ジャフィー・ジャーナル
Online ISSN : 2434-4702
機関投資家に勤務するトレーダーの社内評価制度が取引行動に与える影響の研究
―機関投資家へのアンケート調査―
芦立 剛樹
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2021 年 19 巻 p. 97-114

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Abstract

本研究では,金融業界の機関投資家として勤務するトレーダーの社内における評価制度(過酷なノルマや高額報酬)が株式売買を通じて,株式市場における非合理的な株価形成に与える影響の考察を行う.機関投資家で働いているトレーダー達の成果報酬の一部であるインセンティブについて,インタビュー調査を行った.その調査によりノルマや高額報酬といった強すぎるインセンティブが,トレーダー達の精神面への強いプレッシャーにより過度に成果を追い求めて公正価格を無視した取引を助長する可能性があるのではないかと考えた.先行研究の学生被験者を用いた実験研究からは,社内の評価制度を想定したトレーダー間の競争を煽るようなインセンティブ設定があるときに,非合理的な価格での取引が増加することが指摘されていた.そこで,本研究では機関投資家で実際に株式売買を行うトレーダーを対象にアンケートを実施し,トレーダーが実際に直面しているノルマとインセンティブ等の社内の評価制度により公正価格を無視した取引を行うことがあることを明らかにした.

1 はじめに

株式市場において,ファイナンス理論に基づき算出されたFV(Fundamental Value)と言われる公正価値と乖離した株価で取引が行われることが多くある. 本来は,株式市場の取引において,買い手も売り手もFVを意識すれば,FVと大きく乖離した株価で,取引は行われないと考えられる. FVとは,割高,割安の判断基準となる投資指標である.投資する対象の将来の収益予想を行い将来の収益を現在価値に引き直したうえで,現在の株価と比較する分析方法である. 投資を行う上での基礎となる考え方である.

しかしながら,世の中では,FVと大きく乖離したバブルといわれている株価で取引が過去幾度となく行われ,今後も行われると推察される.

バブルが起こる諸説は様々にある.著名なバブル研究者であるGalbraith(1954)では,取引に参加する投資家が短期間に金持ちになれるという共通認識により投機ブームが起こり,やがてブームは終焉し,投機熱は冷めると記されている.バブルは,投資家の投機熱により起こると示している.Fisher(1930)は,市場の暴落の主因は投資家心理にありすべては群衆によるパニック心理が原因であり,決して株価が健全な水準を超えたから暴落したのではなく,あくまでも取引に参加している群衆の心理的な要因の落ち込みから相場は落ち込んだ為と論じている.

Shiller(2000)は, 投機バブルとは,価値に関する真正かつ根本的な情報とは関係なく,投資家の購入行動に基づいた持続不可能な株価上昇と記している. いずれの研究も,バブルが起こる理由は,市場で売買を行う投資家の心理状況が密接に影響していることを示唆している.そこで,株式市場における取引の存在感が大きく株価変動に大きな影響を与えている機関投資家に着目した.機関投資家という組織の中で実際に株式売買を行うのは, トレーダーやファンドマネジャーと言われる実際に市場で株式売買を行う職種の人物であることが分かった(本論文においては,機関投資家に勤務して実際に株式売買を行う人をトレーダーと定義し論じるものとする).そこで,それらの職種の人に心理に影響を与えると考えられる労働条件について調査した. そこから, トレーダーの心理状況に大きな影響を与える要因の一つとして社内の人事評価にあるのではないかと考察した.社内の人事評価がトレーダーの心理に過度なプレッシャーや行き過ぎた成果を達成しようとする意欲が取引価格に影響を与えることを検証しようと考えた.

実際に調査すると機関投資家に勤務しているトレーダーの評価期間は, 数か月間から1年程度と非常に短いことが分かった.トレーダーの人事評価は3か月毎, 6か月毎, 1年毎など企業の決算期間と合わせて期間の収益目標の達成具合により行われていることが分かった. FVの将来における価値が実際に評価され株価に反映されるのと同じように人事評価が5年間, 10年間のように長期間の評価になることは全く無いようである. 多くの機関投資家に勤務するトレーダーは, 6か月毎というボーナス査定と12か月毎の昇進・降格等の人事評価が行われているようである. その短期間の中で同僚, 同期と先輩, 後輩と競争し勝ち続けることが求められている. その短期間の成果が人事評価, ボーナス査定に大きく影響を与えている.

この評価体系の中で注目したのは, 短期間でのノルマ(必達予算)達成の有無による評価制度がプレッシャーとなりトレーダーの取引心理に与える影響である. ノルマ達成に対する報酬(インセンティブ), 人事評価(順位づけ)が行われ, 特に金融業界の中でもノルマが厳しくインセンティブ報酬比率が高いと言われている株式売買を専門に行うトレーダーの投資判断にこの人事評価制度が影響を与えているのではないかと考察した. ノルマを達成すべく重圧なプレッシャーや過度な評価達成意欲が短期間で成果を出すために割高な投資対象を更に割高な価格で購入することもあるのではないかと推察した. このようにノルマがFVを無視するような取引を助長する因子となりうるという仮説を立てることが可能である.

そこで, 機関投資家に勤務するトレーダーにヒアリングを行いノルマの有無と評価制度について事実関係を確認した.さらに, 学術的な知見より先行研究を調査したところ, 竹田(2014)にて機関投資家による市場を想定した実験では, 成績によるランク付けや成績によるボーナス報酬の付与などの環境設定を行った場合にFVと大きく乖離して取引が行われることがあることが記されていた. ヒアリングした事実と先行研究を整理して, 実際に現場で働く機関投資家に勤務するトレーダーへアンケート調査を行い実験で得られたデータについて検証を行い, 就労条件の影響がトレーダーの取引価格に与える影響の背景について明らかにした.

具体的には, 機関投資家に勤務するトレーダーにノルマの有無,FVを意識しているのか,ノルマ達成のためにFVを無視した取引を行うことがあるのかなどを問う.ノルマ有りの被験者グループと無しの被験者グループに分けてそれぞれ平均を算出し, 検定を行い有意差について検証した.さらにノルマの有無による有意差のある質問項目を抽出し, 具体的にどのような場面でFVを無視した取引行動を行うのか明らかにして回帰分析を行った.アンケートから社内の評価制度が,トレーダーの取引心理に影響を与えているかについて検証を行った.

