日本内分泌・甲状腺外科学会雑誌
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症例報告
甲状腺原発MALTリンパ腫と多発性微小乳頭癌が共存した1症例
和久 利彦
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2020 年 37 巻 3 号 p. 213-217

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抄録

症例は74歳女性。近医より4cmの甲状腺左葉腫瘤精査で当院へ紹介。血液検査ではLDH,sIL-2Rは正常で抗Tg抗体価・抗TPO抗体価・Tgは高値であった。頸部USで甲状腺左葉に4cmの内部エコーレベルの低い腫瘤を認め,穿刺細胞診でMALTリンパ腫疑いであった。頸部~骨盤腔CTでは甲状腺左葉の腫瘤と左Ⅵリンパ節腫大を認めた。Ann Arbor分類Ⅱ期甲状腺MALTリンパ腫疑いで甲状腺全摘術+D2aを行った。病理組織学的には橋本病を背景にした限局期甲状腺MALTリンパ腫と甲状腺多発性微小乳頭癌が認められた。リンパ節には癌の転移やlymphoid cellの浸潤はなかった。術後1年が経過したが再発はない。診断と治療の両面から限局期甲状腺MALTリンパ腫に対して,甲状腺全摘術単独治療も治療選択肢の1つになる可能性があると考えられるが,甲状腺全摘術の短所にも注意を払う必要がある。

はじめに

甲状腺乳頭癌は全甲状腺悪性腫瘍の中で90%以上を占める。また甲状腺原発悪性リンパ腫は節外性悪性リンパ腫の1~7%,全甲状腺悪性腫瘍の1~5%と稀である[]。

今回われわれは,甲状腺原発MALTリンパ腫と多発性微小乳頭癌が共存した稀な症例に対して,甲状腺全摘術単独治療を行い良好な経過を得た経験をしたので報告する。

症 例

症 例:74歳女性

主 訴:頸部違和感,左前頸部膨隆

既往歴:高血圧症,高脂血症

家族歴:甲状腺疾患なし

現病歴:頸部違和感,左前頸部膨隆を自覚して近医受診し,頸部US・頸部CTで甲状腺左葉に4cmの低エコー腫瘤を認めたため,精査目的で当院紹介となった。

当院受診時現症:身長155.7cm,体重72.4kg,脈拍81回/分,血圧122/71mmHg,体温36.1℃。左前頸部に弾性軟の表面平滑な甲状腺腫瘤を触知した。肝脾腫脹はなく,頸部・腋窩・鼠径リンパ節を触知しなかった。

当院受診時血液検査所見:貧血はなく,肝機能,腎機能,凝固系は正常であった。LDH(178IU/l),sIL-2R(363U/ml),甲状腺機能(TSH 4.33mU/l,FT3 2.9pg/ml,FT4 1.11ng/dl)は正常であったが,抗Tg抗体(168IU/ml),抗TPO抗体(114IU/ml),Tg(107ng/ml)は高値であった。

当院受診時頸部超音波検査所見:甲状腺左葉に,形状不整,境界粗雑,内部エコーレベルは低く不均質な4cmの腫瘤があり,後方エコーの増強が認められた(図1a)。左葉腫瘤に対し穿刺吸引細胞診を行い,小型リンパ球優位で,中~大型リンパ球を少数認め,MALTリンパ腫の可能性を否定できないとの所見であった。

図1.

a 頸部超音波所見:甲状腺左葉は腫大し,形状は不整,境界粗雑,内部エコーレベルは低く不均質で後方エコーの増強を認める。b 頸部造影CT所見:甲状腺峡部から左葉にかけて約4cmの低吸収域を示す腫瘤(白矢印)がみられ,左Ⅵリンパ節の腫大(白矢頭)も認める。

頸部~骨盤腔CT検査所見:甲状腺峡部から左葉にかけて,約4cmの低吸収域を示す腫瘤が認められた。左Ⅵリンパ節の腫大を認めたが,縦郭・腋窩・腹腔内・鼠径のリンパ節腫大はなく,肺・肝・脾に異常はみられなかった(図1b)。

Ann Arbor分類Ⅱ期の甲状腺原発MALTリンパ腫疑いと術前診断した。限局期甲状腺MALTリンパ腫においては,甲状腺全摘単独治療も治療選択肢の1つになる可能性があるとの報告[]に基づき,確定診断と一期的な治療を兼ねて甲状腺全摘術+リンパ節郭清を行うこととした。

手術所見:甲状腺腫瘤の周囲臓器や結合織への浸潤は認めず,甲状腺全摘術を行うことは容易であった。0.5~1cmのⅡ・左Ⅵリンパ節を認めたためリンパ節浸潤の確認も含めてD2a郭清を行った。

切除標本所見:割面は灰白色実質性で緻密であった(図2)。

図2.

