日本内分泌・甲状腺外科学会雑誌
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症例報告
レンバチニブ使用中に難治性両側気胸を発症した甲状腺乳頭癌多発肺転移の1例
河村 千登星八代 享若木 暢々子周山 理紗三島 英行伊藤 吾子
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2020 年 37 巻 3 号 p. 208-212

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抄録

切除不能な甲状腺癌に対し,2015年3月にレンバチニブが保険収載されて5年程度の間に,治療経過に伴う重篤な続発性気胸の副作用が国内で12症例報告されている(2018年10月時点)。甲状腺乳頭癌多発肺転移に対しレンバチニブを投与し,難治性両側気胸を発症した症例を経験したので報告する。症例は70歳女性。レンバチニブ投与開始前のCTで両肺の胸膜直下に肺転移を認め,投与継続に伴い病変の縮小,一部空洞化を認めた。投与開始から157日後に呼吸苦を主訴に当院受診し,右高度気胸を認め緊急入院した。その3日後に左高度気胸を認めた。両側とも胸腔ドレーンを留置したが,難治性であり最終的に呼吸不全で死亡した。レンバチニブ投与による気胸併発の割合は0.3%と稀であるが難治性のことが多く,胸膜や気管支周囲の病変には注意が必要である。治療経過中に肺転移巣の薄壁空洞化や囊胞を認めた場合,休薬・減量を検討する必要がある。

はじめに

肺転移を伴う悪性腫瘍の化学療法中に,治療効果に伴い稀に気胸を合併することは古くから知られている。近年,分子標的薬の登場によりベバシズマブ,ゲフェチニブ,パゾパニブ,スニチニブなどの分子標的薬治療においても気胸発症報告を認めている[]。レンバチニブにおいても,2015年3月に切除不能な甲状腺癌に対し保険収載された5年の間に,他の分子標的薬同様に重篤な気胸の副作用が国内で12症例報告されている(2018年10月時点)。われわれは,甲状腺乳頭癌多発肺転移に対しレンバチニブを投与し,難治性両側気胸を発症した症例を経験した。2019年1月第8訂でレンバチニブの「重大な副作用」に気胸が記載されたが,詳細なメカニズムは明らかになっていないと思われ文献的考察を加えて報告する。

症 例

患 者:70歳女性。

主 訴:呼吸困難。

既往歴:関節リウマチ,髄膜腫(開頭手術後)。自然気胸罹患歴なし。

喫煙歴:不明。

現病歴:2011年他院で左肺腫瘍手術,甲状腺乳頭癌肺転移と診断された。甲状腺乳頭癌に対し甲状腺全摘術と左頸部リンパ節郭清が施行された(pT1bN1bM1,pStageⅣC)。 術後放射性ヨード(RAI)大量療法では肺に集積を認めなかった。2013年仙骨転移を認め,放射線外照射を施行された。血清サイログロブリン(以下Tg)値の上昇を認めたたため,2014年2月にRAI大量療法が施行されたが,転移巣に集積は認めなかった。同年7月に右片麻痺を契機に左前頭葉腫瘍を指摘され,当院で脳腫瘍摘出術施行。甲状腺乳頭癌の転移と診断された。FDG-PET/CTにて肝臓・肺・腎臓・副腎・仙骨・右肺門部リンパ節転移を認め,肝腫瘍生検で甲状腺乳頭癌転移と診断された。同年9月にソラフェニブでの加療を開始,1年後のCTで肝転移(90→100mm),肺転移(27→45mm),副腎転移(30→35mm),右肺門部リンパ節転移(20→25mm)など転移巣の増大を認めPDの判断となった。2016年1月からレンバチニブでの加療を開始,ソラフェニブ400mg/dayからの変更であることを考慮し12mg/dayで開始した。開始前の血清Tg値は2,170ng/mL,CTでは左右の胸膜直下に転移を認めた(図1a, b)。肺気腫,間質性肺炎,癌性胸膜炎の所見は認めなかった。同年3月G2の食思不振で8mg/dayに減量するも,同年5月のCTで多発肺転移巣は縮小し一部空洞化を確認した(図2a, b)。血清Tg値は183ng/mLに低下しレンバチニブ減量に関わらず,治療効果は持続,Performance status 0で外来通院を継続していた。その後も8mg/dayを継続していたが,同年6月(投与開始から157日目)に突然の呼吸困難を自覚。胸部単純X線とCTで右肺に高度気胸を認め,Grade3以上の気胸と判断し緊急入院した。両側肺転移は縮小し,一部の病変で空洞化を認めた。この時点で左肺の虚脱は認めず,癌性リンパ管症や肺炎像も認めなかった。

図 1 .

レンバチニブ開始前の胸部単純CT(2016年1月)a,b:左右胸膜直下に肺転移を認めた。 肺気腫,間質性肺炎,癌性胸膜炎の所見は認めなかった。

図 2 .