2 先行研究

本研究のテーマである就労条件と株式市場における非合理的な株価形成について論文を調査していたところ,トレーダーのインセンティブ報酬と順位付けが株価に与える影響を実験経済学の観点より論じた 竹田(2014)の論文が存在した.論文の研究では,FVを明確に提示したうえで順位付けとインセンティブ報酬によるトレーダーの環境設定を行い,取引を促した場合には取引価格がFVよりも上に乖離することや下に乖離することがあり得ることが示されていた.この実験結果により,機関投資家たるトレーダーが会社に所属し,社内の評価制度である成果による順位付けとインセンティブの供与によって,FVを認識していたとしてもFVと取引価格が大きく逸脱している場合に非合理的な取引を行うケースがありうることが論じられていた.

そこでさらに実験経済学のバブルに関する論文の先行研究の調査を行い以下の論文に着眼した.

広田(2006)では,実験により過去の株価のパターンからFVと乖離して取引を行い価格の非合理的な形成が示されていた. 伝統的なファイナンスの世界においては, 株価は, 将来の割引現在価値によって形成されると考えられてきたが, 現実には, 投資家はFVではなく過去の株価パターンを参考にして株価を決定しているため,FVと実際の価格が乖離する現象「株価のひとり歩き」が起こると論じられていた. すなわち投資家は, FVを意識しないで投資を行なう場合があると示されている.

さらに, 広田(2007)は, 短期の売買では,FVに基づく投資判断が無意味になることもあることが論じられていた. 投資期間の長短において,投資家のファンダメンタル情報の有無が,収益に影響を与えるかについて,検証されていた.投資期間が短期である場合には,ファンダメンタル情報が投資家に告げられた場合でも,収益の優位性はなかった.投資期間が長期の場合には,ファンダメンタル情報が投資家に告げられていた方が,収益の優位性があった.短期の投資市場においては,ファンダメンタル情報が影響しないため,FVに基づく投資判断は,無意味となる場合もあると示されている.

広田(2009)は,効率的市場仮説が崩れる原因として,「ノイズトレーダー」の存在を示している.FVを計算することができる人を「ファンダメンタリスト」と定義し,企業情報に乏しくFVを計算できない人を「ノイズトレーダー」と定義している.短期のマーケットでは,株式を短期で売却し,マーケットから退出する時点の価格が重要となるため,ノイズトレーダーの影響により株価がひとり歩きし,バブルが発生しやすくなるため,ファンダメンタリストもその影響を考慮し,行動しなくてはいけないと論じられている.

つまり,これらの実験では投資家は,FVを正確に計算せず,過去の取引価格を参考に取引した場合,短期のマーケットでは,ファンダメンタルの情報の有無は,投資家の収益の優位性に影響がなく,寧ろ短期のマーケットでは,ファンダメンタリストは,FVの計算をできないノイズトレーダーの存在を計算に入れながら行動する必要があると示されている.

一方で 中里・北村(2013)は,投資家が市場に私的情報の存在を疑った場合には,価格の動きから他人が持つ私的情報を得ようとした結果,現実には存在しない私的情報を想定してしまい,市場価格にシステマティックなバイアスが発生したことが示された.合理的な投資家の行動によってもバブルが発生することがあり得ると記されている.

バブルは,取引に参加する投資家への多様な環境設定により起こり得ることが論文により示されていた.

3 実務家へのヒアリング

実際に機関投資家として株式投資を行っている人にヒアリング(2015年2月,機関投資家勤務の12人に会食時)を行ったところ,年間の投資予算と収益予算(ノルマ)が大きく,FVと実際に取引を行う株価が乖離し,割高になっているとしても自己の予算を達成するために投資を行うことがあるとの意見を確認した.また,金融業界における投資関連業務に携わる人々の固有の事情と考えられる点として,40歳前後の人が転職回数3回以上経験しているとヒアリングの際に確認した.背景には毎年会社より与えられる予算を継続して何年も達成することが困難であるため数年単位で転職をすることになると考えられるとの意見もあった.更に,予算を達成できない場合には,給料面や人事面において,会社に継続して勤務しにくいような事情があるのではないかと考えられる.製造業と異なり,毎年投資の成果が出せない場合には,その人材を会社は不要と判断し粗末な処遇を行うこともあるのではないかと参加者の意見より推察した.

つまり,機関投資家として投資を行っているはずの合理的な投資家は,予算に基づく社内の評価制度に縛られているサラリーマンの投資家であり,FVを認識しつつも,会社の中で置かれている環境,妻子の有無等の家庭環境により,望まない競争,成果主義に晒され,非合理的な投資を行なうこともあるのではないかと考えられる.

機関投資家で株式売買を行う担当者へアンケートを行い,実際にどれぐらいの割合の人が,社内の評価制度の環境設定によりFVと乖離した価格でも取引を行うことがあるのか定量的に確認しようと試みた.

4 投資家へのアンケートの方法

先行研究における実験結果と実務家へのヒアリング内容を検証するために実際に機関投資家で株式売買を行う担当者へ投資を行なう際のプレッシャー,ノルマ,報奨制度についてヒアリングをすべくモーニングスターなどで表彰された高利回りの運用を行っている機関投資家(運用会社)へ複数コンタクトを行うも守秘義務の観点よりいずれの機関投資家からも回答を得ることができなかった.

そこで,ネット調査会社複数社に対して対象となる機関投資家に勤務するトレーダーの被験者数の確認を行った. 確認した調査会社の被験者数は10~20サンプル程度であった.その中で機関投資家の被験者サンプル数が一番多い楽天株式会社の100%子会社である楽天リサーチ株式会社へ調査を依頼した.楽天リサーチ株式会社との事前打ち合わせでは,被験者サンプル数について50サンプル程度が取得可能な上限であるとの回答であった.場合によっては,50サンプル集まらない可能性についても説明された.

その状況で2017年4月にアンケートを実施し,結果としてサンプル数は,機関投資家50,個人投資家50のサンプルを取得でき,被験者数は少数となったがそれぞれ株式売買についてのアンケートを実施することができた.

