日本内分泌・甲状腺外科学会雑誌
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特集2
婦人科癌のゲノム医療
関根 正幸西野 幸治榎本 隆之
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2020 年 37 巻 2 号 p. 126-130

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抄録

婦人科癌におけるゲノム医療は,生殖細胞系列のBRCA1,2遺伝子変異を原因とする遺伝性乳癌卵巣癌(HBOC)と,ミスマッチ修復(MMR)遺伝子変異(病的バリアント)を原因として子宮体癌を好発するLynch症候群を端緒に,それぞれの遺伝性腫瘍に感受性を示す薬剤であるPARP阻害薬オラパリブと免疫チェックポイント阻害薬ペンブロリズマブを中心として臨床現場に普及し始めている。実臨床では,オラパリブ感受性の臨床的なサロゲートマーカーとしてプラチナ感受性が用いられ,ペンブロリズマブの感受性検査としてマイクロサテライト不安定性(MSI)検査が,MMR機能欠損を反映する腫瘍組織を用いたPCR検査として保険適応となり,コンパニオン診断として利用されている。他の領域と比較するとまだまだ使用可能な薬剤が少なく,立ち遅れている感が否めないが,上記2剤の承認により婦人科癌の治療が一気に変化しつつある。本稿ではこれら婦人科癌におけるゲノム医療の現状と展望について,がん遺伝子パネル検査の話題も加えて概説する。

1.婦人科ゲノム医療のコンパニオン診断

BRCA遺伝学的検査>

BRCA遺伝学的検査は,オラパリブの選択を目的とするコンパニオン診断としての用途と,乳癌あるいは卵巣癌発症者に対するサーベイランスとリスク低減手術を目的とする用途の2つの適応で保険承認されている。

1)PARP阻害薬(オラパリブ)

これまでは,既往歴や家族歴を考慮したHBOC家系を対象とした自費検査として行われてきたが,2019年6月にPARP阻害薬オラパリブの適応を決めるためのコンパニオン診断として承認された。対象は,FIGO StageⅢ/Ⅳ期の上皮性卵巣癌/卵管癌/腹膜癌と診断され,白金系抗悪性腫瘍剤を含む初回化学療法で奏効が維持されている患者の維持療法において,オラパリブの処方を検討する患者である。検査前の説明は,主治医が患者に対してその検査の意義や限界について十分な説明を行い,Ⅲ/Ⅳ期症例でのBRCA遺伝子生殖細胞系列変異(病的バリアント)率が24.1%であること,組織型別では,漿液性20~28.5%,類内膜6.7%,明細胞2.1%,粘液性0%であることを説明することが重要である[](表1)。

表1.

組織型別の生殖細胞系列BRCA変異率

コンパニオン診断として本邦で認可されているのは,Myriad Genetics社の「BRACAnalysis」である。BRACA­nalysisは,PCRおよびサンガーシークエンスを解析手法としており,シーケンスでは検出が困難な大規模な欠失・重複の検出に有用なMLPA(Multiplex Ligation-dependent Probe Amplification)法は含まれていない。

検査をするタイミングは,その結果によって初回化学療法におけるベバシズマブの併用を行うかどうかを判断する必要があるため,初回化学療法を開始する前に,Ⅲ/Ⅳ期が確定した段階で,すみやかに検査を実施する必要がある[]。図1に当科における検査と治療のフローチャートを示す。

図1.

Ⅲ/Ⅳ期卵巣癌患者に対するBRCA遺伝学的検査の流れ

2)サーベイランスとリスク低減手術

乳癌あるいは卵巣癌の既発症者に対して,今後発症するかもしれない乳癌あるいは卵巣癌に対する予防診療が,2020年4月より保険収載されている。このHBOC診療において保険収載されている項目は,①BRCA1/2遺伝学的検査の必要性を説明するための指導管理料(300点),②血液を検体としたBRCA1/2遺伝学的検査(20,200点),③乳癌患者のうちHBOCと診断されたものに対するリスク低減卵管卵巣摘出術(risk reducing salpingo-oophorectomy:RRSO)(開腹17,080点,腹腔鏡25,940点),および対側の乳房切除術(contralateral risk-reducing mastectomy:CRRM)(6,040点)および乳房再建術,④卵巣癌患者のうちHBOCと診断されたものに対する両側リスク低減乳房切除術(bilateral risk-reducing mastectomy:BRRM)(6,040点)および乳房再建術,⑤HBOCと診断された患者に対する乳房サーベイランス:乳房切除術を選択しなかったものに対する乳房MRI加算(100点),⑥BRCA1/2遺伝学的検査の結果についての遺伝カウンセリング(遺伝カウンセリング加算1,000点),である。

上記のリスク低減手術を施行する臨床上の問題点としては,

① RRSO後のホルモン補充療法は,乳癌既往のある方には原則として禁忌とされている,

② HBOCでは子宮体部漿液性癌に罹患するリスクが高くなるとの報告から,RRSO時に子宮摘出を併施する施設があるが,RRSO施行時の子宮摘出は保険収載されていない,

