甲状腺乳頭癌に対する甲状腺全摘術,中央区域リンパ節郭清術の基本的な手術手技を紹介する。手術の目的は腫瘍の完全切除だが,同時に,近接する上喉頭神経外枝や反回神経,副甲状腺を機能的に温存し,合併症の発生を低く抑えることが求められる。また,甲状腺は頸部臓器であることから,整容性と術後の愁訴に対する配慮も必要とされる。本稿では一連の手術操作を分解し,各パートにおける手技のポイントや注意点について解説する。
甲状腺乳頭癌に対する甲状腺全摘術,中央区域リンパ節郭清術の手術手技について概説する。甲状腺は前方を頸筋膜と前頸筋,外側を頬咽頭間膜で覆われ,深部では前方のsuspensory ligamentで甲状軟骨に,背側のBerry靭帯で輪状軟骨と気管に固定されている(図1)。手術の本質は,近接する反回神経と上喉頭神経外枝,副甲状腺を温存しながら,いかに筋膜や筋肉,間膜や靭帯を攻略するかである。本来,手術操作の一つ一つには次に繋がる意味があり,連続性と手順が大切だが,本稿では一部でも参考として頂けるよう,一連の操作を分解し,各パートにおけるポイントを記した。

頸部前側断面図
甲状腺は前方を前頸筋群(胸骨舌骨筋,胸骨甲状筋)と頸筋膜に支えられ,反回神経および上副甲状腺と共に頬咽頭間膜に包まれ,背側をBerry靭帯で輪状軟骨・気管軟骨(第一,第二)に固定されている。矢印は正中到達法で全摘する場合の到達および切離経路。
■ 手順を決定:声帯麻痺の有無や腫瘍径,浸潤度などを考慮して
➢ 全摘:患側から,健側から,麻痺側から
➢ 授動:上極から,下極から
➢ 甲状腺とリンパ節:一塊か,別々か
➢ 副甲状腺:温存か,移植か
■ 麻痺や浸潤がなければ,筆者は下記の手順
➢ 甲状腺を露出しながら錐体葉授動と喉頭前リンパ節(Ⅰ)郭清→右気管傍リンパ節(Ⅲ)郭清と右葉授動→左Ⅲ郭清と左葉授動→気管前リンパ節(Ⅱ)郭清しながら両下極を処理→一塊に摘出
➢ 副甲状腺:両上は温存,両下は移植
■ 皮切:視野と整容性のバランスが大切
➢ 鎖骨頭の頭側に8cmの襟状切開
➢ 高さと長さは体型や腫瘍径によって調整
■ 筋皮弁:広頸筋直下,頸筋膜浅葉を露出する層
➢ 頭側は甲状軟骨上切痕,尾側は鎖骨頭前縁まで
■ 胸骨舌骨筋:下記経路で通過
➢ 正中:低侵襲,整容的,一視野で完結し簡便で,ⅠやⅡは見やすいが,腫瘍径が大きい場合は甲状腺背側(反回神経など)が見にくい
➢ 側方:腫瘍径が大きくても甲状腺背側が見やすいが,ⅠやⅡは見にくく,両側の切離を要し煩雑
➢ 横切:視野は最良だが,整容性と愁訴で劣る。腫瘍径が大きい場合に
■ 胸骨甲状筋:筆者は合併切除している
➢ 甲状軟骨近傍と可及的尾側で切離
➢ 外側では筋膜が頸動脈鞘に癒合
→その少し内側で筋膜を切離して甲状腺外側に到達
➢ 右側尾側では筋膜を切離すると頸動脈鞘が解放される
→更に内側背側の癒合膜を切離しないと甲状腺外側に到達しない
➢ 頸神経ワナ胸骨舌骨筋枝は外側に避けて温存
→筋委縮を抑えて整容性を保つ,反回神経再建の材料に
➢ 中甲状腺静脈の切離
→本数や位置のバリエーションに注意
■ 上喉頭神経外枝(図2)

上極の処理(右葉)
上極を外側尾側に授動。suspensory ligamentを正中寄りから切離して上甲状腺動脈の前枝,外枝を確認し,これを甲状腺被膜近くで切離すれば(図の矢印の位置),上喉頭神経外枝の走行によらず(ⒶでもⒷでも)温存される。上副甲状腺への血流温存のため後枝の切離は控える。
➢ 輪状甲状筋より10mm以上頭側で下咽頭収縮筋に入り筋肉内を下降する症例が20%[1]
➢ 筋肉に入るポイントは,輪状軟骨正中部から,男性22mm以上,女性18mm以上,外側かつ頭側[2]
➢ 上甲状腺動脈の分岐部や上極より尾側を通る症例が20%[3]
➢ 細動脈が伴走している症例が70%[2]
→露出に拘らず,上甲状腺動脈の前枝と外枝を甲状腺被膜近くで切離すれば温存される
■ 上甲状腺動脈後枝
➢ ほぼ全例で上副甲状腺に流入[4]
→下甲状腺動脈から上副甲状腺への血流を確認するまで切離を控える
■ 反回神経の走行:
➢ 右は右鎖骨下動脈の尾側で反転。総頸動脈の背側から術野に現れ,気管,食道に対して約30°の角度で上行[5]
➢ 右鎖骨下動脈起始異常症に伴う非反回下喉頭神経が0.5%程度[6]
➢ 左は大動脈弓で反転して気管食道溝を走行
➢ 両側とも下甲状腺動脈と交差した後は,下甲状腺動脈上行枝と共に頬咽頭間膜の内側,気管食道溝近くを走行する
➢ 途中で気管食道枝や交感神経幹との交通枝を分岐する
➢ 入口する分枝は原則全て温存するが,特に前枝が運動枝で大切
■ 同定する場所:主に3箇所
➢ 反回神経入口部:輪状軟骨下縁,下咽頭収縮筋輪状咽頭部,上副甲状腺を目安とする『点』で探す。甲状腺授動と頬咽頭間膜切離を要す
➢ 下甲状腺動脈の高さ:非反回下喉頭神経を除けば反回神経と下甲状腺動脈は必ず交差するが,その前後関係にはバリエーションがあるので,下甲状腺動脈の高さに想定される『面上』で探す
➢ 下甲状腺動脈の尾側:右は下甲状腺動脈,気管右側壁,右総頸動脈内縁で構成される『三角形(の空間内)』で探す。左は気管食道溝の『線上』で探す
→筆者はこれを基本としている
■ 右側(図3)

