2022 年 39 巻 2 号 p. 122-126
新型コロナ感染症が拡がる状況下,甲状腺専門病院での診療状況を検討した。例年(2017~19年の平均)と比較して,初診患者数は2020年5月に58%減少,通年で26%減少。同年6月から1年間の手術は1,625件で,例年より9%減少。悪性腫瘍手術は200件以上減少し,手術患者の性別,組織学的分類,腫瘍径,進行度には差は認めなかったが,60歳代以降の患者,隣接県以外の遠方から受診した患者が有意に減少し,自覚症状がある患者が減少していた。均一疾患患者が対象であったこと,コロナ感染患者を受け入れなかったこと,全室個室で患者間の接触を制限できたことなどが感染症対応に有利に働いた。リスク要因排除のための協力依頼も患者・家族の受け入れは良好であった。治療した悪性疾患の進行度に変化はなかったが,遠方からの高齢者の受診が減少しており,受診を控えた潜在的進行癌患者の存在が危惧される。
新型コロナ感染症が全世界的に拡がり,わが国でも緊急事態宣言が繰り返された状況下,甲状腺診療に特化した当院での診療状況を検討し,今後の対応について考察した。
コロナ感染症の対応が必要であった時期の外来患者数をそれ以前3年間(2017年1月から19年12月)の例年の状況と比較した。手術件数,手術患者の背景については,感染症対応後に予約された手術を行った時期である20年6月から21年5月の1年間を感染対応期として例年と比較した。また,2020年1月以降に手術を延期した患者について,延期理由と延期期間を調査した。群間の比較はFischer’s exact testを用いて行い,両側検定でp<0.05の場合有意とした。
外来患者数の毎月の推移を図1に示す。再診患者は,感染拡大が明らかとなった20年3月以降顕著な減少があり,最初の緊急事態宣言が発令された4月から5月に最も減少し,20年5月に例年比17%減少したが,以後大きな減少は認められず,その後は定期健診患者が3~6カ月遅れで来院するようになり,通年では1%の減少にとどまった。2度目の緊急事態宣言が発令された21年2月から3月には大きな変化はなかった。

外来患者数の毎月の推移(2017~19の平均を100%として)
初診患者数(図2)は,20年2月から減少し,5月に例年比58%減少した。その後も例年より20%程度減少した状況が続き,通年でも26%減少した。

外来初診患者数の毎月の推移(2017~19の平均を100%として)
感染対応期1年間の手術は1,625件で,例年から9%減少した。疾患別にみるとバセドウ病,副甲状腺手術は各々例年比4%,10%増加,良性結節は7%の減少であった。悪性腫瘍手術は,735件で22%減少した。悪性腫瘍手術を施行した患者の背景を表1に示す。例年平均と比較し100件以上減少している。手術患者の性別,組織学的分類,腫瘍径,病理学的リンパ節転移の有無,遠隔臓器転移の有無には差は認められなかった。感染対応期には60歳以上の患者が有意に減少していた。患者の居住地をみると,病院の所在地である兵庫県と隣接する大阪府に居住する患者は16%の減少にとどまったが,それ以外の遠隔地域に居住する患者は約半数まで有意に減少していた。

悪性腫瘍手術症例の内訳
悪性腫瘍手術患者の受診契機(図3)をみると,医師や検診で指摘され紹介を受けた患者が例年と比較して多い傾向があった。逆に,全体に占める割合は少数ではあるが,自覚症状があって紹介なく来院した患者は例年に比較すると,少なくなっていた。

