日本内分泌・甲状腺外科学会雑誌
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特集1
軽症の原発性副甲状腺機能亢進症に対して外科治療は推奨されるか:患者と共有すべき臨床研究の成果
岡本 高宏
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2020 年 37 巻 2 号 p. 97-104

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抄録

今日の原発性副甲状腺機能亢進症は,その多くが偶発的に発見され,血清カルシウム値の上昇が軽度で自覚症状を伴わない。海外の観察研究によれば患者の40%以上は外科治療を受けていない。「どのような症例に手術を勧めるべきか?」は40年以上にわたって問われ続けてきた重要な疑問である。国際ワークショップの推奨する適応要件は判断の一助となるが,これらを機械的に当てはめるだけでは対話は成立しない。「手術を受けるとどんな良いことがあるのか?」,「手術で起こりうる,好ましくない事象は何か?」,「手術を受けないと悪化するのか?」など,これらの疑問に答えるべく多くの臨床研究が先人によって積み重ねられてきた。それらの成果を学んで患者と共有できたとき,私たちは臨床医としての役割を果たしたことになる。さらに,未解決の疑問に挑戦することこそ,内分泌外科をサブスペシャルティとする専門医に課せられた責務である。

はじめに

原発性副甲状腺機能亢進症は副甲状腺に生じた腫瘍が副甲状腺ホルモンを過剰産生する結果,高カルシウム血症をきたして様々な症状を呈する疾患である。骨病変(汎発性繊維性骨炎)あるいは尿路結石が典型的症状であるが,口渇や関節痛,疲労感などの非特異的症状を伴うことも知られている。原因となる副甲状腺腫瘍の多くは良性(腺腫あるいは過形成)であり,病変を摘出することで根治できる。しかし,健康診断の血液検査などがきっかけで偶発的に発見される場合には高カルシウム血症の程度が軽く,かつ無症状のことも多いことから[,],外科治療の必要性については1980年代から議論されてきた[,]。Wermers ら,そしてGriebelerらは患者の大半が手術以外の方法で管理されていることを報告した(図1)[,]。

図1.

原発性副甲状腺機能亢進症の初期管理

いわゆる無症候性の原発性副甲状腺機能亢進症で,どのような患者に外科治療を勧めるべきか?この疑問に応える形で提唱されたのが米国National Institute of Health(NIH)の目安である[]。過去3度の改訂を通じて国際ワークショップが提唱する診療ガイドラインとなり,最新版では①血清カルシウム値が基準値上限よりも1.0mg/dLを超える,②一日の尿中カルシウム排泄量が400mgを越え,かつ腎結石のリスクが高い,③クレアチニン・クリアランスが 60ml/min未満である,④DEXA法による骨密度がTスコアで2.5を越える減少がある,⑤椎体骨折の既往がある,⑥年齢が50歳未満,そして⑦経過観察を望まないか適さない患者の状況,のいずれかであれば手術を勧めている(表1)[]。ただし,これら推奨要件の根拠となる明確なデータは示されていない。国際ワークショップのグループ3は“Question 11:What are the indications for surgery?”について検討したとされるが[],同グループからの報告にエビデンスの記載はない[]。

表1.

無症候性の原発性副甲状腺機能亢進症に対する手術適応

臨床の現場でこれらの要件を考慮はするものの,機械的に当てはめて判断するのは適切でない。本稿では患者との対話に必要な知識を臨床研究の成果から探る。

クリニカル・クエスチョン

手術を受けるのが良いのかどうか。外科治療を勧めるべきか。最も悩むのは古典的症状がなく,かつ血清カルシウム値が基準値上限よりも+1.0mg/dL以下の原発性副甲状腺機能亢進症である。血清カルシウム値が12mg/dLを超えていれば手術適応に異論はないであろう。当初,NIHの目安は血清カルシウム値を基準値上限+1.0~1.6mg/dLをとしていたが,2002年以降のガイドラインが示す手術適応の境界値は基準値上限+1.0mg/dLである(表1)。また,古典的症状すなわち汎発性繊維性骨炎や腎(尿路)結石があれば血清カルシウム値にかかわらず外科治療を勧める。血清カルシウム値と古典的症状の有無が対話の入口である(図2)。

図2.

