日本内分泌・甲状腺外科学会雑誌
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特集2
分化癌取扱いの変更点
伊藤 康弘宮内 昭
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2021 年 38 巻 1 号 p. 18-22

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抄録

2017年にAmerican Joint Committee on Cancerの甲状腺乳頭癌および濾胞癌に対するTNM分類およびstaging systemが,大きく改訂された。2019年に上梓された日本内分泌外科学会/日本甲状腺病理学会による「甲状腺癌取扱い規約」も,それをそのまま採択している。今回の改訂の主たるものとして1)年齢のカットオフが45歳から55歳へ変更された,2)腫瘍径に基づくupstagingが変更された,3)腺外浸潤が術中の肉眼所見に基づくものとされ,その内容およびupstagingが変更された,4)リンパ節転移のupstagingが変更されたことが挙げられる。第8版のTNM staging systemは第7版に比べて,より鋭敏に患者の予後を反映しているが,まだ色々と改善の余地があるように思われる。本稿ではこれらについて網羅的に解説する。

Ⅰ.はじめに

2019年12月に,甲状腺癌取扱い規約第8版が上梓された[]。今回は臨床と病理の両方が大きく改訂されている。臨床方面の改訂は,American Joint Committee on Cancer(AJCC)の甲状腺乳頭癌および濾胞癌におけるTNM分類およびstaging systemが大きく変更されたことを反映している[]。TNMはT(tumor),N(node),M(metastasis)の三つの要素からなるが,甲状腺癌の場合T因子は腫瘍径だけではなく,腫瘍の浸潤度(Ex)も含まれているのが大きな特徴である。さらにもう一つ大きな特徴は年齢がStagingに組み込まれていることであるが,これは高齢者と若年者で大きく生命予後が異なるためである。今回のAJCC TNM分類の改訂はこういった因子すべてに及んでおり,本稿ではこれらについて解説するとともに,さらなる改善点についても提言する。

Ⅱ.第8版の変更点

乳頭癌および濾胞癌に対する第8版TNM分類を表1に示す。以下に第7版からの変更点について順に述べていく。

表1.

乳頭癌および濾胞癌における第8版AJCC TNM分類

1.年齢

TNM分類第7版では年齢のカットオフは45歳であったが第8版では55歳に変更された。2010年にわれわれは年齢のカットオフ値についての検討を行っているが,55歳に設定した方が45歳よりも鋭敏に生命予後を予測できた[]。第8版上梓後にも同様の論文が海外から発表されており,この改訂は妥当であると考えられる。

2.腫瘍径

第7版TNM分類において腫瘍径はT1(≤2cm),T2(>2cm,≤4cm),T3(>4cm)に分類されており,これは第8版でも踏襲されている。しかしT因子によるupstagingが両者で異なっている。第7版ではN0M0Ex(-)で45歳以上のT1症例をStage Ⅰ,T2症例をStage Ⅱ,T3症例をStage Ⅲとしていた。それに対して第8版では55歳以上のT1,T2症例をStage Ⅰ,T3症例をStage Ⅱとし,腫瘍径4cm以下の症例はupstagingしていない。われわれの検討ではN0M0Ex(-)のT2症例の再発予後はT1症例よりも若干悪いものの総じて良好であり[],このStagingは妥当と考えられる。

3.癌の腺外浸潤

癌の腺外浸潤は重要な予後因子であり,この取扱いについては慎重に検討する必要がある。第7版TNM分類では癌の腺外浸潤を,術前の画像所見および反回神経麻痺などの臨床症状に基づいて判定することになっていた。従って術前に反回神経麻痺のない症例が術中所見で癌の反回神経浸潤があったとしても,あるいは術前の画像や気管支ファイバーで気管浸潤の証拠がない症例が術中所見で気管軟骨への浸潤があっても,TNM分類ではT4aに分類されなかった。しかし第8版では癌の腺外浸潤は術中の肉眼所見に基づいて判定されることになり,術前所見で浸潤の証拠がなくても術中に浸潤が認められればT4aに分類される。

