日本内分泌・甲状腺外科学会雑誌
Online ISSN : 2758-8777
Print ISSN : 2186-9545
特集2
民間総合病院での勤務と子育ての経験
児玉 ひとみ中村 靖杉浦 良子柳田 充郎
著者情報
キーワード: 女性外科医, 育児支援
ジャーナル フリー HTML

2018 年 35 巻 2 号 p. 112-115

詳細
抄録

外科学会では2008年5月にはじめて女性医師支援に関する特別セッションが企画され,東京女子医科大学の育児支援について報告した。その後も小1の壁,家族の介護などいくつもの困難を経た現在,民間総合病院で乳腺内分泌外科部長として年間約120例の手術を行っている。当初重責で子育てとの両立は困難ではないかと考えていた部長という立場は,スケジュールや仕事量を自ら采配できるという大きなメリットがあり,むしろ子育てにはプラスに働いた。子育て中の女性外科医としての自らの歩みを振り返ってみると,緊急対応や長時間勤務の多い外科の労働環境に,子の保育環境を無理に合わせてきたことがわかる。これからは長時間労働そのものを改善する大きな変革が必要であり,その流れの中で全ての子育て中の女性医師が無理なく外科医を続けられる環境を作っていきたい。

はじめに

1999年6月に男女共同参画社会基本法が制定され,2001年1月には男女共同参画局が設立された。男女共同参画局は2006年に女性研究者支援モデル育成事業として,お茶の水女子大学,京都大学,熊本大学,東京女子医科大学,東京農工大学,東北大学,奈良女子大学,日本女子大学,北海道大学,早稲田大学など10の大学を選出している[]。男女共同参画局の取り組み事例集では,これら各大学の先進的な取り組みを広く全国に普及していく必要があると述べられている[]。筆者はまさにこれらの法律に基づくポジティブアクションが開始された時期に東京女子医科大学の育児支援をうけながら外科医として修練を積んできた。外科学会では2008年5月第108回日本外科学会定期学術集会においてはじめて,「特別セッション女性外科医にとって働きやすい環境づくりのために」が企画されている[]。続いて2008年11月には第70回日本臨床外科学会総会「パネルディスカッション女性外科医が長く仕事を続けるためには何が必要か?」が企画され,両学会において外科医の立場から東京女子医科大学の育児支援の取り組みを報告した[]。報告から10年が経過した現在も工夫を重ねながら民間総合病院で乳腺内分泌外科部長として年間約120例の手術を行っている。

女性乳腺内分泌外科医が子育てをしながら就労を継続する上での工夫について述べたい。

個々に異なる必要な支援の形

子育ての環境は個々の家庭や住んでいる地域によって当然異なっており,親や夫に育児を任せられる人,夫婦で分担して育児に関わっている人,母子家庭で全てを一人で担っている人など様々である[]。都心では保育施設やベビーシッターの選択肢は多いが,保育施設の少ない地域もある[]。ヒラリー・クリントン国務長官のもとで政策企画本部長を務めていたアン=マリー・スローターは,当時10歳,12歳だった息子の子育てを夫に任せてワシントンDCへ単身赴任し,週末だけ自宅に帰る生活をしていた。夫は政治と国際関係を教える教授職で,子供と過ごす時間の采配が可能であった。著書Unfinished businessの中で「妊娠,出産,母乳以外で,父親が母親よりうまくできないことなどない」と述べている[]。この例のように最近は家事,育児に積極的に参加する男性も増えてきており,今後は妻をサポートする夫の就労支援も必要になってくるだろう。とはいえ,日本の現状ではまだまだ女性が家事育児を主に担う家庭が多い。ここでは女性外科医が主たる養育者として育児を担いながら,保育施設を利用して外科医を継続する方法について考えたい。

東京女子医科大学の育児支援

内分泌外科専門医を取得するには外科学会専門医取得後,認定施設での研修の間に術者として多くの手術経験と研究業績が必要である。これらの研鑽時期と出産,育児の時期はほぼ重なっている(図1)[]。産休,育休を長期間とってしまうと復帰に要するエネルギーがとても大きくなってしまうため,できるだけ臨床にブランクをあけない工夫が必要である。東京女子医科大学には手厚い育児支援がある[]。①院内保育所:産後8週より利用可能で,夜勤に対応するため24時間開設している。認可保育園の待機中に利用することが多い。②女子医大が創立した認可保育園:昭和48年創立で古い歴史があり,現在では親子3代に渡って利用する家庭もある。朝7時から22時までの長時間保育を行っている。新宿区管轄の認可保育園である。③病児保育室:文部科学省科学技術振興調整費「女性研究者支援モデル育成事業」による支援をうけ,平成18年8月より開始された。④短時間勤務制度:勤務時間を短縮するが,常勤として働くことができる。⑤ファミリーサポート:研修をうけたベビーシッターが個々の家庭の状況に合わせたサポートを行う。筆者はこれらを活用することで,勤務時間が長い外科系診療科であっても通常業務を行うことができ,外科専門医,内分泌外科専門医,乳腺専門医,医学博士を取得した。産後8週から毎日長時間の保育所生活であったが,規則正しく休まず繰り返される生活のリズムにより,子はあまり病気もせず心身ともに逞しく健やかに育った。何よりも日々の手術や臨床研究を根気強く指導していただいた教授,医局員の先生方には感謝の念に堪えない。

図 1 .

