日本内分泌・甲状腺外科学会雑誌
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特集1
ロボット支援手術の現状
楯谷 一郎
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2020 年 37 巻 1 号 p. 2-6

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抄録

頭頸部には咀嚼・嚥下・発声・味覚・聴覚など社会生活を送る上で重要な機能が集中しており,また顔面・頸部という露出した部位が関わるため,口腔などのnatural orificeや小さな皮膚切開から低侵襲治療を行えるロボット支援手術は,頭頸部外科領域と相性の良い手術法である。頭頸部外科領域におけるロボット支援手術は咽頭がん・喉頭がんを主対象とした経口的ロボット支援手術と甲状腺がんを主対象としたロボット支援下甲状腺手術・頸部手術に大別される。経口的ロボット支援手術は先進医療Bが実施されて2018年に薬機法上の適応となり,関連学会によって手術実施における指針や教育プログラムが整備された。現在は保険収載を目標と下取り組みが学会として実施されている。一方,甲状腺領域はda Vinci surgical systemの適応外であり,今後国内でのエビデンスが蓄積されて薬機法上の適応取得並びに保険収載に繋がることが期待される。

はじめに

外科手術の歴史は医療機器の歴史と密接に関係している。1960年代には手術用顕微鏡が開発され,さらに1980 年代より内視鏡が広く普及してきた。ロボット支援手術は 手術支援ロボットの実用化と共に2000年代になって海外で本格的に発展・普及し始めてきたが,国内においても多くの領域の術式が保険収載され,より一般的な医療として広く行われるようになりつつある。本稿では,手術支援ロボットの発展並びに頭頸部外科領域におけるロボット支援手術,特に経口的ロボット支援手術について概説した後,国内におけるロボット支援手術の現状並びに今後の展望について述べる。

手術支援ロボットの発展

手術支援ロボットはナビゲーション手術装置や内視鏡下手術の補助装置として1980年代から開発されてきた。腹腔鏡手術の補助装置としてComputer Motion社によってAESOP1000(Automated Endoscope System for Optimal Positioning)が開発され,1994年にFDA(Food and Drug Administration)に承認された。さらに同社によってAESOP2000,AESOP300と改良版が開発され,内視鏡の安定性や必要人員の削減などのメリットが報告されている[,]。その後同社はコンソールの執刀医がロボットを操作して意のままに操るマスタースレイブ型の手術支援ロボットZEUSを開発した。ZEUSは1998年に婦人科領域で臨床応用され,2001年にFDAに承認されている。また,2001年にフランス-アメリカ間で遠隔操作による腹腔鏡下胆囊摘出術を施行し,世界的な注目を集めた[]。

一方,Computer Motion社による開発と同時期に,戦場での遠隔手術を目的として,アメリカ陸軍と旧スタンフォード研究所において1980年代後半にマスタースレイブ型の手術支援ロボットの開発が始められ,1995年にIntuitive Surgical社が設立された。1997年にベルギーでda Vinci Standardによる腹腔鏡下胆囊摘出術が実施され[],2000年にFDAの承認を得ている。da Vinci StandardはZEUSに比べて3Dモニターによる良好な視野,操作性の高い鉗子,モーションスケール機能,手振れ防止機能など多くの点で優れており,2003年にComputer Motion社はIntuitive Surgical社に吸収合併され,以後はda Vinci Surgical system(以下da Vinci)が唯一の手術支援ロボットとして世界的に普及することとなった。2006年にda Vinci S,2009年にda Vinci Si,2014年にda Vinci Xi,2017年にda Vinci Xが登場している。2018年3月末までに全世界で4,528台のda Vinciが販売されており,うちアジアの医療機関の導入台数は579台であり,その50%以上を日本が占めている[]。

このように長年にわたりda Vinciが唯一の手術支援ロボットとして市場を席巻してきたが,近年になってダビンチの主要特許が切れる時期を迎え,ポストダビンチを目指した手術支援ロボット開発が活発化している[,]。da Vinciの問題点としては,頭頸部外科領域で用いるにはサイズが大きいこと,Xiで改良されたとは言え取り回しやセットアップが難しいこと,高価なこと,触覚機能がないこと,内視鏡の移動など操作に慣れが必要なこと,などが挙げられるが,これらの欠点を補うことを目的とした手術支援ロボットが登場してきている。

