JAMSTEC Report of Research and Development
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報告
一点法を用いた微量海水のアルカリ度簡易手分析法
菅 寿美 坂井 三郎豊福 高志大河内 直彦
著者情報
キーワード: アルカリ度, 一点法, 微量化
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2013 年 17 巻 p. 23-33

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Abstract

近年,生物石灰化機構を調べる研究において,生物の殻と生育している環境水中の炭酸系とのつながりが注目されるようになり,炭酸系を継続的に分析する必要性が高まってきた.試水中の炭酸系を把握するためには,pHとアルカリ度とを分析するのがもっとも簡便である.これは飼育実験のように採水量がごく少量に限られる試水に適用するにも都合が良い.本報告では,海洋化学の分野で用いられているアルカリ度の一点法をもとに,試水量を1 mLにまで減らした分析手法を提案する.重量測定により量り取り量を補正すると,アルカリ度の繰り返し精度は相対標準偏差で0.1~0.2%となった.重量補正なしでは相対標準偏差で0.1~1.0%となった.参照海水を常に試水間に挟み分析することにより,日々の値の系統誤差は補正できることがわかった.この手法を用いれば,pHメータのみを用いて,微量な試水中の炭酸系を生物石灰化メカニズムの解明に十分な精度で継続的に知ることができる.

1. はじめに

1.1. 海洋炭酸系分析の重要性

表層海水とそれに接する大気との間では二酸化炭素のやり取りが常に起きている.表層海水の二酸化炭素分圧が接している大気中の二酸化炭素分圧よりも高ければ,表層海水中の二酸化炭素は分圧差に従って大気へと放出され,逆に表層海水の二酸化炭素分圧のほうが低ければ,大気中の二酸化炭素は表層海水中に吸収される.したがって,大気中に放出される人為起源二酸化炭素により大気中の濃度が増えれば増えるほど,分圧差により表層海水に溶け込む二酸化炭素の量は増え,その結果,表層海水のpHの低下,すなわち酸性化がもたらされる.

溶け込んだ二酸化炭素は,海水中でそのpHに応じて重炭酸イオン,炭酸イオンに解離する.海水中に溶け込んだ二酸化炭素とそのイオンとをまとめて炭酸系と呼び表す.水中における炭酸系の動態は水温,塩分に加え,全炭酸・pH・二酸化炭素分圧,全アルカリ度という炭酸系の4つのパラメータで決められる.海洋化学の分野では,大気に放出された人為起源二酸化炭素の大きな吸収源と考えられている海洋への分配を見積もるために各パラメータの精密な分析手法が開発され,精力的に分析が行われている(たとえばBate et al., 1996; Ono et al., 1998; Tsurushima et al., 2002; Wakita et al., 2003).

海洋表層には,サンゴ,貝,有孔虫をはじめとする炭酸カルシウムの殻を持つ生物が生息しており,それらの生物は海洋の酸性化が進むと,石灰化を行うことが困難になる.つまり,海洋表層の炭酸系の変化は,海洋への二酸化炭素収支を推定する場合だけではなく,石灰質の殻を持つ生物の生理学に大きな影響を与える.すなわち,炭酸系の変化が,石灰化生物の存在量や分布ひいては食物網を介して,生態系に影響を及ぼすことが予想される(Riebesell et al.,2000; Orr et al., 2005).近年,酸性化に対する生物の応答が天然下あるいはメソコスムやin vitro の飼育実験下で報告されている(Kurihara, 2008; Kuroyanagi et al., 2009; Dissard et al., 2010).

海洋の炭酸系の変化は,古環境間接指標(プロキシ)の解釈にも影響を与える.生物の炭酸塩殻の安定酸素同位体比(18O/16O)は,殻形成時の水温あるいは塩分と良い相関関係をもち,古水温・古塩分を再現するためのプロキシとして広く利用されているが,炭酸塩の18O/16Oは海水中の炭酸イオン濃度(「CO32-」)に影響を受けることが明らかになった(Spero et al., 1997; Zeebe, 1999).すなわち,安定酸素同位体比および水温が全く同じ海水でも,炭酸イオン濃度が異なれば,おのおのの海水に住む生物の作る炭酸塩の安定酸素同位体比は異なるということである.それゆえ,炭酸塩殻の18O/16O - 温度あるいは18O/16O - 塩分の関係式を求めるには,炭酸イオン濃度の効果も考慮しなければならない.この炭酸イオン濃度は,炭酸系の4つのパラメータのうち2つが定まれば一義的に定まる.そこで最近では,炭酸系を制御した浮遊性あるいは底生有孔虫の飼育実験を行い,有孔虫の殻に刻まれる記録の変化を読み取って,プロキシの確立が行われるようになってきた(Spero et al.,1997; Russell et al., 2004; Allen et al., 2011).

