日本内分泌・甲状腺外科学会雑誌
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特集2
泌尿器科系領域がんのゲノム医療・precision medicine
永田 政義
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2020 年 37 巻 2 号 p. 122-125

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抄録

がん治療におけるprecision medicineとは,個々のがんの遺伝子や分子発現プロファイルから個々の患者に対して最も利益のある治療法を提供する概念である。泌尿器がん領域でもこの分野は進んでおり,とくに前立腺がんでは,早期がんから進行がんまで,診断から治療までにおいて,実用化されつつある。

早期低悪性度前立腺がんへの過剰治療を避け,予後に影響するハイリスク前立腺がんを同定するため,米国を中心に近年ConfirmMDx, Oncotype DX, Decipherなど,がん組織検体からの遺伝子プロファイルから高悪性度がんを判定する検査が実用されている。

Liquid biopsyとは,がん組織からの生検ではなく,主に末梢血から循環腫瘍細胞(CTC)や腫瘍由来循環DNAやexosomeなどを検出して,遺伝子プロファイルを解析する手法で,非侵襲的に時系列解析も可能である。去勢抵抗性進行前立腺がんにおいて,CTCにおけるアンドロゲン受容体のスプライシングバリアント-7(AR-V7)の発現は,エンザルタミドやアビラテロン耐性の指標であり,実臨床への応用が期待される。また,がんにおけるBRCA1/2などのDNA修復遺伝子異常の有無を調べることは,近年のゲノム医療の話題であるし,マイクロサテライト不安定性(MSI)が高い固形がんには,免疫チェックポイント阻害剤の適応となる。さらに今後,DNA修復遺伝子変異がんには,PARP阻害薬など効果の期待できる薬剤を有効に選択できる可能性がある。このように前立腺がん領域では,ハイリスクがんの診断から進行がんの治療選択まで,precision medicineが実臨床へ到来しつつある。

はじめに - Precision Medicineとは-

近年,“Precision Medicine”が様々な場面で医療の現場で見られるようになっている。2015年に当時の米国オバマ大統領が,連邦議会において“Precision Medicine”構想へ2億ドル以上の予算を投資すると宣言したことに始まる[,]。この構想の概要は,個々の患者の遺伝子情報や生活環境が病気の発症や治療にどのように関連するかを解析し,患者をより精密に細かなサブグループに分けて,そのグループごとに病気の予防や加療を行なうというものである。これは,平均的でメジャーな患者群に対してデザインされた従来型の医療 “one-size-fits-all”型医療と異なり,マイノリティグループに属する患者から,さらに理想的には全ての患者へ利益をもたらす可能性がある。このprecision medicineでとくに注目されるのは,がん治療におけるものであり,個々のがんの遺伝子や分子発現プロファイルを基に個々の患者に対して最も利益のある治療法を提供するという治療方針である。これをなすためには,ゲノム情報が必須となるため,次世代シークエンス(Next Generation Sequencer:NGS),バイオインフォマティクス,コンパニオン診断など様々なゲノム情報解析デバイスを用いる。このようにprecision medicineとは,ゲノム医療と同義に用いられることが多い。

泌尿器がんにおいては,前立腺がん臨床が最もゲノム医療の発展しようとしているがん種となる。早期前立腺がん診断から,予後予測,モニタリング,転移がんゲノム異常による適切な薬剤選択,薬剤耐性機序解明などの研究は近年次々に進んでおり,実臨床に応用されようとしている。今回は泌尿器がんの中で,とくに前立腺がんにスポットを当て,診断から進行がんの治療までの最新のゲノム医療の知見を紹介する。

