2023 年 25 巻 2 号 p. 9-24
社会言語学研究における言語とアイデンティティに関する研究は,言語による集団的アイデンティティの表示と言語による個人的アイデンティティの構成の両面からなされてきた.とくに初期には「アイデンティティ表示」への着目がことばのバリエーション研究をたすけ,社会言語学研究の発展にともなってしだいに「アイデンティティ構成」に研究の重心が置かれるようになる.これは,個人のあり方の多様性の許容,個人化の進行といった諸現象にみる,近代社会からポスト近代社会への時代的な変容とも重なる.本稿においてはポスト近代社会論の視点を導入し,言語使用とアイデンティティ構成というテーマのもとに言語研究における〈社会〉の取り入れ方を考察する.とくに,言語特徴の指標性定着とその使用における,社会と言語の結びつきについて論じる.