Medrobotics Flex System(Medrobotics社)[]は経口的ロボット支援手術をターゲットとして開発された初の手術支援ロボットであり,軟性内視鏡の左右に鉗子チャンネルが備わっており,術者は手元のジョイスティックを用いて,2本の鉗子を手動で操作する。内視鏡とチャンネルを含めたサイズは直径2×3cm,鉗子の太さは3mmであり,カメラは上下左右方向に向きを変えることができるため,声門上や声門レベルにも比較的容易にアプローチできる[10]。da Vinciのような精細な操作はしづらいという欠点はあるが,触覚情報を得られること,安価であるという特徴を持ち,ヨーロッパとFDAの承認を得て販売されている。Versius Robotic system(Cambridge Medical Robotics社,UK)[11]は軽量なモジュール式の手術支援ロボットであり,7mm弱の鉗子と10mmの3DのHD内視鏡を備えており,鉗子と内視鏡が独立しているためセットアップの際の取り回しが容易であり,術者は3Dメガネを装着してジョイスティックを用いて鉗子を操作する。ヨーロッパで承認を得て上部消化管,婦人科,直腸,腎臓領域で臨床応用されている。また触覚機能を有した手術支援ロボットとしてTransEnterix社によりSenhance(TransEnterix社,アメリカ)[1213]が発売されている。Senhanceは,視線を動かすだけで器具の動きをコントロールできるアイトラッキング機能も有しており,また鉗子の多くは再利用可能である。腹腔内手術を対象としてヨーロッパで承認され,2017年にFDAの承認を得ている。da Vinciの最新機としてはda Vinci Sp(図1)が2018年に米国で発売されている。これは単筒式の手術支援ロボットであり,直径2.5cmの筒の中にカメラと3本の鉗子が備えられている。Intuitive Surgical社が経口的ロボット支援手術をターゲットに開発した初の手術支援ロボットであり,経肛門,経膣アプローチにも応用が期待されている。われわれはカダバーでダビンチSpの前臨床試験[1415]を施行したが,現行のダビンチでは操作が困難な下咽頭手術のみならず,よりアクセスが難しい声帯への操作も容易に行うことができた。

図1.

da Vinci Sp

頭頸部外科領域におけるロボット支援手術

頭頸部には咀嚼・嚥下などの人間が生きる上で必要な機能に加え,発声・味覚・聴覚など社会生活を送る上で重要な機能が集中しており,また顔面・頸部という露出した部位が関わるため,頭頸部外科領域の手術に際してはこれらの機能の温存や整容的な配慮が欠かせない。口腔などのnatural orificeや小さな皮膚切開から低侵襲治療を行えるロボット支援手術は,頭頸部外科領域と相性の良い手術法であり,近年海外において様々な術式が開発されてきた[16]。頭頸部外科領域におけるロボット支援手術は咽頭がん・喉頭がんを主対象とした経口的ロボット支援手術と甲状腺がんを主対象としたロボット支援下甲状腺手術・頸部手術に大別されるが,本稿では咽頭がん・喉頭がんを主対象とした経口的ロボット支援手術について述べる。

咽頭がん・喉頭がんの治療に際しては,癌の制御のみならず治療後の嚥下・発声機能を如何に温存するかが肝要であるが,経口的に咽頭がん・喉頭がんを摘出する低侵襲手術として,1990年前後より腫瘍を顕微鏡下にレーザー切除する経口的レーザー手術が開発され,局所制御のみならず嚥下機能においても良好な成績が報告された。この経口的レーザー手術は技術的な問題もあり広く普及するには至らなかったが,2000年代に入ってda Vinciが登場し,経口的ロボット支援手術が開発された[17]。

経口的ロボット支援手術では,開口器により咽頭・喉頭の術野を展開し,1本の3D内視鏡と2本の操作用鉗子(Endowrist®)を保持した計3本のロボットアームを経口的に挿入して,病変を切除する。術野に近接した鮮明な3D画像を得ることができ,さらに自在に先端が曲がる鉗子により,従来では切除が困難であった咽喉頭がん病変の切除が可能である(図2)。経口的手術では皮膚に孔を開ける必要がないこと,解剖学的に複雑で狭い咽喉頭の中で自在に鉗子を操作できる手術支援ロボットのメリットが生きることから,咽頭がん・喉頭がんは手術支援ロボットの最も良い適応の一つとされている。また,ダビンチは直感的に操作することができるため,手術操作の習得が容易であり,ラーニングカーブが急峻であることが報告されている[18]。

図2.

