2017 年 34 巻 1 号 p. 37-40
平成28年度診療報酬改定により甲状腺髄様癌におけるRET遺伝学的検査が保険収載された。保険収載されたRET遺伝学的検査は,発生した甲状腺髄様癌が遺伝性(多発性内分泌腫瘍症2型)か散発性かを鑑別する検査である。遺伝性甲状腺髄様癌の場合,手術術式は甲状腺全摘となり,術前に褐色細胞腫の精査加療が必要である。一方,散発性の場合,甲状腺内の腫瘍の広がりに応じて片葉切除から全摘を選択する。RET遺伝学的検査は治療方針の決定に必要な検査であり,RET遺伝学的検査の保険収載が強く望まれてきた。臨床現場では遺伝情報の取扱いという点から苦慮していたり,保険適用の範囲について混乱していたりするのではないかと思われる。そこで,保険適用の範囲や留意点について述べるとともに,当院における現状と課題について言及した。
平成28年度診療報酬改定において甲状腺髄様癌に対するRET遺伝学的検査が保険収載された。遺伝性腫瘍領域における遺伝学的検査としては網膜芽細胞腫とともに初めての保険収載である。甲状腺髄様癌には,遺伝性と散発性がある。一見,家族歴がなく,臨床的に散発性と考えられる場合にも約10~15%が遺伝性髄様癌と診断されていることから,家族歴や臨床所見から遺伝性の有無を推定するのは困難である。甲状腺腫瘍診療ガイドライン2010年版において,すべての髄様癌について,遺伝性か散発性かを鑑別する点において,RET遺伝学的検査を行うことが推奨されている(推奨グレードA)[1]。多発性内分泌腫瘍症診療ガイドブックにおいても同様の推奨である[2]。RET遺伝学的検査は,癌遺伝子であるRET遺伝子の生殖細胞系列変異を調べ,多発性内分泌腫瘍症2型(Multiple Endocrine Neoplasia type 2:MEN2)かどうかを鑑別する検査である。MEN2は,甲状腺髄様癌,褐色細胞腫,副甲状腺機能亢進症などを発症する常染色体優性遺伝性疾患である。RET遺伝学的検査で病的変異ありと判定されれば,発生した甲状腺髄様癌がMEN2の一病変である遺伝性髄様癌すなわちMEN2と診断される。その場合,手術術式は甲状腺全摘であり,術前に褐色細胞腫の精査加療が必要である。一方,RET遺伝学的検査で病的変異なしと判定されれば,散発性髄様癌と診断される。散発性の場合,髄様癌の広がりに応じて片葉切除から全摘を選択する。このようにRET遺伝学的検査は,治療方針を決定するために必要不可欠な検査であるため,保険収載が強く望まれてきた。今回の診療報酬改定によりRET遺伝学的検査が保険適用で実施可能になり,適切な遺伝医療が行われ,患者および家族の利益につながることが期待される。
治療方針を決定するために本検査が保険適用で実施できるようになった反面,臨床現場では遺伝情報の取扱いという点からその対応に苦慮していたり,保険適用の範囲について混乱していたりするのではないかと思われる。そこで,本稿では,保険適用の範囲や留意点について述べるとともに,当院における現状と課題についても言及したい。
甲状腺髄様癌と診断されたすべての患者がRET遺伝学的検査の対象になる。診療報酬点数表によると,保険適用によるRET遺伝学的検査は,甲状腺髄様癌に限り算定できることになっている。診療報酬点数は3,880点である。留意点として,RET遺伝学的検査は甲状腺髄様癌かどうかを診断する目的で行われる検査ではないので,甲状腺髄様癌と診断されていることが必要となる。したがって,甲状腺髄様癌の診断は,①穿刺吸引細胞診で甲状腺髄様癌を疑う,②血清カルシトニン(+CEA)が高値である,のいずれも満たしている必要がある。RET遺伝学的検査を用いた甲状腺髄様癌の遺伝性と散発性の鑑別について図1に示した。
RET遺伝学的検査を用いた甲状腺髄様癌の遺伝性と散発性の鑑別
甲状腺髄様癌に対するRET遺伝学的検査の保険適用に伴い,血縁者に対するRET遺伝学的検査も保険適用で行ってよいかが問題となる。変異がすでに確定している家系の血縁者で,甲状腺髄様癌をまだ発症していない場合もしくは臨床検査が未施行で,無症状かつ臨床的に甲状腺髄様癌の発症の有無が不明な場合は,RET遺伝学的検査を受ける時点では患者ではないため,通常の医療の対象とはならず,RET遺伝学的検査は自費診療で行われる。一方,RET遺伝学的検査を受ける時点で甲状腺髄様癌を発症している場合,RET遺伝学的検査は保険適用となる(図2)。したがって,血縁者に対するRET遺伝学的検査の実施については,保険適用か自費診療かを適切に判断することが重要である。表1に甲状腺髄様癌に対するRET遺伝学的検査の保険適用・自費診療の区別を示した[3]。