受診契機(2017~19の平均を例年として)
2020年1月から21年9月に手術を延期した患者は48例(男性9例,女性39例,19~80(中央値52)歳)で,前半の27例では漠然とした不安を理由とする患者が大部分を占めた(24例)が,後半の21例には実際の感染1例,感染者との接触4例,ワクチン接種を優先するため5例などの理由が増えた。32例は,1から7(中央値2)カ月の延期後に手術を終えている。手術待機患者のうち13例は良性疾患,1例は微小乳頭癌,1例は遺伝性髄様癌の発症前切除,1例は乳頭癌の手術予定であった。
2020年初頭から全世界的に新型コロナウイルス感染症が拡大し,2021年9月現在でも終息が見通せていない。隈病院では,当初から院内に対策本部を設置し,職員に感染予防を周知,日々の体調確認を徹底し,来院患者の減少に合わせ出勤を最小限とした。外来患者には検温,アルコール消毒を励行させ,対面対応時にはシールドなど一般的な感染症対策を行った。発熱患者対応マニュアルを作成し,不顕性感染者との濃厚接触が回避できるように対応した。飛沫の飛散の危険がある喉頭ファイバー,呼吸機能検査,発声検査は,反回神経への手術操作が想定された患者に限定した。病院所在地である神戸市都市部への移動を希望しない患者に対し,15カ月間でのべ約1万名に電話対応を行い,内服薬を郵送した。
発熱,咽頭痛など有症状患者は入院を延期した。入院初日に全患者に唾液を用いたウイルス確認検査を行い,PCR陰性を確認後に治療を行った。入院中の面会は禁止し,手術当日の術後説明も基本的に本人のみに行った。病院の構造上,動線を分離することができないため,感染患者の受け入れは当院では不可能と判断し,患者発生時の対応を予め保健所などと協議した。入院時検査は1例で陽性であったが,無症状の感染患者として対応し,他患や職員との濃厚接触を避けるように病室で待機させつつ移送の手配を行い,速やかに居住地の施設に収容された。
麻酔時の感染予防については,日本麻酔科学会の指針[1]に準じて対策し,通常通り手術を行った。術後の発熱についてもマニュアルを作成し,濃厚接触を避けるようにして混乱なく対応できた。退院数日後に感染が判明した例がみられたが,院内での発症はなかった。
2020年春以降の初診患者の減少は顕著で,直接的に手術件数の低下につながった。とくに60歳以上の高齢者や遠隔地からの患者が有意に減少した。これらの患者については,近隣の施設での対処が行われているものと想定されるが,潜在的に受診控えの状態にある可能性があり,検診の遅れによる癌の発見率の低下も報告されている[2]ことから,今後感染症の終息とともに手術対象患者の急増が懸念される[3]。他臓器の癌ではウイルス感染そのものや受診待ちによる癌の進行[4]が危惧されている。当院でも,自宅待機などにより手術の延期を余儀なくされたり,不安から延期を希望したりした患者が認められた。多くは2カ月程度ののちに当初予定したとおりの手術を終えている。甲状腺癌の進行は一般に緩徐であり,癌の進行にも影響を与えることはないと考えられ,感染症からの回復を待って手術を行えている。当院で経験した感染対応期の手術患者の癌の進行度は例年と変わることはなく,現状では進行例のみが受診し,治療を受けている状況ではない。同様の観察はイタリアの多施設共同研究[5]でも示されている。
一方で,緊急に生命を脅かすような病状を呈する甲状腺癌は稀であるため,感染症蔓延下においては甲状腺癌手術は延期を考慮される対象となり得る[6]。実際,他院で予定された甲状腺癌手術が無期限に延期となり,当院へ紹介された患者もみられた。甲状腺癌の手術は侵襲も少なく,術後のウイルス感染症のリスクにもならないと考えられており[7],感染対策を十分に行った上であれば,手術治療は安全に行うことができるため延期する必要性はない[8]と判断した。感染例に対しても発症後7週間以上を経過し関連症状が残存していなければ待機的手術は安全に行える[9]とされており,基準に沿って治療を行っている。また,安全を考慮し手術の前後各3週間はワクチン接種をみあわせているため,接種を優先する患者の手術時期の延期も行われているが,病気の進行や予期しない有害事象はみられていない。
癌手術が減少した半面,バセドウ病や副甲状腺機能亢進症に対する手術が増加した。甲状腺疾患専門病院である当院では,相対的手術適応で手術のタイミングを相談中の内科通院患者も多く,癌手術の減少により空いた手術枠をこれらの患者に対する手術が埋める形となった。
再診患者は緊急事態宣言の終了とともにほぼ通常通り来院しており,治療方針の固まった,あるいは経過観察状態にある患者の再診意欲は高い[10]ことが示された。進行例に対する放射性ヨウ素内用療法や薬物治療も通常通り行っているが,治療中に感染した患者は現在まで認めていない。周術期,あるいは未分化癌に対する細胞障害性薬物療法中を除いてワクチン接種は制限しなかったが,接種の可否について連日多数の問い合わせがあり,ホームページや電話対応のマニュアルを作成して対応する必要があった。21年10月時点で全国的に広い年齢層に対しワクチン接種が進み感染者数は減少してはいるものの,未だ終息したとはいえず,先を見通せる状況にはない。今後とも最善の感染対策を行いつつ,通常診療を継続する予定である。
均一疾患患者が対象で迅速な対応ができたこと,コロナ感染患者を受け入れなかったこと,家族の理解を得て面会を禁止し,全室個室管理で患者間の接触を制限できたことなどが感染症対応に有利に働いた。現状では悪性疾患に対する手術を受ける患者の来院が減少しており,とくに自覚症状のない遠方からの高齢者の受診控えが懸念された。今後も感染症に対する注意を継続しつつ診療を行うと同時に,終息後の患者の急増にも備える必要があると考えられた。
本寄稿の一部は第54回日本内分泌外科学会学術大会において発表した。