炭酸系の条件を変えた,in vitro を始めとする室内飼育実験の拡大に伴い,微小量の試料海水で炭酸系分析する簡便な手法が不可欠となってきた.炭酸系を制御した海洋生物の飼育は,基本的に閉鎖空間で海水を循環させながら行われることが多い.開放系ではガス成分を含む炭酸系を制御するのが難しいからである.安定した炭酸系の水がふんだんに使える環境下では,水を大型水槽にかけ流しながら,サンゴや貝といった大型生物を飼育することもあるが,設備が大がかりになる.一方,有孔虫などの微小生物の飼育実験は200 mL程度の小容量の密閉容器を用いて行うことが可能である(Russell et al., 2004; Kuroyanagi et al., 2009; Allen et al., 2011).このような海水の量が限定的な飼育系では,炭酸系の変動をチェックするために十分な量の試水を継続的に採水することは困難になる.海水用に確立されている高精度な分析手法で,例えばpHとアルカリ度とを分析しようとすると,少なくとも300 mL,全炭酸とアルカリ度とを分析しようとすると500 mL程度の試水が必要となる(Ono et al., 1998).二酸化炭素分圧を分析する場合にはさらに大量の試水が必要となる.飼育海水のコンディションチェックとして継続的に分析するには,この採水量は現実的ではない.微小生物の飼育水槽から飼育海水の炭酸系を継続的にチェックすることを念頭に置いて,試水量を従来の海水分析試料の1/10以下に減らす工夫が必要なのである.

1.2. 炭酸系パラメータの分析方法

海水の炭酸系パラメータはそれぞれ別個の装置を用いて分析される(DOE, 1994).4つのうちの2つのパラメータ,全炭酸と二酸化炭素分圧とは,それぞれ電量滴定装置および非分散型赤外ガス分析装置という特殊な分析装置を用いて分析される.このような特殊装置を準備することは,分析頻度の少ない研究室にとって負担が大きく,簡便な分析法とはいえない.残りのパラメータのうち,pHはpHメータがあれば分析できる.アルカリ度は,専用の滴定装置を用いて試料に濃度既知の酸を徐々に添加し,その時の電位の変化から求めるグランプロット法(あるいは滴定法)と呼ばれる手法で測定されるのが一般的である(たとえば,Millero et al., 1993).この手法は精密に分析が行える半面,用いる装置が高価なことや,1試料の分析に20分程度の時間を要するという欠点がある.

そこでより簡便にアルカリ度を測る手法として,一点法が考案された.一点法とは,一定量の試水に一定量の酸を加えて溶けている二酸化炭素を追い出し,その一状態のpHのみを計測して試水のアルカリ度を算出する手法である.一点法でのpHの測定には,pHメータを用いる方法(Cullberson et al.,1970; Ono et al., 1998)やpH指示薬と吸光光度計を用いる方法(Breland and Byrne, 1993; Sarazin et al., 1999)が考案されている.前者は精度のよいpHメータがあれば分析可能であるため,pHとアルカリ度とをセットで分析するのに大変都合が良い.その原理は以下の式で表される(Cullberson et al., 1970).

  • TA = total alkalinity (meq/l at 25°C)
  • Vs = volume of seawater (mL)
  • V = volume of HCl solution (mL)
  • N = concentration of HCl solution (N)
  • aH = 10-pH
  • fH = activity coefficient of H + donor ions

そこで,このpHメータを用いた一点法を,数mL程度の試水に適用できるように微量化することを試みた.

2. アルカリ度の分析法

2.1. アルカリ度の定義

海水のアルカリ度(全アルカリ度,TA)とは,試料1kgに含まれるプロトン供与体に対して過剰にあるプロトン受容体量に相当する水素イオンのモル数で定義される(DOE, 1994).

