日本内分泌・甲状腺外科学会雑誌
Print ISSN : 2186-9545
特集1
非手術積極的経過観察の適応と注意点
宮内 昭伊藤 康弘
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2018 年 35 巻 2 号 p. 77-81

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抄録

最近の30年間に世界的に甲状腺癌が急増している。増加したのは小さい乳頭癌のみであり,甲状腺癌による死亡は増加していない。このことから,小さい乳頭癌の過剰診断・過剰治療を警告する報告が多い。剖検でのラテント癌の頻度や甲状腺癌検診での癌の発見率と臨床的甲状腺癌罹患率の著しい乖離からわれわれは成人の微小乳頭癌の大部分はほとんど進行しない無害な癌であるとの仮説を立て,1993年から成人の低リスク微小乳頭癌に対して積極的経過観察を行ってきた。本論文では甲状腺癌検診のあり方への提言,積極的経過観察の適応と注意点および積極的経過観察の結果を手術群と対比して報告し,さらに積極的経過観察中の微小乳頭癌の生涯腫瘍進行予測値についても紹介する。

はじめに

過去約30年間に世界的に甲状腺癌の頻度が急速に上昇してきている。増加しているのは乳頭癌のみであり,しかも小さい乳頭癌のみが増加している[]。最近の報告では,最大径が1cm以下の微小癌が甲状腺癌全体の半数以上となっている。甲状腺癌の頻度は上昇したが甲状腺癌による死亡率は増加していない。これらのことから,多くの研究者が小さい乳頭癌の過剰診断・過剰治療ではないかと指摘している。最近の種々の画像検査の向上と普及によって小さい甲状腺癌の発見の機会が増えている。小さい甲状腺癌の増加は世界的な現象であり,これをどのように取扱うべきであるかは,非常に大きい臨床課題となっている。

剖検におけるラテント癌

以前より,非甲状腺疾患で死亡した成人の剖検によって甲状腺癌が高頻度に発見されるとの多くの報告がある。これをラテント癌という。ラテント癌の大部分は乳頭癌である。顕微鏡的な癌を含めると剖検個体の36.5%に発見されたとの報告もある。超音波検査で比較的容易に発見しうる3mm以上のラテント癌は2.3%から6.4%の成人個体に発見されたと報告されている(表1)[]。これらの報告は,成人の2.3%から6.4%の人には小さい甲状腺癌があり,無症状であり,それに気付かないで普通に生活していることを強く示唆している。

表 1 .

剖検における甲状腺ラテント癌の発見頻度(成人)

超音波検査と超音波ガイド下細胞診による甲状腺癌検診

香川県癌検診センターの武部先生は乳癌検診の目的で受診した成人女性を対象に超音波検査と超音波ガイド下細胞診を用いて甲状腺癌検診を精力的に施行した。検診の初期には3mm以上の乳頭癌を疑う甲状腺結節を精査,つまり超音波ガイド下細胞診の適応としたところ,受験者の3.5%に小さい甲状腺癌(その大部分は乳頭癌)が発見された(表2)[]。この頻度は剖検でのラテント癌の頻度とほぼ一致し,その当時報告されていた日本人女性における臨床的甲状腺癌罹患率3.1人/10万人の1,000倍以上という著しい高頻度であった。そこで武部先生は過剰な発見・診断(過剰診断)であると考え,精査の対象を中期には7mm以上,後期には10mm以上と制限したが,それでも中期には1.5%,後期には0.9%の発見率であったと報告している(表2)[]。

表 2 .

超音波検査と穿刺吸引細胞診を用いた甲状腺癌検診(成人女性)

そこで著者は1997年に甲状腺検診について次のような警鐘を発する論文を発表した[]。「甲状腺の検診に超音波検査を用いると本来なんらの障害をきたさないはずである多数のラテント癌を発見し診断してしまうことになる。1cm以下の微小乳頭癌は,転移巣から発見されたオカルト癌を含めても,その予後は極めて良い。したがって甲状腺癌検診とくに超音波検査を用いた検診による微小癌の発見はむしろ有害であるといわざるを得ない。いたずらに診断率や検出感度を誇る時期は過ぎ,早急に対応策を検討すべき反省期に入っている。対応としては,①超音波検査を検診に用いない,②検診に用いるとしても検出する腫瘤の大きさを制限する,③穿刺吸引細胞診を行う適応を制限する,そして④癌と診断されても直ちに手術をするのではなく経過を見るなどが考えられる。」この警鐘とは逆に国を挙げて検診を推進した韓国では,たったの8年間に甲状腺癌の頻度が15倍に増加し,甲状腺癌による死亡は変化なく,声帯麻痺や副甲状腺機能低下症などの合併症が急増したと報告されている[]。

