本研究は,自閉スペクトラム症を持つ人(以下,ASD者)の語用の特徴について,会話中の言語の反復行為に着目し,考察を行うものである.ASDは「社会的コミュニケーションの困難」及び,「行動の反復・常同」に集約される症状であるが,近年の診断基準の変更に伴って診断を受ける人も広範なものとなり,その行動特性も多岐にわたるようになった.そこで本研究では,従来のASD者のコミュニケーション研究ではあまり注目されてこなかった,音韻や言語形式の反復といった語用やメタ語用を特徴づける反復的行為にも注目し,詩的機能の観点からASD当事者と複数の対話者との会話を用いて分析を行った.当該ASD者の言語使用に関わる反復が彼らの会話の中でどのように機能しているかを可視化した結果,本研究の事例においてASD当事者は,言葉・音韻などの点において反復を頻繁に用いることで詩的機能の働くメタ語用的作用を際立たせ,対話者との理解の一致を達成していることが明らかとなった.ASD者に関しては社会的コミュニケーションに困難さが見られることから,当事者個々人の語用特性を把握することの重要性が喚起されているが,本研究の結果からは,ASDの言語的な反復行為を多角的・多機能的に捉えることで,ASD当事者それぞれの語用特性の一部を把握できる可能性が示唆された.
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