ジャフィー・ジャーナル
Online ISSN : 2434-4702
日米金利市場の連動性を踏まえた機械学習に基づく日本国債の長期金利予測
水門 善之
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2025 年 23 巻 p. 66-78

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概要

本研究では海外市場での金利変動が日本の金利市場に与える影響を検証すると共に,機械学習手法を用いて,海外市場からの影響を考慮した円金利の予測モデルの構築を行った.具体的には,グローバルな国債市場におけるイールドカーブの変動に対する相関行列の変遷をクラスタリングすることで,近年の日本と海外市場の関係性の変化(連動性の高まり)を示した.更に,構造VARモデルを用いて米国市場の日本市場に対する伝播の状況を確認すると共に,各種機械学習モデルを用いて,日本市場の金利予測モデルの構築を行った.その際,日本市場の金利情報に加えて,米国市場のデータも特徴量として用いることで,近年の円金利の予測精度の向上を確認した.加えて,特徴量のモデルへのインプット方法の違いによる情報の有効性についても併せて検証した.なお,日本国債の投資家を対象とした調査においても,近年,取引の際に海外金利を注目するといった回答の割合が増えおり,本研究で示した,日本市場の金利予測における海外市場情報の有用性を示す結果と整合的な内容と言えよう.

1 はじめに

一般に国債の市場価格は,様々な需給要因の影響を受けつつ,マクロ経済環境の変化を織り込む形で,形成される.その際,日本市場においても,海外発の金融システム不安や海外中央銀行の金融政策変更等が,日本国債及び円金利市場の価格形成に影響を与える場面が散見される.本研究では,このような海外市場における各種情報が日本の金利市場に与える影響に着目し,日本の金利市場予測の際の,米国市場データの有用性の検証を多角的に行う.具体的には,構造VARモデルを用いて米国市場の日本市場に対する伝播の状況を確認すると共に,グローバルな金利変動の相関行列の変遷をクラスタリングすることで,連動性の時間変化の状況を検証する.更に,これらの結果を踏まえ,各種機械学習手法(LigthGBM,XGBoost,決定木回帰,ロジスティクス回帰,サポートベクターマシン,ランダムフォレスト,k近傍法)を用いた日本市場の金利の変動予測モデルの構築を行う.その際,米国市場の金利情報の活用の有無の違いによる,日本の長期金利の予測精度への影響を検証する.加えて,前述のクラスター分析で確認する近年の金利の連動性の高まりを踏まえ,米国金利情報の有効性を日本市場の金利予測シミュレーションに基づいて検証する.このように,本研究では,様々な統計的・機械学習的手法を用いて多角的な分析を行うことで,日本の金利市場予測における米国の市場情報の有効性を,特定の分析モデルに依存しない高い一般性を有した検証に基づいて示す.

これまでも,国債市場をはじめとして様々な金融市場を対象に,数理モデルを用いた様々な研究が行われてきた.例えば,機械学習を含む数理モデルを用いてイールドカーブを分析した研究としては,[Weng 2021]が,LSTMとVARモデルを組み合わせて利回りの予測精度を向上させるフレームワークを構築したほか,[Suimon 2020]は,オートエンコーダを用いて日本国債のイールドカーブを表現する3ファクターモデルを開発し,それに基づくトレーディング戦略を提案している.また,[Pezzoli 2013]は,国際的な金利ファクターをモデル化することで,共通ファクターと地域ファクターに着目した分析を行っており,[Favero 2013]は,ユーロ圏の国債スプレッドをGVARモデルに基づいて予測することで,金融危機時のスプレッド変動に対する予測精度を向上させている.他にも,[Zhang 2008]は,日本と他国の国債市場の連動性をVARモデルとVECモデルを用いて分析し,日本市場の独立性が高まっていることが示した研究が挙げられる.

更に,金融市場とマクロ経済環境の関係性について,計量分析を行った研究も行われている.例えば,[Tam 2008]は,米国,日本,ドイツの国債のイールドカーブとマクロ経済変数との関係性を分析したほか,[Iwaisako 2017]は,為替レートショックが日本の輸出に与える影響をVARモデルで検証し,円高の価格ショックと世界需要の減少が輸出に影響を与えることを示している.また,[Asai 1995]は日本の株式市場とマクロ経済変数との関係をVARモデルで分析し,マクロ経済変数が株式市場に与える影響を示している.

