2017 年 66 巻 2 号 p. 91-95
目的:アザン染色の工程には劇薬指定されている試薬や発癌物質を使用しなければならない工程が存在する。人体にとって有害な試薬の使用を中止するためには,アゾカルミンG染色液の染色性を向上させる必要がある。方法:アゾカルミンG染色液の調整法を工夫する事により,染色性の向上が可能であるかについて検討した。アゾガルミンGを2種類の難溶解物質分解法で調整した染色液と使用時に調整した染色液の染色結果を市販液状試薬の染色結果と比較した。結果:難溶解物質分解法で作成された染色液の染色性は,極めて良好な染色性を示すものであった。特にマイクロ波加熱分解法で作成されたアゾカルミンG染色液は,媒染操作や加温染色せずとも,その染色性は媒染操作が必要な市販液状試薬に優るものと判断された。結論:マイクロ波加熱分解法で作成されたアゾカルミンG染色液を使用する事により,アザン染色の工程から劇物や発癌物質の使用工程を除くことができるとともに,染色工程の大幅な簡素化が可能であった。
アザン染色は,膠原線維を選択的に染める最もポピュラーな染色であるにも関わらず施設間格差や個人間格差が認められる。その原因の一つには,市販されているアゾカルミンGの染色粉末がColor index,分子量ともに同じにもかかわらず,メーカーにより染色性が異なることにある。その結果,染色性を改善する目的から,渡辺の媒染剤を使用し,加温しながら染色を行ってきた。しかし,媒染剤に用いられる重クロム酸カリウムとトリクロロ酢酸は共に劇薬指定されている試薬である。さらに,加温染色により,過染したアゾカルミンGを分別するために発癌物質であるアニリンアルコールの使用が必要とされている。染色工程から,これら人体にとって危険な試薬の使用を中止するためには,媒染操作不要なレベルまでアゾカルミンGの染色性を上げる必要がある。我々は,アゾカルミンG染色液の調整法について検討を行い媒染剤を用いたものと同等以上の染色性を得ることを可能にしたので報告する。
検討に用いたアゾカルミンGは東京化成工業社製Azocarmin G A0603 Lot.HAU02-MCLBの粉末試薬である。染色液の作成は成書1)に沿ってAzocarmin G:0.1 g,蒸留水:100 mL,氷酢酸:1 mLの割合で調整した。染色結果の検討には,上記の組成を室温で混合した作成直後の染色液と,同様の組成で難溶解物質分解法2)により作成した染色液を用いた。難溶解物質分解法とは,常温から高温において水に殆んど溶解しない物質の溶解法である。我々は報告されている方法の中から,①希酸を加え室温で長時間かけて溶解させる酸分解法2)と②マイクロ波を照射し物質を溶解させるマイクロ波加熱分解法3)を用いて染色液を作成した。具体的にそれぞれの分解法の詳細を下記に示す。
①酸分解法:アゾカルミンG染色液の組成である氷酢酸により,アゾカルミンGの染色粉末を十分に溶解させるために染色液調整後,室温で10ヶ月かけ溶解し使用液とした。
②マイクロ波加熱分解法:蒸留水と混合させたアゾカルミンGに対して家庭用電子レンジ(出力500 W)を用いて1分間マイクロ波を照射しながら溶解し,液温が冷却した後に氷酢酸を加え使用液とした。
以上のように調整方法が異なるアゾカルミンG染色液を用いて,渡辺の媒染剤による前処理の必要性の有無と,60℃での加温染色の必要性の有無について市販されている液状試薬(MUTO)を用いた染色結果を判断基準として比較検討した。なお,媒染時間は20分,アゾカルミンGの染色時間は30分とした。
媒染を必要とするアゾカルミンG液状試薬(MUTO)での染色結果をFigure 1に,染色液調整直後のアゾカルミンGの染色結果はFigure 2に示した。写真に示すように,調整直後のアゾカルミンG染色液は媒染や加温染色を行わなければ実用には導入不可能と判断される染色結果であった。しかし,難溶解物質分解法で作成した試薬の染色性は,調整直後の染色液や市販の染色液に比較すると極めて良好であり,その染色結果から,媒染剤の使用や加温染色は不要と判断された(Figure 3, 4)。中でも,マイクロ波加熱分解法で作成した試薬の染色性は,酸分解法により作成した試薬の染色性を優るものであった。本法により作成したアゾカルミンG染色液を用いた場合,結合組織に過染した色素はリンタングステン酸のみで充分に分別可能であり,アザン染色の染色結果は市販の試薬を用いた場合と比較しても遜色がないものと判断された(Figure 5)。
市販されているアゾカルミンG染色液による染色結果(×12.5)
媒染あり 室温,30分染色
調整直後のアゾカルミンG染色液による染色結果の比較(×12.5)
A:媒染なし 室温,30分染色
B:媒染あり 室温,30分染色
C:媒染あり 60℃,30分染色
酸分解法により作成したアゾカルミンG染色液による染色結果の比較(×12.5)
A:媒染なし 室温,30分染色
B:媒染あり 室温,30分染色
C:媒染あり 60℃,30分染色