TA = [HCO3] + 2[CO32-] + [B(OH)4] + [OH] + [HPO42-] + 2[PO43-] + [SiO(OH)3] + [HS] + 2[S2-] + [NH3] + … - [H+] - [HSO4-] - [HF] - [H3PO4] - …

海水中のTAの大半を占めるのは,重炭酸イオンと炭酸イオンである.TAは,全炭酸・pH・二酸化炭素分圧とともに海洋の炭酸系の状態を示すパラメータのひとつであり,酸である二酸化炭素が化学的にどれだけ海水へ溶解可能かを示す指標ともみなせる.

2.2. 重量補正法と容量法

2.2.1. 試料の微量化と分析精度

一点法で海水のアルカリ度を精密に分析する場合には,試料海水を100 mL以上の容量を持つボトルに採水し,恒温化させたのちに50 mL程度を容量法にて精密に測り取って分析を行っている(例えば Ono et al., 1998).これは,前述したように,大気中に放出された二酸化炭素の海洋による吸収分を海洋の炭酸系の変化から研究する場合,海水のアルカリ度のごくわずかな変化を追うために要求される分析精度が0.1%と極めて高いためである.一方,生物石灰化実験の飼育水の炭酸系制御の様子を確認する,あるいは概略的に試水のアルカリ度を知りたい場合には,生物の個体差が大きいため,それよりも一桁低い精度(≦ 1%)で十分と考えられる.

そこで,今回は,試水の微量化および分析の簡便化を図るため,試水および塩酸は1000 µlの容量可変式デジタルピペットを用いてはかり取ることを検討した.一点法では,一定量の試水と一定量の希塩酸を混合し,そのpHを分析する.そのため,試水と塩酸の混合比を厳密に一定にするかあるいは混合比を精密に求める必要がある.試料量を1 mLまで減少させると,そのはかり取り時の相対誤差は量が多い時に比べ大きくなる.

2.2.2. デジタルピペットを用いた試水分取の繰り返し精度

図 1は,異なるデジタルピペット(1,2および3)を用いて作業員AあるいはBが12から17回ずつ繰り返し1.000 mL純水を分取した時の重量をプロットしたものである.用いたデジタルピペットは全てEppendorf社のEppendorf Reference®/容量可変ピペット(100-1000 µm)である.imprecisionの公証値は≤ 0.2%である.作業員Aは分析化学業務従事者,作業員Bは地球生物学を専門とする研究員であり,A,Bともにピペット操作には習熟している.グラフの上端に各平均値(括弧内は標準偏差)を示した.この検討では,作業者やピペットが変わると,はかり取り量は平均値で0.9898 gから0.9979 gの間をとり,最大0.8%のずれをもたらした.一点法では試水と塩酸とをそれぞれ量り取って混ぜ合わせる.試水,および塩酸それぞれの量り取り量に0.8%ずつばらつきが生じると,算出されるアルカリ度についても最大で0.8%のばらつきをもたらす.また,量り取り量のばらつきの平均値0.8%のうち,作業者の癖や習熟度に由来するのは0.2%から0.6%であることが示唆される.作業者の違いがピペットの違いと同程度あるいはそれ以上の誤差要因になることがわかった.

Fig. 1.

Variation of weights taken by 2 persons with 1 mL mechanical pipettes. Numbers displayed top of the figure are average,and those in parentheses are standard deviations.

図 1. 2人の作業者および複数の1 mLデジタルピペットを用いたときの量り取り量のばらつき.図の上部の数字は平均値,括弧の中は標準偏差を示す.

そこで,作業者の技術や個々のピペットに依存するばらつきをできるだけ抑えるため,電動デジタルピペットを1本だけ用いることにした.電動式のピペットは,最も量り取り量を左右する,液の吸引時,および吐出時のスピードが一定である.したがって,それを用いることにより,操作者の技術や癖にほぼ無関係の結果が得られるようになると予想される.

