日本内分泌・甲状腺外科学会雑誌
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特集2
ロボット支援下甲状腺手術
石川 紀彦
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2022 年 39 巻 1 号 p. 29-34

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抄録

従来の甲状腺切除術に低侵襲性,整容性を高める目的で内視鏡下甲状腺切除術が開発され,そのアプローチ方法は腋窩,前胸壁(乳房,乳輪を含む),耳介後,経口などが報告されている。甲状腺手術への手術支援ロボットの導入は,多自由度鉗子,高解像度3次元画像の提供などにより更に高度な内視鏡手術を実現するものとなった。da Vinci surgical systemを用いたガスレス腋窩アプローチによるロボット支援下甲状腺切除術は,他のアプローチに比して側方からの甲状腺を展開するため甲状腺全体だけでなく,副甲状腺や反回神経の確認に優れており,頸部リンパ節郭清をも安全に行うことが可能であり,安定した術野の維持が可能である。国内では保険収載されていないことが最大の問題といえるが,ロボット支援下甲状腺切除術は更に緻密かつ安全な次世代の甲状腺手術となり得る。

はじめに

甲状腺手術は頸部襟状切開でアプローチする方法が標準術式とされているが,機能異常,腫瘍性疾患共に女性に多く,頸部切開では外観上見える位置に創が出来てしまうことが問題となっていた。患者からの要望に答えるべく,創を小さくしたり,見えないところからアプローチする術式が開発されてきたが[],特に内視鏡手術の導入は切開長の縮小,整容性の改善などに大きく寄与するものとなった[]。その有効性と安全性は多施設で検討され,整容性と術後疼痛の点でも従来の甲状腺摘出術よりも優れていることが報告されている[]。ロボット支援手術は内視鏡手術の延長線上にある術式であり,ロボットが提供する多自由度鉗子,高解像度3次元画像などは内視鏡下甲状腺手術(VANS:Video assisted neck surgery)の限界を克服することができる[11]。ここではわれわれの行っているガスレス腋窩アプローチによるda Vinci X surgical system(Intuitive社,米国,以下da Vinci)を用いたロボット支援下甲状腺切除術を中心に報告する(図1A)。

図1.

da Vinci surgical system

A:Xシステム

B:SPシステム

(Intuitive 社HPより)

ロボット支援下甲状腺切除術

頸部領域と他領域(腹腔や胸腔)の間には同じ内視鏡手術といっても大きな違いがある。頸部には生来「腔」が無く,甲状腺に対して鏡視下を行うためには,まず人工的に「腔」を作成し術野を確保する必要がある。さらにその空間が狭小であり,ポート位置の制限もあるため内視鏡操作は直線的な動きになりがちで非常に難しいものとなる。腹腔鏡手術や胸腔鏡手術では術者と助手が光学視管や複数の鉗子操作を協同して操作を行い,術者の左右の手に持つ鉗子以外に数本の鉗子で術野を展開し手術操作を進めていくことが出来るが,VANSでは主創が小さいこともあり助手の鉗子が参加しにくいこともその難易度を上げる要因となっている。

VANSと同様にロボット支援下甲状腺切除術もアプローチ法,術野確保の方法(リトラクターによる創部の挙上法や二酸化炭素送気法)の組み合わせによりいくつかの方法に大別される[101214]。アプローチ法としては腋窩,前胸壁(乳房,乳輪を含む),耳介後,経口などが報告されているが,われわれは腋窩アプローチを行っている。われわれが国内にロボット支援下甲状腺切除術を導入する際には,韓国で延世大学のChung教授のガスレス腋窩アプローチとソウル国立大学のLee教授のBABA(Bilateral axilo-breast approach)の両術式を献体を用いたトレーニングで学び同時に手術見学を行った。個人的には腋窩アプローチの方が反回神経等の同定が容易で鎖骨上窩のリンパ節郭清に関しても優れていると判断し,われわれは腋窩アプローチを導入することとした経緯がある。

甲状腺領域での手術支援ロボットの最初の導入は2005年の甲状腺腫に対する葉切除であり,その後はアプローチの多様化と共に頸部リンパ節郭清と組み合わせた甲状腺全摘術へと術式は拡大している[15]。

