日本内分泌・甲状腺外科学会雑誌
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特集2
甲状腺分化癌の予後因子
伊藤 康弘宮内 昭
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2019 年 36 巻 3 号 p. 152-157

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抄録

甲状腺分化癌はおおむね予後良好な疾患であるが,一部に予後不良な症例が存在する。これらをきちんと見分け,慎重に治療に当たることが大切である。乳頭癌に関しては,術前に評価される予後因子として高齢,遠隔転移の存在,大きな腫瘍径およびリンパ節転移,術中に評価されるものとして原発巣および転移リンパ節からの浸潤,術後に評価されるものとして高細胞型やhobnail variantのような特殊な組織型,早い細胞増殖能,そして短いサイログロブリン倍加時間が挙げられる。濾胞癌については,高齢,遠隔転移の存在,そして広汎浸潤型であることが予後因子であり,広汎浸潤型と診断された場合,補完全摘と放射性ヨウ素アブレーションが勧められる。微少浸潤型においても脈管浸潤が比較的高度なものや細胞増殖能が早いものは比較的予後不良であるので,慎重な経過観察が必要である。

はじめに

甲状腺分化癌は高分化癌(乳頭癌,濾胞癌)と低分化癌に大別され,後者は通常,前者が脱分化を起こすことによって発生するとされる。高分化癌の予後はおおむね良好とされるが中には予後不良な症例もあり,それを如何に的確に見分けるかが重要である。一口に高分化癌といっても,乳頭癌と濾胞癌ではまったく癌としての性質が異なる。前者はリンパ節転移や隣接臓器への浸潤が多い反面,遠隔転移は少ない。逆に後者は進行すると遠隔転移を起こしやすく,リンパ節転移や隣接臓器への浸潤は稀である。従って,この二種類の癌を一括りにして予後因子を検討することは適切ではなく,本稿ではこれらの予後因子を別々に述べる。低分化癌の予後は高分化癌に比べて不良であるが,その定義自体に変遷があり,本稿では簡単に触れるのみとする。

1.乳頭癌の予後因子

ほとんどの乳頭癌は術前の細胞診で診断がつく。また,エコーやCTなどの画像検査でリンパ節転移や遠隔転移の評価は,ある程度可能である。乳頭癌の予後因子については,すでに様々な研究がなされている。当院でも多数例の解析を行っており,まずその結果を表1および2に示すので,以下を読まれる際には是非参照されたい[]。乳頭癌の予後因子は,その評価するタイミングによって術前,術中,術後の三種類に大別される。以下にそれぞれの時点での予後因子について述べる。

表1.

乳頭癌5,897症例の全生存に対する予後因子の検討

表2.

乳頭癌5,897症例の疾患関連生存に対する予後因子の検討

1-A 術前における予後因子

術前に得られる情報は患者の年齢や性別,嗄声や血痰などの症状,そして画像検査によるものである。以下に術前に評価されるべき重要な予後因子を挙げる。

a.年齢

年齢は非常に強い予後因子であり,とくに術前に遠隔転移のない症例では,表2に示すようにもっとも強い癌死の予測因子である。また,全生存に対する最大の予後因子でもある。現行のAJCC TNM staging systemでは年齢のカットオフ値を55歳としており[],前の版[]における45歳よりも予後予測がより正確にできることがわかっている[]。

ただ,多変量解析で独立した強い予後因子と認定されたといっても,高齢者のすべての乳頭癌が予後不良というわけではない。低リスク微小癌を経過観察すると,高齢者のほうがより進行しにくいことがわかっている[]。また,日本内分泌外科学会が作成した「甲状腺腫瘍診療ガイドライン」における乳頭癌リスク分類に基づく低リスク/超低リスク乳頭癌(T1N0M0)の術後の予後は,年齢に関係なく良好である。反面,中リスクおよび高リスク症例の生命予後は,高齢者の方が有意に不良である[]。