早期前立腺がん診断から治療方針決定におけるゲノム医療

前立腺がん診断において,実臨床で最も有用であるマーカーは血清PSA(prostate-specific antigen)である。早期がんの発見の最も多い経過は,検診やドックなどでPSAスクリーニングされ,PSA高値であれば泌尿器科医へ紹介となり,前立腺針生検により確定診断に至ることである。診断後は,早期がんでは通常ロボット支援下腹腔鏡下根治的前立腺全摘除術が行なわれる。ロボット支援下により,従来の手術に比べて非常に低侵襲になったものの,尿失禁や勃起機能の損失など合併症も少なからず生じることとなる。このような早期がん診断・治療にも様々な問題点がある。まず前立腺がんの特徴として,おそらく予後に関わらない非常におとなしいタイプのがんの頻度も多く,過剰治療であることが危惧される。実際に積極的に治療すべきであるハイリスク前立腺がんの同定には,Gleason scoreを用いた病理学的評価は参考にはなるが,腫瘍マーカーPSA値だけでは判断しにくく,これにはさらなる前立腺がんゲノム情報の探索が必要となる。これに対して米国では,前立腺生検のがん検体からGSTP1, APC, RASSF1遺伝子のエピジェネティックな異常を同定し,よりhigh-riskながんを選別するConfirmMDx®という検査,4つの前立腺がん関連経路における17の遺伝子の発現レベルを測定して,前立腺がんの高侵襲性を予測するOncotype DX® Prostate Cancer Assay検査,46の遺伝子発現をスコア化してhigh-riskがんを予測するProlaris検査など,多くのゲノム情報検査が登場している。またこれらと同様の検査であるDecipher Prostate Cancer Testは,生検検体から22個のRNAバイオマーカー発現からスコア化によりリスク分類する。従来からのPSA値や病理組織評価にこのDecipherでのリスク評価を加えた臨床とゲノム併用リスク分類は,前立腺全摘除術後の再発リスクをより正確に予測できるという報告も発表され[],実臨床でも応用されている。近年ではNGSの発展により,全ゲノムや全エクソンシークエンスが比較的容易になってきており,一塩基変異(single nucleotide mutations(SNV)),コピー数異常,染色体不安定性など様々な前立腺がんゲノム異常,前立腺がんゲノムシグナチャーを網羅的に総合的に探索できる時代になっている[]。このゲノム解析よって,予後予測だけでなく,治療介入の是非,介入のタイミング,術後補助療法の是非などの判断に,実臨床でも有用となる可能性ある。

去勢抵抗性進行転移性前立腺がん治療におけるゲノム医療・precision medicine

転移性前立腺がんに対する治療は,基本的にアンドロゲンを遮断する内分泌療法(ホルモン療法)である。前立腺がんは転移進行性であっても,初回のホルモン治療の反応は概して良好であり,診断時に既に骨などに多発する転移がんであっても,症例によっては長期の生存を得られる。しかし,内分泌治療の経過でいずれは,去勢抵抗性前立腺がん(Castration-resistant prostate cancer:CRPC)へと病態は変化する。従来はビカルタミドやフルタミドなどの第一世代アンドロゲン遮断薬の使用後に一度CRPCとなると,なかなか病勢の進行を抑制することは困難であったが,タキサン系抗がん剤であるドセタキセルがCRPCの全生存率を延長させ[],さらに近年,第二世代ホルモン治療剤となるエンザルタミドおよびアビラテロン,新規タキサン系薬剤カバジタキセルが,CRPCに対する全生存期間を延長させたという報告が一流誌に次々に発表された[10]。2014年にはこれら3つの薬剤が我が国でも保険使用可能となり,さらにラジウム223という骨転移巣へ直接作用する放射線治療注射剤も,骨転移を有するCRPCの全生存率における有効性が示され[11],2016年には基準を満たす施設にて使用可能となった。

このように,前立腺がん,とくにCRPCに対する新規薬剤が次々に登場し,高いエビデンスレベルで有効性が示された薬剤の選択肢が増えたものの,効果が低いと考えられる一部の患者群にいかに無駄な投与を避けることができるかということが今後の課題なった。これらを適切に使用するためには治療効果を予測できるバイオマーカーの確立が必須となった。

Liquid biopsyとは,がん組織からの生検ではなく,主に末梢血から循環腫瘍細胞(Circulating Tumor Cells:CTC)や腫瘍由来の循環cell-free DNA(cfDNA)や循環exosomeなどを検出して解析する手法である。近年,その一つであるCTC解析は,非侵襲的で,時系列解析も可能であり,様々ながん種のバイオマーカー開発にその有用性が期待されている。CRPCに対しても2014年,どの薬剤をどのような患者へ使用すべきかの指標にCTC解析が有用性であるという報告が発表された[12]。それは,CRPC患者の末梢血から得たCTCにおいて,アンドロゲン受容体のスプライシングバリアント-7(AR-V7)を有する症例に対しては,新規アンドロゲン剤のエンザルタミドやアビラテロンがほぼ有効性を示さないという報告である。さらに,逆にタキサン系抗がん剤は,AR-V7陽性もしくは陰性に関わらず,独立して一定の有効性を示すということも明らかとなった[13]。つまり,末梢血CTCにてAR-V7陽性を示す患者には,エンザルタミドやアビラテロンの使用は利益がなく,タキサン系化学療法を優先すべきであると結論付けられる。まさしくこれは,CRPC患者へ適切な薬剤選択を行なうprecision medicineであるが,著者ら施設でも,CRPC患者に対してはCTCスクリーニングを行なっており,個々の患者への薬剤選択に有用である(図1)。

図1.