マイクロ波加熱分解法により作成したアゾカルミンG染色液による染色結果の比較(×12.5)
A:媒染なし 室温,30分染色
B:媒染あり 室温,30分染色
C:媒染あり 60℃,30分染色
作成法が異なるアゾカルミンG染色液を用いたアザン染色結果の比較(×100)
A:市販アゾカルミンGによるアザン染色(媒染あり)
B:酸分解法により作成したアゾカルミンGによるアザン染色(媒染なし)
C:マイクロ波加熱分解法により作成したアゾカルミンGによるアザン染色(媒染なし)
結合組織の染色法として1900年に開発されたアザン染色は,Heidenhainにより改良された後,ホルマリン固定組織でのアゾカルミンGの染色性を改善する目的で,1974年に重クロム酸カリウムとトリクロロ酢酸の等量混合液である渡辺の媒染剤が用いられるようになり現在の手技として定着した。しかし,媒染剤に用いられている試薬は劇物指定されており,さらに過染したアゾカルミンG染色液を分別する際に使用されているアニリンは,発癌物質に指定されている極めて危険な試薬である。一般に病理検査室で用いられている多くの染色法は,経験的に行われてきたものが多く,近年になってようやく染色法の原理が解明されつつあるが,未だ不明な点が多く全ての解明には至っていない。アザン染色の手技についても同様であり,危険な試薬でありながら使用しなければならない科学的な根拠は示されていない4)。現在,病理検査室ではホルムアルデヒドやキシレンの作業環境濃度について厳しい規制が設けられており,今後,さらに作業環境の健全化を求められる事態が予測される。従って,発癌物質や劇物など人体に有害な試薬の使用は,可能な限り中止していかなければならない。これらの問題を解決するには,アザン染色におけるアゾカルミンGの染色性を向上させることが必須となる。アゾカルミンGの染色液の作り方について,大平ら5)は染色粉末と少量の蒸留水を乳鉢で擦り,浮遊液を作りとろ火で約一時間加熱するという作成法を報告している。この報告からもアゾカルミンGの染色粉末は,非常に溶解しにくい試薬であるものと判断される。難溶解物質の分解法として松本2)は,酸または混酸を用いて室温で溶解させる酸分解法か加熱処理が必須であると報告している。我々は,この報告に従ってアゾカルミンG試薬を調整後,10ヶ月かけて溶解させた。溶解の目安は調整直後に比較して透明感がある溶液へと変化した段階でおおむね完了したものと判断した(Figure 6)。また,加熱処理についてバーナー等を使用した場合には,まず外側の容器が加熱され,熱伝導により試料へ伝わることから試薬の量や容器などにより加熱温度と時間が異なってくる。しかし,家庭用電子レンジを用いたマイクロ波加熱分解法は,従来の加熱法による熱伝導とは異なり,分子を1秒間に24億6,000万回振動させることにより,電気エネルギーを熱に変える。これにより材料温度を臨界まで上昇させるか,材料の温度を溶解するまでに上昇させることができる極めて効率的な方法である3)。Harusawaら6)は溶媒中にある物質が存在したとき,マイクロ波の照射により融点到達時間までの急速化や溶媒の沸点以上の加熱が可能であり,バーナーによる加熱よりも確実,かつ迅速に物質の溶解が可能となると報告している。今回の検討において,マイクロ波加熱分解法で作成したアゾカルミンG染色液が最も優れた染色性を示していた要因は,染色粉末の溶解度を反映した結果であると考えられる。近年,アゾカルミンGの染色粉末が水に溶けやすくなった事と加温による染色液の劣化を避けるために加温せずに時間をかけて染色する方法が推奨されている7)。しかし,今回の検討結果でも明らかなように媒染や加温しないと満足な染色結果を得ることができない染色液も存在する。その原因は,染色粉末が完全に溶解されていないためであり,この問題を解決するための染色液調整法として難溶解物質分解法を用いた作成法が極めて効果的であった。とくにマイクロ波加熱分解法により作成されたアゾカルミンG染色液をアザン染色に使用した際には,媒染や加温染色の必要もなく結合組織に過染した色素は,リンタングステン酸のみにて充分に分別可能であった。つまり,媒染の必要性が認められないということは,アザン染色に従来用いられてきた重クロム酸カリウム,トリクロロ酢酸,アニリン等の有害な試薬の使用を排除できると同時に,染色工程の大幅な簡素化を可能にするものであった(Figure 7)。近年,安価で良質なAzocarmin Gの染色粉末の入手が難しい状況であるが,マイクロ波加熱分解法による染色液作成法は,高い完成度と安定したアザン染色標本を作成するため,さらには病理検査室の健全な作業環境を実現するためには,必要かつ優れた染色液作成法であると判断された。
酸分解法による溶解度の比較
左:作成直後 右:作成から10ヶ月室温にて酸分解
マイクロ波加熱分解法により作成したアゾカルミンG染色液を用いる事により除外されたアザン染色の染色工程
なお,本研究は新潟県厚生連 新潟医療センター倫理委員会の許可を得て実施した(No.2016-04)。