2018 年 35 巻 3 号 p. 204-207
橋本病急性増悪は,橋本病に急性炎症症状を伴う稀な疾患である。今回,亜急性甲状腺炎と鑑別が困難であった橋本病急性増悪の1例を経験したので報告する。症例は14歳,女性。2年前に学校検診で橋本病と診断された。1年10カ月前に甲状腺腫大増悪,頸部右側の圧痛を認めた。血液検査所見では,甲状腺機能正常であり,抗Tg抗体277IU/mL,抗TPO抗体246IU/mLと高値であった。白血球,CRPは正常値であり,赤沈の軽度亢進を認めた。亜急性甲状腺炎もしくは橋本病急性増悪が疑われ,NSAIDsが投与された。しかし,頸部疼痛が改善せずprednisolone(PSL)投与が開始された。治療中,疼痛部位は移動した。また,血液検査所見で自己抗体値が低下したため,亜急性甲状腺炎の可能性も否定できなかった。PSL投与後,症状は軽減したが,PSL漸減で疼痛が再燃し,PSL中止が困難であった。再燃を繰り返すことから橋本病急性増悪と診断した。PSLの離脱困難なため手術の方針となり,甲状腺全摘を行った。
橋本病急性増悪は,橋本病に頸部の圧痛,発熱や炎症反応上昇などの急性炎症症状を伴う稀な疾患である。明確な診断基準が存在せず,時に他の破壊性甲状腺炎をきたす疾患との鑑別が困難な場合がある。今回,亜急性甲状腺炎との鑑別に苦慮した症例を経験したので報告する。
患 者:14歳,女性。
主 訴:甲状腺腫大,右頸部疼痛。
既往歴:2年前に学校検診で橋本病と診断された。
家族歴:特記すべきことなし。
現病歴:1年10カ月前に甲状腺腫大の増悪,頸部右側に限局する圧痛を認め,前医を受診した。感冒症状などのエピソードは認めなかった。血液検査所見では,FT3 3.75pg/ml,FT4 1.11ng/dlと正常値であり,TSH 0.21μIU/mlは軽度抑制されていた。また,抗Tg抗体277IU/mL,抗TPO抗体246IU/mLと高値であった。白血球,CRPは正常値であり,赤沈60分値19mmと軽度亢進を認めた。頸部超音波検査では,甲状腺のびまん性腫大を認めた。亜急性甲状腺炎もしくは橋本病急性増悪が疑われ,NASIDsが投与され,経過観察が行われた。しかし,頸部疼痛が改善せず,発症から1カ月後,prednisolone(PSL)投与が開始された。PSL投与開始後,頸部疼痛は軽減したが,PSL漸減で疼痛が再燃し,PSLの中止が困難であった。難治性であることから発症から9カ月後,精査・加療目的に紹介となった。
初診時現症:甲状腺はびまん性に腫大していた。頸部左側に圧痛を認めた。PSLを5mg/day内服中だった。
血液検査所見:FT3 2.6pg/ml,FT4 0.98ng/dlと正常値であり,TSH 0.16μIU/mlと軽度抑制されていた。抗Tg抗体は16IU/mlと正常値であり,抗TPO抗体が39IU/mlと軽度の上昇を認めた。WBC15,000/μlと上昇していたが,CRPは正常であった(表1)。
血液生化学所見
頸部超音波検査:甲状腺はびまん性に腫大しており,内部は低エコー,不均一であった。腫瘍性病変は認めなかった(図1)。
頸部超音波検査
甲状腺はびまん性に腫大,内部は低エコー,不均一を示した。
食道造影:若年者であり,急性化膿性甲状腺炎を除外するために食道造影を施行した。下咽頭梨状窩瘻は造影されなかった。
治療経過:頸部疼痛が局所に限局しており,また疼痛部位が移動していたため,クリーピング現象の可能性が考えられた。また,血液検査所見で甲状腺自己抗体が高値ではなかったため,橋本病に合併した亜急性甲状腺炎の可能性も考慮された。当院初診時,PSL5mg/dayの内服で頸部疼痛が軽減しており,症状のコントロールが出来ていたため,PSL投与による治療を継続する方針となった。しかし,初診時から2カ月後,頸部疼痛が増悪し,PSLの増量が必要であった。治療経過の途中で頸部全体の疼痛を訴えるようになった。症状軽減後はPSLの減量が可能であった。PSLの中止を試みたが,PSLを中止すると,頸部疼痛が再燃し,PSLの中止が困難であった。また,PSLの有害事象である満月様顔貌,体重増加,月経不順を認めるようになった。再燃を繰り返すことから,橋本病急性増悪と診断した。発症から1年10カ月が経過し,ステロイドから離脱が困難であり,また若年者であり,成長過程におけるステロイド長期内服による影響を考慮し,甲状腺全摘を選択した(図2)。
臨床経過
PSL:prednisolone,LT-4:Levothyroxine Sodium Hydrate