レンバチニブ開始4カ月後の胸部単純CT(2016年5月)

a,b:左右胸膜直下の転移巣に一部空洞化を認めた。多発肺転移巣は一部縮小した。

入院時身体所見:身長155cm,体重34kg,BMI14.2,体温36.6度,心拍数100回/分,血圧130/65mmHg,呼吸数24回/分,SpO277%(Room air)。

血液検査所見:WBC5,500/μL,RBC460万/μL,Hb14.2g/dL,HCT43.2%,PLT11.2万/μL,Alb3.6g/dL,BUN/Cre8.9/0.3mg/dL,AST39U/L,ALT24U/L,LD288 U/L,γ-GTP58U/L,ALP370U/L,CRP2.15mg/dL,Tg130ng/mL。

入院時胸部単純X線所見(図3a):右肺の高度気胸を認めた。

図 3 .

a:胸部単純X線(入院時,2016年6月)右高度気胸を認めた。

b:胸部単純CT(入院時,2016年6月)

右高度気胸を認めた。右胸膜直下の転移巣に一部空洞化を認めた。多発肺転移巣は一部縮小した。左肺の虚脱は認めなかった。

入院時胸部単純CT所見(図3b):右肺の高度気胸を認めた。両側肺転移は縮小し,一部の病変で空洞化を認めた。左肺の虚脱は認めなかった。

経 過:入院後,胸腔ドレーン留置し右肺の拡張が軽度改善,SpO293%(O22L鼻カニュレ)に上昇した。レンバチニブは同日中止した。入院3日目にSpO295%(O21L鼻カニュレ)で呼吸状態改善したため,ドレーンクランプを行ったが即座にSpO2が低下したためクランプを解除した。入院4日目の早朝に突然呼吸困難が出現しSpO270%(O210Lマスク)と酸素化不良を認めた。胸部単純X線で左気胸を認めた(図4)。左胸腔ドレーン挿入により呼吸困難は改善し,胸部単純X線上も肺の虚脱は改善するも,SpO280~85%程度(O210Lマスク)と酸素化は極めて不良であった。レンバチニブの休薬による転移巣の急激な増悪や癌性リンパ管症,間質性肺炎の出現も明らかでなかったものの,気胸の治癒傾向も認められなかった。保存的治療を継続したが酸素化の改善はなく,全身状態が不良であるため胸膜癒着術などの侵襲的な追加治療も困難であった。呼吸状態は徐々に悪化し,入院9日目に発熱,血液検査上CRPは22mg/L,後日報告されたプロカルシトニンが48ng/mLと高値であったことから,細菌性肺炎の合併が疑われた。入院10日目に呼吸不全により永眠した。

図 4 .

胸部単純X線(入院4日目,2016年6月)

左気胸を認めた。右気胸は改善を認めた。

考 察

レンバチニブは血管内皮増殖因子受容体,線維芽細胞増殖因子受容体,血小板由来増殖因子受容体などに関与する受容体型チロシンキナーゼに対する選択的阻害活性を有する経口マルチキナーゼ阻害剤である。2015年3月に放射性ヨウ素治療(RAI)抵抗性の局所進行または転移性の分化型甲状腺癌が適応となった。

レンバチニブの頻度の高い有害事象として高血圧,手掌・足底発赤知覚不全症候群,蛋白尿などがあるが,気胸の発症は比較的稀であり,2019年1月レンバチニブの添付文書第8訂で初めてレンバチニブの「重大な副作用」に「気胸(頻度不明)」が追加された。2019年12月改定でその頻度は0.3%と記されている。2018年10月時点での国内市販後の重篤な副作用によると,甲状腺癌のレンバチニブによる気胸発症例は12症例,15回であった(3例が2回発症)。両側症例数は不明であった。年代は40~80代と幅広く,甲状腺分化癌が5例,甲状腺未分化癌が7例であった。投与開始から最初の気胸発症までの期間の中央値は43.5日(14~276日)であった。気胸発症時にレンバチニブの中止を行ったのが6回,休薬が5回,減量が2回,別理由で既に中止していたのが2回であった。気胸発症15回のうち,胸腔ドレーン挿入は11回,胸膜癒着術施行は4回,手術施行例は認めなかった。一方,無処置経過観察のみで軽快したのは2回,そのうち1回は胸膜ドレーン留置と胸膜癒着術施行後の再発であった。転帰としては未回復が3例,死亡が2例であった。回復・軽快症例のレンバチニブ再開の有無や時期は明らかでない。全例で肺転移を認め,気胸に関連した肺転移の部位としては,胸膜付近または気管支に転移を認める症例が6例(50%),他は不明であった。レンバチニブ使用中に両側気胸を発症した症例は未分化癌で2件の報告[,]があるが,甲状腺乳頭癌での両側気胸はこれまで報告がなく,本症例が第1例目である。