機関投資家50名の属性は,表1のとおり.主な勤務先は,投資ファンド10人,生命保険会社9人,銀行8人,証券会社と投資顧問会社が各7名となっている(アンケートにおける被験者の定義は, 個人投資家と対照的に区別を行う目的で,機関投資家に勤務し株式売買を実際に行っている人を機関投資家と定義している.).

表1 機関投資家の被検者属性
全体(人数) 性別 年代
男性 女性 20代 30代 40代 50代 60代
50 46 4 2 6 13 24 5
男性 1 4 13 23 5
女性 1 2 0 1 0

4.1 アンケートの目的

インタビュー調査を行いノルマに基づく社内の評価制度や高額なインセンティブ報酬によりトレーダーがFVを無視した取引を行うことがあることを明らかにする.

先行研究の竹田(2014)「実験経済学の手法を用いたバブル発生要因の研究」における機関投資家が,順位付けとインセンティブ報酬による評価制度が,どのように株式売買に心理的な影響を与えているか実際の機関投資家にアンケートにより事実確認を行う.特に重要な点としては,機関投資家にノルマが課されている場合とそうでない場合の各質問に対する回答結果の差について,統計学のt検定を行い有意性の確認を行う.また有意性のあった質問項目を抽出して,グループ分けを行い実験における順位付けとインセンティブ報酬がともに無い場合と順位付けのみの場合及び順位付け・インセンティブ報酬がともにある場合の各環境設定が各々に機関投資家に勤務するトレーダーが売買を促す影響について事実を確認する内容とした.

FVをよく認識しているはずの機関投資家が先行研究の実験の環境設定により非合理的な投資を行うことが本当にあるのかをアンケートにより確認する.

また,広田(2009)「バブルはなぜ起きるのか?-ファイナンス理論からの考察-」のFVを理解していない投資家を「ノイズトレーダー」と定義していることに基づきFVを理解していない投資家が多く存在する個人投資家とFVを認識している機関投資家のアンケートの比較を行い投資行動で相違する点を検証する.

4.2 アンケートの仮説

先行研究の実験から得られた結果では,順位付け・インセンティブ報酬が無い個人投資家を想定したマーケットにおいては,FVと乖離した取引を行わない傾向にあった.さらに順位付けのみを行う機関投資家を想定したマーケットより順位付け・インセンティブ報酬の環境設定を行った機関投資家を想定したマーケットの方がFVと乖離した取引が行われることが示されている.

アンケートにおいては,その点を踏まえながら,機関投資家の社内評価制度であるノルマの有無及び自らの評価を上げるためFVを無視した取引を行うのか,さらに評価期限である期末になるとプレッシャーを強く感じFVを無視した取引を行うかについて意識の相違を比較検証する.機関投資家で勤務するトレーダーは, 自己の成果を出すためFVを無視した投資行動を行うと仮定した.さらに,自己の評価期限である期末に近づくにつれて,より大きなプレッシャーを感じると考えられるため,FVを無視した取引を行うことがあるのではないかと仮定した.

一方で,機関投資家と個人投資家の比較検証の場合には,個人投資家は企業に所属しておらず,ノルマなど課されていないため,実際に金銭の報酬などを別とすると順位付けによる他者との競争を意識して機関投資家より短期的な取引を行いにくい傾向にあるのではないかと推測した.

4.3 アンケートの内容

アンケートは,4択とした. 4:あてはまる,3:どちらかというとあてはまる,2:どちらかというとあてはまらない,1:あてはまらないと設定した.意図的にふつうなどのどちらのカテゴリーにも属さない質問は選択肢より排除した. 機関投資家と個人投資家にそれぞれ同様の意味を持つ以下の10個の質疑を行った.機関投資家と個人投資家における環境設定が異なるため,表現の一部を修正し,環境設定をより被験者に身近となる環境を意識しながら項目を検討した.

  • 質問項目の概略
  • ① FV を気にするのか(対象:機関投資家/個人投資家)

    趣旨:先行研究の基礎となるFVに留意しながら投資を行っているか確認する

  • ② ノルマの有無(対象:機関投資家)

    趣旨:本論文の議題であるノルマ(必達予算)について実社会における有無と個人投資家においては同様の環境設定を設けているか確認する

  • ③ 成果へのプレッシャーを感じるか(対象:機関投資家)

    趣旨:成果を出すことにプレッシャーを感じるか否かについて確認する

  • ④ FVを無視した取引をするのか(対象:機関投資家)

    趣旨:FVに対する意識と利益獲得意識の比較を検証する.本来は機関投資家の方がFVに対する知識は上であると思慮されるが,利益獲得意識の影響を比較検証する.FVとの乖離は,価格がバブルであることを暗に示している.

  • ⑤ 同僚達との競争からのプレッシャー(対象:機関投資家)

    趣旨:身近なライバルとなり得る人々の影響により取引にどの程度影響するか検証する.

  • ⑥ 評価期限とプレッシャーとの関係(対象:機関投資家)

    趣旨:機関投資家は,評価期限である期末に近づくとプレッシャーを強く受けることがあるのではないかと考えた.

  • ⑦ 短期間の成果(対象:機関投資家)

    趣旨:機関投資家は,FVの知識を職業上有しており短期間で大きな利益を出す場合にはボラティリティ(変動率)の大きい銘柄等の売買により利益を得ることぐらいしか手段がないことは自明であることを踏まえ,ストレートに質問を設定した.

  • ⑧⑨⑩ 仮想的な競争状況での取引(対象:機関投資家/個人投資家)

    趣旨:以下の質問⑧,⑨も同様に先行研究の実験の結果を踏まえ機関投資家と個人投資家の利益獲得の意識,競争意識,順位付けによる周囲からの称賛など各環境設定による投資意識の差異を検証する.インセンティブ報酬の1,000万円の根拠については,トレーダーの給料が平均1,000万円超といわれ外資系では,1億円以上の高額報酬を貰う人も多くいると言われている中で検討し設定した.

  • ⑪ 成果のためならリスクを気にすることなく投資するか(対象:機関投資家)

    趣旨:各項目の質疑を踏まえ, 全体的にどのような被験者が集合しているのか確認する.