③ RRSOでの卵管,卵巣と違い,RRMによる乳房の病理学的検索は確立した方法がない,

などが挙げられ,今後の議論が必要である。

3)検査の実際

BRACAnalysisの結果は5段階で報告され,オラパリブの適応となるのは,①POSITIVE FOR A DELETERIOUS MUTATION(病的バリアント)と②GENETIC VARIANT, SUSPECTED DELETERIOUS(病的バリアント疑い)であり,発端者に対する検査結果の遺伝カウンセリングが必要となる。その際には,発端者のリスク低減手術やサーベイランスに関してだけでなく,血縁者に対する遺伝子検査と遺伝カウンセリングの考慮に関しても説明を加える必要がある。③GENETIC VARIANT OF UNCERTAIN SIGNIFICANCE(臨床的意義不明のバリアント)は,オラパリブの適応とはならないが発端者に対する遺伝カウンセリングが必要で,その場合は既往歴や家族歴などに基づいた個々のリスク評価が必要になる。④GENETIC VARIANT, FAVOR POLYMORPHISM(遺伝子多型の可能性),⑤NO MUTATION DETECTED(遺伝子多型)の結果説明の際にも,説明する担当医は,BRCA1/2遺伝子検査の限界と卵巣癌リスクを上昇させる遺伝性腫瘍の原因遺伝子がBRCA遺伝子だけではないことを説明し,可能であれば既往歴や家族歴などに基づいた個々のリスク評価を行うことも望まれる。

コンパニオン診断としての費用は,2万200点(20万2,000円)が保険収載されている。3割負担では約60,000円となる。BRACAnalysis に続いて,2019年9月にはパネル検査であるFoundationOne®CDxもコンパニオン診断としての追加承認を取得している。

<ペンブロリズマブに対するマイクロサテライト不安定性検査>

マイクロサテライト不安定性(microsatellite instability:MSI)検査は,ペンブロリズマブの投与判断を目的とするコンパニオン診断と,Lynch症候群のスクリーニングを目的とする用途の2つの適応で保険承認されている。

ペンブロリズマブはPD-1に対するモノクローナル抗体であり,不活性化T細胞上のPD-1に結合することにより,がん細胞や免疫細胞上のPD-L1/L2との結合を阻害しT細胞を再活性化する。マイクロサテライト不安定性(MSI)とは,DNAに存在するマイクロサテライト領域のDNA複製エラーをミスマッチ修復(MMR)タンパク質の複合体が修復するが,MMR機能が欠損するとエラーが修復されず,マイクロサテライト領域が正常のゲノムDNAと異なる反復回数を示す現象である。MMR機能が欠損した癌細胞は「MSI-High固形癌」と呼ばれ,子宮体癌,胃癌,小腸癌,結腸・直腸癌,子宮頸癌など,消化器癌,婦人科癌で比較的発現頻度が高いことが報告されている[]。MSI-High固形癌では,MSI-High以外の癌に比べて約25倍の体細胞遺伝子変異を持つことが報告されており[,],腫瘍特異抗原(ネオアンチゲン)の発現が高くなることで,T細胞の認識を受けやすくなることが考えられている。

「MSI検査キット(FALCO)」は,2018年12月に保険適用され,局所進行または転移性のMSI-High固形癌が対象である。MSI検査キットでは,5種類のマイクロサテライト領域をマーカーとして,それぞれでMSIを判定する。2マーカー以上陽性であれば「MSI-H(MSI-High)」,1マーカーが陽性の場合は「MSI-L(MSI-Low)」,陽性マーカーが0の場合は「MSS(MS Stable)」と判定する。ペンブロリズマブの適応を判定する目的で検査を行う場合,「MSI-H」のみが適応となる。

MSI-Hの症例ではLynch症候群の可能性を考慮し,詳細な家族歴の聴取など遺伝カウンセリングを行い,確定診断としてのMMR遺伝学的検査の考慮が必要になる。コンパニオン診断としての保険点数は,ペンブロリズマブの選択を目的とする場合も Lynch症候群の検出を目的とする場合も2,100点である。