女性外科医の専門医取得までのキャリアプランと育児との関係

日臨外会誌2010;72から引用

小1の壁

未就学児の間は安全に配慮された保育施設に預けることで安心して仕事ができた。小学生になると行動範囲が広がり,一人で友人の家へ遊びにいったり,交通機関を利用して習い事に行ったりするようになる。成長に伴うこれらの変化が働く親にとっては不安の材料にもなる。夜間まで開設している学童保育は少なく,保育園が終了する3月31日以降は子供の居場所がなくなってしまう。この問題は「小1の壁」と呼ばれ,多くの働く母親がこの時期に離職に追い込まれている。筆者らはこの問題を解決するため,2007年3月女子医大の医師1,569名に対し院内学童保育の必要性に関するアンケート調査を行った[]。アンケートでは多くの医師が学童保育を必要としていることが分かり,大学に設置されていた女性医師支援の委員会へアンケート結果を提出,2008年5月には外科学会でデータを報告した[]。更にこれらのデータを文部科学省,厚生労働省へ提出することになり,2008年に院内学童保育の設置が決定した[]。これらの様子はNHKのニュースでも特集された。

民間総合病院での勤務と子育て

学童保育を利用して小1の壁を乗り越えられるかと思った矢先に,当直業務を支えてくれていた親が病気になり,生活の基盤を大きく変更する必要に迫られた。現在の勤務先である埼玉石心会病院は450床のがん診療指定病院である。実家から近く愛着のある地域であり,武蔵野の森林に囲まれ,子がのびのび育つのに良い環境であった。近隣の甲状腺専門医から手術の紹介が多く,乳癌の診療とともに甲状腺外科診療の立ち上げを期待されていた。ゼロからの立ち上げという重責に不安はあったが,当直を免除していただけるということであり,既存の体制がないということは子育て中の外科医でも力を発揮できるような新しい環境を作れるかもしれないという未知の可能性を感じ,教授に出張の許可をいただいた。赴任当初は乳腺甲状腺の専門家はおらず,消化器外科医に手術の助手をしてもらった。翌年,後期研修医1名が乳腺内分泌外科の専任に加わり,以後2名体制で診療を行うことになった。クリニカルパスを作成し勉強会を開き,手術室,病棟スタッフの教育を行った。新規に抗がん剤レジメンを登録し,化学療法ベッドも増床した。数年後に病棟スタッフからがん専門看護師,化学療法認定看護師,乳がん看護認定看護師,リンパ浮腫認定看護師が誕生して看護外来を開設し,診療の大きな助けになっている。地域連携の活動としては,市民公開講座の開催,キャンサーボードの企画運営,近隣施設との甲状腺,乳癌関連の研究会など活発に行っており,近隣施設との病診連携に役立っている。診療レベルの向上のため,内分泌外科学会,甲状腺外科学会,乳癌学会には毎年欠かさず演題を出して学会参加を心掛けている。赴任3年目に内分泌甲状腺外科認定施設,赴任5年目には乳癌学会認定施設に認定され,後輩達が当院で専門医を取得できる体制を整えた。2017年には新たに後期研修医1名と子育て中の女性外科医を迎え,優秀な女性外科医が子育てをしながら外科医としての力を発揮できるようサポートしたいと考えている。子育ての環境は子供の成長に伴い刻々と変化するため,常にコミュニケーションを十分にとり,現時点でできることとできないことをお互い明確にして,チームで業務を共有している。具体的には誰かが子供の発熱,学会,親の介護で不在になっても,残りのメンバーが検査,手術をカバーできるようにしている。手術症例数は年々少しずつ増加しており,2009年から2016年までに延べ甲状腺・副甲状腺303例,乳癌345例の手術を行った(図2)。2013年に少し手術症例数が減少しているのは,子の中学受験が関係していたのかもしれない。当初重責で子育てとの両立は困難ではないかと考えていた部長という立場は,スケジュールや仕事量を自ら采配できるという大きなメリットがあり,むしろ子育てにはプラスに働いた。

図 2 .

当院における手術症例数の推移

おわりに

民間総合病院での乳腺内分泌外科の立ち上げと子育ての経験について述べた。

子育て中の女性外科医としての自らの歩みを振り返ってみると,緊急対応や長時間勤務の多い外科の労働環境に,子の保育環境を無理に合わせてきたことがわかる。これからは長時間労働そのものを改善する大きな変革が必要であり,その流れの中で全ての子育て中の女性医師が無理なく外科医を続けられる環境を作っていきたい。

【文 献】
 

この記事はクリエイティブ・コモンズ [表示 - 非営利 4.0 国際]ライセンスの下に提供されています。
https://creativecommons.org/licenses/by-nc/4.0/deed.ja
feedback
Top