国際ビジネス研究
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環境規制の不確実性に対処する企業行動 : EUの環境規制「REACH」と欧州可塑剤メーカーの企業行動
永里 賢治田辺 孝二
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2010 年 2 巻 1 号 p. 83-89

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抄録

今日、EUの環境政策においては環境規制に経済政策を統合する動きが生じている。欧州の新しい環境規制「REACH」では「ニューアプローチ」や「予防原則」といった新しい概念を導入、産業界や消費者の反応を見ながら法規制を制定するといった手法が取られている。本稿では不確実化・不透明化する欧州の環境規制において、化学企業が製造する製品(化学物質)が規制される可能性がある場合、どのような企業行動をとるべきかを検討する。1997年に米国で「Our Stolen Future(奪われし未来)」が出版され、内分泌かく乱物質(環境ホルモン)が大きな話題となった。可塑剤(DEHP)はその候補物質に挙げられた為、欧州大手可塑剤メーカー2社はDEHPの製造を中止した。OXENO社は「選択と集中」という戦略で代替品(DINP)を増産したが、BASF社は「安全性が疑わしい製品は製造中止」といった「企業理念」に基づいた企業行動を実施した。ここでBASF社は「将来、REACH規制でDEHPが規制対象となる可能性が高い」と予測していたと考えられる。その後REACH規制でDEHPが規制されたが、欧州市場は既に代替品(DINP)にシフトしていた為、欧州化学品庁は「DEHPの規制は市場に対しても大きな影響はない」と判断したものと思われる。BASF社は「将来、規制されるか、されないか」という潜在リスクを持つのではなく、潜在リスクのない企業行動を取ると共に、より安全性の高い可塑剤の開発に着手する事を公表し、ステークホルダーに対して「環境経営」という企業理念をアピールしたのである。不確実で不透明な環境規制に対処する企業行動として「環境経営」といった企業理念から方針を決定し行動することが重要であり、それが結果として規制の方向性に影響を与えることがある。BASF社の事例から、複雑化あるいは不確実化・不透明化する環境規制に受動的に対応するのではなく、潜在リスクのない企業行動を考えるべきである事が分かった。新しい欧州の環境規制は他地域にも発展して行く可能性が高い。多国籍企業は欧州の環境規制に今後とも注目し、企業行動を考えるべきであろう。

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