日本内分泌・甲状腺外科学会雑誌
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原著
赤外観察カメラシステムを用いた副甲状腺機能温存に対する試み
小幡 和史宮田 遼黒瀬 誠近藤 敦高野 賢一
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2020 年 37 巻 3 号 p. 203-207

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抄録

背景:甲状腺手術において副甲状腺機能温存は重要である。近年副甲状腺の自家蛍光特性が発見され,赤外観察カメラシステムでの検出法が報告されている。今回,甲状腺全摘術における副甲状腺同定・機能温存に対し,赤外観察カメラシステムの有効性を評価する。

対象・方法:2019年4月1日から9月30日の期間で,当科で実施した甲状腺全摘術症例(平均年齢44.6歳,男性1例,女性9例)を対象とし,副甲状腺同定・機能温存に対する赤外観察カメラシステムの有効性を評価した。

結果:赤外観察カメラシステムにより,病理学的に副甲状腺と同定しえたのは13検体中11腺(84.6%)で,手術4週後にカルシウム補正が 不要な症例は10例中8例であった。

考察:赤外観察カメラシステムによる副甲状腺の術中同定は非侵襲かつ簡便な方法で,甲状腺全摘術後の副甲状腺機能温存において有用であり,副甲状腺を肉眼で同定するためのトレーニングツールとしての有効性が示された。

はじめに

甲状腺手術において,副甲状腺の温存は患者のQOLの維持に重要である。甲状腺全摘術における副甲状腺の偶発的な損傷あるいは切除により,0.4~33%で永続的副甲状腺機能低下症を引き起こすとされている[]。これまで副甲状腺の術中同定と温存には,長年の経験による術者の肉眼的同定が中心となっていた。その他,術中診断の補助的役割として,メチレンブルーによる染色や術中血清intact PTHの測定,術中迅速病理診断が行われてきたが,いずれも測定までにある程度の時間を要する,医療資源を要する,造影のために患者の血中に薬品を投与しなければならないといった問題があった。

近年,副甲状腺の自家蛍光特性を生かした赤外観察カメラシステムによる同定法が報告され,臨床での有用性が注目されている[]。副甲状腺組織には近赤外領域(780nm)の自家蛍光特性があることが発見され,赤外観察カメラシステムでの検出確認法は簡便で,かつ侵襲がないことから,術中での副甲状腺の検索,確認に有用であるとの報告がなされている[]。しかしその一方で,甲状腺全摘術を施行された患者における,赤外観察カメラシステムの有用性や副甲状腺を探索する上での問題点などは,未だ十分に解明されていない。今回,当科で行われた甲状腺全摘術症例に対し,赤外観察カメラシステムを用いて副甲状腺の検出率と術後の副甲状腺機能について評価し,副甲状腺温存における赤外観察カメラシステムの有用性について述べる。

対象と方法

2019年4月から2019年9月までの期間で,札幌医科大学附属病院耳鼻咽喉科で甲状腺全摘術を実施され,かつ副甲状腺同定のため赤外観察カメラシステム・PDE-neo®図1図2)を用いて副甲状腺を同定・温存した症例10例を対象に後ろ向きに評価検討を行った。評価項目として,PDE-neo®を用いて蛍光が確認された組織を病理検査に提出し副甲状腺と診断された組織数と,術後4週の時点での血清intact PTHの値が正常かつ術後カルシウム製剤の投与を必要としていない症例数とした。

図1.

当科で使用している赤外観察カメラシステム(PDE-neo®:浜松ホトニクス株式会社) a)カメラユニット b)コントローラーとモニター

図2.

赤外観察カメラシステム(PDE-neo®)を用いた術中の副甲状腺同定 a)摘出された甲状腺 b)赤外線を当てることで,右上極副甲状腺が蛍光され容易に識別可能となる(矢頭:自家蛍光にて観察された副甲状腺)

当科における副甲状腺温存方針(表1
表1.