作業員AあるいはBが電動デジタルピペット(GILSON, pipetman®M, P1000M)で純水1.000 mLを10回ずつ量り取り,重量測定してそのばらつきを調べた.この操作をA,Bとも2セットずつ行った.このA,Bは前述の検討を行ったのと同じ作業員である.さらに,塩酸のように同じ溶液を繰り返し量り取る場合には,大容量を吸い込んだあと一定量ずつ吐出できる,分注タイプの電動デジタルピペットを使用することが可能であり,その導入により作業効率の向上が期待できる.そこで分注タイプの電動デジタルピペット(eppendorf, Multipette® stream)に5 mL容量のチップを付けて同様な検討を行った.容量が5 mLであるので,試水の吸引を行ったのち1 mLの吐出を5回行い,ふたたび試水を吸引して残りの5回の吐出を行った.その結果を図 2に示す.手動デジタルピペットを用いた場合に,1.000 mL量り取り時の重量の標準偏差が0.0020 gから0.0064 gであったのに比べ,電動デジタルピペットを用いると0.0014 gから0.0020 gとよりばらつきが抑えられた.また分注タイプの電動デジタルピペットを用いると,標準偏差は0.0011 gから0.0031 gとなり,電動デジタルピペットを用いた場合とあまりばらつきは変わらなかった.しかし分注タイプの吐出量の変動を見てみると,作業員に依存しない特定のパタンを繰り返し示していた(図 3).今回用いたピペットは,吐出1回目に比較的少なめとなり,その後安定する傾向がみられた.これは分注ピペットに特有の現象であろう.したがって,分注ピペットを用いる場合には,あらかじめ,使用するピペットの吐出パタンを調べ,吐出量が安定する分注回のみ使用するようにすると,さらに量り取り精度の向上につなげられると考えられる.

Fig. 2.

Variation of weights for 1 mL of water taken by 2 persons with an electronic pipette(left)and electronic dispenser(right). Numbers displayed top of the figure are average, and those in parentheses are standard deviations.

図 2. 2人の作業者が電動デジタルピペット(左)および電動分注ピペット(右)を用いて1 mLの水を量り取ったときのばらつき.図の上部の数字は平均値, 括弧の中は標準偏差を示す.

Fig. 3.

Variation of weights for 1 mL of water dispensed by an electronic dispenser attached 5 mL pipette tip.

図 3. 電動分注ピペットに5 mLのピペットチップを付けて1 mL分注を行った時の量り取り量の変動.

今回はまず,電動デジタルピペットで分取した試水および塩酸を量り取るごとに重量を測定し,その重量を用いて量り取り時のわずかな誤差を補正する,重量補正法を試みた.式(1)のVsおよびVに重量と密度(塩酸の密度はその水温における純水の密度を使用,海水の密度は水温と塩分とから算出)とから算出した容量を代入することで,計り取り量のわずかなばらつきを補正する.

  • TA = total alkalinity (meq/L at 25°C)
  • Ws = weight of seawater (mg)
  • W = weight of HCl solution (mg)
  • ds = density of seawater (mg/mL)
  • d = density of HCl solution (mg/mL)

2.2.3. 重量補正法の分析手順

  1. 1. デジタルピペット(GILSON, pipetman®M, P1000M)で試水1.000 mLをあらかじめ秤量済みの5 mLガラスバイアルに量り取り,0.1 mgまで計れる天秤(SHIMADZU,AUX220)で重さを測る.
  2. 2. そこに0.01 mol/L塩酸(和光,容量分析用)を0.270 mL加えて,再び重さを測る.
  3. 3. パラフィルムで封をしてから激しく振り混ぜる.
  4. 4. しばらく放置して二酸化炭素を追い出す.
  5. 5. 微小複合電極(Thermo SCIENTIFIC, PerpHecT® ROSS® Micro Combination pH Electrode)をセットしたイオンメータ(Thermo SCIENTIFIC, ORION 4 STAR)で電位差を測定する.
  6. 6. pHの標準緩衝溶液として,人工海水ベースのトリス,2-アミノピリジン(DOE, 1994),および人工海水ベースのフタル酸溶液の電極電位差を試料と同時に測定する.
  7. 7. 6の分析値とそれぞれの緩衝溶液のpHとの関係式を求め,そこから試料のTAを算出する.

トリス,2-アミノピリジンについては25°CにおけるpHがそれぞれ8.0936,6.7866とわかっている(Dickson et al., 2007).フタル酸緩衝溶液は塩酸と塩化カリウムだけを除いた同じ組成の人工海水にフタル酸水素カリウムを6.1266 g加えたものである.これはCRMとの同時測定により,pHは3.4775とわかっている.

