日本内分泌・甲状腺外科学会雑誌
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特集1
バセドウ病の薬物療法
西原 永潤
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2018 年 35 巻 3 号 p. 152-155

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抄録

バセドウ病の薬物療法で最も用いられている抗甲状腺薬は,甲状腺ホルモン産生を十分抑制するが,投与患者の10%以上で副作用が出現する。そのため,投与開始時には副作用の可能性を必ず説明し,特に最初の2カ月は重症副作用を見逃さないように注意する。ここでは,本薬剤の選択と一般的な投与法,妊娠中(予定)の患者への配慮,治療法を変えるタイミング,抗甲状腺薬以外の治療に,焦点を当てていく。

はじめに

バセドウ病の薬物療法で用いられる抗甲状腺薬の原型は,動物実験で苦み成分の研究をしていた際に,たまたま甲状腺腫大をきたした物質に着目したことで発見された。1940年代にこのような物質が改良され,抗甲状腺薬として甲状腺機能亢進症治療に臨床応用されるようになった[]。

抗甲状腺薬の主な作用機序は,甲状腺ペルオキシターゼによるヨウ化物の酸化,有機化,縮合反応をそれぞれ阻害し,甲状腺ホルモン産生を抑制する。臨床応用されて70年以上にわたるロングセラー薬物である。言い換えれば,それ以降に抗甲状腺薬に代わりうる有用な薬剤が出現していない。かなりの頻度で副作用がでるにもかかわらず,確実に甲状腺機能は改善されるので,薬物療法では不動の座を占めている。

抗甲状腺薬の選択と投与法

現在,日本で用いられている抗甲状腺薬は,メルカゾール(MMI)とチウラジール,プロパジール(PTU)である。両者を比較すると,MMIの方が,高い力価,長い作用時間,早い甲状腺機能正常化,低い副作用頻度を示し,第一選択薬として推奨されている[]。

軽~中等度の甲状腺機能亢進症では,MMI 15mg/日程度で開始する。重症の甲状腺機能亢進症あるいは心不全合併や高齢者の場合は,MMIを増量するよりは,無機ヨウ素薬であるヨウ化カリウム丸50mg/日を併用する。その方が,迅速に甲状腺ホルモンを低下させ,副作用リスクを軽減できる(後述)[]。ただし,無機ヨウ素薬はエスケープ現象があるので短期間の投与にとどめる。交感神経刺激症状が強い時期は,β遮断薬を併用する。

治療開始後は,血中のFT4が正常化したら,MMIを漸減する。そして,1錠隔日(最小量)投与でFT4とTSHの正常化(TRAb陰性化も参考になるが必須ではない)が6カ月以上継続できたら休薬を考慮する。一般的に,抗甲状腺薬治療で,2年以内に休薬まで到達できる患者は約3割である。ただし,寛解後も約3割の患者が再発するため,休薬後も定期検査は必要である。

妊娠予定・妊娠中の治療方針

バセドウ病は,妊娠可能年齢の女性に発症することが多いため,妊娠に対する対応は大切である。特に,MMI内服中の催奇形性には注意を払う必要がある。例えば,後鼻孔閉鎖症や食道閉鎖症など重篤な奇形は妊娠4~7週,頭皮欠損など比較的軽度な奇形は妊娠16週までに発生している。そのため,少なくとも妊娠第4~7週のMMI投与は避け,PTUか無機ヨウ素薬を投与する。近い将来に妊娠を予定している患者に対しては,初期治療としてMMIではなくPTU投与を検討する。

妊娠中は胎児の甲状腺機能を正常に維持するためには,母体のFT4が正常上限になるように治療する。産後に授乳する場合は,MMI 10mg/日,PTU 300mg/日以下であれば,児の甲状腺機能には影響しない。

抗甲状腺薬の副作用

抗甲状腺薬の副作用頻度は全体で10%以上あるため,投与開始時は,患者に必ず副作用の可能性を説明する。軽症のもの(皮疹,軽度肝障害,筋肉痛,関節痛)は1~6%,重症のもの(無顆粒球症,重症肝障害,多発関節炎,ANCA関連血管炎)は0.1%前後の頻度である(表1)。軽症の肝機能障害や皮疹は,内服継続中に軽快することもあり,早急な休薬は必要ない[]。一方,生命にかかわる重症副作用の場合,即時休薬が必要であり,抗甲状腺薬の交差性を考慮すると,一方で発症した場合は他方の抗甲状腺薬を使うべきではない。

表 1 .