経口的ロボット支援手術

咽頭がん・喉頭がんでは手術と放射線治療の両者が標準治療として使用されているが,米国のNational Cancer Data Baseでの中咽頭がんT1,T2(8,768例)に対する治療法の統計[19]では,2004年には手術の割合が56%,放射線治療の割合が44%であったのに対し,2013年には手術が82%と,経口的ロボット支援手術の登場により中咽頭癌治療のパラダイムシフトがおきている。経口的ロボット支援手術は原発不明癌の原発巣探索にも応用されており,Patelら[20]は原発不明の頸部リンパ節転移例47例に対して同側の扁桃摘出術,舌根粘膜切除術を行った結果,72%で原発巣を同定できたと報告としている。また,その他の経口的ロボット支援手術の適応として,経口的に喉頭全摘出を行うロボット支援下喉頭全摘[21],ロボット支援下の上咽頭癌病変切除[2223],傍咽頭間隙腫瘍[2425]や咽頭後リンパ節[2627]に対する経口的ロボット支援手術,閉塞性睡眠時無呼吸症候群に対する舌根切除術[2829]などが報告されている。

国内におけるロボット支援手術の現状と頭頸部外科領域の今後の展望

国内においてダビンチは一般消化器外科,胸部外科,泌尿器科,婦人科の各領域が2009年にまとめて薬事承認され,その後2012年に前立腺悪性腫瘍手術,2016年に腎悪性腫瘍手術が保険収載された。2018年には縦郭腫瘍,食道がん,胃がん,直腸がん,膀胱がん,子宮がんに対する手術や弁形成術など12術式が一度に保険収載されている(表1)。

表1.

2020年1月時点で保険収載されている術式一覧

一方,頭頸部外科領域は,経口的ロボット支援手術がFDAで承認されたのが2009年末であったため,2009年の他領域の国内での一斉承認のタイミングに間に合わず,独自で薬事承認(現薬機承認)を目指すところからのスタートとなった。2015~2016年に先進医療Bとして京都大学,東京医科大学,鳥取大学で多施設臨床試験が実施され,先進医療Bのデータを基にして2017年11月に企業からPMDAへ適応拡大申請がなされ,2018年8月に頭頸部外科領域(経口的に行う手術に限る)が薬機法上の適応として承認された。なお,甲状腺に関してはロボット支援下甲状腺手術はFDAの承認を得られておらず,本邦においても薬機法上未承認の状態である。

適応拡大申請と並行して,日本頭頸部外科学会に「耳鼻咽喉科・頭頸部外科におけるロボット支援手術の指針作成に関する委員会,教育プログラムに関する委員会」が設置され,経口的ロボット支援手術の安全な普及を目的として「耳鼻咽喉科・頭頸部外科におけるロボット支援手術に関わる施設基準並びに医師の資格基準」,「耳鼻咽喉科頭頸部外科におけるロボット支援手術機器の適正使用指針」が作成され,2019年1月に公表された[30]。また同時に耳鼻咽喉科・頭頸部外科におけるロボット支援手術教育プログラムが公表されている[30]。教育プログラムは機器の操作方法に関するトレーニングと外科手術に関するトレーニングの2段階で構成されている。機器の操作方法に関するトレーニングは企業が実施するものであり,外科手術に関するトレーニングは日本頭頸部外科学会が主体として実施され,実症例の手術を見学したのち,カダバーを用いるアドバンスコースを受講してロボット支援手術の実際の手術手技を習得する。アドバンスコースは国内では2019年5月より藤田医科大学カダバーサージカルトレーニングセンターで実施されており,毎月1回2施設を対象に定期的にコースが開催されている(図3)。

図3.

藤田医科大学カダバーサージカルトレーニングセンター

現在,日本耳鼻咽喉科学会より外保連へ経口的ロボット支援手術の保険収載に向けた試案が提出されている。今後の保険収載には国内データを集積して既存治療に対する優位性を示す必要があり,日本耳鼻咽喉科学会,日本頭頸部外科学会を中心としてエビデンス創出に向けた体制作りが進められている。前述の通り甲状腺については薬機法上の適応が得られていない状態であり,ロボット支援下甲状腺手術が保険収載されるには,まずはロボット支援下甲状腺手術の安全性・有効性が既存治療と同等であることを示して薬機法上の適応を取得し,その上で内視鏡下甲状腺手術に対する優位性を示す必要があると思われる。保険収載にはレジストリにより質の高い国内データを集積することが必要不可欠であり,またロボット支援下手術の安全な普及のために指針や教育プログラムなど,学会としての体制作りが求められると思われる。今後甲状腺領域においてもロボット支援手術が国内で普及し,頭頸部外科領域全体のロボット支援手術全体が活性化していくことを望んでやまない。

【文 献】
 

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