この理由としては,高齢者の症例では再発巣のコントロールが困難であることが挙げられる。高齢者の遠隔転移は放射性ヨウ素(RAI)治療に抵抗性であることが多く,未分化転化も起こしやすい。また,RAI治療抵抗性の転移がある症例の生命予後を高齢者と若年者で比較すると,前者の方が有意に不良である[]。

b.腫瘍径

TNM分類では腫瘍径(T)について2cmと4cmの二つのカットオフを設けており,前者がT2,後者がT3に分類される。第七版では45歳以上のT3症例はStage Ⅲ,T2症例はStage Ⅱとされたが[],第八版ではT2症例はT1a, T1bと同等のStage Ⅰ,T3症例はStage Ⅱに分類される[]。当院の検討でも2.1~4cmは予後因子とはならなかった。一方でT>4cmの症例は,当院の検討でも有意に予後不良であった[]。

c.男性

男性は女性よりもやや予後不良とされているが,さほど大きな差はない[]。今回の検討でも多変量解析では独立した疾患関連予後因子とはならなかった(表2)。

d.被膜外進展

第七版のTNM分類では,癌の被膜外進展(Ex)は術前評価に基づくものとされていた[]。癌が反回神経の走行経路に存在し,喉頭ファイバーで同側の声帯麻痺が確認された場合は,癌が反回神経に浸潤していると考えられる。また,CT,MRI,気管支ファイバーや食道ファイバーで癌が気管や食道内腔に突出している所見があれば,Ex(+)が確認されたことになる。しかしたとえ術前に証拠がなくても術中にEx(+)であることが判明する症例も多い。第八版ではExの評価は術中所見に基づくように改訂され[],その方が妥当と考えられる。詳細については術中所見の項で述べる。

e.リンパ節転移

術前の画像検査で発見されるリンパ節転移(N)は,重要な予後因子である。分化癌の転移に関係するリンパ節は中央区域,上縦隔,外側区域であり,第八版TNM分類では前二者がN1a,後者がN1bと分類されている[](第七版までは上縦隔リンパ節転移はN1bに分類されていた[])。第七版では45歳以上のEx(-)M0症例でN1aの場合はStage Ⅲ,N1bはStage IVAに分類されていた[]。しかし第八版では55歳以上N1aまたはN1bEx(-)M0症例はStage Ⅱにdownstagingされた[]。確かにわれわれの研究でもN1a症例とN1b症例の予後に有意な差はなく,転移の場所は予後とは相関しない[]。重要なのは転移リンパ節の大きさであり,3センチを超えるリンパ節転移がある症例は,表1および2に示す通り,原発巣の状況に関係なく有意に生命予後不良である[]。たとえ原発巣が微小癌であったとしても,大きなリンパ節転移を有する症例は予後不良の転帰をたどることがあるので,きちんとした手術も含めた加療が不可欠である。

f.遠隔転移

もちろん術前からみられる遠隔転移は,重要な生命予後因子である。RAI抵抗性の転移巣がある症例はとくに予後不良とされる。しかし当院の検討では5年および10年疾患関連生存率がそれぞれ95%,70%であり,さほど予後不良とは言えない[]。しかしその中でも60歳以上の高齢者は予後不良であるので,こういった症例の治療はとくに慎重に行わなくてはならない。

1-B 術中評価における予後因子

a.被膜外進展

術中所見に基づく被膜外進展は重要な予後因子である。もともとは被膜外に腫瘍が突出していたり,周辺の脂肪組織や胸骨甲状筋に進展していたりするminimal extension(Ex1)とそれを越えて周辺臓器に進展するsignificant extension(Ex2)の二種類に分類されていたが,第八版TNM分類で前者は廃止された[]。当院の検討でもEx1のみの症例の予後は,進展のない症例の予後と変わりなかった[]。