今回使用したイオンメータは起電力として0.1 mVの,pHとして0.001の分解能を持つ機種である.起電力0.1 mVはpHおよびTAのそれぞれ0.002, 2 µmol/L に相当する.したがって,TAを有効数字3桁で測定したい場合には,起電力で0.1mVの分解能あるいはpHで0.001の分解能を持つイオンメータが必要である.今回用いた微小複合電極は,ガラス応答膜部分の直径が3 mmとごく細く,試水中へ4.5 mmの深さまで浸せば測定できるので,微量試料の分析に好都合である.この電極は,前述の標準緩衝溶液あるいはTA試料に浸して1分から3分の間に起電力の読み値が安定することを確認済みである.

2.2.4. 分析結果

CRMに対するTA値が参考値として得られている参照海水(KRM,KANSOテクノス,2.217 mmol/kg,25°Cにおいて2.229 mmol/L)および低栄養塩海水を殺菌して作った研究室標準海水(SW)を10から12回ずつ,上述の重量法に従って繰り返し測定した.別の日に再度10回ずつ繰り返し測定をし,異なる作業日に分析を実施した場合の作業日間の変化も調べた.なお,分析はエアコンで室温を約25°Cに制御した部屋で行い,それ以外の温度制御は行わなかった.

表1および図 4にその結果を示した.1日目(1-A)のKRMおよびSWの分析結果は,それぞれ2.230 ± 0.003 mmol/L(n = 10),2.251 ± 0.005 mmol/L(n = 12)であった.2日目(1-B)のKRMおよびSWの分析結果は,それぞれ2.202 ± 0.005 mmol/L(n = 10),2.223 ± 0.005 mmol/L(n = 10)であった.KRM報告値から今回の分析値を差し引いたずれ(Δ)は,(1-A)は−0.001 mmol/L,(1-B)は+0.027 mmol/Lとなった.また,今回のKRMおよびSWの分析値を(1-A)と(1-B)とで比較すると,両者とも0.028 mmol/Lずつ(1-B)が高くなっており,分析日によって系統的な誤差が生じる可能性が示された.しかし,SWにそれぞれの日のKRMのΔを足し合わせると,(1-A),(1-B)とも2.250 mmol/Lとなり,一致する.したがって,KRM のようなTAの正確な値付けがなされている参照海水を間に挟んで分析することにより,系統誤差が補正できることが示された.

Table 1. TA values determined by weight-based method and corrected values with KRM. 1-A and 1-B are names for convenience. 表 1. 重量法によるTA分析値とKRMによる補正値.1-A,1-Bは便宜上の名前である.
Fig. 4.

TA values determined by weight-based method and corrected values with KRM.

図 4. 重量法によるTA分析値とKRMによる補正値.

参考のために,表2に分析例を示し,実際の手順を述べる.

Table 2. An example of TA measurement. Numbers in the shaded columns are measured values and the others are calculated ones. 表 2. TA分析の測定例.灰色の網掛けは測定値,それ以外は計算値である.

試料,塩酸,および緩衝溶液はあらかじめ25°Cにしておく.まず,試料を測り取るための瓶の空重量を秤量する(empty vailカラム).そこに試料を加えて秤量し(+sampleカラム),さらに塩酸を加えて再度秤量する(+HClカラム).その秤量値の差額から,試料と塩酸それぞれの重量(sampleカラム,HClカラム)を算出する.一連の試料の起電力測定を行う前に,3 種の緩衝溶液の測定を行う(buffer_startカラム).3種の緩衝溶液を2回ずつ繰り返し測定する.緩衝溶液(buffer_start表)の測定が終了したら,試料の測定を行う(mV カラム).一連の試料の測定が終わった後に,再度,緩衝溶液の測定を行う(buffer_end表).この値が開始時の値と大きくずれるようであれば,そのずれは測定中に一定速度で生じたと仮定し,そのずれ分を試料数で割って,試料の測定値を傾斜補正する.緩衝溶液の起電力値と水温25°C,塩分35におけるpH(2-アミノピリジン:6.7866,トリス:8.0936,フタル酸:3.4775)とから検量線を引き,その関係式を用いて試料の起電力値をpHに直す(pHカラム).試料と塩酸の重量(sampleカラム,HClカラム)と25における密度(density of seawaterカラム,density of HClカラム),および試料のpH値(pHカラム)とを式2に代入してTA値を算出する.KRMの測定値(TAカラム)とCRMとの同時測定に基づいた参考値(25°Cにおいて2.229 mmol/L)とのずれ分を各試料のTA値に足し合わせ,補正を施す(corr.TAカラム).