当科における甲状腺手術時の副甲状腺温存方針

当科における甲状腺手術時の副甲状腺温存の方針を以下に示す。甲状腺良性疾患の場合は,副甲状腺への血流を残して術野内(in situ)に温存する。血流が損なわれていそうな場合には前頸筋,あるいは胸鎖乳突筋内に副甲状腺を細切して自家移植している。甲状腺悪性疾患の場合には,腫瘍から距離があり,副甲状腺への腫瘍浸潤が肉眼上否定的であれば,副甲状腺への血流を残して術野内(in situ)に温存,血流が損なわれていそうな場合は,可能な限り摘出組織の1/4ほどを術中迅速病理に提出し,悪性所見がないことを確認して前頸筋,あるいは胸鎖乳突筋に副甲状腺を細切して自家移植している。甲状腺悪性疾患でかつ腫瘍と副甲状腺が近接している場合には 温存せず切除としている。

結 果

1)年齢,性別,疾患の内訳と実際の温存方法(表2
表2.

甲状腺手術における赤外観察カメラシステム(PDE-neo®)使用に伴う副甲状腺同定・温存と術後intact PTH値

今回検討された患者の年齢は平均44.6歳(27~74歳)で男性1例,女性9例の10症例で行った。疾患の内訳として,バセドウ病5例,甲状腺乳頭癌3例(甲状腺腫瘍診療ガイドライン2018[]),腺腫様甲状腺腫合併甲状腺乳頭癌1例,慢性甲状腺炎合併両濾胞腺腫1例であった。

甲状腺手術の際にPDE-neo®を使用した10症例,副甲状腺40腺(推定)中,蛍光を確認したのは25組織であった。そのうち,13組織において,採取した組織の1/4程度を術中迅速病理に提出して組織の確認を行った。採取した組織のうち,副甲状腺の診断となり自家移植した組織が11組織(84.6%)であった。副甲状腺の診断とならなかった2組織は,脂肪の診断であった。PDE-neo®にて蛍光を確認した組織で,血流を確認し術野内に温存された組織は12組織であった。

2)術後の血清intact PTH値と術後のカルシウム製剤投与について

今回の検討された甲状腺全摘術患者10症例の手術4週後の血清intact PTHの平均値は27.1pg/ml,中央値は24.9pg/ml(12.3~48.1pg/ml)であり,intact PTHが基準値内であった症例は,10例中9例であった。手術4週後の時点でのカルシウム製剤投与が不要であった症例は10例中8例であった。

考 察

甲状腺手術において,副甲状腺の機能温存は患者のQOLを維持する上で重要であるが,その一方で副甲状腺の同定は術者の経験や技量によるところが大きい実情がある。これまでの報告では,甲状腺手術後の副甲状腺の機能低下は1~30%と幅広く[],そのことからも術者の経験や技術が求められる実情をうかがい知れる。実際には副甲状腺の温存は,自家移植よりも血流が豊富な状況で術野内にin situで温存されること,移植数が多いことが術後の副甲状腺機能低下回避に重要であるとされている[]。

今日において,甲状腺手術における赤外観察カメラシステムの使用は,副甲状腺の同定・温存において有用であると報告されている[,]。Koseらは副甲状腺の98%で自己蛍光が認められ,感度98.5%,特異度97.2%,陽性的中率95.1%,陰性的中率99.1%であったと報告している[]。また,Benmiloudらは近赤外線を用いることにより術後低カルシウム血症率を20.9%から5.9%へと有意に減少させ,その内訳として識別された副甲状腺の平均数の増加と自家移植率の減少を示している[]。そのほかにもKahramangilらは赤外観察カメラシステムを使用することで,肉眼では識別できなかった46%の副甲状腺を同定することができ,同システムの使用により副甲状腺が患者一人当たり1個多く同定・温存できると報告している[10]。以上のことからも赤外観察カメラシステムの使用は術中の副甲状腺同定と副甲状腺機能温存において有用であるといえる。

今回のわれわれの評価検討では,甲状腺全摘術症例10症例・推定副甲状腺40組織中,評価しなかった5組織を除く35組織に対し,赤外観察カメラシステム・PDE-neo®を使用することで,25組織(71.4%)の自家蛍光を確認することができた。その25組織中13組織で術中迅速病理学的評価を行い,実際に副甲状腺組織であったのは11組織(84.6%)であった。また,赤外観察カメラシステムの使用は,甲状腺全摘術後4週間の時点で80%の症例でカルシウム製剤投与が不要であり,90%の症例で血清intact PTH値が基準値内となった。以上のことから,甲状腺手術における副甲状腺の温存と術後低カルシウム血症予防において,赤外観察カメラシステムが有用であることが示された。