第八版ではEx2をさらに二つに分けて,胸骨舌骨筋への進展をT3b,背面および皮下への進展をT4aとしている[]。現在,当院の症例を用いてこれらの予後の差については検討中であるが,いずれにせよT3bおよびT4aに相当する被膜外進展は表1および2に示す通り予後不良であり,慎重な手術および治療が必要である。また,T4aに相当する進展についても,その範囲や深さについてさらに細別したほうがよいと考えられ,これについては現在,研究中である。

b.転移リンパ節節外進展(LN-Ex)

癌の進展は原発巣からだけではなく,転移リンパ節からも起こりうる。LN-Exを伴う症例は,甲状腺外への進展を伴う症例と同じく,予後不良である[]。頻度的には甲状腺外への進展よりも少ないが,何らかの形でTNM分類に取り込むことが望ましいと考えている。これも術中所見による評価が基本である。

1-C 術後評価における予後因子

術後評価における予後因子にはいくつかの種類があり,それらについて個別に述べる。

1-C-1 病理学的因子

一口に乳頭癌といっても様々なvariant(亜型)があり,中には予後不良とされるものもある。我が国において高細胞型乳頭癌は頻度こそ3%あまりと多くないが,非常に予後不良である[10]。円柱細胞型乳頭癌も高細胞型同様,予後不良の亜型であるが,頻度はさらに少ない。最近ではhobnail variantがあらたにWHO分類に追加されたが,これも稀ではあるが予後不良である。乳頭癌が再発を繰り返していくうちに,再発巣にこれらの亜型が出現してくることがあるが,そういった症例の治療には注意を要する。きちんとした再手術を行うのはもちろんであるが,切除した部位に外照射を追加するなどさらなる再発を防止する手段を講じたほうがよいこともある。

1-C-2 細胞増殖能

甲状腺分化癌は基本的に増殖が緩徐であるため,細胞増殖能はあまり注目されていない。しかしhot spotにおけるKi-67 labeling index(LI)は,かなり強い予後予測因子となる[11]。LIのカットオフ値の設定についてはまだ議論があるところであるが,われわれの施設ではKi-67 LIが5%を越える場合に増殖能が強いと判定しており,そういった症例に対してはより一層,慎重に経過観察を行っている。

1-C-3 Molecular markers

BRAF遺伝子変異が予後因子として一時話題になったが,生データの解釈の仕方によってBRAF遺伝子変異の頻度が大きく異なるので注意を要する。また,日本ではBRAF遺伝子変異単独では予後因子になりえなかったこともあり[12],一般的に重視されていない。TERT遺伝子変異が強い予後因子であることがXingらによって示されたが[13],日本ではまだこの解析もルーチンに行うには到っていない。なお,微小癌においては増大してくる症例においてもTERT遺伝子変異は確認されておらず[14],この変異は乳頭癌がかなり進行してから出現するものと考えられる。

1-C-4 サイログロブリン倍加時間

Miyauchiらは2011年にサイログロブリン倍加時間(Tg-DT)という概念を発表した。甲状腺全摘を施行され,かつサイログロブリン抗体(TgAb)陰性症例において術後のTg-DTを検討した結果,Tg-DTが1年未満の症例における10年疾患関連生存率は50%,1~3年未満の症例においては95%,それ以外の症例は100%であった[15]。他の因子も含めた多変量解析においても,Tg-DTは独立した疾患関連予後因子であった[15]。これはまた,RAI抵抗性の再発巣を認める症例に対する分子標的薬剤導入の目安にも応用できるし(当院では原則としてTg-DT<1.5年を導入の目安としている),再発巣の体積のDT(TV-DT)を測定し,その増大速度を推定することもできる。Tg-DTおよびTV-DTの計算ソフトは当院のHP( https://www.kuma-h.or.jp)から無料でダウンロードできるので,活用されたい。

1-D まとめ

表3に乳頭癌の予後因子をまとめた。それぞれのタイミングで正確に予後を予測し,適切な治療を施すことが肝要である。

表3.