抗甲状腺薬の副作用

副作用の発症時期は,軽症・重症を問わず内服開始から3カ月までにほとんど見られる(ANCA関連血管炎に関しては,内服後1年以上経てからの発症頻度が高い)ので,最低2カ月間は血算,肝機能を2週毎に検査する。

重症副作用である無顆粒球症を早期に同定する方策として,抗甲状腺薬内服中に高熱がでたときはすぐに内服を中止し,医療機関で白血球数および好中球分画を測定してもらう。その結果,無顆粒球症(好中球<500/μl)が認められれば休薬のまま入院加療が必要であり,好中球数の有意な低下がなければ内服を再開する。ただし,無症候性でも定期検査で無顆粒球症が同定されることがあるので油断してはいけない[]。もし,医師が投与開始後に検査スケジュールを遵守せずに無顆粒球症が発症した場合,重症化のリスクだけでなく,医薬品副作用被害救済制度によって本来給付されるべき医療費が適応されない事態になる。医療側の不適切な診療行為に起因しながら,患者は身体的・医療費両面での不利益を被るので,十分な注意が必要である。

最近の報告では,MMIとPTU内服で無顆粒球症の発症頻度に明らかな差はないとされている[]。また,MMI初期投与量が高用量の場合は,低用量より無顆粒球症およびその他の副作用頻度が高くなるので,初期投与時に無機ヨウ素薬を併用し,抗甲状腺薬はできるだけ高用量では用いない[10]。さらに,抗甲状腺薬を一時休薬後に再開する場合も,無顆粒球症の発症頻度は初回投与時と差がないので[11],同様の注意が必要である。

抗甲状腺薬から他の治療法への変更

日本では,バセドウ病の治療開始時には,9割以上で抗甲状腺薬が選択されている。一方,経過中に様々な理由で,根治療法(RI療法や手術療法)へ治療法が変更されることがある(表2)。副作用や悪性腫瘍合併が理由の場合は,同定された時点で変更されるが,その他の場合は適時判断が必要になる。一般的に,抗甲状腺薬投与開始され2年経過しても休薬の見通しが立たない場合,根治療法への変更を考える時期とされる。ただし,小児では成人と比較すると寛解率が低いため,長期投与が必要になることが多い。成人でも最小量前後で甲状腺機能コントロール可能な患者に対しては,長期投与も選択肢になるので,2年間は一つの目安と考えるべきである。

表 2 .

抗甲状腺薬治療変更を要する理由

抗甲状腺薬で寛解後に再燃した場合(特に2回以上再燃では),再投薬後の寛解率は低いので根治療法を考慮する必要がある[12]。また,甲状腺重量80gを超えるようなサイズの場合にも,抗甲状腺薬での寛解率は低く,休薬後の再燃率が高いので[1314],甲状腺腫大が著明な場合には早めに根治療法への変更が望ましい。

根治療法前の甲状腺機能コントロール

根治療法前に甲状腺機能をコントロールしておくことは,手術中あるいはRI後の甲状腺中毒症に伴う様々なリスクを回避する上で大切である。高用量のMMI投与でもコントロール不良の場合は,服薬アドヒアランス不良や吸収不良の可能性がある。このような症例に対しては,MMIを経口から静注投与に変更すれば,同じ用量でも甲状腺機能は1週間以内に改善することが多い。

抗甲状腺薬以外の薬物治療が必要なとき,無機ヨウ素剤が頻用される。その主な作用機序は,有機化の阻害と甲状腺からのホルモン分泌抑制である。RI治療では,ヨウ素制限が必要なので使いづらいが,手術の場合にはヨウ化カリウム丸50~100mg/日を術前2週間くらい前から投与し,甲状腺機能をコントロールする。リチウム製剤は甲状腺からのホルモン分泌を抑制するので,甲状腺機能コントロールと同時にRI治療効果を高める。甲状腺機能亢進症の保険適応ではないが,炭酸リチウム(リーマス)600mg/日程度で用いられる。高用量の副腎皮質ステロイド薬は,甲状腺からのホルモン分泌抑制とともに末梢臓器でのT4→T3転換抑制効果がある。術前3~5日間にデキサメザゾン(デカドロン)6~8mg/日を投与し,甲状腺機能をコントロールする。

おわりに

抗甲状腺薬は,in vitroの検討から甲状腺外では様々な免疫系の抑制作用が報告されている。しかし,生体内では免疫抑制効果がどの程度あるのかまだよく分かっていないので,解明が待たれる[]。一方,臨床現場で抗甲状腺薬を投与する際は,副作用を認識しながら,治療を行う。もし,抗甲状腺薬を用いることができない場合には,根治療法施行を念頭に置き,それまで他の薬物療法を活用しながら甲状腺機能をコントロールする必要がある。

【文 献】
 

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