抄録
本稿では,ロシア沿海地方を事例として,新興市場周辺部の地域が多国籍企業によってどのような影響を受けるのかについて,地域産業の発展と中心部との間の階層性の変化に着目して検討した。沿海地方では2009年から自動車の組立生産が行われており,現在ではマツダソラーズ社のみが工場を稼働している。マツダソラーズ社が沿海地方で自動車の組立生産を行うことには経済的合理性がある一方で,産業が成立するにはロシア中央政府による優遇措置が不可欠であり,必ずしも市場原理に則していないことが確認できた。また,海外自動車部品企業の進出が困難で,地元企業との連関が脆弱なため,地域産業への影響は限定的であることがわかった。その一方で, 2009年から2017年の間に整備期・参入期・交渉期を経て,沿海地方行政府がロシア中央政府に対して投資環境の向上を求めて交渉を行うなど,発言力を得たことが認められた。このことは,新興市場の周辺部で多国籍企業が活動を行うことは,中央政府が主導する地域開発において,周辺部の地方行政が中央政府に対する発言力の獲得を可能にすることを示唆する。