右反回神経の同定
胸骨甲状筋の筋膜と頸動脈鞘の癒合膜が十分に切離できていれば,甲状腺中下部を内側前側,かつ頭側に授動すると,下甲状腺動脈の尾側で気管と右総頸動脈の間を斜めに走る右反回神経が疎性結合織の下に透見できる,または “テントの梁”の様に認識できる。
➢ 甲状腺中下部を内側前側,やや頭側に授動
➢ 上述の『三角形』を斜めに走る右反回神経が疎性結合織の下に透見する,または “テントの梁”の様に認識できる
➢ 見つからない場合,上述の『三角形』の疎性結合織を剝離して探す
➢ 郭清の境界:頭側は右下甲状腺動脈,外側は右総頸動脈内縁,背側は頸筋膜椎前葉に覆われた椎前筋前側,内側は食道壁と気管側壁
➢ 神経背側(食道傍)郭清の意義や適応には議論がある
■ 左側(図4)

左Ⅲ郭清と左反回神経の同定
左総頸動脈内縁で左Ⅲ郭清の外縁を決め,外側から内側に向かって食道壁を露出して左Ⅲを郭清しつつ,気管食道溝で疎性結合織越しに左反回神経を同定すると効率が良い。
➢ 左総頸動脈内縁でⅢ外縁を決め,内側に向かって郭清しつつ,気管食道溝で疎性結合織越しに神経を同定
➢ 先に反回神経を同定してから郭清でもよい
➢ 郭清の境界は右と同じだが,よりシンプル

反回神経の露出と上副甲状腺の温存(右葉)
反回神経は下甲状腺動脈と交差した後,下甲状腺動脈上行枝と共に頬咽頭間膜の内側(甲状腺側)に潜り込む様に入り,その頭側では,気管食道溝の近くを走行する 。神経に沿って頬咽頭間膜を切離して露出する(図の矢印)。下甲状腺動脈上行枝を温存すると,その末梢(頭側)で頬咽頭間膜下に上副甲状腺が確認できる。
■ 反回神経の露出
➢ 甲状腺を前側内側に授動
➢ 尾側から反回神経に沿って頬咽頭間膜を切離
➢ 間膜の切離ラインを横切る下甲状腺動脈上行枝から甲状腺への枝は,甲状腺寄りで切離して,下甲状腺動脈上行枝は温存
■ 上副甲状腺の温存
➢ 位置は下甲状腺動脈と反回神経が交差するポイントの頭側1cmを中心とする直径2cmの円内[7],輪状甲状関節の高さ[8]と報告
➢ 下甲状腺動脈上行枝を末梢に辿ると,神経入口部近傍で頬咽頭間膜下に同定できることが多い
➢ 上または下甲状腺動脈からの血流が温存できなければ摘出して移植

Berry靭帯の切離
甲状腺と輪状軟骨,気管第1,第2軟骨を結ぶBerry靭帯は硬く,内外に細かな血管が走行している。入口部に近いため反回神経は外転できず,切離線との距離が近い。エナジーデバイスの使用は控え,血管に先に針糸を掛けるか,モスキート鉗子で把持して切離する。
■ 気管からの剝離
➢ 下極を授動して尾側から
➢ 実質に切り込まないよう,気管面を露出し続ける
■ Berry靭帯の切離
➢ Berry靭帯は硬く,靭帯内外を細かな血管が走行している
➢ 神経は入口部が近く外転できず,切離線と近い
➢ 血管に先に針糸を掛けるか,モスキート鉗子で把持して切離
■ 下極処理
➢ 複雑に吻合する左右の下甲状腺静脈を結紮切離
➢ 最下甲状腺動脈に注意
■ Ⅱ郭清
➢ 胸腺舌部を結紮切離して背側の脂肪織ごとⅡを郭清
➢ 喉頭を挙上すると胸骨切痕より尾側まで郭清可能
■ 下副甲状腺の確保:摘出,細切して胸鎖乳突筋内に移植
➢ 郭清する場合,血流とともに温存することは困難
➢ 位置のばらつきが多いが,甲状腺下極の1~2cm以内で,下極の尾側または後外側,あるいは胸腺内が多い[7]
➢ 70%は左右対称の位置[7]
■ ドレーン:原則10Frの閉鎖式持続吸引ドレーンを留置
➢ 後出血や再手術を減らすエビデンスはなく,必須ではない
➢ 目的は後出血,リンパ漏,感染のインフォメーション
➢ 術後2日目に抜去
■ 閉創:正中の頸筋膜と広頸筋は3-0,真皮は4-0吸収糸で縫合
今日では神経刺激装置やエナジーデバイスが手術の大きな助けになっているが,本稿で示した手技の大半は19世紀にKocherやMikuliczらが行っていたものである。解剖学的知識に基づいて,正しく頸筋膜や筋肉,靭帯を扱うことができれば安全に手術が遂行できるということなのだと思う。
稿を終えるにあたり,イラストを作成して下さった伊藤病院看護部 斗納美衣子さんに深謝いたします。