低リスク甲状腺微小乳頭癌に対する積極的経過観察の提唱と方法

著者は前述の複数の背景を統合して,「微小乳頭癌の大部分は増大しない無害な癌である。一部の増大する腫瘍は経過観察し,増大進行した時点で手術をすれば手遅れになることはないであろう。全ての微小癌に手術をすることはむしろ害の方が益を上回るであろう」との仮説を立て,隈病院医局会に「直ちに手術をしないで経過観察する」ことを1993年に提案した。この提案は承認され,同年から低リスクの甲状腺微小癌に対する非手術積極的経過観察が始まった[,]。

疑わしい甲状腺結節には超音波ガイド下に穿刺細胞診を行って診断を付ける。高リスク微小癌には直ちに手術を勧める。高リスク微小癌の定義は当初から基本的にほとんど変化していない。すなわち,リンパ節転移,遠隔転移(極めて稀),気管や反回神経に浸潤するもの,細胞診で高悪性度のもの(極めて稀)のいずれかがあるものである。気管に接するもの,反回神経の走行経路にあるものも安全のため高リスクの範疇に含めた。

この点に関しては,その後の手術例の検討によって,腫瘍径が6mm以下では気管や反回神経浸潤例はないこと,7mm以上の腫瘍において,気管浸潤のリスクは腫瘍と気管とが成す角度が図1に示すように鋭角である場合はリスクが低く,鈍角である場合はリスクがやや高く,ほぼ直角ではその中間となること,反回神経浸潤のリスクは反回神経の方向に正常組織(normal rim)の有無が強く関連することが判明した(図1)[]。現在ではこれらの所見を重視して取扱い方法を決めている。なお,甲状腺側葉の前面や外側への微細な浸潤疑いの所見は有意な予後因子ではないので高リスク群に含めていない。

図 1 .

甲状腺微小癌の気管浸潤リスクと反回神経浸潤リスク。腫瘍径が6mm以下ではこれらの浸潤例はなかった。Ito Y, Miyauchi A, et al.[]より抽出。

低リスク微小癌は上記の高リスク因子を認めないものである。特記するのは家族歴あり,多発病巣ありは高リスクとしなかったことである。これらは軽度のリスク因子であるかも知れないが,手術適応とすると甲状腺全摘となり,したがって合併症が増加し,害が益を上回るであろうと考えたからである。

低リスク微小がん患者には手術と経過観察を提案し,どちらかを選んでもらった。経過観察を選んだ患者は,初回は6カ月後,それ以降は原則的に1年毎に超音波検査にて経過を観察した。腫瘍が3mm以上増大,もしくはリンパ節転移が明らかとなったら手術を勧めたが,腫瘍径が13mmに達するまでは患者が希望すれば手術を猶予した[,]。

低リスク甲状腺微小乳頭癌に対する積極的経過観察の結果

隈病院における低リスク微小乳頭癌1,235例に対する積極的経過観察の結果を要約すると,腫瘍径が3mm以上増大した症例は10年で8.0%,頸部リンパ節転移が出現したのは3.4%であった[]。経過観察中に頸部リンパ節転移が出現したのは経過観察の失敗と考える人もいるかも知れない。しかし,もしこの様な患者が診断時に手術を受けていたとしたら,それは片葉切除+/-気管傍郭清であろう。これでは外側区域のリンパ節転移の出現を防げない。実際,直ちに手術を行った症例でも外側区域のリンパ節再発が出現し,再手術を要した症例がある(後で示す図2参照)。いずれにせよ,きちんと手術をすれば最終的には予後は良好である。われわれは1回の手術ですむ経過観察の方がむしろベターであると考えている[]。積極的経過観察における腫瘍の増大,リンパ節転移の出現,臨床的病変への進行(腫瘍が1.2cmとなるか,またはリンパ節転移が出現したもの)の頻度は診断時の年齢と大きい関連性があり,40歳未満の若年者が高率であり,60歳以上の高齢者は低率であった(表3)[]。一般的な臨床的乳頭癌では高齢者の予後が不良であるが,不思議なことに微小癌の進行は逆であった。また,多変量解析において,これらの病状進行と有意に関連するのは若年齢のみであり,家族歴,病巣多発性は有意な因子ではなかった[]。

図 2 .