その一方で,今回の検討では赤外観察カメラシステムにて蛍光を認めた13組織中,2組織が術中迅速病理検査にて脂肪と診断された。今回の赤外観察カメラシステムで蛍光を認めた組織が迅速病理検査にて脂肪と診断された要因として,1)副甲状腺が十分露出されていない状態において,カメラシステムの露出調整の具合により弱いながらも蛍光した脂肪組織を副甲状腺と誤認してしまった可能性,2)不慣れな術者,あるいは助手により,副甲状腺組織の周囲の脂肪を迅速病理に提出してしまった可能性,以上術者側の要因2点が考えられた。一方,赤外観察カメラシステムを用いた副甲状腺検出において,肥満,高カルシウム血症,血清ビタミンD低値,甲状腺癌で副甲状腺の自家蛍光強度が低下する[]といった報告や,小さい副甲状腺は見逃されやすい[10]とする報告もあり,患者側の要因も副甲状腺誤認に影響を及ぼす可能性がある。今回の検討から,赤外観察カメラシステムを用いて副甲状腺同定・機能温存を試みる際には,術者側の要因と患者側の要因による誤認を考慮する必要があると考えられた。

また,今回の検討において,赤外観察カメラシステムでの検出を試みた副甲状腺35腺中,10腺で自家蛍光を確認することができなかった。また,術野での副甲状腺検出と比較して摘出検体での検出が容易であったことが示された。要因として,術野内での副甲状腺の検出において,副甲状腺の蛍光を確認できるまで周囲脂肪から副甲状腺を露出させることが,副甲状腺の血流維持の観点から見て困難であること,カメラシステムの露出の調整次第では周囲の脂肪も蛍光され,副甲状腺を検出することが困難になることが可能性として考えられた。以上のことから,赤外観察カメラシステムは,術野内での副甲状腺の検出と比較して,摘出標本における副甲状腺の検出の方がより容易である可能性が示唆された。

以上のことから,赤外観察カメラシステムは副甲状腺探索のナビゲーションツールとしての使用は限界があり,あくまで副甲状腺の存在を確認するために使用されるべきであると考えられた。また,摘出標本における副甲状腺の検出に比べ,術野内での副甲状腺検出に対する有効性においては,課題が残る可能性が示唆された。今回の検討・考察をふまえ,副甲状腺を肉眼で識別する外科医としての修練と病理診断医による確認は変わらず必須であるといえる。しかしその一方で,甲状腺手術において赤外観察カメラシステムの使用は,経験の浅い術者にとって副甲状腺かどうかを確認するためのトレーニングツールとして,非侵襲的かつ簡便であることからも有用性が高いと考えられる。

今回のわれわれの評価検討は後ろ向きかつ単一施設の検討であり,統計的検討がなされておらず,有用性を述べるには限界がある。また,その他の問題点として,現状では赤外観察カメラシステムの使用における副甲状腺の評価は,副甲状腺の蛍光が弱いため,術中に無影灯や蛍光灯を全て消さなければ確認困難なため,一瞬術野の観察が不十分となりうることが挙げられる。また,2020年1月現在において,副甲状腺同定の目的で赤外観察カメラシステムの使用は保険収載されていない状況である。しかし以上を踏まえても,甲状腺手術時における赤外観察カメラシステムの使用は,非侵襲的かつ即座に副甲状腺を確認でき,副甲状腺機能のより確実な温存に貢献できるため,甲状腺全摘術を受ける患者の術後QOLの改善に有用であると考えられた。甲状腺手術における赤外観察カメラシステム使用の有用性を述べるにあたり,今後さらなるデータ集積と多施設研究が必要であると考えられた。

結 語

1.赤外観察カメラシステム・PDE-neo®を用いた副甲状腺の術中同定方法の併用は,非侵襲・簡便であり,副甲状腺温存において有効である。

2.副甲状腺を誤認する可能性があり,誤認しやすい状況や背景を理解することが重要である。

3.赤外観察カメラシステムは誤認のリスクを軽減するにすぎず,肉眼でも副甲状腺を識別する外科医としての修練と病理医による確認が変わらず必要ではあるが,経験の浅い医師にとっての副甲状腺の確認のためのツールとして有用性が高いと思われる。

著者らは申告すべき利益相反を有しない。

【文 献】
 

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