2.3. 容量法

2.3.1. 容量法の必要性

船上やあるいは野外などでは精密天秤を使用できないことが多いため,前述の重量での補正を実施することが難しい場合がしばしばある.そこで,重量補正をしない場合にどれくらいの精度が得られるかを評価した.

2.3.2. 分析手順

  1. 1. 試水と0.01mol/L塩酸(和光,容量分析用)とを25°Cの恒温槽(TAITEC,e-ThermoBucket)で恒温化させる.
  2. 2. 電動オートピペット(eppendorf, Multipette® stream)で試水1.000 mLを量り取り,乾燥した5 mLガラスバイアル瓶に入れる.
  3. 3. そこに0.01 mol/L塩酸を0.270 mL加えてパラフィルムで封をしてから激しく振り混ぜる.
  4. 4. 恒温槽に入れて25°Cで恒温化させると同時に二酸化炭素を追い出す.
  5. 5. 微小複合電極(Thermo SCIENTIFIC,PerpHecT® ROSS® Micro Combination pH Electrode)をセットしたイオンメータ(Thermo SCIENTIFIC,ORION 4 STAR)で電位差を測定する.
  6. 6. pHの標準緩衝溶液として,人工海水ベースのトリス,2-アミノピリジン,およびフタル酸溶液の電極電位差を試料と同時に測定する(DOE,1994).
  7. 7. 6の分析値とそれぞれの緩衝溶液のpHとの関係式を求め,そこから試料のTAを算出する.

2.3.3. 分析結果

KRMおよびSWを用いて,数時間おきに二日にわたって,アルカリ度の繰り返し測定を行った(表3および図5).KRMは一度に2から6回ずつ,5時刻(2-A,2-B,2-C,2-D,2-E)にわたって繰り返し測定を行った.各グループ内のばらつきは1σまたは2つの測定値の差で,それぞれ0.009,0.003,0.039,0.008,0.002 mmol/Lであり,2-C以外は良い精度で分析できていた.最も分析数(n)の多い2-Dと,その他各グループの平均値との間に有意な差があるかを見るためにt検定を行ったところ,2-Dと2-Aの間にのみ有意差が見られるという結果となった(P = 0.005).この結果から,時刻ごとに系統的なずれが生じる可能性があることが示された.SWは一時刻に2から3回ずつ4時刻(2-A,2-C,2-D,2-E)にわ たって繰り返し測定を行った(表 3).各グループ内のばらつきは1σまたは2測定値の差で,それぞれ 0.007,0.003,0.010,0.021であった.そこで,各グループのKRMのΔを求め,それをSWの分析値にそれぞれ足し合わせてずれの補正を行った.その結果,全グループを通じたSWのばらつきは2.25 ± 0.012 mmol/L(1σ,n = 10)となった.この結果より,試水と同時に参照海水を分析するようにすると,飼育水のアルカリ度の変化を追うには本手法は十分な精度を持つことがわかった.

Table 3. TA values determined by volume-based method and corrected values with KRM. 表 3.容量法によるTA分析値とKRMによる補正値.
Fig. 5.

TA values determined by volume-based method and corrected values with KRM. 2-A,2-B,2-C,2-D,and 2-E are names for convenience. Open and closed symbols show measured and corrected values,respectively. The shaded area shows plus or minus 1 σ of all corrected values.

図 5. 容量法によるTA分析値とKRMによる補正値.2-A,2-B,2-C,2-D,2-Eは便宜上の名前である.白抜きは測定値,黒塗りは補正値である.灰色の部分は全補正値のプラスマイナス 1 σを示す.

2.4. pHメータを用いた微量一点法の精度を保つための技術的な留意点

pHメータを用いた今回の提案手法の精度は基本的にpH測定をいかに厳密に行えるかに依存する.ガラス電極を用いたpH測定のノウハウについては多くの文献があるので今回ここで全般的な解説を述べることは控え,本手法に密接に関わる点を何点か挙げる.