他にも,為替市場や株式市場と金利情報の関係性を検証した分析も行われており,[Ishii 22]は,米ドルと日本円の為替レートに対するイールドカーブ情報の説明力を調査し,米金利が円ドル為替レートに与える影響を明らかにしたほか,[Chen 2020]は,機械学習モデル(ランダムフォレスト,サポートベクターマシン)を用いて日本円と米ドルの為替レートを予測しており,その際,特徴量の選択とデータの前処理の工夫を通じることで予測精度を向上させている.また,[Haque 11]は,米ドルと日本円の為替レートの変動要因を検証し,日米金利が為替レートに与える影響を分析しているほか,[Maio 23]は,実質為替レートの変動要因を分析し,日本円の実質為替レートが長期的な金利差の影響を受けることを示している.また,[Mollick 2003]は,実質為替レートと金利の関係をVARモデルで分析することで,カナダドルと米ドルの実質為替レート変動に対する金利ショックの影響を示している.更に,[Mun 2012]は,米国と日本のデータを用いて,株式市場と為替市場についてマクロ経済のサプライズに対する反応を分析したほか,[Chen 2013]は,イールドカーブから得られる情報の為替レート予測における有用性について検証している.

2 日米イールドカーブの連動性

2.1 日本の市場参加者が意識する海外金利

長期金利(長期国債の利回り)は,マクロ経済環境を表す代表的指標である.一般に,経済活動が活発な場面では,家計の消費や企業の設備投資等が積極的に行われることから,家計や企業が高い金利を支払ってでも資金を調達したいという需要が高まり,結果,銀行貸出や社債,国債等の金利に上昇圧力がかかる.また,国債や社債等の金利は発行体である国や企業のクレジットリスクの影響も受ける.例えば,発行体の財務・財政状況に対する不安が高まると,資金調達コストの上昇という形で,金利に上昇圧力がかかる.

図1 日米国債利回りの推移

他にも,名目ベースの長期金利はインフレの影響も受ける.例えば,人々のインフレ予想が上昇すると名目金利も上昇するという関係は,フィッシャー方程式として知られる.このように,様々なマクロ経済環境の変化を織り込みながら,長期国債の市場価格は形成され,そこから計算される長期金利(利回り)も日々変化していく.更に,グローバルな金融システムを構成する様々な金利デリバティブ契約や,相場変動時に生じるそれらのヘッジ取引,また,投資家の資金運用需要を背景とした取引や,リスク許容度の高い主体による投機的な取引等,金融市場における様々な取引需要の影響も反映させながら,日々の金利は変動している.

これらを踏まえ,実際の日本及び米国の5年・10年債利回りの推移を図1に示した(本研究ではBloombergより取得した利回りデータを用いる).これによると,日米市場における金利水準の変化はある程度連動しているものの,近年の日本の長期金利は,量的・質的金融緩和やイールドカーブ・コントロールといった日本銀行による大規模な金融緩和政策の影響により,低水準での推移が続いていることが分かる.では,日本の国債市場の参加者は,海外市場の動きをどの程度気にしているのだろうか.この点を考える上で本研究では,QUICK社が毎月,日本の債券市場参加者を対象に実施しているアンケート調査“QUICK月次調査<債券>”[QUICK 24]に着目したい.

図2 債券市場参加者が注目する価格変動要因の回答割合

同アンケート調査の中には「最も注目している債券価格変動要因は?」という質問項目があり,各要因の選択肢を回答者が選んだ割合を図2に示した.これによると,本調査が始まった1996年頃は「景気動向」の回答割合が高かった.ただし,近年では「景気動向」に替わって「海外金利」と回答する割合が増えてきている.図3に,同アンケート調査における「景気動向」と「海外金利」との回答の割合の推移を示した.これによると,2006年頃から「海外金利」の回答割合の高まりが見て取れる.それと同時に「景気動向」の回答割合は低下傾向にあることが分かる.