乳頭癌の予後因子

2.濾胞癌の予後因子

濾胞癌の特徴は遠隔転移で発見されない限り,術前の細胞診で診断がつかないことである。従ってほとんどの症例が濾胞性腫瘍という診断の元,片葉切除を施行される。しかしその病理診断の結果によっては,補完全摘やRAIによるアブレーションが必要となる。どういう症例にこういった追加治療を施行すべきかを見極めることが,肝要である。濾胞癌は浸潤の度合いによって,微少浸潤型と広汎浸潤型に大別される。第七版の取扱い規約において前者は「濾胞性腫瘍に特徴的な腫瘍被膜がよく保たれている癌で,肉眼的には浸潤部位を明示し難い。組織学的に被膜浸潤,脈管浸潤のいずれかを見出すことで腺腫と鑑別される。」,後者は「広範に浸潤する濾胞癌で,周囲甲状腺組織や脈管内に広範囲の浸潤を示し,全周性の腫瘍被膜が不明瞭な例も少なくない。」と記載されている[16]。

2-a 濾胞癌全体の予後因子

濾胞癌全体の予後因子としては,まず高年齢(われわれの研究では45歳以上)が挙げられる[17]。また,術前から遠隔転移のあるM1症例は濾胞癌の浸潤度に拘わらず予後不良であることがわかっている[17]。濾胞癌の浸潤度は予後を強く反映し,広範浸潤型濾胞癌は微少浸潤型に比べて明らかに予後不良である。次に浸潤度別の予後因子について述べる。

2-b 微少浸潤型濾胞癌

M0症例の予後はおおむね良好であり,当院では片葉切除後に微少浸潤型濾胞癌と診断された場合,補完全摘などの追加治療は行っていない。しかし注意すべき予後因子はいくつかある。当院での検討では,H-E染色したすべての切片を検鏡して脈管浸潤が4カ所以上ある症例(高度の脈管浸潤)やKi-67 LIがhot spotで5%を越える症例は再発予後不良であった[1819]。これらの因子をもつ症例は微少浸潤型と診断されたとは言え,慎重に経過観察すべきである。なお,脈管浸潤が存在するというだけでは,微少浸潤型濾胞癌の予後因子とはならなかった[19]。

2-c 広汎浸潤型濾胞癌

広汎浸潤型濾胞癌であること自体が予後不良であり,当院では病理検査で広汎浸潤型と診断された場合,原則的に補完全摘とアブレーションを追加治療として施行している。M0広汎浸潤型濾胞癌の予後因子を検討した論文はあまりないが,当院の検討では腫瘍径が4cmを越える症例は予後不良であった[20]。

2-d まとめ

甲状腺濾胞癌の予後因子について表4にまとめた。

表4.

濾胞癌の予後因子

3.低分化癌の予後因子

低分化癌は現在,取扱い規約[16]とWHO分類[21]の定義に齟齬があり,後者の定義の方がより厳密である。定義の詳細については省略するが,いずれにせよ低分化癌のシリーズで予後因子を検討した研究は存在しない。低分化癌と診断されること自体が予後不良を示唆するものであり,きちんとした治療や慎重な経過観察が必要となる。日本において,WHO分類に基づく低分化癌の診断基準には当てはまらないが取扱い規約の基準に当てはまる症例の予後が,高分化癌よりも有意に不良であることがわかっている[22]。従って取扱い規約の改訂時に,低分化癌の定義をWHOに統一するよりは現在のまま残したほうがよいのかも知れない。

おわりに

甲状腺分化癌の予後因子について詳述した。一般に予後良好とされる分化癌において,どういった症例が予後不良の可能性があり,より慎重な手術や術後の補助療法,そして経過観察が必要なのかをきちんと把握することがもっとも大切である。

【文 献】
 

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