2020 年 37 巻 3 号 p. 182-186
甲状腺切除術において最も重要な合併症の一つに反回神経麻痺があるが,上喉頭神経外枝麻痺も,甲状腺上極の血管処理中に容易に起こり得る合併症である。上喉頭神経外枝が麻痺すると輪状甲状筋の収縮が障害され,大声や高音の発声が困難となる,発声音域が狭くなるなどの症状が出現する。近年,改良された術中神経モニタリング装置が普及するようになり,術中に上喉頭神経外枝を確認温存することが飛躍的に容易になった。上喉頭神経外枝の走行経路とその術中神経モニタリング方法について精通すること,および反回神経と同様に神経を意識した精細な手術手技により,安全確実に上喉頭神経外枝を温存できる。今後甲状腺手術を受けられる患者の声をできるだけ術前と変わりないようにするために,是非とも上喉頭神経外枝を温存する手技を習得していただきたいと考える。
甲状腺切除術において最も重要な合併症の一つに反回神経損傷がある。声帯運動が障害され嗄声,発声持続時間の短縮,誤嚥など重篤な症状を引き起こす。一方,上喉頭神経外枝麻痺も甲状腺切除術において,甲状腺上極の血管処理中に容易に起こり得る合併症であり,その頻度は最大58%と報告されている[1]。上喉頭神経外枝の損傷により,それに支配される輪状甲状筋の収縮が障害されると,高音や大声の発声が困難となる,発声音域が狭くなる,長く話すと声がかすれるなどの症状が出現する。症状には個人差があるが,歌手などのように声を使う職業ではその影響はより大きい。ただし反回神経麻痺のように喉頭鏡検査など術後検査で必ずしも診断が容易ではないことから以前はあまり注目されてこなかった。
最近,改良された術中神経モニタリング装置が甲状腺手術において普及するようになり,反回神経同様,術中に上喉頭神経外枝を確認温存することが飛躍的に容易になった。2012年Barczyńskiらは,術中神経モニタリング装置を使用することにより,視認のみの群と比較して有意に上喉頭神経外枝を確認でき(84% vs. 34%(p<0.001)),一過性の上喉頭神経外枝麻痺も減少したと報告した[2]。一方,2014年われわれは通常気管内挿管チューブを用いた症例にて,神経刺激装置として従来のVari-Stim3(Medtronic社)と新しいNIM-Response 3.0(Medtronic社)を前向きに比較検討したところ,上喉頭神経外枝の確認率が17.8% vs. 89.2%(p<0.001)と有意にNIM-response 3.0を使用した方が高いことを報告した[3]。上喉頭神経外枝を術中に確認する方法としては,1)上喉頭神経外枝を電気的に刺激して輪状甲状筋の収縮を視認する方法,2)気管内挿管チューブ表面に付着した電極で声帯筋の収縮を筋電図で確認する方法,3)やや実験的であるが術野において輪状甲状筋に専用の電極を刺入して,輪状甲状筋の筋電図を測定する方法がある。輪状甲状筋は通常の甲状腺切除術では容易に観察できる部位に存在することから1)の方法は最も簡便で有用な方法であり電極付き気管内挿管チューブも必要ない。一方,2)の方法は上喉頭神経外枝が輪状甲状筋に到達した後,その神経枝が喉頭内でhuman communicating nerveといわれる反回神経との接続を通して,声帯筋の一部である甲状披裂筋を支配していることを利用している。通常の電極付き気管内挿管チューブでは70~80%の症例で上喉頭神経外枝の電気的刺激により声帯筋の筋電図反応が認められると報告されており[4],新しい電極付き気管内挿管チューブでは100%の症例で筋電図反応が認められるとの報告もある[5]。本稿では,術中神経モニタリング装置を用いた上喉頭神経外枝温存の方法の概要について述べる。
甲状腺手術において,上喉頭神経外枝の走行経路およびvariationを熟知しておくことは,神経を確実に温存するうえで非常に重要である。上喉頭神経は,迷走神経が頭蓋底から出た後,最初に出す分枝の一つである。典型的には第2頸椎の高さ,総頸動脈分岐部より約4cm頭側で迷走神経より分枝する。その後,上喉頭神経内枝と外枝にわかれ,外枝は総頸動脈の背側を尾側へ下行し,内側へ向かって喉頭へ至る。上喉頭神経外枝は通常,総頸動脈背側から内側へ向かう時,下咽頭収縮筋の筋膜表面を走行し,輪状軟骨の外側前面に位置する輪状甲状筋を支配する。甲状腺切除時に上喉頭神経外枝を損傷するリスクが最も高いのは,甲状腺上極において上甲状腺動静脈の処理を行う時である。