図3 債券市場参加者が注目する価格変動要因の推移

実際,2008年のリーマンショックや2010年に発生した欧州債務危機に代表される海外発の金融システム不安,更には米欧中央銀行の金融政策の大規模な変更やそれに向けた投資家の動きといった,海外金融市場における様々な変動要因が,日本の金利市場の価格形成に大きな影響を与える場面は,近年散見されている.このように,グローバルな金融システムが発達した現代においては,日本市場とはいえ,日本の景気動向といったファンダメンタルズ要因のみならず,海外市場における金利変動の影響が市場参加者の間で強く意識され,結果として,日本の金利市場における価格形成に影響を与えている可能性はあるだろう.

2.2 日米金利の連動性確認の為の統計的検証

本節では,このような市場参加者に対するアンケート調査の結果を踏まえて,日本市場の金利予測における米国金利情報の有用性について統計的な検証を行う.具体的には,1993年1月から2023年12月までの,米国債と日本国債の利回りを対象に,現地時間ベースでt-1日からt日への変化幅を用いた分析を行った.なお,図4に示す通り,米国時間t日目の米国市場の終値のデータが得られるのは,日本時間t日目の日本市場が閉じた半日程度後である.また,日本時間t+1日目の日本市場が開く前に米国時間t日目の米国市場が終了することから,両市場の取引時間は重複しない.

図4 米国時間と日本時間で見た日米債券市場の取引時間帯

分析を始めるにあたり,米国債利回り(2年, 10年, 30年),日本国債利回り(2年, 10年, 20年)の日次の利回データを,標準化した上で差分に変換した系列が,単位根を持たない定常データであるかを確認するために,ADF(Augmented Dickey-Fuller)検定を行った.結果,いずれの系列に対しても,非常に微小なp値が確認でき,1%未満の有意水準で帰無仮説(非定常データ)を棄却できた.

図5 グレンジャー因果性の統計的仮説検定

次に,米国債利回りの情報が日本国債の利回りの予測に有用かを確認するために,グレンジャー因果性の検定を行い,その結果を図5に示した.図中の“US10y ->JP2y”は米国債10年利回りの情報が,日本国債2年利回りの予測に役立つかを検定した結果であり,図中では,グレンジャー因果性が無いという帰無仮説に対するp値を掲載した.これによると,“US10y ->JP2y”の場合はp値が0.26となり,因果性が有ると判断される.これらの結果を踏まえると,米国の中長期ゾーンの利回り変化の情報の,日本の長期金利の翌日変化の予測への有効性が窺えよう.

更に図6では,米国債と日本国債の日次の利回り変化(現地時間でt-1日からt日への変化幅を使用)の系列に対して,下式に示す構造VAR(Structural Vector AutoRegression)モデルを用いたインパルス応答分析を行った.

  
A0Yt=c+A1Yt-1+A2Yt-2++A7Yt-7+ut(1)

Ytは時点tの各変数(日米利回りの前日からの変化幅),Aiは係数行列,cは定数ベクトル,utはホワイトノイズとし,モデル内では7日前までのラグを考慮する.本モデルに基づいて行ったインパルス応答分析の結果を図6に示した.横軸に示す日数後の各系列へのインパクト(ある系列を1標準偏差上昇させた際に,他方の系列が何標準偏差変化するかを実線で掲載した.また,実際の応答が95%の確率で収まると期待される信頼区間の範囲を点線で示した).これによると,図中の“US2y→JP10y”や“US10y→JP20y”が示す通り,米国の中長期ゾーンの利回りが上昇すると,翌日の日本国債10年利回り(長期金利)も上昇する傾向が見て取れる.

