株井戸は江戸末期から明治時代にかけて濃尾平野南部の輪中地域に存在した地下水管理制度である。一般に「株」とは営業上の特権を意味する。よって株井戸とは「特別に採掘を認められた井戸」,裏返せば井戸の掘削規制と解釈できる。明治初期,濃尾平野には約80の輪中があったが,株井戸は少なくとも福束・高須・下笠・禾森・墨俣輪中に存在したことが指摘されている。しかし輪中全体における広がりについては未解明である。本稿は株井戸の広がりが上記輪中に留まらないことを示したうえで,株井戸発達の背後にある自然条件を明らかにする。