切除標本所見:割面中央の腫瘤は灰白色実質性で緻密(黒矢印;悪性リンパ腫 白矢印;乳頭癌)

病理組織学的所見:甲状腺全体に橋本病の組織像を示していた(図3a)。甲状腺峡部から左葉にかけて小型のリンパ球様細胞が比較的多くみられ,強拡大ではlymphoepithelial lesion(LEL)的な部分も認め,MALTリンパ腫が疑われる組織像であった(図3b)。また甲状腺左葉に0.1cm(図3c)と0.2cm(図3d)の微小乳頭癌,右葉に0.2cm(図3e)の微小乳頭癌が認められた。Ⅱ・左Ⅵリンパ節には癌の転移やlymphoid cellの浸潤は認められなかった。免疫染色では,CD20陽性細胞(図4a)とCD3陽性細胞(図4b)がともに認められ,Igκ図4c)とIgλ図4d)では有意な差はないが,Cytokeratin AE1/AE2でlymphoepithelial lesion(LEL)が確認できた(図4e)。組織像とあわせて甲状腺MALTリンパ腫と考えられた。

図3.

病理組織学的所見(HE染色):橋本病の組織像(a)。小型のリンパ球様細胞が比較的多くみられ,強拡大ではlymphoepithelial lesion(LEL)的な部分も認める(b)。甲状腺左葉に0.1cm(c)と0.2cm(d)の微小乳頭癌,右葉に0.2cm(e)の微小乳頭癌が認められる。

図4.

病理組織学的所見(免疫染色)a:CD20陽性,b:CD3陽性,c:Igκ陽性,d:Igλ陽性,e:Cytokeratin AE1/AE2でlymphoepithelial lesion(LEL)を認める。

甲状腺腫瘍のG-banding検査では,総分析細胞数20細胞中3細胞に染色体異常が認められ,核型は2細胞に47,XX,+mar1が,1細胞に46,X,-X, add(1)(p11),-2, add(5)(q31),-9,+3marがみられた。フローサイトメトリーでは,CD19・CD20陽性,CD10陰性,CD3陽性,CD5陽性,免疫グロブリン軽鎖κλの偏位を認めなかった。

以上より,橋本病を背景にしたAnn Arbor分類Ⅰ期甲状腺MALTリンパ腫および多発性微小乳頭癌T1aN0M0Ex0と最終診断した。

術後1カ月でのTgは0.27ng/mlまで低下した。

術後6カ月でPET検査を行ったが,リンパ腫の侵襲を疑う集積亢進は認められなかった。

Ann Arbor分類IEの甲状腺MALTリンパ腫であることより予後良好として術後の放射線療法や化学療法を施行しなかった。術後1年の現在再発徴候はなく,定期的にCT施行し外来経過観察予定である。

考 察

甲状腺悪性リンパ腫のほとんどはB細胞由来であり,低悪性度のMALTリンパ腫と中悪性度のびまん性大細胞型B細胞リンパ腫が主な組織型である。甲状腺悪性リンパ腫は90%に橋本病を合併し,橋本病での発症危険度は一般人口に比し70~80倍とされ,男女比は1:4,平均年齢は60歳代で中高年女性に好発するとされている[]。通常甲状腺にリンパ組織は存在しないが,慢性炎症としての橋本病を背景としその自己免疫異常に基づきリンパ球が浸潤し,慢性リンパ球刺激による形質転換や体細胞遺伝子変異により,悪性化クローン細胞の増殖が惹起され増大する腫瘤を形成するとの仮説が提唱されている[]。

Watanabeらは,甲状腺MALTリンパ腫107例の長期結果について報告しているが,107例中2例の乳頭癌の合併が示されており[],甲状腺MALTリンパ腫と乳頭癌の合併は稀であると考えられた。

