日本内分泌・甲状腺外科学会雑誌
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特集1
抗甲状腺モノクローナル抗体JT-95の基礎と臨床応用
馬目 佳信武山 浩
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2020 年 37 巻 2 号 p. 78-81

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抄録

抗甲状腺モノクローナル抗体JT-95は糖鎖結合型ファイブロネクチンを認識する抗体である。この抗体は甲状腺乳頭がんの患者組織の約96%と反応するため,乳頭がんの鑑別や診断,治療への応用が期待されている。ここでは抗体の作成された経緯や性質,現在の研究の現状について述べる。

はじめに

正常細胞とがん細胞の違いを識別する抗体の作製の試みは非常に古くから行われており,最初はポリクローナル抗体を用いて,その後1975年にケラー&ミルスタインによりモノクローナル抗体作成技術が確立した後は,モノクローナル抗体を用いてがん細胞に特異的に反応する抗体の作成が試みられるようになってきた。1980年代に入ると世界中で多数の腫瘍関連抗原に対する抗体が作成され,後にそれらは診断薬として利用されるようになった。1990年代に入ってキメラ化,ヒト化ができるようになると,ミサイル療法や分子標的薬などの治療にも用いられるようになっている。甲状腺乳頭がんを認識するモノクローナル抗体JT-95もこの時代に作成されたものである[]。

抗体の必要性

なぜ甲状腺乳頭がんに対する抗体を作成する必要があったのだろうか。それは甲状腺がんの診断の曖昧さに起因する。甲状腺結節は発生の頻度が高いため,臨床でもかなりの数が見つかるが,この時甲状腺がんとの鑑別を行わなければならない。実際には甲状腺シンチグラムやエコー超音波検査が行われることになるが,これらだけで甲状腺がんの確定診断を行うには不十分である。当時からすでに,最も信頼できる検査は甲状腺細針生検(Fine Needle Aspiration)であった。この検査で得られた細胞を見て病理医が判定を下す。この結果,良性との回答があれば疾患は良性,一方悪性と判断されれば,乳頭がん,乳頭状変異のある濾胞がん,髄様がん,未分化がん,甲状腺リンパ腫,甲状腺に転移したがん,などと所見により分類される。(ただし,良性の濾胞性腺腫と全甲状腺がんの約12%を占める濾胞性がんについては区別不能なこともある。)ここで問題となるのは,施設によっては結果が診断不能(約5~10%:このうち再検査により50%で診断が可能となる),あるいは,悪性疑い(約10%:このうち約25%が手術で悪性と判明する)などとの回答が返ってくることである。最も信頼できるはずの検査であるにもかかわらず,甲状腺細針生検で必ずしも確定的な診断ができない場合があるため,より精確に甲状腺がんの診断をサポートする技術が必要と思われたからである。

JT-95の作成

正常細胞では組織が障害された時,修復するために細胞の分裂と増殖が起こるが,この場合,周囲の細胞と接すると増殖が停止する。この接触抑制(contact inhibition)が見られないことががん細胞の特徴と考えられている。このように,がん細胞は周囲の細胞と接しても抑制が効かず無限に増殖を繰り返すことから,当初からがん細胞では細胞の接触面,すなわち細胞膜に何らかの異常があると思われてきた。そこで,まず患者から手術で得られた甲状腺乳頭がんの組織を破砕して,細胞膜と細胞質,核,その他の成分に分離した。次に,細胞膜成分をショ糖密度勾配超遠心法によって高密度すなわちタンパクなど重い成分の含まれている heavy regionと通常の膜の密度membrane regionに分画し,それぞれの分画をマウスに免疫を行ってモノクローナル抗体を作成した。その中の抗体の1つがJT-95である。この抗体は数多くのクローンの抗体産生細胞から,甲状腺乳頭がんに特異的に反応するものとして選ばれた抗体である。その選択の基準は,作成した全ての抗体をまず組織との染色性で確認し,酵素抗体法と合わせて正常細胞と反応するクローンは排除,甲状腺乳頭がんの組織の膜表面を認識するものをスクリーニングして採用する。その後,得られた抗体を1つずつ複数の患者の検体で確認して反応性を調べるといった方法が用いられた。これは甲状腺細針生検での病理診断を意識してのものであったが,当時のモノクローナル抗体のほとんどが抗原の量的なスクリーニングにより作成されたこととは対照的であろう。