4.4 アンケートの結果
表2 機関投資家のノルマの検証(質問②を高ノルマと低ノルマにグループ分け)
項番 機関投資家質疑 高ノルマ(a) 低ノルマ(b) 差(a)-(b) P値
株式投資を行なう際に各種ファンダメンタルバリュー(公正価値)を気にしますか 3.23 2.54 0.69 0.03
成果を出すことに対して,強いプレッシャーを感じますか 3.07 2.79 0.28 0.22
ファンダメンタルバリュー(公正価値)と株価が明らかに乖離していても成果を出すために投資を行なうことはありますか 2.8 2.08 0.72 0.00
同業,同僚、同期が高い成果を出している場合、自分はさらに高い成果を出そうとプレッシャーを感じますか 2.88 2.58 0.3 0.22
特に期末(評価期限)が近づくとプレッシャーが更に強まりますか 3.15 2.45 0.7 0.00
短期間に高い成果を出したいと考えますか 2.8 2.66 0.14 0.60
仮に同期,同僚と株式投資の競争を3か月間行った場合,相手に勝とうとファンダメンタルバリュー(公正価値)より価格が乖離したリスクの大きい銘柄に投資を行ない,短期間に結果を出そうとしますか.(株価変動の大きいマザーズ,ジャスダックなどの新興市場銘柄など) 2.46 2.16 0.3 0.30
仮に同期,同僚と株式投資の競争を3か月間行った場合,会社から順番がつけられるとしたら,相手に勝とうとファンダメンタルバリュー(公正価値)より価格が乖離したリスクの大きい銘柄に投資を行ない,短期間に結果を出そうとしますか.(株価変動の大きいマザーズ,ジャスダックなどの新興市場銘柄など) 2.53 2.12 0.41 0.12
仮に同期,同僚と株式投資の競争を3か月間行った場合,会社から順番がつけられるとして更に成績上位者へ報奨金が1,000万円支払われるとした場合,相手に勝とうとファンダメンタルバリュー(公正価値)より価格が乖離したリスクの大きい銘柄に投資を行ない,短期間に結果を出そうとしますか.(株価変動の大きいマザーズ,ジャスダックなどの新興市場銘柄など) 2.8 2.25 0.55 0.06
成果(昇進・昇給)を出すためなら,リスクも競争も気にせず投資を行ないますか 2.34 2.12 0.22 0.39
表3 機関投資家の社内評価とFVの検証(有意性のあった質問④を高FVと低FVにグループ分け)
項番 機関投資家質疑 高FV(a) 低FV(b) 差(a)-(b) P値
株式投資を行なう際に各種ファンダメンタルバリュー(公正価値)を気にしますか 3.192 2.583 0.60897436 0.056
成果を出すことに対して、強いプレッシャーを感じますか 3.077 2.792 0.28525641 0.209
同業,同僚,同期が高い成果を出している場合,自分はさらに高い成果を出そうとプレッシャーを感じますか 2.885 2.583 0.30128205 0.217
特に期末(評価期限)が近づくとプレッシャーが更に強まりますか 3.077 2.542 0.53525641 0.025
短期間に高い成果を出したいと考えますか 2.962 2.500 0.46153846 0.084
仮に同期,同僚と株式投資の競争を3か月間行った場合,相手に勝とうとファンダメンタルバリュー(公正価値)より価格が乖離したリスクの大きい銘柄に投資を行ない,短期間に結果を出そうとしますか.(株価変動の大きいマザーズ,ジャスダックなどの新興市場銘柄など) 2.769 1.833 0.93589744 0.001
仮に同期,同僚と株式投資の競争を3か月間行った場合,会社から順番がつけられるとしたら,相手に勝とうとファンダメンタルバリュー(公正価値)より価格が乖離したリスクの大きい銘柄に投資を行ない,短期間に結果を出そうとしますか.(株価変動の大きいマザーズ,ジャスダックなどの新興市場銘柄など) 2.885 1.750 1.13461538 0.000
仮に同期,同僚と株式投資の競争を3か月間行った場合,会社から順番がつけられるとして更に成績上位者へ報奨金が1,000万円支払われるとした場合,相手に勝とうとファンダメンタルバリュー(公正価値)より価格が乖離したリスクの大きい銘柄に投資を行ない,短期間に結果を出そうとしますか.(株価変動の大きいマザーズ,ジャスダックなどの新興市場銘柄など) 3.038 2.000 1.03846154 0.000
成果(昇進・昇給)を出すためなら,リスクも競争も気にせず投資を行ないますか 2.654 1.792 0.86217949 0.000
表4 機関投資家の期末におけるプレッシャーの検証(有意性のあった質問⑥を高Preと低Preにグループ分け)
項番 機関投資家質疑 高Pre(a) 低Pre(b) 差(a)-(b) P値
株式投資を行なう際に各種ファンダメンタルバリュー(公正価値)を気にしますか 2.800 3.133 -0.33333333 0.188
成果を出すことに対して,強いプレッシャーを感じますか 3.229 2.267 0.96190476 0.001
ファンダメンタルバリュー(公正価値)と株価が明らかに乖離していても成果を出すために投資を行なうことはありますか 2.686 1.933 0.75238095 0.013
同業,同僚,同期が高い成果を出している場合、自分はさらに高い成果を出そうとプレッシャーを感じますか 3.029 2.067 0.96190476 0.001
短期間に高い成果を出したいと考えますか 2.914 2.333 0.58095238 0.154
仮に同期,同僚と株式投資の競争を3か月間行った場合,相手に勝とうとファンダメンタルバリュー(公正価値)より価格が乖離したリスクの大きい銘柄に投資を行ない,短期間に結果を出そうとしますか.(株価変動の大きいマザーズ,ジャスダックなどの新興市場銘柄など) 2.514 1.867 0.64761905 0.044
仮に同期,同僚と株式投資の競争を3か月間行った場合,会社から順番がつけられるとしたら,相手に勝とうとファンダメンタルバリュー(公正価値)より価格が乖離したリスクの大きい銘柄に投資を行ない,短期間に結果を出そうとしますか.(株価変動の大きいマザーズ,ジャスダックなどの新興市場銘柄など) 2.571 1.800 0.77142857 0.007
仮に同期,同僚と株式投資の競争を3か月間行った場合,会社から順番がつけられるとして更に成績上位者へ報奨金が1,000万円支払われるとした場合,相手に勝とうとファンダメンタルバリュー(公正価値)より価格が乖離したリスクの大きい銘柄に投資を行ない,短期間に結果を出そうとしますか.(株価変動の大きいマザーズ,ジャスダックなどの新興市場銘柄など) 2.800 1.933 0.86666667 0.003
成果(昇進・昇給)を出すためなら,リスクも競争も気にせず投資を行ないますか 2.486 1.667 0.81904762 0.000
表5 各質問との相関係数表
平均
①投資金額,収益金額にノルマ(予算)はありますか 1.00 0.30 0.21 0.32 0.24 0.38 0.09 0.20 0.24 0.26 0.13 0.31
②株式投資を行なう際に各種ファンダメンタルバリュー(公正価値)を気にしますか 0.30 1.00 0.06 0.36 0.06 0.04 0.15 0.16 0.11 0.01 0.04 0.21
