社会言語科学
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研究論文
地方農村地域における成人識字教育と女性の言語社会化―ブータン王国におけるノンフォーマル教育調査から―
佐藤 美奈子
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2021 年 24 巻 1 号 p. 157-172

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抄録

本研究は,ブータンにおける成人識字教育を主題とする.ブータンでは1961年に学校教育が導入され,現在,就学年齢の児童の92.9% (PPD MoE 2018)が初等教育に就学する.その一方で,成人の半数以上(50.2%)が就学経験をもたず,教育経験のない農村部の女性たちの多くは,文字の読み書きのみならず,国語(ゾンカ語)の口語能力も不足している.本研究では学齢期に教育を受ける機会がなかった女性たちが成人して識字教育を受ける現在に着目する.母となり,農業の主要な担い手となった女性たちが全国共通語と文字の読み書き能力を習得することは,彼女たち個人のみならず,その家族と,若者の農業離れが進む農村の共同体社会においてどのような意味と可能性をもつのかを言語社会化論から考察する.本研究では中央ブータンの農村部の識字教育校を訪問し,28人の学生を対象に調査をおこなった.教育を受けたことで彼女たちは,民族語モノリンガルの祖父母世代と民族語・英語・ゾンカ語のトリリンガルとして育つ子ども世代の間を取りもち,農村の共同体社会をつなぐ「仲介者」の役割を担いつつある.調査からは,自己を語ることが自己肯定感を促す作用をもつことも明らかになり,成人識字教育におけるナラティブ・アプローチの有効性が示唆された.

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