甲状腺癌取扱い規約では癌の腺外浸潤をExとして表現しており,この用語はTNM分類にはないものである。取扱い規約の第7版では胸骨甲状筋および甲状腺周囲組織へ癌が浸潤している場合をEx1,それ以外の浸潤をEx2に分類していた。これは第7版TNM分類のT3およびT4にそれぞれ相当するものであった。しかしわれわれの検討ではEx2症例の予後はEx0症例およびEx1症例よりも有意に不良であったが,Ex1症例とEx0症例の無再発生存率および疾患関連生存率はまったく変わらなかった[](図1)。従って取扱い規約第7版のEx1は予後を反映せず,45歳以上の症例におけるStage Ⅲへのupstagingは妥当ではないと結論づけられた。

図1.

a:甲状腺乳頭癌における第7版取扱い規約に基づくEx0,Ex1,Ex2症例の再発率の比較。

b:甲状腺乳頭癌における第7版取扱い規約に基づくEx0,Ex1,Ex2症例の癌死率の比較。

第8版のTNM分類ではEx1相当の浸潤をT3へupgradingすることを廃止した。これは上記の結果に基づけば妥当と考えられる。一方で取扱い規約第8版では,胸骨甲状筋および胸骨舌骨筋あるいは肩甲舌骨筋へ浸潤する症例を新たにEx1と定義しているが,これはTNM分類第8版のT3bにほぼ相当するものである。第8版TNM分類では55歳以上のT3b症例は,腫瘍径4cm以下でN0M0であればStage Ⅱにupstagingされる。しかし第8版取扱い規約のEx1症例の予後がEx0症例よりも不良かどうかは現時点でデータがなく,その妥当性については不明である。第7版と同じようにEx2相当の浸潤はT4aあるいはT4bに分類され,55歳以上であればそれぞれStage ⅢおよびⅣAにupstagingされる。

4.リンパ節転移

もともとリンパ節転移(N)は中央区域をN1a,外側区域および上縦隔をN1bと区分していた。第7版TNM分類では45歳以上のN1a症例をStage Ⅲ,N1b症例をStage ⅣAにupstagingしており,転移リンパ節の場所によってstagingが異なっていた。しかしわれわれの検討では,N1a症例とN1b症例の予後に有意な差は認められなかった(図2)[]。今回の改訂ではN1aとN1bのupstagingを55歳以上の症例で一律Stage Ⅱとしており,これについてはこの後Ⅲ-3に述べるような問題点があるとは言うものの概ね妥当と考えられる。なお,手術範囲を考えると外科医としては若干奇異な印象があるが,今回の改訂では,上縦隔リンパ節転移をN1aに分類している。これはこの部位へのリンパ節転移例の予後がさほど悪くないことによるものである。

図2.

甲状腺乳頭癌N0,N1a,N1b症例の癌死率の比較(Ex2症例は除く)。

5.遠隔転移

遠隔転移はM1に分類され,その取扱いについては同じである。第8版TNM分類では術前所見だけではなく,術後4カ月以内に画像検査で発見された遠隔転移は遡ってM1に分類するという付記がある。これはおそらく術後の放射性ヨウ素を用いたablationやadjuvant therapyにおいて発見される転移を想定したものと思われる。

Ⅲ.第8版TNM分類における改善点 ―よりよく予後を反映するためにー

第8版TNM分類は第7版よりもより鋭敏に予後を反映することは,われわれの研究でも明らかである[](図3)。われわれのシリーズでは第7版TNM分類に基づいた予後解析では,Stage ⅢおよびStage ⅣA症例の生命予後に有意差が認められなかった[,]。一方で第8版に基づく解析では,Stage ⅠからⅣBまで(Stage ⅣAは症例が少ないため解析できず)Stageが進むにつれて有意に予後不良となった。しかしこの第8版のTNM分類が完璧かと言うと,少なくともわれわれが得た知見に基づけばまだ改善の余地はあると思われる。この項ではそれらについて述べる。

図3.