血縁者におけるRET遺伝学的検査の保険適用と自費診療の選択
甲状腺髄様癌に対するRET遺伝学的検査の保険適用・自費診療の区別
保険適用のRET遺伝学的検査の実施については,厚生労働大臣が定める施設基準に適合しているものとして地方厚生局長などに届け出た保険医療機関において,臨床遺伝学に関する十分な知識を有する医師が,甲状腺髄様癌を含む保険適用となっている遺伝学的検査を実施し,その結果について患者またはその家族に対し遺伝カウンセリングを行った場合には,遺伝カウンセリング加算として,患者1人につき月1回に限り,500点を所定点数に加算できることになっている。
遺伝カウンセリングとは,患者やその家族のニーズ(遺伝的障がいや遺伝病などに関する正しい理解を深め,不安を軽減し,社会的・心理的な支えを得ること)に対応する様々な情報を提供し,患者・家族が,正確な医学的知識・将来の予測などを理解したうえで意思決定ができるように援助する医療行為である。遺伝カウンセリングでは,遺伝医学情報だけでなく,相談者(クライエント)の立場に立って問題解決を援助し,心理的な支援を行う[4]。
保険適用となっている遺伝学的検査の実施にあたって遺伝カウンセリングの際に遵守すべき事項として,①厚生労働省「医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱いのためのガイドライン」,②日本医学会「医療における遺伝学的検査・診断に関するガイドライン」の2つのガイドラインを遵守しなければならない。すべての医師が遺伝カウンセリングを実施することは現実的に難しく,自施設での遺伝カウンセリング実施が困難な場合には,対応可能な施設へ紹介するなどの配慮が求められる。日本では,遺伝カウンセリング担当者を養成する制度として,医師を対象とした「臨床遺伝専門医制度」と,非医師を対象とした「認定遺伝カウンセラー制度」がある。また,日本医師会の「かかりつけ医として知っておきたい遺伝子検査,遺伝学的検査Q&A 2016」も参考となる[4]。
RET遺伝学的検査により治療方針の決定や血縁者に対する早期診断・早期治療の介入が可能となる。一方で,遺伝性疾患の可能性を説明することにより本人はもとより血縁者にも不安を生じさせてしまうことが多い。遺伝についてどのように受け止めて,向き合っていくのかは一人ひとり異なるため,検査前に十分な遺伝カウンセリングを行い,意思決定していく過程で遺伝カウンセリング担当者が患者・家族の心情に配慮し関わっていくことが大切である。
4.遺伝情報の取扱い遺伝情報には不変性・予測性・共有性という特殊性がある。情報が不適切に取扱われた場合,患者および血縁者に社会的不利益がもたらされる可能性があることから,その取扱いには十分に注意する必要がある。患者,血縁者および家族の不利益にならないように,各医療機関で厳密にかつ適切に取扱わなければならない。
5.医療者向けの説明文書およびRET遺伝学的検査の説明同意文書の作成多発性内分泌腫瘍症研究コンソーシアムおよび平成28年度厚生労働科学研究費補助金「多彩な内分泌異常を生じる遺伝性疾患(多発性内分泌腫瘍症およびフォンヒッペル・リンドウ病)の実態把握と診療標準化の研究」班において,①MEN2とRET遺伝子(医療者用),②RET遺伝学的検査の実施について(医療者用),③RET遺伝学的検査の説明同意文書(患者用および血縁者用)を作成し,多発性内分泌腫瘍症情報サイトMEN-Net.org[3],日本甲状腺外科学会[5],日本甲状腺学会[6]などのホームページ上で公開した。RET遺伝学的検査の説明同意文書については,各施設で編集可能である。説明同意文書は,遺伝に関する言葉に配慮しながら詳細な説明を心がけている。保険適用のRET遺伝学的検査の説明同意文書は,①甲状腺髄様がんとMEN2について,②RET遺伝学的検査の目的,③RET遺伝学的検査を提案する理由,④RET遺伝学的検査の方法,⑤RET遺伝学的検査の結果について,⑥検査の実施で予想されること,⑦RET遺伝学的検査の実施におけるご本人にとっての意義と注意点,⑧検査結果の伝え方,⑨検査の費用,⑩遺伝カウンセリングについて,⑪お問い合わせ先の11項目から構成されている。RET遺伝学的検査およびMEN2に関する最新で正確な医学的情報や遺伝カウンセリングで提供すべき情報を共有し,患者および家族が遺伝学的検査を受けるかどうかを考える意思決定の過程を支援する一助になることが期待される。