低リスク微小が乳頭癌の取扱い方法別の診療の流れ。Oda H, Miyauchi A, Ito Y, et al.[]より抽出。

表 3 .

甲状腺微小乳頭癌1,235例における診断時年齢と積極的経過観察10年腫瘍進行率の関係

2005年~2013年に隈病院で診た低リスク甲状腺微小癌2,153人の取扱いとその結果を図2に示す(図2)。対象症例の55%が経過観察を選択し,45%が手術を選択した。手術後,5例にリンパ節転移が出現し,再手術を要した。手術後に他病死が5例あったが,これら以外は再手術例を含めて,無再発生存中であった。経過観察群中の94人が種々の理由で手術を受け,その内の1人が再手術を要した。経過観察中に3人が他病死し,残りの1,082人は病変の進行なく生存中であった。このように,腫瘍のコントロールの面では,いずれの取扱い方法も極めて良好な結果であった[]。しかし,一過性・永続性声帯麻痺,一過性・永続性副甲状腺機能低下症,甲状腺ホルモン剤服用者,頸部の瘢痕はいずれも直ちに手術群の方が積極的経過観察群より有意に高率であった(表4)[]。隈病院のような甲状腺専門病院で十分な経験のある内分泌外科医がこれらの手術を施行したが,現実の結果はこのとおりであった。さらに,図2に示した経過に基づいて10年間の医療費を計算すると,手術と術後10年間の管理費用は10年間の積極的経過観察の費用の4.1倍であった[10]。

表 4 .

積極的経過観察群と手術群における不都合事象の頻度

これらのことから,現在,隈病院では,低リスク甲状腺微小乳頭癌には積極的経過観察を第一選択として患者にお薦めしている[11]。

妊娠との関連性

微小乳頭癌は妊娠可能な女性にも見られる。妊娠中はHCGによる刺激によって乳頭癌が進行する可能性が考えられる。当院の微小がん患者50人が51回の妊娠・出産を経験した。その内の4例(8%)に3mm以上の腫瘍増大,1例(2%)に3mm以上の腫瘍縮小を見た[12]。リンパ節転移出現症例はなかった。腫瘍が増大した4名中の2名が出産後に甲状腺手術を受けたが,残りの2名は出産後に腫瘍の増大がなく,経過観察を続けている。妊娠は軽度の微小癌進行因子の可能性があるが,妊娠を禁止したり,経過観察の適応から除外するほどのものではないとわれわれは考えている。

積極的経過観察は単なる手術の先送りか?

非手術経過観察は単に手術を先送りしているのではないかと思う人もいるかも知れない。われわれのデータでは高齢者ほど病変の進行する率が低かった。10年経過観察すると10歳高齢になる。したがって,進行のリスクも低下するはずである。そこで,10歳毎の各年台別に積極的経過観察中の10年での進行率を求め,この値から生涯腫瘍進行予測値を求めた[13]。計算方法は原著を参考とされたいが,推測値は,診断時年齢が20歳台では48.9%,30歳台で25.7%,40歳台で21.4%,50歳台で11.4%,60歳台で8.3%,70歳台で3.5%であった。生涯腫瘍進行予測値が20歳台で48.9%,30歳台で25.7%は積極的経過観察を受け入れるには高すぎると考える人もいるかも知れない。しかし,これらの数字は20歳台の患者の50%以上,30歳台の約75%は生涯手術を必要としないであろうと推測されることを意味している。より高齢では手術が必要となる率は年齢とともに急激に低下する。手術か経過観察かの選択は患者の価値判断を重視すべきであろう。

おわりに

積極的経過観察の説明には時間とエネルギーを要すると思う医師も少なくないかも知れない。簡単なコツを述べよう。コツは細胞診を施行する時に微小癌についてのパンフレットを患者に渡し,ごく簡潔に積極的経過観察の可能性について説明しておくことである。細胞診の結果を告げた後で説明するよりもはるかに容易に患者自身が手術か経過観察かの意思決定ができるので是非試して頂きたい。

【文 献】
 

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