順天堂大学病院泌尿器科CRPC患者からのCTC解析結果(AdnaTest)

6人のCRPCからCTCを採取,AdnaTest(Qiagen社)を使用している。前立腺がん細胞であることはPSA発現で確認できる(Patient 1はCTC検出されず)。アンドロゲン受容体AR発現も確認した。Patient 3, 4はAR-V7陽性例である。

DNA修復遺伝子変異前立腺がんに対するゲノム医療・precision medicine

近年は,様々ながん種への免疫チェックポイント阻害薬の登場とともに,DNAミスマッチ修復遺伝子異常やマイクロサテライト不安定性(Microsatellite instability:MSI)が注目を集めている。ミスマッチ修復遺伝子異常の有無が免疫チェックポイント阻害薬の効果を予測するバイオマーカーになるという報告,つまりがん組織においてMSIを有する固形がんには,抗PD-1抗体が期待できるといった報告が発表された[14]。これによって我が国でもMSI検査を行なって,MSI-highであれば,標準治療抵抗性の進行固形がんに対して,ペンブロリズマブ(キイトルーダ®)の使用が保険適応となった。進行性前立腺がんに関しても,MSIの状態と抗PD-1抗体治療効果の解析が,小数例ながら報告されており[15],前立腺がんに対しては全体でみると有効性のデータの少なかった免疫チェックポイント阻害薬治療も,ゲノム情報に基づいて適切な症例へ使用すれば,有効性を引き出せる可能性がある。

このDNA修復遺伝子とは,X線などによりDNAが損傷した場合,DNAを修復する機構に関与する遺伝子の総称で,代表的なものにBRCA1/2ATMなどの遺伝子がある。その修復機構には,ミスマッチ修復や相同組み換え機構など様々な機序があるが,DNA修復遺伝子の異常は発がん過程やがんの進行抑制において重要となる。Olaparibというポリ(ADP-リボース)ポリメラーゼ(PARP)阻害剤は,日本ではまだ承認されていないが,卵巣がんや乳がんにて試験が進んでいる新規経路薬剤である。Olaparibは,DNA修復遺伝子変異欠損のあるがんに対して,合成致死性,つまりBRCA1/2が変異している状態で,PARP活性が低下していると,相同組換えによる修復がうまく行えず,細胞死を引き起こすことで有効性を示す。実際に海外で行われたCRPCに対する第Ⅱ相試験では良好な成績が示されており[16],タキサン系化学療法など既存の治療後のCRPC患者へOlaparibを投与したところ,全体の奏効率は33%であったが,BRCA1/2をはじめとするDNA修復遺伝子が変異欠損している例に限ると,88%の奏効率を示した。また全生存期間も,変異欠損あり群では,変異なし群と比べて有意に延長した(図2)。結果,PARP阻害薬とは,DNA修復遺伝子が変異欠損している患者にとっては全生存率を延長できる有望な薬剤といえ,現在世界で第Ⅲ相試験の施行中である。がん組織におけるDNA修復遺伝子のゲノム情報が適切な薬剤選択が可能となる。

図2.

Olaparib使用のCRPC患者におけるDNA修復遺伝子異常の有無と全生存率

DNA修復遺伝子異常を有する患者に対してPARP阻害薬であるOlaparibを使用すると,有意に全生存率が良好であった。

(文献16より引用)

おわりに

前立腺がん領域におけるprecision medicineの普及は,ガイドラインのみでは予後を延長できなかった少数集団の予後延長にも寄与できる可能性がある。ゲノム情報解析手技としては,低侵襲であり,かつ治療経過で刻々と変化する遺伝子プロファイルを継時的にモニタリング可能となるLiquid biopsyが有効である。近い将来,実臨床でも,採取した末梢血採血サンプルから病院の検査室にて短時間で遺伝子プロファイル解析ができ,その結果により最も有効な薬剤をすぐに選択できるようなゲノム医療が,様々ながん治療の現場で実現可能になることが期待される。

【文 献】
 

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