重量補正を行う場合,デジタルピペットの量り取り誤差は補正されるため,TAの分析精度はまさにpH分析の精度のみに依存する.したがって,まず,緩衝溶液,塩酸および試料の温度管理とpH電極の品質管理とをしっかり行う必要がある.試料は海水あるいは海水と同等の塩分を持つ溶液を想定しており,そのイオン強度は0.7と高い.分析を開始する数時間から半日前に,pH電極をろ過海水あるいは緩衝溶液に浸してそのイオン強度になじませておくと,分析時の安定性が向上する.3つの緩衝溶液の測定は起電力をpH値に変換する検量線作成のためであり,この値がずれると全ての試料の値がずれることになる,重要なステップである.3つの緩衝溶液は起電力が大きく異なるので,メモリー効果に十分注意しなければならない.したがって,ある緩衝溶液の測定が終わったら,電極に付着した緩衝溶液を純水できれいに洗い流してから次の緩衝溶液でとも洗いをすると良い.分析時にpH電極のガラス応答膜と液絡部とが十分に試料溶液に浸っていることを確認すること.試料量が少ない場合,電極を十分な深さまで浸すためには,電極の径よりわずかに太いだけの試料瓶を用いて溶液の深さをかせぐ必要があるが,深く細くなるほど上下方向の混合が妨げられやすくなるので注意せねばならない.電極を試料溶液に浸したあと試料瓶を揺すって確実に電極を試料になじませることも重要である.pH分析時に電極が試料瓶の内壁に触れていると誤差をもたらすので,接触させない.冬場の乾燥した室内では帯電したものの接近によりpHメータの読み値が不安定になることがある.測定者自身が帯電しないよう,衣服や椅子についての気配りも必要である.同様な留意点として,電源電圧の安定性も問題になることがある.pH電極や温度制御および作業者に問題がないにも関わらず,緩衝溶液を連続測定した時にpHが安定しない場合には,電源電圧の不安定さも疑ってみる.

容量法の場合,デジタルピペットの管理や扱い方が精度に影響を与える.試料と塩酸の温度も量り取り体積に影響を与えるのできちんと制御する必要がある.試水を吸引するときには,ピペットチップを常に同じ深さまで沈めて採水し,吸引後チップの先端を浸けたまま数秒間保つ.吐出はピペットチップの先端を容器の内壁に付けた状態で行い,吐出後数秒待って内壁からチップの先端を離す.このように心がけると,分取量がより安定する.デジタルピペットのピペットチップ内外に塩酸あるいは試料水の小滴が残存すると量り取り量の誤差につながる.小滴を見つけたら,すぐにピペットチップを交換しなければならない.

2.5. アルカリ度の高い試水への応用

今回の提案手法を用いると,試水が1 mLあれば分析ができる.得られる試水の量に厳しい制限があるのは,小スケールの飼育実験だけでなく,例えば堆積物の間隙水試料もそうである.

今回の提案手法は基本的に海水レベルのアルカリ度試料を対象として調整している.海水よりもずっとアルカリ度の高い間隙水試料に適用しようとした場合,塩酸を加えたときにpH > 4となると,測定する溶液中の水素イオンの活量係数(fH)が変わるため,次第に正確なTAが求められなくなる.具体的には,TA > 2.57 mMになると,塩酸添加後に適切なpH範囲を逸脱し,正確な値が求められなくなる.したがって,堆積物の間隙水のように高濃度のアルカリ度が想定される試水の場合,加える塩酸の濃度を高くして,塩酸添加後のpHが3.5-3.9の間に入るように調整する必要がある(角皆・乗木,1985).

試水と塩酸との混合溶液のpHを適切な範囲に収めることは,試水と塩酸の量比を変えることでも可能である.しかし,試水と塩酸との量比が大きく異なると,試水と塩酸の混合溶液のイオン強度が変わってしまうので,一試料群の分析の間に塩酸添加量をばらつかせることは望ましくない.また,加える塩酸量があまりに少なくなると,量り取り時の繰り返し精度が劣るなど,問題が生じる可能性があるため,塩酸の濃度を変えて調整するのがより良いと考えられる.

したがって,より高アルカリ度の試料や幅広いアルカリ度が予想される試水群に本法を適用する場合には,何種類かの濃度の塩酸を準備して,試水の濃度範囲をカバーするスタンダード溶液を用いて,各塩酸がカバーできるアルカリ度範囲を確認しておくことが必要である.

謝辞

pHおよびアルカリ度分析に用いる3種の標準緩衝溶液をお分け下り,分析法に関して助言下さった海洋研究開発機構工学センターの中野善之氏に感謝いたします.

参考文献
 
© 2013 独立行政法人海洋研究開発機構
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