③成果を出すことに対して,強いプレッシャーを感じますか 0.21 0.06 1.00 0.29 0.76 0.68 0.06 0.31 0.30 0.19 0.04 0.35
④ファンダメンタルバリュー(公正価値)と株価が明らかに乖離していても成果を出すために投資を行なうことはありますか 0.32 0.36 0.29 1.00 0.26 0.49 0.37 0.59 0.70 0.58 0.63 0.51
⑤同業,同僚,同期が高い成果を出している場合,自分はさらに高い成果を出そうとプレッシャーを感じますか 0.24 0.06 0.76 0.26 1.00 0.64 0.19 0.36 0.32 0.19 0.42 0.40
⑥特に期末(評価期限)が近づくとプレッシャーが更に強まりますか 0.38 0.04 0.68 0.49 0.64 1.00 0.40 0.31 0.41 0.41 0.53 0.48
⑦短期間に高い成果を出したいと考えますか 0.09 0.15 0.06 0.37 0.19 0.40 1.00 0.07 0.17 0.13 0.14 0.25
⑧仮に同期,同僚と株式投資の競争を3か月間行った場合,相手に勝とうとファンダメンタルバリュー(公正価値)より価格が乖離したリスクの大きい銘柄に投資を行ない,短期間に結果を出そうとしますか.(株価変動の大きいマザーズ,ジャスダックなどの新興市場銘柄など) 0.20 0.16 0.31 0.59 0.36 0.31 0.07 1.00 0.77 0.64 0.61 0.45
⑨仮に同期,同僚と株式投資の競争を3か月間行った場合,会社から順番がつけられるとしたら,相手に勝とうとファンダメンタルバリュー(公正価値)より価格が乖離したリスクの大きい銘柄に投資を行ない,短期間に結果を出そうとしますか.(株価変動の大きいマザーズ,ジャスダックなどの新興市場銘柄など) 0.24 0.11 0.30 0.70 0.32 0.41 0.17 0.77 1.00 0.82 0.64 0.50
⑩仮に同期,同僚と株式投資の競争を3か月間行った場合,会社から順番がつけられるとして更に成績上位者へ報奨金が1,000万円支払われるとした場合,相手に勝とうとファンダメンタルバリュー(公正価値)より価格が乖離したリスクの大きい銘柄に投資を行ない,短期間に結果を出そうとしますか.(株価変動の大きいマザーズ,ジャスダックなどの新興市場銘柄など) 0.26 0.01 0.19 0.58 0.19 0.41 0.13 0.64 0.82 1.00 0.55 0.43
⑪成果(昇進・昇給)を出すためなら,リスクも競争も気にせず投資を行ないますか 0.13 0.04 0.04 0.63 0.42 0.53 0.14 0.61 0.64 0.55 1.00 0.43
表6 機関投資家と個人投資家に対するアンケート結果
項番 機関投資家質疑 個人投資家質疑 機関投資家平均値(a) 個人投資家平均値(b) (a)-(b) P 値
株式投資を行なう際に各種ファンダメンタルバリュー(公正価値)を気にしますか 株式投資を行なう際に各種ファンダメンタルバリュー(公正価値)を気にしますか 2.9 2.38 0.52 0.017
仮に同期,同僚と株式投資の競争を3か月間行った場合,相手に勝とうとファンダメンタルバリュー(公正価値)より価格が乖離したリスクの大きい銘柄に投資を行ない,短期間に結果を出そうとしますか.(株価変動の大きいマザーズ,ジャスダックなどの新興市場銘柄など) 仮に知人,友人と株式投資の競争を3か月間行った場合、相手に勝とうとファンダメンタルバリュー(公正価値)より価格が乖離したリスクの大きい銘柄に投資を行ない,短期間に結果を出そうとしますか.(株価変動の大きいマザーズ,ジャスダックなどの新興市場銘柄など) 2.32 1.82 0.50 0.008
仮に同期,同僚と株式投資の競争を3か月間行った場合、会社から順番がつけられるとしたら,相手に勝とうとファンダメンタルバリュー(公正価値)より価格が乖離したリスクの大きい銘柄に投資を行ない,短期間に結果を出そうとしますか.(株価変動の大きいマザーズ,ジャスダックなどの新興市場銘柄など) 仮に知人,友人と株式投資の競争を3か月間行い,順番がつけられるとした場合,相手に勝とうとファンダメンタルバリュー(公正価値)より価格が乖離したリスクの大きい銘柄に投資を行ない,短期間に結果を出そうとしますか.(株価変動の大きいマザーズ,ジャスダックなどの新興市場銘柄など) 2.34 1.84 0.50 0.006
仮に同期,同僚と株式投資の競争を3か月間行った場合,会社から順番がつけられるとして更に成績上位者へ報奨金が1,000万円支払われるとした場合,相手に勝とうとファンダメンタルバリュー(公正価値)より価格が乖離したリスクの大きい銘柄に投資を行ない,短期間に結果を出そうとしますか.(株価変動の大きいマザーズ,ジャスダックなどの新興市場銘柄など) 仮に知人,友人と株式投資の競争を3か月間行い,順番がつけられ,更に成績上位者へ報奨金が1,000万円支払われるとした場合,相手に勝とうとファンダメンタルバリュー(公正価値)より価格が乖離したリスクの大きい銘柄に投資を行ない,短期間に結果を出そうとしますか.(株価変動の大きいマザーズ,ジャスダックなどの新興市場銘柄など) 2.54 2.22 0.32 0.122
表7 機関投資家に勤務の年代ごとの質疑⑧⑨⑩の平均値
年代 人数 質疑⑧,⑨,⑩平均値
20代 2 3.16
30代 6 2.55
40代 13 2.15
50代 24 2.53
60代 5 2
全体 50 2.4
表8 機関投資家の勤務先ごとの質疑⑧⑨⑩の平均値
勤務先業種(各社株式運用部配属) 人数 質疑⑧,⑨,⑩平均値
生命保険会社 9 2.44
損害保険会社 1 1.66
銀行 8 2.25
信託銀行 1 2.66
信用金庫 1 2
投資銀行 3 2.88
証券会社 7 2.19
投資ファンド 10 2.7
投資顧問会社 7 2.23
共済組合 1 2
政府系金融機関 2 2.5
全体 50 2.4
表9 個人投資家に勤務の年代ごとの質疑⑧⑨⑩の平均値
年代 人数 Q平均
20代 2 1.333
30代 4 2.333
40代 18 1.87
50代 15 2.17
60代 8 1.83
70代 3 1.66
全体 50 1.96
表-10 ロジットモデル回帰分析 結果
回帰係数の有意性検定
変 数 回帰係数 標準誤差 標準回帰係数 Wald 自由度 P 値
⑥特に期末(評価期限)が近づくとプレッシャーが更に強まりますかの回答 0.8698 0.4779 0.7316 3.3116 1 0.0688
④ファンダメンタルバリュー(公正価値)と株価が明らかに乖離していても成果を出すために投資を行なうことはありますかの回答 0.9833 0.4423 0.9057 4.9422 1 0.0262
定数項 -4.6546 1.6222 8.2332 1 0.0041
回帰係数の95%信頼区間 オッズ比の95%信頼区間
変 数 下限値 上限値 オッズ比 下限値 上限値
⑥特に期末(評価期限)が近づくとプレッシャーが更に強まりますかの回答 -0.0670 1.8065 2.3863 0.9352 6.0892
④ファンダメンタルバリュー(公正価値)と株価が明らかに乖離していても成果を出すために投資を行なうことはありますかの回答 0.1164 1.8503 2.6734 1.1234 6.3617
定数項 -7.8340 -1.4752 0.0095 0.0004 0.2287