甲状腺乳頭癌の第8版および第7版TNM分類に基づく生存曲線。

1.Ex2の細分類

Ex2はTNM分類におけるT4aおよびT4bを含んでいる。しかしこのうちT4a症例の場合,浸潤する臓器や深さは極めて多岐にわたる。これらが一律に予後不良であるとは考えがたく,われわれはこれについて検討を試みた。T4aを浸潤臓器によってT4a1(気管軟骨,食道筋層,反回神経,輪状甲状筋,下咽頭収縮筋への浸潤)とT4a2(皮下組織,甲状軟骨,咽頭,気管粘膜,食道粘膜,内頸静脈,腕頭静脈,胸鎖乳突筋への浸潤)に大別し,55歳以上の症例において予後を比較した。図4にStage Ⅱ症例およびStage ⅢかつT4a1およびT4a2症例の癌死率を示す。同じStage ⅢでもT4a2症例はT4a1症例よりも明らかに予後不良であり,なおかつT4a1症例とStage Ⅱ症例の予後に有意な差は認められない[]。さらなる検討が必要ではあるが,55歳以上のサブセットではStage ⅢのT4a1症例をStage Ⅱにdownstageさせてもよいかも知れない。

図4.

甲状腺乳頭癌における55歳以上T4a1およびT4a2のStage Ⅲ症例およびStage Ⅱ症例の癌死率の比較。

2.リンパ節転移からの節外浸潤

甲状腺癌の周囲への浸潤は原発巣からだけではなく,転移リンパ節からも起こりうる。しかし取扱い規約では,「転移リンパ節の周囲浸潤例(N-Ex)はsT4aとはしない」と明記されている。すなわちいくら転移リンパ節から周辺臓器に浸潤があってもupstagingはされないということである。しかし図5に示す如く,55歳以上でStage Ⅱの症例においてN-Exを認めた症例の予後は,それを認めない症例よりも有意に不良であった[]。さらにStage ⅡでN-Exがある症例の生命予後はStage Ⅲの症例と同等であった。これらのことから原発巣からのExだけではなく,N-Exも何らかの形でstaging systemに反映させるべきだと考えられる。

図5.

a:55歳以上Stage Ⅲ甲状腺乳頭癌におけるN-Ex(+)および(-)症例の癌死率の比較。

b:55歳以上のN-Ex(+)Stage Ⅱ症例とStage Ⅲ症例との癌死率の比較。

3.転移リンパ節の大きさ

Ⅱ-4にリンパ節転移の位置は予後を反映しないことを述べた。しかしリンパ節転移がある症例の予後はすべて一律かというと,そうではない。2004年にSugitaniらは3cmを超えるリンパ節転移のある症例は予後不良であることを発表した[]。われわれも同じ検討を加えた結果,図6のように臨床的なリンパ節転移がない症例,3cm以下の転移がある症例,3cmを超える転移がある症例の再発および生命予後は明らかに異なった[]。従って55歳以上で3cmを超えるリンパ節転移のある症例はupstagingした方がよいと考えられる。

図6.

a:甲状腺乳頭癌におけるN0,N≤3cm,N>3cmの症例における再発率の比較。

b:甲状腺乳頭癌におけるN0,N≤3cm,N>3cmの症例における癌死率の比較。

Ⅳ.おわりに

第8版TNM分類について第7版と比較検討しながら解説した。かなり改善されたとはいえ第8版にもまだいくつか改善の余地が残されているように思われ,予後を正確に判断するためにさらなる検討が必要と考えられる。また,このTNM分類には術後の状況が加味されておらず,術中のタイミングで評価したいわゆる静的な因子のみで形成されている。術後はTNM分類に拘るのではなく,サイログロブリン倍加率[10]や好中球/リンパ球比[11]などの動的因子を経時的に注意深く観察していくことが非常に大切である。

【文 献】
 

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