抗体のクラス

JT-95が確立されると,まず抗原を認識する抗体のアミノ酸配列が同定された。その結果分かったことは,この抗体の重鎖がμ鎖より成っていることであった。これは抗体のクラスがIgMであることを示す。他の多くの腫瘍関連のモノクローナル抗体のクラスはIgGでありIgMのものは稀である。そのため,試薬や治療薬として用いるためには若干の制約が生ずる。すなわちIgMはIgGと異なり抗体のカルボキシル末端がJ鎖でつながれていて5量体を形成するため,分子量が大きく(マクログロブリンとも呼称される),そのため大部分が血管内に存在し,局所やリンパ系への移行が悪い。また半減期も5.5日と短く(IgGは約23日),IgGと異なって胎盤の通過性もない。さらに定常域末端が係留されているため,マクロファージなどの食作用を持つ細胞やNK(Natural Killer)細胞が持つレセプターと結合することができない。従って生体内でのオプソニン作用や,抗体依存性細胞性細胞傷害(ADCC)活性などが期待できない。そこで,IgMをヒト型やキメラのIgG型に変換したり一本鎖化を行ったりしたが,5量体構造が崩れると抗原との結合力が極端に低下する。このことから,現在はこの抗体はIgMのままで利用することを推奨している。

甲状腺がん細胞への効果

甲状腺がん細胞にJT-95を直接作用させると,細胞がアポトーシスを起こす。アポトーシスが誘導される機序について,抗体の作用で発現が変化する遺伝子をマイクロアレイ法で調べてPassWay解析を行ったところ,転写量が最も大きく変動した遺伝子群は細胞死そのものを誘導するものではなく,細胞が移動したり接着したりする際に変動する遺伝子群であった。すなわち細胞に抗体が作用すると最終的にはCaspase3や8の活性が上昇するが,それはDeath signalが関与するものではなく,直接的には甲状腺がん細胞への抗体による凝集や架橋などが影響していると考えられた。実際に細胞障害が起こらない濃度でも,JT-95を甲状腺がん細胞に作用させると甲状腺がんの細胞の動きが制限される。また,白血球と共培養すると白血球による甲状腺がん細胞への認識や結合もJT-95投与で量依存的に阻害される。これらは多価抗体として作用するIgMのクラスの特徴によると思われる。補体の利用についてもIgGと異なり,IgMの場合は1分子のみの結合で補体を活性化できるためがん細胞膜に対して膜攻撃複合体(MAC)を形成しやすい。これらの性質についてはIgMの特徴となる点であろう。

JT-95の認識する抗原

甲状腺がん細胞の培養上清からJT-95抗体とのアフィニティを利用して抗原が精製され,アミノ酸シークエンスでこの抗原の部分アミノ酸配列が決定された。結果をデータベース検索したところファイブロネクチンが合致し,現在では抗原はシアル酸が結合した糖鎖結合型のファイブロネクチンであることが知られている[]。また,シアル酸が結合したファイブロネクチンはリンパ節転移と関連することも明らかとなった[,]。甲状腺がん細胞を可溶化し,糖鎖をBlotGlyco法で取得し質量解析,レクチンとの反応性を調べたところ,抗原はα2-6/α2-3シアル酸N-結合型糖鎖を持つことがあらためて確認された。ファイブロネクチンの構造を調べると,N-結合型糖鎖が付加できるアミノ酸配列は分子に8か所しか持たない。これらの結合部位を1つずつ欠失させて反応性を調べたところ,ファイブロネクチンのヘパリン結合部位に近い部分にJT-95の認識部位があることが分かっている。実際に甲状腺がん細胞でこの部位の糖鎖結合部位を欠失させるとJT-95が反応しなくなる。

JT-95の臨床応用

免疫組織検査:免疫電顕で局在を調べた結果から,モノクローナル抗体が認識する抗原は細胞では細胞表面にのみ存在することが判明した。すなわち細胞膜上にだけ抗体の認識する腫瘍関連の抗原が認められる。また抗原は細胞膜に広く均一に存在することから,組織や細胞の免疫染色による診断に用いることができる。専門の13施設で行われた組織の免疫染色の結果を示す[](表1)。

表 1 .