図6 構造VARモデルに基づくインパルス応答分析

2.3 グローバルな金利市場での連動性の高まり

日本市場を考える上で,海外市場情報の重要性を示してきたが,以下では,[Suimon 2020b]の手法に則って,実際に日米のイールドカーブがどのように連動しているかを検証する.始めに,日本と海外市場の金利の週次変化を対象とした相関係数を算出する.具体的には,日本国債の2年, 5年, 10年, 20年の利回りと,米国国債の2年, 5年, 10年, 30年の利回り,更に欧州市場における代表的な国債の指標であるドイツ国債の2年, 5年, 10年の利回りを用いて,全ペアを対象に利回りの週次変化の相関係数を算出する(サンプル期間は1995年から2023年までの各年).このようにして求めた相関行列の一部を図7に示した.これを見ると,2001年や2004年は,日本市場での様々な年限同士の金利の相関が高くなっている.同様に,米国市場と欧州市場においても,各年限間の金利の相関は高い.ただし,日本市場と米国(欧米)市場との金利の相関は相対的に低いことが見て取れる.一方で,2017年や2020年は,日本と欧米市場の金利の相関が,それまでに比べると上昇しており,日本と欧米といったグローバルな金利市場の連動性が高まっていることが見て取れる.

図7 日米欧市場の各金利の週次変化の相関行列

更に,以下ではクラスター分析を用いることで,近年の相関行列の類似性を数理的に示す.図8では,1995年から2023年までの各年のグローバル金利の相関行列を対象に,階層型クラスタリング手法であるウォード法を適用した結果をデンドログラムで示した.ここでは類似度を表す距離としてユークリッド距離を用いる.

図8 日米欧の金利市場の年別の相関行列を対象としたクラスター分析の結果

加えて,図8のデンドログラムの形状に基づき,各年を5つのクラスターに分類した結果を図9に示した.これによると,大まかではあるが,近年,特に2006年以降と,それ以前とで,グルーピングの結果が分かれていることが見て取れる.グローバル金利の変動特性を捉えたクラスターの変遷を示す本分析結果は,近年の日本の金利市場の動きを考える上で,海外市場情報の有用性の高まりを示唆する内容と言えよう.

図9 日米欧の金利市場の年別相関行列のクラスター番号の推移

3 機械学習モデルの構築と金利予測

3.1 日本国債の長期金利の予測モデルの構築

本章では,これまでの論点を踏まえ,機械学習モデルを用いた日本の長期金利(10年債利回り)の予測を行う.具体的には,1993年1月から2023年12月までの,日本国債(5, 10, 20年)及び米国債(5, 10, 30年)の日次の利回り変化のデータを対象に,日米国債の各利回りの過去3日間(t-3, t-2, t-1時点)の日次変化をインプットデータとし,日本国債の10年債利回りの変化(t時点)をラベルデータとした,機械学習に基づく日本の長期金利(10年債利回り)の日次予測モデルを構築する.

以下では,日本国債の10年債利回りの変化(t時点)を,上昇・低下の二値分類問題として扱うモデルと,10年債利回りの変化幅(t時点)そのものをラベルデータとして学習するモデルを構築する.前者については,勾配ブースティングに基づくアルゴリズムであるLigthGBM [Ke 2017]とXGBoost [Chen 2016]に加えて,“線形回帰,決定木回帰,ロジスティクス回帰,線形サポートベクターマシン,非線形サポートベクターマシン(ガウスカーネル),分類木,ランダムフォレスト,k近傍法”を用いたモデルを構築し,後者については“線形回帰,LigthGBM,XGBoost,決定木回帰”でモデルを構築する.本研究で実装するこれらのモデルのハイパーパラメータ等の情報については表1にまとめた.

図10 ローリング推計の流れ

学習の流れは図10に示した通りであり,モデルの学習期間を2年間としたローリング推計を行う.年末までのデータを用いてモデルを学習し,翌年1年間について,学習済みのモデルを用いたアウトオブサンプルでの予測を行い,当該年末にモデルを再度学習・更新していく.また,全てのモデルにおいて,米国の情報を特徴量として使用するものと,使用しないものを構築し,両者の予測精度の比較を行う.