上喉頭神経外枝と上甲状腺動静脈との関係は,症例により全く異なるうえ,術前の画像診断でその走行経路を予測することは不可能である。通常の手術操作では全く損傷するリスクがないほど頭側に甲状腺上極から離れて走行する症例から,上甲状腺動静脈に絡み合ってその神経と認識していなければ損傷するリスクが非常に高い症例まで様々である。甲状腺上極および上甲状腺動静脈と上喉頭神経外枝の走行経路との関連について記載した論文がいくつか報告されているが[6~9],最も普及しているのはCerneaら[6]のものである。Cerneaらは上喉頭神経外枝の走行経路を以下の3typeに分類した。Type 1:外枝と上甲状腺動静脈の交差が甲状腺上極よりも1cm以上頭側。Type 2A:外枝と上甲状腺動静脈の交差が甲状腺上極より頭側1cm未満。Type 2B:外枝と上甲状腺動静脈の交差が甲状腺上極よりも尾側。上甲状腺動静脈の処理を行う際に,Cerneaらは,上喉頭神経外枝を損傷するリスクが高いtype2A,2Bの症例は,通常サイズの甲状腺では11%,14%であるが,大きな甲状腺腫大を伴う症例では,その割合が15%,54%へ上昇し損傷するリスクが高くなると報告している[10]。また当然のことであるが,甲状腺上極に腫瘍が存在すれば,特に悪性腫瘍ではその損傷リスクは高くなる。完全に腫瘍により浸潤されている場合にはやむを得ず合併切除となることもあるが,腫瘍に神経が引き連れているだけで浸潤がない場合には,神経を確認温存しつつ腫瘍を切除する技術が必要となる。
上喉頭神経外枝は輪状甲状筋に入る前にpars rectaとpars obliqueの2腹へ分枝することが多い。Nasriら[11]やMartin-Oviedoら[12]の報告では,輪状甲状筋に分布した後,上喉頭神経外枝の分枝は喉頭内に入り甲状披裂筋の前方部分に分布する。またMaranilloらは喉頭内で上喉頭神経外枝と反回神経の神経分枝の吻合,いわゆるhuman communicating nerveが85%の剖検で認められたことを報告した[13]。このhuman communicating nerveを通じて,上喉頭神経外枝への電気的刺激が甲状披裂筋に伝わることにより,電極付き気管内挿管チューブを使用すると70~80%の症例で筋電図反応が認められるとされている。一方,われわれは,検討した50症例中少なくとも約40%の症例で反回神経の電気的刺激により輪状甲状筋の収縮が,視認および輪状甲状筋に刺入した電極を通じた筋電図反応でともに認められることを確認した[14]。反回神経から逆行性に輪状甲状筋へ神経支配がある症例があることを示しており,human communicating nerveを通じた逆行性神経支配の存在を初めて指摘したものである。反回神経や上喉頭神経外枝の損傷において,音声障害の程度にかなりの個人差があるが,これは,このような複雑な神経支配の個人差があることと関係がありそうである。
上喉頭神経外枝の術中神経モニタリング方法としては,前述したように1)上喉頭神経外枝を電気的に刺激して輪状甲状筋の収縮を視認する方法と,2)気管内挿管チューブ表面に付着した電極で声帯筋の収縮を筋電図で確認する方法がある。術中神経モニタリングのための麻酔,装置のセットアップ,電極付き気管内挿管チューブの適切な留置などの準備は反回神経の術中神経モニタリングと同様に行う[15,16]。
通常の甲状腺手術の場合,上喉頭神経外枝を損傷するリスクが最も高いのは上甲状腺動静脈の処理を行う時である。われわれの施行している甲状腺上極処理の方法について以下に述べる。通常,われわれは正中アプローチで甲状腺切除術を施行している。胸骨舌骨筋を正中で分けて肩甲舌骨筋とともにテーピングして頭外側へ牽引した後,甲状腺上極近傍で胸骨甲状筋を切離する。胸骨甲状筋を切離する方が上喉頭神経外枝の温存には有利であり,この筋肉の切離による明らかなデメリットは認められない。甲状腺上極の外側を少し剝離してから甲状腺上極を鉗子で把持して,外側尾側へ軽く牽引する。一方で胸骨甲状筋の頭側断端を把持して頭側内側へ持ち上げつつ,甲状腺上極内側と胸骨甲状筋背面の疎な組織を剝離して輪状甲状間隙を展開する。この時,胸骨甲状筋と甲状腺との細かい血管は丁寧に処理して出血させないことが良好な視野のために重要である。