図1  ROC曲線

表11 ROC曲線下の面積
95%信頼区間 検定(帰無仮説:面積=0.5)
検 査 面 積 標準誤差 下限値 上限値 カイ二乗値 自由度 P 値
⑥特に期末(評価期限)が近づくとプレッシャーが更に強まりますかの回答 0.7182 0.0667 0.5874 0.8490 10.6896 1 0.0011
④ファンダメンタルバリュー(公正価値)と株価が明らかに乖離していても成果を出すために投資を行なうことはありますかの回答 0.7512 0.0663 0.6212 0.8812 14.3522 1 0.0002

アンケートの 4:あてはまる,3:どちらかというとあてはまる,2:どちらかというとあてはまらない,1:あてはまらないの各パラメーター平均値は, 2.5となる.よりあてはまるに近くなると4に近づき,あてはまらないと1に近づくこととなる.さらに平均値に一般的に広く使われているt検定を行いP値を算出した.t検定では,P値が0.05よりも小さくなることを統計的有意性の基準とした.

表2では,研究のテーマである機関投資家のノルマが投資の判断に与える影響を明らかにするため項番②のノルマの有無の被験者を回答によりグループ化して分けた,4:あてはまる,3:どちらかというとあてはまるを高ノルマとして,2:どちらかというとあてはまらない,1:あてはまらないを低ノルマと設定し同様に平均値,t検定を行いP値を算出した.高ノルマは26人,低ノルマは24人である.

特に差異が大きい項目は,項番④のファンダメンタルと乖離していても成果を出すために投資を行うかについて,高ノルマの被験者の方があてはまるの群に回答している.項番①においては,高ノルマの方が低ノルマよりFVを意識している回答を行っているが,投資行動はFVを無視するという矛盾した結果となった.

P値が0.05を下回る有意性を示す④「ファンダメンタルバリュー(公正価値)と株価が明らかに乖離していても成果を出すために投資を行なうことはありますか」と⑥「特に期末(評価期限)が近づくとプレッシャーが更に強まりますか」である.それぞれ高ノルマつまりノルマがある方が④においては, 成果を出すためによりFVを無視した取引を行い,⑥においては, 評価期限の期末に近づくにつれプレッシャーをより多く感じると示された.この回答に基づき,それぞれの回答を4:あてはまる,3:どちらかというとあてはまるを高グループとして,2:どちらかというとあてはまらない,1:あてはまらないを低グループと設定し同様に平均値,t検定を行いP値を算出した.各質疑のグループ分けした被験者数は④は,高FV26名 低FV24名,⑥は高Pre 35名 低Pre 15名であった.結果を「表3機関投資家の社内評価とFVの検証」と「表4機関投資家の期末におけるプレッシャーの検証にて示した.」表3の結果においては,①のFVを気にするかの質問に対して高FV,低FVの各グループでの有意性はなかったが, ⑥⑧⑨⑩⑪の各質問では優位性が示された.高FVグループの26名は, 自らの社内評価を高めるためにFVを無視した取引を行うこともありうると解される.表4の結果では,③④⑤⑧⑨⑩⑪の各質問で優位性が示された.高Preのグループの方が,評価期限の期末が近づくにつれてFVを無視した取引を行うこともあり得ると解される.

つまり,機関投資家に勤務するトレーダーは,成果を出すためにFVを無視した取引を行うことが多くある被験者グループでは,先行研究の実験の環境設定(インセンテイブ報酬,順位付け)によりFVを無視した取引を行うことがあることがアンケートにより示された.さらに,評価期限の期末になるとプレッシャーを多く感じる被験者グループでも同様の結果が得られた.