化学療法中の気胸発症の機序としては,①胸膜直下のブラ・ブレブが化学療法中に偶発的に破裂する,②腫瘍組織の壊死による気管支胸膜瘻を形成する,③抗癌剤や放射線療法による肺実質障害から二次的に胸膜病変を引き起こす,④腫瘍による所属気管支の閉塞・狭窄に伴うcheck valve機構により,末梢の空洞や気腫性病変が形成され破綻する,⑤抗癌剤の副作用による嘔吐に伴い,胸腔内圧が上昇して胸膜の破綻を起こすなどがあげられている[]。本症例は両側の胸膜直下含む多発肺転移を有し,経過中のCTで両側肺転移巣の縮小と空洞化を認めていたことから,②または④の発症機序と考える。②④の機序の場合の特徴的な画像として,転移巣の薄壁空洞化や囊胞,胸膜転移を認める[,,,10]。転移巣の空洞化を認め,手術を施行した症例では瘻孔からの多量のエアリークを認めており,責任病巣と同定できた[,]。また,術後病理結果では転移巣の遺残と囊胞化病変,胸膜破綻を認めていたため,責任病巣と推定できた[10]。レンバチニブで気胸を起こした症例で詳細な報告があったものは2例であり,いずれも未分化癌であった[,]。開始前に肺転移を認め,開始後のCTで肺転移巣の空洞化と気胸を認め,本症例と類似していた。

化学療法による続発性気胸で手術可能な症例では,肺部分切除術,瘻孔の縫縮術,グリコール酸シートの貼付,フィブリン糊塗布などの被覆法の組み合わせが望ましいと考える[,,10]。一方,全身状態が不良で手術困難な症例も多く,そのような場合では胸腔ドレーン留置や胸膜癒着術が考慮される。胸腔ドレーン留置のみでは十分な治療効果を得られない場合,胸膜癒着術が有効とされているが[1112],胸膜癒着術は治療病態から発熱や胸痛が高頻度に生じ,PSやQOLをさらに悪化させることもあるため症例は限定される[13]。レンバチニブ投与中に発症した続発性気胸症例も国内市販後調査の通り難治性であり,報告12症例のうち未回復・死亡が5例であった。また,胸腔ドレナージでは不十分な例が多くレンバチニブの有する創傷治癒遅延作用が関与しているものと考えられる。気胸発症時の対応としてはレンバチニブの休薬・減量後に,他癌腫と同じく全身状態が良好でレンバチニブの長期休薬が可能な場合は手術が望ましいと考える。レンバチニブの休薬により病勢の急激な進行の恐れがある場合や,耐術能から手術が困難な場合は,胸腔ドレーン挿入に加え可能であれば胸膜癒着術も考慮する。胸膜癒着術を施行した4症例のうち,レンバチニブの休薬を行ったのが3例であり,胸膜癒着術を行った時期に関しての記載はなかった。胸膜癒着術施行の適切な時期に関しては,ドレーンの効果を見つつ,創傷治癒遅延の減弱効果が現れる休薬後3~4日後以降が望ましいと考える(添付文章上,レンバチニブの半減期は約35時間)。本症例はG3以上の気胸を認めたため入院後にレンバチニブを休薬し,右胸腔ドレーンを挿入した。全身状態から手術は困難,入院から丸3日経過しないうちに対側の気胸を発症し,対側の気胸発症後は全身状態が悪く胸膜癒着術は考慮しなかった。

レンバチニブをはじめ分子標的薬投与中の気胸は,上述のごとく難治性なものが多く呼吸不全を合併すると致命的となるため,注意が必要な合併症と考える。胸膜直下や気管支周辺の転移巣を有する症例は気胸を発症するリスクであることを念頭に置き,治療中は定期的な画像評価を行い,(胸膜直下や気管支などの)肺転移巣に薄壁空洞化や囊胞を認めた場合,レンバチニブの減量あるいは休薬を検討すべきである。また,上述の気胸リスクのある患者に対して医療者側は常に気胸の発症を念頭に置き医療体制を整えること,患者および患者家族に気胸発症のリスクを周知する必要がある。

おわりに

甲状腺乳頭癌多発肺転移に対しレンバチニブを投与し,難治性両側気胸を発症した症例を経験した。他の抗悪性腫瘍剤同様,レンバチニブも肺転移巣の治療効果に伴い気胸を発症することがある。レンバチニブは創傷治癒を遅延させるため自然治癒は難しく難治性となり,致命的になることもある。胸膜直下や気管支周辺の転移巣は気胸のリスクと考えられ,治療経過中に肺転移巣に薄壁空洞化や囊胞が出現した際には気胸を発症する危険性が高く注意が必要である。

謝 辞

本論文の要旨は第119回日本外科学会定期学術総会(2019年4月19日,大阪市)にて発表した。

【文 献】
 

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