2.がん遺伝子パネル検査

2019年6月に遺伝子パネル検査として「OncoGuideTM NCCオンコパネル」と「FoundationOne®CDx」の2つの検査が保険収載されているが,FoundationOne®CDxはプロファイリング機能と同時に,BRCA1/2変異(病的バリアント)に対するオラパリブの投与判断のためのコンパニオン診断機能も有しており,324遺伝子と多数のがん関連遺伝子を搭載し,腫瘍遺伝子変異量(tumor mutation burden;TMB)の測定が可能であることが利点である。一方で,血液による生殖細胞系列の解析を同時に行わないため,遺伝性腫瘍が疑われる症例では,追加検査の必要性が問題となる。パネル検査で最も高率に同定されるBRCA1/2を例にとると,そのBRCA1/2病的バリアントが体細胞性のみである頻度は3.5~9%と報告されており[],多くは生殖細胞系列であると考えられる。そのような場合,遺伝性腫瘍の確定診断として生殖細胞系列の遺伝学的検査(シングルサイト検査)の考慮が必要になる。この確定診断を行うかどうかは,2019年12月に改訂されたAMED小杉班のパネル検査二次的所見患者開示推奨度別リスト(Ver2.0)が参考になる[]。その中で婦人科癌の発症に関与する遺伝子群の推奨を表2にまとめた。Lynch症候群関連遺伝子では,MLH1MSH2のみがNCCオンコパネルにて生殖細胞系列(Germline)検査が可能になっている。TP53に関しては,家族歴や既往歴などにより臨床的に強く疑われる場合だけ検査を推奨し,むしろ積極的に検査しない方向であることに注意が必要である。

表2.

パネル検査二次的所見 患者開示推奨度別リスト 第2版

コンパニオン診断では,有効性が確立している特定の薬剤の投与可否の判断に使われるのでより早期の患者が対象となるが,プロファイリング機能としてのパネル検査はより進行した患者,従来の治療法の限界が見え始めた時点を対象と判断する場合が多い。オラパリブの投与判断でFoundationOne®CDxとBRACAnalysisのどちらを選択するかについては,コンパニオン診断としての保険点数は一律であり,パネル検査であるFoundationOne®CDxは検査コストが高いというデメリットを考慮して,各施設ではBRACAnalysisが選択される症例が多いようである。FoundationOne®CDxをオラパリブのコンパニオン診断として使用した場合,コンパニオン検査結果が優先して患者に提供される。このような症例での結果開示に関して,2020年3月に改訂された「次世代シークエンサー等を用いた遺伝子パネル検査に基づくがん診療ガイダンス」[]では,「現在の保険診療上では抗悪性腫瘍剤による治療法の選択を目的として特定の遺伝子の変異の評価を行った際に併せて取得している包括的なゲノムプロファイルの結果を,標準治療の終了(終了見込み)となった時点でエキスパートパネルでの検討を経た上で患者に返却し,治療方針等について文書を用いて患者に説明することができる」,と記載している。遺伝子パネル検査であるFoundationOne®CDxは,同一の検査にもかかわらず,コンパニオン診断として実施されるか,プロファイリング検査として実施されるかによって患者にとっての意味合いが異なり,結果開示にも時間差が生じ,プロファイリング結果に最新の臨床試験情報が反映されるかどうかなどの課題が指摘されている。

3.今後の展望

婦人科癌で最もゲノム医療が進んでいる卵巣癌では,オラパリブに次ぐ第二のPARP阻害薬としてニラパリブの製造販売承認申請が,2019年11月に行われた。今回の申請は,Phase2のQUADRA試験[],Phase3であるNOVA試験[10]の結果に基づくものであり,国内では日本人患者を対象としたPhase2のNiraparib-2001,2試験が進行している。ニラパリブはオラパリブ同様の内服薬で1日1回投与という利点をもち,米国食品医薬局(FDA)では2019年10月に既に承認されている。その対象は,3種類以上の化学療法歴があり,相同組換え修復異常(homologous recombination deficiency:HRD)陽性の進行卵巣,卵管または原発性腹膜癌が対象となっており,そのHRD陽性判定のためのコンパニオン診断として,腫瘍におけるMyriad myChoice コンパニオン診断検査を承認している。

PARP阻害薬はBRCA遺伝子生殖細胞系列変異(病的バリアント)を有するHBOC卵巣癌だけでなく,体細胞性変異(病的バリアント)を含むHRDを示す腫瘍に対しても合成致死により効果を示す。HR関連遺伝子としては,BRCA1/2に加えてBRIP1PALB2RAD51CRAD51DATMATRNBNSLX4BARD1BLMCHEK2RBBP8MRE11AXRCC2などが挙げられるが,上記遺伝子に生殖細胞系列変異(病的バリアント)を有する患者は,BRCA1変異(病的バリアント)患者とほぼ同様の予後を示し,HR関連遺伝子に病的バリアントを認めない患者より予後良好であることも示されている[11]。前述のMyriad myChoice コンパニオン診断検査は,loss of heterozygosity(LOH),telomeric allelic imbalance(TAI),large-scale state transition(LST)の3つを総合的に評価するHRD scoreを採用している[1213]。

今後本邦でも,HRD陽性の進行卵巣癌を対象にニラパリブが承認されるであろう。ニラパリブはオラパリブよりも強いPARP trapping効果を示すことが報告されており[14],オラパリブ耐性症例への効果に関しても注目が集まっている。さらに,PARP阻害薬と血管新生阻害薬あるいは免疫チェックポイント阻害薬の併用に関する臨床試験が多数進行しており,婦人科における癌治療は日々変化している。癌治療を担う婦人科医として,最新かつ正確な情報収集と,丁寧な患者説明がより一層求められることを肝に銘じておきたい。

【文 献】
 

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