,アセトアミノフェン静注薬の悪心嘔吐抑制作用が寄与していた可能性はありえる。

今回の研究で,アセトアミノフェン静注薬投与群の離床時間は,最も短かったが,悪心・嘔吐,離床時疼痛,ふらつきなどには,ペンタゾシン+ヒドロキシジン塩酸塩群とは差がなく,早期離床につながった直接の理由をこれらの因子に見出すのは難しかった。しかしながら,2回目の鎮痛薬投与は,アセトアミノフェン静注薬投与群で有意に少なく,鎮痛作用としてのアセトアミノフェン静注薬の優位性を間接的に示しているとするならば,早期離床につながった一番の理由なのかもしれない。

アセトアミノフェン静注液(アセリオ®)は,国内において,有効性,安全性を検証する臨床試験は行われていない(添付文書より)。海外での報告で有害事象として,低血圧,気分不快,過敏反応,肝酵素上昇,血小板減少症などが報告されているが,1/10,000以下と極めて頻度は低い[10]。実際,現在までにわれわれの施設で1,500例以上に対して使用されたが,ほとんどが単回使用ということもあり,重篤な有害事象は経験していない。

おわりに

アセトアミノフェン静注液は,ペンタゾシン+ヒドロキシジン塩酸塩と同等以上の鎮痛効果を有し,離床までの時間は有意に短かった。早期離床を目指した甲状腺手術後の鎮痛薬として,アセトアミノフェン静注液は,第一選択となりえる。

謝 辞

本論文の主旨は,第48回日本甲状腺外科学会(東京)においてポスター発表した。

【文 献】
 

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