医中誌,PubMedにて2000年から2020年までの期間で「甲状腺MALTリンパ腫」と「乳頭癌」をキーワードに論文検索を行ったところでは,8論文10症例の報告を認めた[11]。自験例を含めた11症例で検討すると,男女比は4:7,平均年齢は57歳,多発性乳頭癌は2例,微小乳頭癌は8例,11例全例に橋本病を認め,MALTリンパ腫のStageは11例全例IE,乳頭癌のリンパ節転移は1例のみであった。治療方法は全摘+リンパ節郭清4例,全摘+アブレーション4例,全摘+アブレーション+化学療法1例,葉切除+リンパ節郭清+外照射1例,葉切除+外照射1例などであったが11症例全例に乳頭癌およびMALTリンパ腫の再発はなかった(表1)。

表1.

甲状腺乳頭癌・甲状腺MALTリンパ腫併存論文報告(自験例を含む)

甲状腺悪性リンパ腫の頸部超音波所見で,びまん性でなくまだらに腫瘍が浸潤している場合は,針生検部位によっては確実な組織採取ができない可能性も考えられ,実際甲状腺MALTリンパ腫では内部の性状は不均質でまだら状の場合がしばしばみかけられる[12]ことから組織採取が困難と考えられる。よって針生検標本では甲状腺MALTリンパ腫の正確な診断ができないばかりか,病変部以外の採取により良性との診断で経過観察としてしまう可能性がある。確実な診断をつけるためには,病理診断のみならずフローサイトメトリーや染色体検査などの補助診断も行えるだけの十分な量の標本が必要なことから片葉切除を行う場合が少なくないとされている[13]。

甲状腺MALTリンパ腫の頻度が低く大規模な臨床試験実施が困難であるため甲状腺MALTリンパ腫の至適治療方針は確立されていない[14]。しかし限局期甲状腺MALTリンパ腫の場合には,放射線療法,外科切除による局所療法が主体とされている[14]。一般的に診断のための片葉切除を行い限局期MALTリンパ腫の診断が得られれば,放射線感受性が高いこともあり残存甲状腺への放射線治療が推奨されているが,外科治療や慎重な経過観察も報告されている[1314]。残存甲状腺での腫瘍の有無で,放射線治療を考慮するか慎重な経過観察をするかを判断することとなる[1314]。甲状腺MALTリンパ腫ではまだら状に腫瘍が浸潤している場合が多く,また背景に橋本病があるために浸潤範囲が不明瞭になるとも考えられ,この点からも片葉切除後の残存甲状腺への放射線治療が必要と考えられる。

一方自験例のような限局期甲状腺MALTリンパ腫では,甲状腺切除と放射線療法の併用を行った症例,放射線療法と化学療法を併用した症例,甲状腺摘出術のみの単独療法症例のいずれの治療群においても5年生存率98%と有効で,有意差がないとされている[]。検索した論文報告10症例においても,いずれの治療法を選択しても再発はない結果であった。以上の報告を踏まえて,診断と治療の両面から限局期甲状腺MALTリンパ腫に対して,甲状腺全摘術単独治療も治療選択肢の1つになる可能性があると考えられる。また自験例は甲状腺MALTリンパ腫に対する甲状腺全摘術を選択した結果,両葉多発性の微小乳頭癌が明らかになり乳頭癌の根治治療もすることができた。

しかし甲状腺全摘を行う場合の短所としては病理結果が橋本病ではオーバーサージャリーとなってしまうことや,甲状腺ホルモン剤の服用継続が一生涯必要になることがあり,甲状腺全摘の選択には注意が必要と考える。

また甲状腺全摘術の際のリンパ節郭清は根治性とともにリンパ腫の広がりを確認するためでもあるが,頸部中央区域リンパ節のみならず頸部外側区域リンパ節にlymphoid cellの浸潤が認められれば,甲状腺全摘術単独治療のみでは根治性が得られないことから局所放射線治療の追加は必要と考えられた。

おわりに

甲状腺原発MALTリンパ腫と多発性微小乳頭癌が共存した稀な1症例を経験した。診断と治療の両面から限局期甲状腺MALTリンパ腫に対して,甲状腺全摘術単独治療も治療選択肢の1つになる可能性があると考えられるが,甲状腺全摘術の短所にも注意を払う必要がある。

【文 献】
 

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https://creativecommons.org/licenses/by-nc/4.0/deed.ja
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