ガスレス腋窩アプローチによるロボット支援下甲状腺切除術

二酸化炭素の送気を行わずに専用のリトラクターで術野を展開するガスレス腋窩アプローチは韓国の延世大学のChung教授によって開発された術式であり[1216],われわれは2009年に初めて国内に導入した[17]。特徴的なのは「腔」の作成方法と,術野を確保するリトラクターにある。

「腔」の作成方法:患側上肢を挙上固定し,腋窩に数cmの皮膚切開を作成,直視下に大胸筋前面を鎖骨まで剝離,広頸筋を切離後,小鎖骨上窩(胸鎖乳突筋の胸骨頭と鎖骨頭の間)を剝離展開し甲状腺前面を広く剝離する。(Flap dissection technique)

リトラクター:術野を維持するために,専用のリトラクターを腋窩創部より挿入し前頸筋群を天井方向に挙上固定する。Chungの原法ではテーブルマウント型の専用リトラクターを用いるが(図2A),われわれはda Vinciのカメラポートを延長してリトラクターとして利用できるカメラポートリトラクターを開発し用いている(図2B)[18]。

図2.

リトラクター

A:甲状腺リトラクター(テーブルマウント型)

B:カメラポートリトラクター

術野を確保した後にda Vinciを健側から導入,ロボット手術を開始する。甲状腺切除,リンパ節郭清は従来の甲状腺手術と同様の方法で行う。腋窩に約3cmの主創を作成しその頭側,尾側に8mmポートを挿入しロボットをドッキングする(図3)。使用する鉗子はEndowrist Harmonic ACE Curved Shears(Intuitive 社),Endowrist Micro Bipolar Forceps(Intuitive社)が両手に用いる操作用鉗子,4thアームに甲状腺展開用のEndowrist ProGrasp Forceps(Intuitive社)を用いている。

図3.

術後写真

ロボット手術の利点と欠点

手術支援ロボットの利点は7自由度を有する鉗子,高解像度三次元立体画像を提供するビジュアルシステムであり,従来の内視鏡手術が困難としていた技術的限界を克服できることにある。術者は光学視管以外に計3本のアームを操作できるため狭い術野でも1本を展開用に使用することが可能であり,これは通常の内視鏡手術ではなかなか実現できない有利な点である。ほぼ腋窩アプローチは真横から甲状腺を見ることになり,甲状腺を展開することで血管,反回神経や副甲状腺などの重要な構造物の明確な把握同定が容易になる。また多自由度鉗子は他のアプローチ方法では到達が難しいとされる鎖骨上窩の頸部リンパ節郭清なども行いやすい。

da Vinci特有の技術としてICGを用いた蛍光造影が挙げられ,このFireFlyモードは血管の同定に優れている。一方,蛍光内視鏡を用いることで副甲状腺の同定が容易になるとの報告があり[19],われわれも検討を重ねている(図4)。

図4.

副甲状腺

A:通常モード

B:FirFlyモード

血管の凝固切離にはロボット仕様の超音波凝固切開装置(Endowrist Harmonic ACE Curved Shears)を用いているが,これはいわゆるHarmonicであり,手首の関節は有していない。ロボット手術のメリットのひとつに多自由度を有する鉗子を挙げたが,超音波凝固切開装置は手首が曲がらないというジレンマに陥いる。エチコン社もロボットの開発を行っており,da Vinciに提供される超音波凝固切開装置は旧世代のHarmonic Aceに過ぎない。この問題を解決すべくIntuitive 社からは関節機能を有するシーリングデバイス(SyncroSeal,Intuitive社)が提供されている(図5A)。甲状腺の狭小な術野では鉗子自体がまだ大きい印象を持っている。

図5.

A:SyncroSealによる甲状腺切離

B:Endowrist Harmonic ACE Curved Shearsによる上甲状腺動脈の切離

C:Endowrist Micro Bipolar Forcepsによる反回神経の剝離

D:俵ガーゼおよびラパクリアDカバーによる展開

現在までに頸部切開の通常手術とロボット手術を比較した多くのmeta-analysisが報告されており[2025],これらをまとめると腫瘍学的には同等,時間的には通常手術の方が優れているが,整容性はロボットが優れているという論調が多数を占める。内視鏡手術とロボット手術の比較についてもmeta-analysisが報告されているが,ここではロボット手術の優位性は示されなかった[2627]。