ここで,術中神経モニタリングの刺激プローブで上喉頭神経外枝の探索を行うが(図1),その前に頸神経ワナを刺激し前頸筋の収縮を確認して,筋弛緩剤の効果から回復していること,神経刺激装置が正常に作動していることを確認する。通常は1mAの刺激で充分に上喉頭神経外枝を刺激可能である。神経が刺激されるとすぐ内側にある輪状甲状筋の収縮を視認できる。慣れれば他の筋肉の収縮を誤認することはまずない。しかし巨大甲状腺腫を伴うバセドウ病症例などでは,この段階で輪状甲状筋を容易に露出できず,その収縮を視認することが困難な症例もあり,その場合には輪状甲状筋の直上に指をおくと収縮を触知可能である。また電極付き気管内挿管チューブを使用している時には,前述したように多くの症例で甲状披裂筋の収縮により,声帯筋の筋電図をモニタリングすることで神経同定が可能となる(図2)。一方で,上喉頭神経外枝が下咽頭収縮筋の筋膜下を走行する症例や輪状甲状間膜のかなり頭側を走行する症例に時々遭遇する。このような症例において1mAの電気刺激で神経を確認できない時には,2mAで刺激して大まかな走行経路を確認してから電流を下げて詳細な走行経路を特定する方法が有用である。ただしこれらの症例では,上甲状腺動静脈の処理にリスクがなければわざわざ神経を剝離露出して視認する必要はない。術中神経モニタリング装置を使った上喉頭神経外枝の同定に慣れてくると,ほとんどの症例で上喉頭神経外枝の走行経路を確認できるようになる。また,輪状甲状間隙を鉗子で丁寧に剝離すると,症例によってはこの時点で上甲状腺動静脈と絡んでやや尾側へ引き連れられた上喉頭神経外枝がU字型に走行しているのが視認できる(図3)。
甲状腺右葉切除時の輪状甲状間隙における上喉頭神経外枝の探索。矢印は輪状甲状間隙。矢頭は輪状甲状筋。
NIM-Response 3.0(Medtronic社)本体の筋電図モニター画面を示す。これは右上喉頭神経外枝の電気刺激による筋電図反応。右声帯筋の筋電図は気管内挿管チューブ表面に付属した電極で記録。一方,右輪状甲状筋の筋電図は術野において輪状甲状筋に直接刺入した電極で記録している。
右輪状甲状間隙で露出された上喉頭神経外枝。輪状甲状間隙を広げるように甲状腺上極を尾側外側へ牽引しているため,上甲状腺動静脈に絡んで尾側へ引き連れられてU字状に走行している。矢印は上喉頭神経外枝。矢頭は輪状甲状筋。
上喉頭神経外枝の走行経路が確認できたら上甲状腺動静脈の処理を行う。当然のことながら上喉頭神経外枝の走行経路より尾側の甲状腺実質近傍で血管の結紮切離を行うこととなる。上甲状腺動静脈に上喉頭神経外枝が絡んでいる場合,前述のように甲状腺上極を尾側へ牽引していると神経は絡んでいる部位を最尾側にU字型に走行していることが多いので,神経を視認しつつそのすぐ尾側に鉗子を差し入れて血管をすくい結紮切離する。神経モニタリングが導入される以前から提唱されているように,なるべく甲状腺実質近傍で血管を1本ずつ丁寧に処理する方が安全に神経を温存できることはいうまでもない。また荒い操作により出血をきたすと止血のために血管を把持する操作によって,せっかく確認した上喉頭神経外枝を損傷してしまう可能性があるため,出血させないことが何より重要である。エナジーデバイスを使用する時には,熱や電気による損傷を避けるため少なくとも5mm以上神経から距離をとる,もしくは神経側のみ結紮糸をおいてから使用する方が神経温存のためには安全である。
上甲状腺動静脈の処理が終了したら,血管を結紮した部位よりも外側頭側で上喉頭神経外枝を神経刺激プローブで刺激して,上喉頭神経外枝の健全性を確認する。現在のところ,術後に臨床的に容易に導入でき,上喉頭神経外枝の健全性を確実に確認できる検査方法がないため,この時点で神経の健全性を確認することが重要である。
最後に,上喉頭神経外枝を丁寧に温存してもその作用筋である輪状甲状筋を損傷してしまってはその効果も半減する。錐体葉の切除や喉頭前リンパ節の郭清を施行する際には,輪状甲状筋の筋膜を損傷しないような操作が求められる。そのためには,輪状甲状筋の頭側で外側から錐体葉に向かって流入してくる動脈とその正中にある静脈枝を確実に処理して不要な出血をさせないことが肝要と思われる。
甲状腺手術における上喉頭神経外枝温存のために必要な解剖学的知見と手術手技について概説した。昨今の術後QOLが求められている時代において,術後発声機能を保つために重要な手技と考えられる。今後の課題として,上喉頭神経外枝麻痺の有無についての機能評価が臨床的に容易となるような検査方法の開発が待たれる。