表5の各質問における相関では,④の質疑の「ファンダメンタルバリュー(公正価値)と株価が明らかに乖離していても成果を出すために投資を行なうことはありますか」が各質問の相関係数平均値0.51となり質問の中で一番相関が高く示された.また,⑥「特に期末(評価期限)が近づくとプレッシャーが更に強まりますか」についても, 相関係数平均値が0.48となり正の相関が示された.各項目の相関係数平均値の全体の平均は,0.393であった.

表6の機関投資家と個人投資家との比較においては,差異が大きく出ているのは,項番①のファンダメンタルバリューを気にするかである.仮定通り機関投資家の方が気にしている結果となっている.⑧⑨について身近なライバルとの競争意識は,機関投資家の方が大きく個人投資家は①の質疑の回答のとおりFVを機関投資家よりも気にせず,順位や競争も意識しないで投資を行う傾向にある.⑩について,想定では機関投資家の方が競争意識,周囲からの称賛とインセンティブ報酬に対する獲得意識は非常に強いと考えていたが,大きな差異はなく機関投資家の方がやや大きいに留まった.ライバルの競争意識や周囲からの称賛獲得意識は低くでていたが,インセンティブ報酬の獲得意識は個人投資家も大きいと示された.

個人投資家は,評価や競争で投資を行うのではなくあくまでもお金という報酬が投資の動機となるようである.

表7においては,機関投資家に勤務の年代ごとの質疑⑧⑨⑩の平均値を算出し年代ごとの本研究のテーマである質疑⑧⑨⑩投資意欲の比較を行った.20代の投資意欲が多く示されているが,被験者数が2名と少ないため年代が若い方が,投資意欲が旺盛であると断定はできない.

同様に表9において,個人投資家の質疑⑧⑨⑩の平均値を年代ごとに分けて分析を行った.30代・の投資意欲が多く示されているが,被験者数が4名と少ないため特定の年代について,投資意欲が旺盛であると断定には至らなかった.次回のアンケートでは投資経験年数などを加えることを検討したい.

表8機関投資家の勤務先ごとの質疑⑧⑨⑩の平均値

においては,投資銀行が2.88と投資ファンドが2.7と示されており,他の会社と比較すると投資意欲が旺盛であると考察される.商業銀行や保険会社よりもよりリスクを取り,成果を出すことに強い執着があるのではないかと推察されるが,投資銀行の被験者数が3名と少ないため断定には至らない.今後の調査課題としたい.

本研究では,先行研究の竹田(2014)「実験経済学の手法を用いたバブル発生要因の研究」における機関投資家が,順位付けとインセンティブ報酬による評価制度が,どのように株式売買に心理的な影響を与えているか実際の機関投資家にアンケートにより事実確認を行うことを目的としており,以下の項目は,参考情報として計量分析を追記する.表10機関投資家回答⑩に関するロジットモデルを用いた回帰分析を行った.使用したソフトウェアは,BellCurve for Excel (version 3.20)である.本件のテーマである質疑⑩の投資意欲と質疑④と⑥の関連性の分析を行った.仮説においては,④ファンダメンタルバリュー(公正価値)と株価が明らかに乖離していても成果を出すために投資を行なうことはありますかと⑥特に期末(評価期限)が近づくとプレッシャーが更に強まりますかの各々の質疑⑩に対する相関係数は,0.58および0.41となっているため質疑④の方が質疑⑩との関連性が高い数字を示されると考えられる.

質疑⑩の回答で,該当する回答(3or4)を行ったものを目的変数1とさだめ,同様に回答(1or2)を0と設定し分析を行った.オッズ比は,質疑④は2.67で質疑⑥は2.38となっており,目的変数である質疑⑩との関連では質疑④の方が高い数字を示している.P値においては質疑⑥は有意性の評価目安である0.05を少し上回る0.068を示したが,質疑④においては,0.026と0.05を下回る有意性を示した.

次にロジットモデルを用いた分析を進めるにあたり分析モデルを以下のとおり示す.ロジットモデルにおいては,選択確率がロジスティック分布を使って数式(1)に従うと仮定する.

  
p i = P y i = 1 = F α + β x i = e α + β x i 1 + e α + β x i (1)

ここで,ロジスティック分布の確率密度関数は,数式(2)に表される.

  
f ( z ) = F ' ( z ) = e z 1 + e z 2 (2)

従ってロジットモデルを行った場合の対数オッズ比は以下の数式(3)数式(4)で表される.

  
p i 1 - p i = e α + β x i (3)
  
l o g p i 1 - p i = α + β x i (4)

ロジスティック分布を使うことにより離散変数の回帰が可能になり,各々の回帰係数を P(yi = 1) を実現するためにどう作用するかを示す値と解釈できると考える.

表10において,ロジットモデルの分析結果に基づき,回帰係数を用いたロジットモデルは以下のとおりである.

  
log(p1-p)=-4.6546+0.8698×質疑⑥回答+0.9833×質疑④回答(5)

さらに,p=ey/(1+ey)にて予想値を算出して(yは数式(5)の右辺に対応),確率pの値が0.5以上を質疑⑩の買うという予測と定め表12の的中率表を作成した.

当該回帰モデルを用いた予想的中率は,以下のとおり.全体での予想的中率は,74%となった.質疑⑩の回答は,質疑④と⑥の回答により一定程度予測が可能であると考察される.

表12 判別的中率表
判別的中率表 予測
買う 買わない 判定的中率
質疑⑩回答 買う(回答1) 20 7 74.1%
買わない(回答0) 6 17 73.9%
全体 74.0%

図1表11では,参考情報としてROC曲線にて示した.前述したロジットモデルにて求まる確率をプロットしたものを ROC 曲線という.ポイントごとに pi = P(yi = 1) と 1 − pi = P(yi = 0) を計算し縦軸に pi,横軸に1 − pi を TPF,FPF としてとる.このグラフの下の面積を AUC(Area Under the Curve) と呼び,AUCは0から1までの値を取り値が1に近いほど判別能が高いことを示す.真陽性率と偽陽性率をカットオフポイントごとに計算して,線で結びグラフ化を行う.そのグラフの下側の面積(AUC)を0から1までの数字で示し,1に近い方が,性能が高いことを示すものである.