日本国内では内視鏡下甲状腺切除術が保険収載されているのに対して,ロボットを用いた甲状腺切除術は未だ保険収載されておらず,当院では自由診療という形でロボット手術を施行せざるを得ない。先進医療などを経過しての薬事承認,保険収載が期待される。

近年,国外ではIntuitive社からシングルポート型のロボットda Vinci SPが開発販売されており,甲状腺手術にもその有用性が発揮できるのではないかとされていたが,延世大学では既に200例に使用しその有用性を報告している[28](図1B)。

ガスレス腋窩アプローチの利点と欠点

前胸壁,耳介後,経口などのアプローチに比してガスレス腋窩アプローチが優れている点は,ほぼ真横からのアプローチになることにつきる。

第一に甲状腺の上下極を容易に展開出来ることであり,第二に副甲状腺や反回神経,総頸動脈や内頸静脈を側方より観察出来ることである。結果として重要な組織や臓器を損傷するリスクを極力回避しながら,同側頸部リンパ節郭清を安全に行うことが可能となる。第三に送気法と異なり空気(特に超音波凝固切開装置によるミスト)と血液の陰圧吸引が常時可能となるため安定した視野維持が可能となる。

一方,ガスレス腋窩アプローチでは腋窩から頸部への広範囲な剝離がおよぶため術後に頸部および前胸壁に軽度の痛みや不快感が残ることがある。また,このアプローチの限界は対側の甲状腺や反回神経の露出,剝離が難しい。しかし,延世大グループは手術適応を拡大し甲状腺全摘術に加え中央部および外側頸部リンパ節郭清を含む根治的甲状腺切除術を報告し,特に外側頸部リンパ節郭清に関して鎖骨下静脈に連続する内頸頸静脈やレベルⅡの最上部領域,従来の内視鏡手術ではアクセスできない領域の郭清が可能であると報告している[2931]。

ガスレス腋窩アプローチの当院における工夫

使用するda Vinci鉗子に関しては現在までにいくつかの種類を試行錯誤しながら使用してきたが,現在は基本的に右手(利き手)にHarmonic ACE Curved Shears,左手にとMicro Bipolarを用い,随時鉗子を入れ替えながら手術操作を行っている。利き手のHarmonicは血管や甲状腺の凝固切離,時に把持鉗子を兼ねて使用し(図5B),左手のMicro BipolarはErbe社(ドイツ)のVIOシステムに接続しバイポーラーカットモードとソフト凝固モードを任意に使用出来るように設定している。バイポーラはエネルギーの複数回の短時間発射により凝固切開を加えるためいわゆる超音波凝固切開装置より組織の温度上昇が小さく熱損傷を最小限に抑えられるとの報告があり[32],細い血管や反回神経周囲の剝離などには繊細なバイポーラーの先端を用いカットモードで挟み焼きしながら切開,剝離を進め,甲状腺表面の出血などに対してはソフト凝固モードで凝固止血している(図5C)。

4thアームに装着する展開用のProGrasp Forcepsは本来,前立腺手術用に開発された鉗子であるが甲状腺を把持するのに適している。しかし甲状腺が易出血性であったり,把持しにくい場合には直接把持せず「俵ガーゼ」と呼んでいる小さな棒状のガーゼを用いて展開して損傷,出血を予防している(図5D)。最近はミトン型の手袋のような鉗子カバー(ラパクリアDカバー,白十字社)が販売され,「俵ガーゼ」より滑りにくくProGraspに被せて甲状腺の牽引に用いている(図5D)。

われわれの施設でも当初はChungの原法に従いテーブルマウント型のリトラクターを用いていたが,腋窩創および甲状腺前面の剝離範囲を極力少なくすることを目的にカメラポートリトラクターを開発し使用している[18]。カメラを動かすことで操作する部分のみを有効に挙上展開することが可能となるが,甲状腺が大きい(腫瘍径にして40mm以上)場合はChung型のリトラクターの方が展開がよく,最近は症例応じてリトラクターを選択するようにしている。

おわりに

甲状腺外科における内視鏡手術の導入は頸部創の回避を可能にした。さらにロボット技術を導入することでより緻密かつ安全な手技が可能になるものと考えられる。国内ではロボットを用いた甲状腺切除術は未だ保険収載されていないが,ラーニングカーブも短く有効な術式で今後の保険収載が期待される。

【文 献】
 

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https://creativecommons.org/licenses/by-nc/4.0/deed.ja
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