平成28年4月よりRET遺伝学的検査が保険収載され,当院では10月時点で保険適用7例,自費診療3例に実施した。遺伝性と診断したのは,保険適用2例,自費診療1例であった。遺伝カウンセリング担当者にとって保険診療でRET遺伝学的検査を実施できることは,検査の必要性を説明する上でも重要な点である。
保険適用後に苦慮した点として,血縁者に対するRET遺伝学的検査が保険適用かどうかの判断をどうするかということにある。甲状腺腫瘍を主訴に受診した血縁者の場合,甲状腺腫瘍が髄様癌であればRET遺伝学的検査は保険適用で行うが,臨床検査を実施し,髄様癌が否定された場合は自費診療で行っている。
2.検査費用保険適用以前は,RET遺伝学的検査は先進医療で実施していた。当院では発端者の場合,10万円前後の検査費用が必要であった。保険適用により診療報酬点数3,880点となったため,費用の面でかなり軽減となった。一方で,現在の医療制度では未発症の血縁者に対する遺伝学的検査は保険適用とはならず,自費診療で行わなければならない。検査を受けるかどうかの意思決定に検査費用の影響がないとはいえないので,発端者へ血縁者に対する遺伝学的検査による意義を説明し理解を得て血縁者に受診を勧めてもらう必要がある。
3.発症前診断MEN2は,早期発見・早期治療が可能であること,小児期に発症する可能性のある疾患であることから,十分な遺伝カウンセリングのもと,未発症者に対する発症前診断が考慮される疾患である。当院でも発症のリスクを考慮し,発症前診断を提案し慎重に対応している。遺伝学的検査で陰性であれば,不安から解放されるものの,陽性であった場合は,その後の定期検査や手術などの医学的管理はもとより,進路・就職・結婚・妊娠などライフイベント,親子関係,血縁者への影響など遺伝性疾患による悩みや不安が生じる可能性があり,本人および家族に対して継続した遺伝カウンセリングが必要である。当院では遺伝カウンセリングの希望時は,通常の診察以外の時間に時間設定を行い対応している。また,発症前診断では,自覚症状がないため,診断後に医療からドロップアウトしないように継続した遺伝カウンセリングにより支援していくことも重要である。
4.遺伝カウンセリング当院の遺伝カウンセリングは,臨床遺伝専門医,認定遺伝カウンセラー,家族性腫瘍コーディネーター,家族性疾患看護チームなどが中心となって行っている。
髄様癌と診断された場合,臨床遺伝専門医から髄様癌,MEN2とRET遺伝学的検査の説明が行われる。その後,認定遺伝カウンセラーもしくは家族性腫瘍コーディネーターが癌告知後の心情に配慮しながらRET遺伝学的検査の同意取得を行っている。この2段階の過程において患者および家族の思いを聴きながら検査前の遺伝カウンセリングを行っている。結果開示,その後のフォローアップ,血縁者の介入についても継続的に行っている。検査前後やその後の継続した遺伝カウンセリングは,患者や家族の結果の受け止めや健康管理へ影響を与え,患者および家族の適応のプロセスを支援するものとして当院では大切にしている。
RET遺伝学的検査の保険収載に伴い,保険適用の範囲や留意点について述べるとともに,当院における現状と課題についても言及した。RET遺伝学的検査の保険収載により今後,髄様癌の診療は,十分な遺伝カウンセリングのもと,RET遺伝学的検査が標準化されていくことが期待される。MEN2の認知がさらに広まり,適切な遺伝医療に結びつくことも期待される。今後,各施設の実施状況についても情報収集が必要であり,RET遺伝学的検査が適切に実施され,患者および家族の利益につながるようにしたい。
本稿を草するにあたりご指導・ご助言をいただきました多発性内分泌腫瘍症研究コンソーシアムおよび平成28年度厚生労働科学研究費補助金「多彩な内分泌異常を生じる遺伝性疾患(多発性内分泌腫瘍症およびフォンヒッペル・リンドウ病)の実態把握と診療標準化の研究」班に深謝申し上げます。