法制史研究
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叢説
室町幕府の安堵と施行
「当知行」の効力をめぐって
松園 潤一朗
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2012 年 61 巻 p. 51-81,en4

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抄録

本稿では、室町幕府の安堵と施行の制度について、「当知行」の効力という観点から検討を加える。日本中世の土地法において「当知行」(占有)は、「安堵を受ける効力」と「知行保持の効力」を有したと指摘される。しかし、右の効力は中世を通じて等しく見られたわけではなく、政権ごとの法制の相違という視角が重要である。
建武政権は、鎌倉幕府が譲与安堵の制度を整備したのに対し、当知行安堵を広く実施した。また、所領への妨害行為(「濫妨」)に対し、当知行安堵の施行や「濫妨」停止命令という形で「知行保持」の手続を行った。建武政権では、「当知行」に基づいて安堵と施行(「知行保持」)がなされる体制であった。
室町幕府の足利直義・義詮期には、安堵は譲与安堵等が中心となり、施行とは基本的に切り離される。所領への妨害については、「知行保持」に加えて、所領の回復を行う「知行回収」の手続も行われたが、手続では訴人の主張する所領知行の本権の確認がなされた。
足利義満期には武士・寺社本所への安堵の発給が増加する。安堵の根拠は譲与・公験等が中心だが、応永年間(一三九四~一四二八)以降、当知行安堵の発給が増加する。また、義満期から足利義持期の途中まで、所領の当知行・不知行にかかわらず「安堵」が発給され、それに基づく施行・遵行もなされた。「安堵」施行の実施の背景には将軍(室町殿)の認定を示す「安堵」の法的効力の増大があった。
足利義持期の応永二〇年代には、当知行安堵の発給が原則化される一方、応永二九年の法令で「安堵」施行は停止される。「安堵」施行が所領回復に利用されることを防止するためである。同じ時期に、幕府法廷での訴訟手続の整備がなされ、一方的に「知行回収」を命じる文書は大きく減少する。法制の変化は、訴人の所領回復の重視から当知行保護の重視への政策転換を意味する。また、守護も当知行安堵を発給し、各地で当知行安堵が行われる体制が形成された。
足利義満期に築かれる「安堵」施行の体制は、「安堵」に強い効力を付与する点で特異なものである。また、「当知行」の効力は中世を通じて見られるが、各政権の法制への作用の仕方はそれぞれ異なる。政治的な認定行為である「安堵」との関係を見ていくことで、中世の知行について議論を深めることが可能になる。

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