JT-95 染色結果(13施設288例)

このように乳頭がんでの陽性率は96%であり,高い陽性率を示すことが本抗体の特徴である。乳頭がんでの陽性率に関しては,他の試験や細胞診を用いた他の結果でもほぼ同様の値が得られている[,]。

これがどのような意義を持つかについて考えてみよう。そのためにまず甲状腺がんの罹患率を推定する。これまでの複数の既報論文の結果をまとめて超音波診断で甲状腺結節の発生率を調査した結果,精検受診率を100%とした場合甲状腺がんの罹患率は0.38%と推定される報告があるため[],この値を甲状腺がんの罹患率と仮定する。そのうち90%を乳頭がん,乳頭がんの96%がJT-95で陽性として統計解析を行うと,有病率=0.0034(0.0038×0.9),感度(真陽性率)=0.96,特異度(真陰性率)=0.809 TN/(TN+FP),陽性的中率=0.017 TP/(TP+FP),陰性的中率=0.99988 TN/(TN+FN),偽陽性率=0.044 FN/(TP+FN),偽陰性率=0.191 FP/(TN+FP),正確度=0.809 (TP+TN)/ total,陽性尤度比=5.005 感度/(1-特異度),陰性尤度比=0.054 (1-感度)/特異度などの結果が得られる(TN, TP, FN, FPはそれぞれ True Negative, True Positive, False Negative, False Positiveを示す)。ここでそれぞれについて詳しくは述べないが,この中で特に注目すべきは陰性的中率でありこの値は0.99988と極めて高い。これはもし検査で陰性であれば組織はほぼ乳頭がんでないと診断して差し支えないレベルであることを意味する。このことから本検査は病理医が陽性か陰性か迷ったとき,JT-95で免疫染色して結果が陰性だった場合は乳頭がんでないと判断する根拠に役立つことなどが期待される。

酵素抗体法(ELISA)を用いた血液検査:抗原は細胞膜上に存在するだけでなく細胞で産生されて細胞外に放出される。そのため研究当初から血液診断やスクリーニングへの応用が期待されていた。抗ファイブロネクチン抗体やJT-95そのものをキャプチャー抗体とした2抗体サンドイッチ法により,患者の血清を測定して初発例の甲状腺がんでの陽性率が51%,再発例では80%であることが示されている[]。このデータは例数も少なく比較的大きな甲状腺がんの症例が多かったため,その後に測定法の改良を含めた臨床検体を用いた検証が進められている。抗体が認識する抗原が糖鎖抗原であり甲状腺がん自体も女性に多いため,測定値が血液型や性別,年齢などに影響されないかどうかについて検討された。その結果これらの因子によって値はほとんど変動しないことが確認され,その後の試験でも乳頭がん患者71例と対照群41例の臨床試験で甲状腺乳頭がんの患者の血漿中の値が有意に(p=0.0352)高いことが示された。しかし,甲状腺乳頭がんの患者でも大きさにより差が検知できない場合があったり,腫瘍が大きくても値が必ずしも高くない例があったりすることから,臨床に応用する場合,糖鎖結合型ファイブロネクチンの値がどのような時にどの程度血中に現れてくるのかについての検討を進めている。

イムノクロマトキットの開発:ELISA法は血液中の抗原量が直接測定できるため腫瘍の大きさと血液中の抗原量に相関がある場合には,検査値から患者の臨床像が判断できるのが大きな魅力だが,外来で簡便に抗体を利用するためにはイムノクロマトのように迅速に結果が判断できる方法の開発も必要である。現在多くあるイムノクロマトキットはIgGを利用したもので,IgMクラスのものはほとんど見当たらない。試験的にアドテック社によりイムノクロマトキットの作成が行われ,この方法では80マイクロリットルの血漿をキットに滴下することにより,30分以内に血中の抗原の有無を知ることができる。実際に16例を用いて検出を行ったところ甲状腺がん群での陽性率は50%であった。迅速診断としての価値が示されたので今後感度の設定とキットの最適化を行っていく。

微量定量のための高感度化:甲状腺乳頭がんの症例で血液中の抗原が高い患者ではがん摘出後の再発や転移など臨床経過を追っていく場合,腫瘍マーカーとしての利用が役に立つ。例えば,術後一旦消失した血液中の抗原の再上昇をいち早く知るなどのために抗原の微量検出と定量が必要である。このような場合,蛍光による検出が高感度であるため蛍光ナノ粒子(量子ドット)を抗体に結合させて抗原の検出を試みた[10]。蛍光ナノ粒子は若干高価であり検査薬としての使用には制限があるものの,他の蛍光色素より安定でJT-95に結合させると微量の抗原が定量できるため,抗体は腫瘍マーカーの測定として役立つと思われる。

おわりに

今回,抗甲状腺モノクローナル抗体JT-95をめぐる研究の現状の状況と臨床応用への可能性を示した。ここでは述べなかったが,ドラッグデリバリーシステムとしての可能性やバブルとの結合による音響化学療法での応用,温度応答性磁気ナノビーズを利用した簡便迅速診断法の開発の現況についても示した。この抗体は甲状腺乳頭がんへの感度が高いため,診断薬や治療法として利用が可能であろう。今後の開発による臨床での応用が期待される。

【文 献】
 

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