抄録
本研究は,ある幼児を対象に,その幼児が相手の発話に対して「ン?」や「ウン?」などと能動的に反応する(聞き返し」と呼ぶ)ことが周りの大人にどのような行為を引き起こさせるか,またこれが幼児の言語発達においてどのような働きがあるか,という点に注目して分析を行ったものである.一年あまりの観察期間のうち語数やMLUの違いから,初めの5ヵ月を観察初期,最後の5ヵ月を観察後期とし,二つの期間において発話された語数や平均発話長,会話における態度,会話によって幼児が達成したことがら,聞き返しに対する母親の応答を分析した.その結果,観察期間全体を通し,「聞き返し」によって同じテーマについての話が長くなること,観察初期,観察後期において母親の応答が有意に違いがあることなどが明らかになった.このことから,聞き返しによって母親は直前の発話の言い換えや繰り返しを行い,それによって幼児は言葉の理解が促進されるのではないかと考えられる.これまで母親およびまわりの大人が幼児に対してある特徴的な話しかけをすることはよく知られているが,本研究は,そのような話しかけが幼児の側からの働きかけによっても引き起こされることを示唆するものである.