抄録
人工林は野生動物に対して餌資源や営巣資源などの面で負の影響をもたらす一方で,一部の野生動物は人工林を選択的に利用することがある.人工林による負の影響を受けやすいと考えられる滑空性哺乳類であるムササビ (Petaurista leucogenys) は,スギ人工林をしばしば利用するが,どういう人工林を選択するかは不明である.本研究では,冷温帯において森林構造や周辺環境がムササビによるスギ人工林の利用に与える影響を明らかにすることを目的とした.調査は2023年8月から11月に山形県鶴岡市で行った.本研究では調査地域のスギ人工林に50プロットを設置した.ムササビの利用状況を把握するために,各プロットにおいてムササビの痕跡 (糞) の有無を記録した.また,森林構造としてプロット内の平均胸高直径 (DBH),最大DBH,開空度,立木本数,樹洞の有無を,周辺環境として半径300 mのバッファ内に含まれる広葉樹林と針葉樹林の面積割合を算出した.ムササビの痕跡の有無を森林構造,周辺環境,調査地で説明する一般化線形モデルを構築し,生息地利用を評価した.調査の結果,15プロットでムササビの痕跡を発見した.ベストモデルの結果から,ムササビは平均DBHが大きく,開空度の低いスギ人工林を選択的に利用していた.これらの結果は,ムササビがより成熟した人工林を好むことを示しており,伐採適齢期の人工林の管理はムササビの保全管理においても重要であると考えられる.