2019 年 36 巻 2 号 p. 79-83
甲状腺術後の重篤な合併症の一つに後出血がある。当院では約10年前に頸部周術期管理ガイドラインを作成した。
この度,甲状腺周術期に携わる看護師と医師を対象として,このガイドラインの運用状況についての調査を行った。その結果,術後に帰室する病棟による看護師の術後観察状況の差異,医師のガイドラインに対する認識および指示内容の差異,ガイドライン記載内容に関する問題点が明らかになった。そこで当院では,これらを解決できる新たな周術期管理方法について検討することにした。
日本医療安全機構の警鐘事例に甲状腺術後の気道閉塞のリスク管理の重要性が取り上げられている。この様に甲状腺外科領域では,スタッフの安全意識の醸成や適切な対応が求められている。
当院では約10年前に甲状腺術後の頸部出血による医療事故を経験し,再発防止のために周術期管理のガイドラインを作成し運用してきた。ガイドラインの作成のきっかけとなった事故の原因の一つとして,頸部手術後の出血が死に至る重大な合併症であるとの認識が不十分であったことが考えられた。
そのため,このガイドラインは特に後出血の早期発見と適切な対応が可能となることを意識して作成された。
作成にあたっては,患者の周術期に携わる全部署のスタッフによるワーキンググループで診療科を超えた協力体制の構築を図った。具体的な内容としては,術前の上気道評価は耳鼻咽喉科の医師が実施することや閉創時の注意事項および手術室リカバリー室での観察項目,帰室後の病棟での観察項目と頻度について記載されている(表1)。また,気道狭窄音と頸部腫脹の有無で後出血の緊急度を4段階で判定し,その際の対応についても記載された。

帰室後の観察項目と頻度
このガイドラインの運用を開始してから約10年経過した現在までの期間において,重大な医療事故の報告はないが,当院看護師の平均勤続年数は8.47年であり,このガイドラインの作成経緯を知るスタッフ数は減少してきている。医師についても大学附属病院である特性からスタッフの入れ替わりが多く同様の状況にあるといえる。そこで,現時点でのガイドラインの認知および運用状況について調査し,明らかになった問題点と解決策について考察した内容を報告する。
当院の頸部手術の周術期に関わる看護師(手術室・集中治療室・一般病棟)と甲状腺手術に関係する診療科(耳鼻咽喉科・内分泌外科)の医師を対象にアンケート調査を実施した。調査内容は,経験年数・部署経験年数・ガイドラインの認知程度および記載内容の把握程度・ガイドラインに沿った観察や緊急時の対応の実施状況などとした。また,当院でのガイドラインの運用開始後に経験した術後出血事例と合わせて検討した。
看護師138名に調査を実施し,111名から回答が得られた(回収率85.8%,有効回答率76.7%)。医師については,調査対象とした15名全員から回答が得られ(回収率100%,有効回答率100%),その中で甲状腺疾患を専門とする者は6名であった。
看護師平均経験年数は8.6年,平均部署経験年数は5.1年であり,医師経験年数は11年であった。
2)看護師のガイドライン認知状況(1)存在の認知度(回答者:全看護師111名)
アンケート回答者の54.3%が存在を知っていた。部署別では手術室47.4%,集中治療室91.5%,一般病棟24%の認知度であった。
(2)存在を知った経緯
経験年数10年以上の看護師(46%)はガイドライン運用開始時に説明を受けたことにより認知していた。その他,配属部署での新人OJT(On-the-Job Training),配置転換の際のOJTの場面で指導を受けていた。
(3)内容の認知度(回答者:存在を知っている看護師49名)
80.1%が内容を知っていた。部署別では手術室83%,集中治療室100%,一般病棟57%の認知度であった。
3)看護師のガイドラインに沿った観察と対応の実践状況(回答者:内容を知っている看護師43名)69.4%がガイドラインに沿った実践を行っていた。部署別では手術室86.3%,集中治療室96.5%,一般病棟25%であった。
4)看護師の術後観察状況の結果は図1・図2・図3・図4の通りである。
呼吸音・頸部腫脹の観察状況