表1 各予測モデルの情報

表記 予測対象 モデル名・構造 (Pythonのパラメータ設定等)
線形回帰 バイナリ 線形回帰 (Linear Regression)
線形回帰_変化幅 変化幅
LightGBM バイナリ LightGBM (Light Gradient Boosting Machine)
n_estimators (ブースティングの反復回数): 100
num_leaves (決定木の葉の最大値): 31
max_depth (決定木の深さ最大値): 制限なし
LightGBM_変化幅 変化幅
XGBoost バイナリ XGBoost (eXtreme Gradient Boosting)
n_estimators (ブースティングの反復回数): 100
max_depth (決定木の深さの最大値): 6
XGBoost_変化幅 変化幅
ロジスティック回帰 バイナリ ロジスティック回帰 (Logistic Regression)
C (正則化パラメータ): 1
決定木回帰 バイナリ 決定木回帰 (Decision Tree Regression)
max_depth (決定木の深さ最大値): 制限なし
決定木回帰_変化幅 変化幅
線形SVM バイナリ 線形サポートベクターマシン (Linear Support Vector Machine)
C (正則化パラメータ): 1
非線形SVC バイナリ サポートベクターマシン (Support Vector Machine)
カーネルタイプ: rbf (Radial Basis Function)
C (正則化パラメータ): 1
分類木 バイナリ 分類木 (Classification Tree)
criterion (不純度の評価指標): ジニ係数
ランダムフォレスト バイナリ ランダムフォレスト (Random Forest)
n_estimators (アンサンブル内の木の数): 100
criterion (不純度の評価指標): ジニ係数
k近傍法 バイナリ k近傍法 (k-Nearest Neighbors)
n_neighbors (近傍点の数): 5
p (ミンコフスキー距離の設定): ユークリッド距離

3.2 学習モデルの長期金利予測精度の検証

本節では,前述した各種学習モデルに基づく日本の長期金利(10年債利回り)の日次予測モデルの精度を検証する.初めに,10年債利回りの変化幅(t時点)をラベルデータとして学習したLightGBMに基づくモデルの予測精度を確認する.同モデルは,t時点の変化幅を予測値として出力するが,ここでは出力した予測値を上昇・低下の二値に変換し,その正答率を検証したものを図11の左に示した.次に,日本国債の10年利回りのt時点の日次変化を,上昇・低下の二値分類問題としてモデル化した,非線形サポートベクターマシンに基づく,t時点の予測(上昇・低下)の正答率を図11の右に示した.両モデルの結果共に,米国の情報を追加的に特徴量として用いた場合,2006年頃から予測精度が向上していることが分かる.

図11 機械学習モデルに基づく日本の長期金利予測の正答率の推移

更に図12では,他のモデルも含めて同様に予測精度の検証を行った結果を,2006年以前と以降の期間を対象に,正答率の平均値を示した.これによると,米国市場の金利データを学習に用いた場合,いずれのモデルにおいても,2006年以降の期間において,日本の長期金利の予測精度に大幅な改善が確認できた.なお,3.1節で述べた通り,“線形回帰,LigthGBM,XGBoost,決定木回帰”のモデルにおいては,ラベルデータを二値とした場合と,変化幅とした場合の2種類のモデルを構築したが,図12に示す通り,米国市場情報の有用性が示唆される2006年以降において,変化幅をラベルデータに用いたほうが,いずれのモデルにおいても予測精度の改善幅が大きくなっていることが分かる.このことから,ラベルデータの情報量を上昇・下落の二値に低下させるよりも,変化幅という大きい情報量を活用することの有用性が窺えよう.

図12 各モデルに基づく日本の長期金利予測の正答率

図11ではLightGBM及び非線形サポートベクターマシンを用いた予測モデルの精度を検証し,米国情報の有無による予測精度の推移を示したが,図13では,これらモデルにおける予測精度の改善幅に加えて,図9で示したクラスター番号を併せて掲載した.これによると,米国市場情報を用いた際のパフォーマンスの改善幅が大きくなった2006年頃から,グローバルな金利の連動性の高まりを表す相関行列のクラスター番号に遷移していることが分かる.このことは,同時期頃から海外市場情報を意識する日本の債券市場参加者が増えていたという,2.1節で示したQUICK月次調査の結果と整合的であろう.