原発性副甲状腺機能亢進症の手術適応

「古典的症状がなく,かつ血清カルシウム値が 基準値上限よりも+1.0mg/dL以下の原発性副甲状腺機能亢進症に手術を勧めることは推奨されるだろうか?」

ここで考慮するアウトカムは生化学的データ,腎関連事象,骨関連事象,手術成功率,手術合併症,患者視点の健康状態(patient-reported outcomes: PROs)である。既にシステマティック・レビューの報告があるが[1013],研究デザインごとに個々の研究を紹介する。

ランダム化比較試験

軽症の原発性副甲状腺機能亢進症を対象に手術と非手術を比較したランダム化試験は4研究が報告されている[1417](表2)。さらにBollerslevら[15]の試験(Scandinavian Investigation on Primary Hyperparathyroidism;SIPH)では,主に骨関連事象についての追跡結果が2度報告されている[1819]。

表2.

軽症の原発性副甲状腺機能亢進症を対象に手術と非手術とを比較したランダム化試験

(1)生化学的データ

外科治療によって血清カルシウム値や副甲状腺ホルモン値は正常化する[1418]。Bollerslevらは95例,Perrierらは9例に手術を施行し血清カルシウム値,副甲状腺ホルモン値は正常化したと報告している[1517]。ただし,Raoらは手術群25例のうち3例で再発をみた[14]。またAmbroginiらは24例中の1例で手術不成功を経験した[16]。一方,非手術群の血清カルシウム値や副甲状腺ホルモン値は平均的には変わらないか,あるいはやや低下することが示されている[1419]。

(2)腎関連事象

血清クレアチニン値をアウトカムとした2研究で介入による差はなく,また各群で経時的変化を認めなかった[141519]。Ambroginiらは非手術群のクレアチニン・クリアランスについて,初回と1年後の平均値に有意差はなかったとしている[16]。Raoらは3年,Ambroginiらは1年の追跡で非手術群に腎結石の発症を1例ずつ観察した[1416]。LundstamらはSIPH試験の5年成績を報告し,手術群と非手術群のそれぞれに1例ずつ腎結石を認めた[18]。

(3)骨関連事象

骨密度をアウトカムとした3研究のすべてにおいて,手術は有効であった[1012]。有意差を認めたのはRaoらが大腿骨頸部とtotal hip[14],Ambroginiらが腰椎とtotal hip[16]である。SIPH試験では3年の時点で腰椎に有意差があり[15],5年の時点では腰椎,大腿骨頸部,橈骨遠位端部に有意差を認めたが橈骨1/3部には差を認めなかった[1819]。このように手術で効果の現れる骨の部位は一定しないが,皮質骨成分が最も多いとされている橈骨1/3部[2021]では骨密度改善は認められていない。

(4)手術成功率

Raoらは25例中の3例(12%)で再発を経験し[14],Ambroginiらは24例中1例(4%)で不成功に終わった[16]。

(5)手術合併症

Ambroginiらは手術合併症を認めなかった[16]。

(6)患者視点の健康状態(patient-reported outcomes:PROs)

3研究でSF-36を使い,いわゆるQoL(quality of life)を評価した[1416]。さらに,心の健康(psychological well-being)を評価するためにRaoら,AmbroginiらはSCL-90R(the Symptom Checklist-90-Revised)を使い,SIPH研究では CPRS(the Comprehensive Psychopathological Rating Scale)を使用した。これら調査票のいくつかの下位尺度において,手術群は非手術群に比べて,統計学的有意差をもって改善することが示されている[1416]。ただし,観察された差が臨床的に意味のある差と言ってよいかどうかは分かっていないことをHoriuchiらは指摘した[13]。

観察研究(臨床経過)

治療前後の経過を臨床経過 clinical courseという。表3には軽症,無症候性の原発性副甲状腺機能亢進症を対象に手術前後でアウトカムを比較した臨床経過の報告(before-after study)6研究[2227]を示した。

表3.

軽症,無症候性原発性副甲状腺機能亢進症の臨床経過(前向き観察研究)

(1)生化学的データ

Okamotoらの研究では全例で血清カルシウム値が正常化した[22]。Blanchardらは4%で高カルシウム血症が持続し,Bannaniらは術後6カ月の時点で治癒率は98.2%であったと報告している[2427]。

(2)患者視点の健康状態(patient-reported outcomes:PROs)