バイタルサインの観察状況

その他の身体所見の観察状況

ドレーンの観察状況
(1)呼吸音・頸部腫脹
帰室直後の観察は集中治療室では全ての項目を100%実施できていたが,狭窄音と頸部腫脹を指標として緊急度を判定することになっているにも関わらず,一般病棟での観察は帰室直後ですら100%に至っていなかった。
また,自覚症状としての『呼吸困難感の訴え』もガイドラインでは後出血の緊急度を判断するために重要な観察項目であるとしているにも関わらず一般病棟では帰室後6時間までの時点で低い実施率となっていた。
(2)バイタルサイン
『「呼吸回数」は急変の前兆の指標となる』とRRS(Rapid Response System)でも言われているにも関わらず,一般病棟では帰室直後から観察ができていない。
また,SPO2は窒息予防の指標にならないため,頻拍に注意する必要があるとされているにも関わらず帰室直後以外はほとんど「脈拍数」の観察ができていない状況であった。
(3)その他の身体所見
一般病棟では帰室直後以降,全ての項目の実施率は低下していた。
(4)ドレーン
帰室直後以外は時間の経過とともに観察ができていない状況があり,閉塞などの異常に速やかに気づくことができない可能性があるといえる。
5)看護師の術後観察と対応状況(自由記載から)手術室ではリカバリー室での短時間の関わりであり徹底できていた。
集中治療室では常に手術直後の患者を看ているため急変に対する危機意識が高い。しかし医師によって様々な指示があり経常的な業務として観察できていない状況があった。
一般病棟では,日常的にハイリスク患者以外が手術室から一般病棟への帰室となるため,危機意識が低い状況があった。
6)看護師の窒息のリスクがあると判断した時の対応(回答者:自由記載63名)【緊急開創・気管切開の準備をする】と回答した看護師は28.6%であった。部署別では集中治療室37%,一般病棟22%であった。
7)医師のガイドライン認知状況40%が存在を知っており,甲状腺疾患専門医は67%が存在を知っており,尚且つガイドラインの記載内容に沿った指示を出していた。専門でない医師は22%が存在を知っていた。
8)医師がガイドラインの存在および内容を知った経緯知っている医師はガイドライン運用開始時に説明を受けた,または上級医からの指導の際に知った,と回答していた。知らなかった理由は,他施設から転勤してきたためであった。
9)術後出血事例ガイドライン運用開始後の期間中,実際に経験した術後出血3事例の内容は表2の通りである。何れも後遺症や入院期間の延長なく退院となっている。2事例は集中治療室に帰室し,手術後数時間のうちに頸部周囲径の増大が認められ緊急止血術を施行している。一般病棟に帰室した1事例では,手術後2.5時間経過した時点で,患者からナースコールがあり看護師が訪室すると呼吸苦の訴えがあった。ドレーン刺入部を確認すると出血があり主治医に報告した。医師到着時前頸部の腫脹と喘鳴があり,貯留していた血腫を可及的に除去し,止血を施行した。その直後より呼吸状態が改善した。集中治療室と比較して患者数に対する看護師数が少ない一般病棟においては,観察の頻度が低くなる状況があり,発見が遅くなれば非常に危険で致命的な状況に至っていた可能性が予測される事例であった。

ガイドライン作成後に経験した術後出血事例
今回の調査により,観察内容や頻度について,ガイドラインを遵守できていない現状が明らかになった。このことの原因として①看護師の一般病棟と集中治療室での術後観察の差異②医師の認識および指示内容の差異③ガイドライン記載内容の3つが考えられ,それらの問題点とその解決策について考察した。
1)①の問題点と解決策一般病棟では集中治療室と比較して帰室直後の観察が不十分であり,時間の経過とともにさらに実施できていなかった。この事は,日常的に重症患者は集中治療室に帰室となることや,毎年スタッフの配置転換があり,後出血の急変対応の経験がある看護師が数名のみである状況から,術直後の患者に対する危機意識が低いことも要因の一つであると考えられる。また,甲状腺疾患に特化した病棟ではなく他診療科との混合である一般病棟では,看護師の配置人数,経験値的にも,術直後の患者の観察を徹底するには限界があると考える。これらのことから,手術直後の出血リスクが高い時期に,後出血の兆候を見逃さないために,術後はできるだけ集中治療室へ入室し,周術期患者の重症度に応じた診療・ケアを確実に行うことのできるフローシステムを確立する必要がある。
2)②の問題点と解決策大学病院の医師は勤務先の異動が頻回にある。さらに,診療科の中でも専門が分かれているため,夜間・休日などは,甲状腺疾患専門医や急変対応経験のある医師が必ずしも初期対応をするとは限らない。このため,医師と看護師が共にガイドラインの内容を理解し実践に繋げるためには,診療科や部署ごとに教育指導責任者を決定し,年に一回程度の定期的な指導(転勤時の指導も含む)を行う必要がある。
3)③の問題点と解決策現在の観察項目と頻度については前掲した通りであるが,実際には十分に実践することが難しかった。観察項目の重要度について医師と共に検討し,現実的に実践可能な頻度について見直しを行う必要性があると考える。また,術後指示の実践を徹底するために,クリニカルパスの導入や術後観察指示内容のセット化についても推進していく必要があると考える。
本調査によって,以前に当院で作成した「頸部周術期管理ガイドライン」はあまり有効に運用されていないことが判明した。このため,2018年12月に耳鼻咽喉科頭頸部外科医師が座長となり,関連する部署の医師,看護師長,GRM,医療安全担当副病院長から構成される『ガイドライン見直しワーキンググループ』を立ち上げた。今後,新たな周術期管理方法の内容を周知した上で適切な安全管理を継続していかなければならない。また,事故発生時の訴訟への発展も考慮し,明文化する内容については慎重に検討を進めていく必要があると考える。