抄録
東北地方を中心に,目的語を表示する格助詞としてコト・トコ類の表現を用いる方言がある.このコト・トコ類の表現には,前接名詞が有情物に限られるという使用制限があるが,コト・トコ類使用地域の中にはこの制限を失いつつあるものがある.既存の方言テキスト(方言で書かれた文学作品,昔話資料)から採集した用例を分析すると,青森県津軽地方と日本海側の沿岸部においてはコト・トコ類の使用制限が失われる傾向にあり,日本海側の内陸部および太平洋側の地域では維持される傾向にあることが分かる.これはすなわち,コト・トコ類の用法に関して,青森県津軽地方および日本海側の沿岸部では文法化の度合が進んでおり,日本海側の内陸部および太平洋側の地域では文法化の度合が遅れている(前段階の用法が維持されている)ものと考えることができる.