手 術:甲状腺は凹凸を認め,軽度腫大していた。甲状腺は周囲組織に炎症性と思われる癒着を認めた。摘出重量は65.8gであった(図3a)。
a)摘出標本:辺縁は凹凸不整であった。
b)病理組織写真:濾胞間のリンパ球浸潤,リンパ濾胞の過形成を認めた。(H.E.×100)
病理組織学的所見:濾胞間のリンパ球浸潤,リンパ濾胞の過形成を認めた。慢性甲状腺炎の所見として矛盾なかった(図3b)。
治療経過:現在,術後1年経過し,Levothyroxine Sodium Hydrate 75μg/dayの投与を行っている。
橋本病急性増悪は,1960年にDoniachら[1]によって報告され,本邦ではSuzukiら[2]によって1964年に急性炎症症状を伴う慢性甲状腺炎として報告された。橋本病の存在,甲状腺部の自発痛,圧痛,発熱,CRP高値などの急性炎症症状を特徴とするが,明確な診断基準は存在しない[3,4]。甲状腺部の自発痛,圧痛を来す疾患として亜急性甲状腺炎との鑑別が困難な場合がある。特に,甲状腺自己抗体陽性の亜急性甲状腺炎と橋本病急性増悪の鑑別は困難とされる[5,6]。亜急性甲状腺炎には内科的治療が行われるが,橋本病急性増悪では,再燃を繰り返す場合には甲状腺全摘が必要とされる[3,4,7]。治療方法が異なるため,両者の鑑別は重要と思われる。
本症例では,以下の2つの理由から亜急性甲状腺炎との鑑別が困難であったと考える。
まず,頸部の疼痛部位が移動したため,亜急性甲状腺炎に特徴とされるクリーピング現象の可能性が考慮された点が挙げられる。クリーピング現象は,亜急性甲状腺炎と橋本病急性増悪の鑑別点とされている[4,5,7]。しかし,橋本病急性増悪においてもクリーピング現象が起こった報告もある[6,8]。
次いで,甲状腺自己抗体値の推移が挙げられる。一般的に,亜急性甲状腺炎では,自己抗体は正常もしくは軽度の高値を示すとされている[4]。発症時に自己抗体が陽性であった場合,治療観察中に陰性化もしくは漸減傾向を示すとされ[9,10],また,橋本病に比べて抗体値が低い傾向にあると報告されている[9]。一方,橋本病急性増悪では,自己抗体はほぼ全例で陽性を示し[7],非常に高い抗体価を示すことが多い[4]。特に急性期に自己抗体が高値を示す傾向にあるとされる[7]。本症例では,発症時,自己抗体が高値であった。しかし,当院初診時には抗Tg抗体は正常であり,抗TPO抗体は軽度上昇にとどまっていたため,橋本病に合併した亜急性甲状腺炎の可能性を考えた。しかし,治療開始1年9カ月後に再検したところ,自己抗体は高値であり,橋本病急性増悪の所見と一致した。当院初診の際には,PSL少量投与で頸部疼痛は軽快しており,安定期に自己抗体を測定したため,自己抗体が正常であった可能性が考えられる。当院初診時以降,自己抗体を測定しておらず,詳細な自己抗体の推移は不明である。経時的に自己抗体の再検を行っていれば,もう少し早い段階で橋本病急性増悪の診断に至った可能性も考えられた。
亜急性甲状腺炎と橋本病急性増悪のいずれにおいても非典型的な所見も認められた。本症例では,14歳と若年女性への発症であった。血液検査では,CRPは正常であり,赤沈も軽度の亢進を認めるのみであった。一般的に,両疾患ともに中年女性に発症することが多いとされる[4,7]。また,血液検査では,WBCは正常もしくは軽度の上昇を示し,CRPは上昇し,赤沈は亢進することが多い[4,7]。
しかし,亜急性甲状腺炎に非典型的であり,橋本病急性増悪に一致する所見も認めている。本症例では,頸部超音波検査では,甲状腺全体にびまん性に低エコー領域を認め,橋本病に一致する所見であった。経過途中,疼痛部位が移動したにもかかわらず,超音波検査所見は橋本病を示唆する所見のまま変化を認めなかった。一般的に亜急性甲状腺炎では,超音波検査において,疼痛部位に一致して低エコー領域を認める[7]。本症例の頸部超音波検査所見は,亜急性甲状腺炎に認められる典型的な所見とは相違しており,十分に検討すべきであった。また,結果として,再燃を繰り返し,PSLからの離脱が困難であることから橋本病急性増悪の診断に至った。亜急性甲状腺炎は再発が稀とされており[4,7],PSL減量で再燃した際には橋本病急性増悪を想定すべきとされる[4]。
亜急性甲状腺炎との鑑別に苦慮した橋本病急性増悪の1例を経験した。クリーピング現象を認め,自己抗体が低値であったため,鑑別が困難であった。長期の治療経過を含めた疾患特異的な症状や検査所見を十分に検証することが,診断に重要であると思われた。
本論文の要旨は,第45回中国四国甲状腺外科研究会において発表した。