OkamotoらはGHQ(General Health Questionnaire)28項目版を使って精神症状を調査した。精神症状ありとされた15例(58%)は術後3カ月で臨床的・統計学的に有意に改善したが,その程度は時間とともに縮小し,維持されなかった[22]。5研究がQOLを評価した[2327]。測定用具としてSF-36を用いた3研究では,術後1年の時点でいくつかの下位尺度で統計学的に有意な改善を観察した[232427]。15Dを使用したRyhänenらは術後6カ月の時点で臨床的に有意な改善を認めている[25]。ZonaccoらはPROMIS(The Patient-Reported Outcomes Measurement Information System)でQoLを測定し,術後3週間で8つの下位尺度において臨床的・統計学的に有意な改善を報告した[27]。

(3)非特異的症状

Okamotoらは体重,関節痛,便通回数,排尿回数を測定しそれらすべて変化を認めなかった[22]。Bannaniらは25の症状について聞き取りを行い,術後1年の時点で,normocalcemic群で2症状(口渇,疲労),hypercalcemic群で9症状(食欲不振,体重減少,口渇,頭痛,骨痛,筋消耗,便秘,疲労,そして不安)の改善を報告した[27]。

(4)手術合併症

Bannaniらは術後血腫を0.9%,反回神経麻痺を2.6%で経験した[27]。

観察研究(自然歴)

無治療での経過を自然歴 natural historyという。原発性副甲状腺機能亢進症の自然歴を明らかにしようと試みた臨床研究は6報告ある(表4)。

表4.

軽症,無症候性原発性副甲状腺機能亢進症の自然歴

(1)生化学的データ

Scholzらは未治療,軽症,無症候性の126例を10年追跡した。このうち51例(40%)が死亡または追跡不可となり,33例(26%)が手術を受けた。非手術42例(34%)のうち十分な追跡データが得られた24例中21例で病状の進行を認めなかった[28]。Sampsonらは68例を追跡(中央値3.3年),血清カルシウム値の上昇を6例(9%)にみた(うち3例が手術を受けた)[29]。Jordeは56例を3年追跡し血液生化学検査値には変化がなかったと報告している[30]。以降も非手術例を含む臨床研究の報告は複数あるが対象集団が古典的症状のない軽症例かどうかを確認できない[3133]。とくにYehらの研究は未治療の4,661例を血清カルシウム値から軽度群(10.5-11.0 mg/dL),中等度群(11.1-11.5 mg/dL),そして高度群(>11.5 mg/dL)の3群に分け,その経過を後向きに観察した報告である。5年間の血清カルシウム値からみたこれら3群の推移は進行が5.0%,不変が20.8%,そして軽快が74.1%であった[33]。

(2)腎関連事象

Scholzらの研究では非手術42例(34%)のうち十分な追跡データが得られた24例中23例で血清クレアチニン値の上昇を認めず,腎結石の発症はなかった[28]。Sampsonら,Raoらもそれぞれ68例,174例で腎機能低下や腎結石の発生を認めなかった[2934]。

(3)骨関連事象

骨密度を測定した3研究で,平均的には経時的な変化を認めなかった[3436]。なお,Silverbergらの2報告[3536]が同一のコホートであるかどうかは論文からは確認できない。

臨床研究の要約

古典的症状がなく,かつ血清カルシウム値が 基準値上限よりも+1.0mg/dL以下の原発性副甲状腺機能亢進症において;

・生化学的データ:外科治療が成功し治癒する可能性は高いが,不成功や再発がわずかの確率で起こる。一方,治療せずに経過観察とした場合,生化学的に進行する可能性は10%以下と思われる。

・腎関連事象:非手術・経過観察で腎機能低下や腎結石を生じる可能性は5%以下である。

・骨関連事象:手術により大腿骨の骨密度は改善する。腰椎も改善する可能性がある。前腕骨(橈骨1/3)は改善しない。非手術・経過観察の場合,これらの部位で骨密度は変わらなかったとする報告と,低下したとする報告がある。

・患者視点の健康状態:手術後に改善する可能性はあるが,真の効果かは不明である。またそれが実感できる程度であるか,についても十分に示されていない。

おわりに

原発性副甲状腺機能亢進症は,内分泌外科医が熟知して対応すべき疾患である。副甲状腺腫瘍の摘出術が初めて行われてから100年以上が経ち[37],医療技術の進歩によって発見されることが増えた“無症候性例”は本当に dis・easeあるいはdis・orderなのだろうかと疑い[38],これに答えるべく数多くの研究が行われてきた。それでも課題は残る。とくに手術のプラセボ効果と効果量の臨床的意義はまだ十分に論じられていない[3940]。私たち内分泌外科専門医が貢献すべき課題は尽きない。

【文 献】
 

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