図13 機械学習モデルに基づく日本の長期金利予測の正答率の改善度合いの推移

3.3 SHAP値を用いた機械学習モデルの特徴量の検証

これまで,日本の長期金利予測における米国市場情報の有効性を確認してきたが,本節では学習モデルの出力結果において,各特徴量(説明変数)がどのように寄与しているかを確認したい.その際有用なのが,被説明変数に対する各説明変数の貢献度を表すSHAP値[Lundberg 2017]である.本分析で用いた時系列のサンプルデータの,各時点のデータセット番号をkとすると,説明変数xjkのSHAP値φjkは次式で求まる.

  
φjk=SΩjS!Ω-S-1!Ω!fSxjk-fS(2)

Ωはデータ番号kの全説明変数の集合であり,ΩjΩからxjkを除去した集合である.更にSΩjの部分集合であり,fは推計された本モデルの関数である.そのためSHAP値φjkは,説明変数xjkを追加的に用いた際の推計値の差分(貢献度)を意味する.

図14 各説明変数のSHAP値の絶対値の平均(LightGMBベース)

これを踏まえ,3.1節で示した手法に則り,1993年1月から2023年12月までの日米の日次の金利データを用いて,LightGBM(学習ラべルは金利変化)に基づく日本の10年利回りの予測モデルを推計した.図14では,このように推計したモデルを用いた際の,全サンプルに対するSHAP値の絶対値の平均値を,特徴量(説明変数)毎に示した.これによると,本論文の議論で示した前日の米国市場情報(図14の“US5y (t-1)”,“US10y (t-1)”)の重要性が,SHAP分析を通じても確認できる.更に,図15では同モデルにおける特徴量(日本と米国の5年・10年債利回りのt-1時点の日次変化)の各合計SHAP値の推移を掲載した.これによると,分析期間初期に比べて近年は日本市場情報の重要性が低下していることが分かる.一方で,米国市場情報の有効性は依然として存在しており,結果,近年は相対的に米国市場情報の重要性が高まっていることが分かる.前述の通り,SHAP値は被説明変数(金利変化の予測値)に対する貢献度(各特徴量の寄与)を示すものである.本モデルの予測値に対する,米国市場情報の寄与が相対的に上昇していたことは,実際に取引を行う日本の市場参加者が,海外市場情報に対する意識を高めていたという調査結果(2.1節で示したQUICK月次調査)と,整合的なものであると言えよう.

図15 日米5年・10年利回りの変化(t-1時点)の合計SHAP値の推移(LightGMBベース)

4 結論

本研究では,米国市場の金利変動が,日本市場に与える影響を数理的に検証することで,日本市場の金利変動予測における,米国市場情報の有用性を示した.具体的には,日本市場の金利データのみを学習に用いて日本の長期金利を予測した場合と,それに加えて,米国市場の金利データも学習に用いて日本の長期金利を予測した場合とで,どの程度予測精度が改善するかを,様々なモデルを通じて検証した.その結果,日本市場の金利データに加えて,米国市場の金利データも学習に用いることで,特に近年においては,日本の長期金利予測の精度が大きく向上する傾向を,いずれのモデルにおいても確認した.このことは,日本国債の市場参加者を対象に行ったアンケート調査において,2006年頃以降,海外金利を注視する傾向が強まりをみせている点と整合的であろう.本研究では,様々な統計的・機械学習的手法を用いて多角的な分析を行うことで,日本の金利市場予測における米国の市場情報の有効性を,特定の分析モデルに依存しない高い一般性を有した検証に基づいて示した.近年の金融市場では,海外発の金融危機や,海外中銀の金融政策変更といった,海外における様々な要因が,グローバルな金融機関同士のデリバティブ契約や,様々な金利裁定取引を介して,直接的に日本市場の金利に影響を与え得るパスが多く存在している.本研究の結果は,このような,グローバルな金融システムが発達した現代において,海外市場の金利動向が,日本国内の金利予測において有用な情報となることを示す結果と言えよう.

留意事項

本稿は,著者の個人見解を表すものであり,野村證券株式会社の公式見解を表すものではありません.

参考文献
 
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