目的変数を質疑⑩とし,説明変数を質疑④と⑥にて関連を確認した.曲線下の面積を示すAUC値は,質疑⑥で0.751,質疑④で,0.718を示した.AUC値の解釈では,適切な精度を示す値となっている.

ロジットモデルおよびAUC値より質疑⑩との関係性は,質疑④と質疑⑥を比較すると質疑④の方が関係性を高く示す数値を示した.但し,アンケートの標本数が50サンプルと非常に少ないため,サンプル数の拡充は今後の課題としたい.

5 議論

本アンケートにおける検証によって,FVを知りうるはずの機関投資家も実際に売買を行うトレーダーに課す社内評価制度によって冷静な投資判断に影響を及ぼしていることが確認された.この一流投資家である機関投資家について小幡(2008)では,「投資対象の実体に関係なく,ともかく「儲かれば何でもよい」と考えていると記している.ノルマによって冷静に判断すべき事項についても,社内の評価制度の達成や期末時点における評価のプレッシャーを理由として阻害されることもあり得るのではないかと考えられる.

本実験における発見としては,高ノルマグループの方がFVを意識しているにもかかわらず成果を出すためにFVを無視した取引を行うことがあること,高ノルマグループの方が期末にプレッシャーを多く感じていることが確認された.また,機関投資家と個人投資家を比較すると機関投資家の方がFVを意識しており,他者との競争意識も強いことが確認された.

本実験の発見から,機関投資家たる企業は社員に対する過度なノルマ,成果報酬を基とした順位付け,インセンティブ報酬などの評価制度を見直すことを検討すべきである.

2019年4月23日の日本経済新聞によると,三井住友銀行が一部の職種でノルマの完全廃止を行ったことを報じている.廃止の理由としては,行員は,目標額に届きそうになければ無理をしてでも達成しようとする傾向にあり,顧客の意向に沿っているとは言い難かったと報じられていた.さらに,2019年5月29日の日経新聞では,福井銀行も投資信託や金融商品の販売目標額の廃止を行い,社員に「行動ガイドライン」を作成して顧客との面談回数を目標値として収益よりも顧客満足度に視点を変えた人事考課を設定したと報じられた.その他の分野や業種においても,今年の6月に日本郵便において年賀状に続き,かもめーるの販売ノルマの廃止を宣言している.郵便局員に本来の需要以上の過剰なノルマを設定し,販売数がノルマに満たない場合には,自分で大量購入していた事実が散見されたためと説明している.

この行き過ぎたノルマの評価制度廃止の流れは,大手証券会社でも近年実施され,販売数や収益ノルマの見直しを行われ顧客預かり資産の増加,減少や証券口座に入金した新規資金の獲得額などで評価する方針に変更している.ノルマ廃止後は,収益ノルマ評価制度を設定していた時よりも利益率が落ちたと言われている.

このように政府が掲げる働き方改革の社会情勢もあり,様々な分野や業種において残業時間の短縮のほか,過剰なノルマの廃止や見直しが行われている.戦後の日本の経済成長を支えてきた長時間のサービス残業や過剰な予算・目標設定の改革により,企業と社員の関わり方が大きく変わろうとしている.一方で,厳しい評価制度を設定している企業には元々競争意識や成果意識が高い人が入社しており,高ノルマ,高FV,高Preグループに属する被験者の回答の傾向が偏った可能性があることについては今後より深く研究すべき論点である.

今後の課題としては,機関投資家のノルマと給与体系,昇進や降格,収益予算など会社の勤務体系全般についてさらに深く解明したい.また,アンケートの取得時期について,会社における期初と期中,期末など時期やタイミングを変えて変化を観測したい.また,被験者の属性について偏りなく取得することを目指したい.そのうえで,機関投資家に勤務するサラリーマンが個人で負う義務を軽減,過剰なノルマと競争の抑制および短期間で評価する制度などの社内の評価制度全般的な見直しによりバブル抑制を行いたい. Galbraith(1994)は,金融市場におけるバブルの記憶は非常に短く,20年ぐらいのサイクルで同様のバブルが起こることを記している.社内の評価制度の見直しだけで,金融市場におけるすべてのバブルを抑制することは難しいが,バブル抑制に資すると考えられる論点を提起し,健全な株式市場の育成にほんのわずかでも貢献したいと意を強くする.

謝辞

本研究を進めるにあたり,高知工科大学大学院の上條先生,那須先生より貴重なご意見,アドバイスを頂きました.両先生のご指導をなくして本論文の執筆を行うことはできませんでした.また,本論文の査読者の方々からも多くのアドバイス,ご指摘を頂き誠にありがとうございました.改めて,ここでお礼申し上げます.

参考文献
  • 広田真一 :「株価がひとり歩きするマーケットとは?-実験ファイナンスによる考察-」, 『証券アナリストジャーナル』, pp.59-69, 2006.
  • 広田真一 :「ファンダメンタル投資の収益性-株式市場実験による考察-」, 『証券アナリストジャーナル』, pp.52-65, 2007.
  • 広田真一 :「バブルはなぜ起こるのか?-ファイナンス理論からの考察-」, 『証券アナリストジャーナル』, pp.6-15, 2009
  • 竹田朝子:「実験経済学の手法を用いたバブル発生要因の研究 -機関投資家の存在がバブルを発生させるのか?―」高知工科大学 学士論文, 2014.
  • 中里宗敬, 北村智紀:「私的情報と投資行動:実験によるバブル発生原因の一考察」2013.
  • 中里宗敬, 北村智紀, 中嶋邦夫, 米澤康博:「私的情報と価格形成:ファイナンス実験―情報を累積しても配当を一意に予測できない場合―」行動経済学第1巻, 2008.
  • 小幡績「すべての経済はバブルに通じる」2008.
  • “日本経済新聞社ホームページ” https://www.nikkei.com/.
  • John Kenneth Galbraith “ A Short History of Financial Euphoria” 1994.
  • John Kenneth Galbraith “The Great Crash, 1929, ”1954.
  • Irving Fisher“The Stock Market Crash and After”1930.
  • Robert James Shiller“Irrationaler Ueberschwang. Warum eine lange Baisse an der Boerse unvermeidlich ist”2000.
 
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