医学検査
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資料
東京都立墨東病院の感染症科外来患者における糞便からのESBL産生腸内細菌の検出状況について
西原 弘人小林 謙一郎阪本 直也岩渕 千太郎河野 緑政木 隆博松浦 知和
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2017 年 66 巻 2 号 p. 141-146

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Abstract

2014年7月から2016年3月までに東京都立墨東病院の感染症科外来において,細菌検査目的で採取された糞便のうち,患者の同意を得られた111例の検体を対象に基質特異性拡張型β-lactamase(extended-spectrum β-lactamase; ESBL)産生腸内細菌の検出状況を調査した。その結果,ESBL産生腸内細菌はEscherichia coliが31例(27.9%),Klebsiella pneumoniaeが1例(0.9%)から検出された。渡航歴の有無によるESBL産生腸内細菌の検出状況は,渡航歴がないグループでは16.2%,渡航歴があるグループでは48.8%となり,その検出率は渡航歴がある患者の方が有意に高かった(p < 0.05)。渡航先はアジア地域を中心にアフリカ,中東,南米など多岐にわたったが,インドへの渡航歴がある患者数が最も多かった。海外渡航歴を有する患者が入院した場合はESBL産生腸内細菌が検出される可能性が高いため,院内感染対策として注意が必要である。

I  目的

基質特異性拡張型β-lactamase(extended-spectrum β-lactamase; ESBL)産生腸内細菌は第三世代・第四世代セファロスポリン系抗菌薬やモノバクタム系抗菌薬を分解するβ-ラクタマーゼを産生する1)。その耐性遺伝子はプラスミド上にあり,菌種を越えて伝播するため,臨床上重要な要素として注目されてい‍る。

ESBL産生腸内細菌は世界的に検出され,感染対策上大きな問題となっている2)。市中感染や健常者でもESBL産生腸内細菌が検出されており3),4),検出頻度は高まっている。そのため,ESBL産生腸内細菌の検出状況を把握しておくことは院内感染対策上,重要である。そこで,当院感染症科外来患者の糞便検体を用いてESBL産生腸内細菌の検出状況を調査した。また当院は,渡航歴がある患者の受診が多いことから,渡航歴の有無と渡航先によるESBL産生腸内細菌の検出状況も調査した。

II  対象および方法

1. 対象

2014年7月から2016年3月までに東京都立墨東病院の感染症科外来において,細菌検査目的で採取された糞便のうち,患者の同意が得られた検体を対象とした。同一患者より複数検体が提出された場合は,初回の検体を対象とした。

2. ESBL産生菌株のスクリーニングと確認試験

ESBL産生菌株のスクリーニングは,クロモアガーESBL培地(関東化学)を用いた。培養は35℃で2日間行った。

クロモアガーESBL培地に発育したコロニーの菌種同定および薬剤感受性試験は,Neg EN Combo 1Jパネル(ベックマン・コールター)を用いて,MicroScan Walk Away-96(ベックマン・コールター)で判定した。MicroScan Walk Away-96によりESBL疑いと判定された菌株に対して,センシ・ディスク(日本ベクトン・ディッキンソン)を用いてDouble Disk Synergy Test(DDST)法を実施し,陽性であった菌株をESBL産生とした。DDST法はミューラー・ヒントンII寒天培地(日本ベクトン・ディッキンソン)にMacFarland 0.5の菌液を塗布し,amoxicillin/clavulanic acid(AMPC/CVA)ディスクとampicillin/sulbactam(ABPC/SBT)ディスクを置いた。それぞれのディスクの周辺にceftazidime(CAZ)とcefotaxime(CTX),またはcefepime(CFPM)とcefpodoxime(CPDX)のディスクを置き,35℃で18時間培養後,いずれかのディスクで発育阻止円の拡張が認められた菌株をESBL産生菌株とした。

3. ESBL遺伝子の検出と型別判定

得られたESBL産生菌株はCTX-M型,SHV型,TEM型の分類を行うためにTable 1に示すプライマー5)~9)を用いてPCR法を行った。さらにSHV型およびTEM型については増幅産物のシークエンスを行い,CTX-M型についてはサブグループCTX-M-1 group,CTX-M-2 group,CTX-M-9 groupの特異プライマーを使用してPCR法を行った後,その増幅産物のシークエンスを行った。DNAシークエンスはマクロジェン・ジャパン(株)に依頼した。得られたシークエンス結果を基にBasic Local Alignment Search Tool(BLAST)による解析およびJacobyらが運営するLahey Clinicのホームページ内にある「β-Lactamase Classification and Amino Acid Sequences for TEM, SHV and OXA Extended-Spectrum and Inhibitor Resistant Enzymes」(http://www.lahey.org/studies)を参照し,ESBLの型別判定を行った。

Table 1  Primers for the detection of ESBL genes
Primer names Sequences Annealing temperature Size of PCR products References
CTX-M Universal-F 5'-TTTGCGATGTGCAGTACCAGTAA-3' 65°C 544 bp 5)
CTX-M Universal-R 5'-CGATATCGTTGGTGGTGCCATA-3'
CTX-M1-F 5'-GGTTAAAAAATCACTGCGTC-3' 54°C 873 bp 6)
CTX-M1-R 5'-TTACAAACCGTCGGTGACGA-3'
CTX-M2-F 5'-ATGATGACTCAGAGCATTCGCCGC-3' 65°C 876 bp 7)
CTX-M2-R 5'-TCAGAAACCGTGGGTTACGATTTT-3'
CTX-M9-F 5'-GTGACAAAGAGAGTGCAACGG-3' 65°C 856 bp 8)
CTX-M9-R 5'-ATGATTCTCGCCGCTGAAGCC-3'
SHV-F 5'-GCCCGGGTTATTCTTATTTGTCGC-3' 66°C 1,013 bp 6)
SHV-R 5'-TCTTTCCGATGCCGCCGCCAGTCA-3'
TEM-F 5'-GGGGAGCTCATAAAATTCTTGAAGAC-3' 58°C 1,108 bp 6), 9)
TEM-R 5'-ATATGAGTAAACTTGGTCTGACAG-3'

統計学的解析はカイ二乗検定を用い,その際の有意水準は5%とした。

なお,本研究は東京都立墨東病院倫理・個人情報保護委員会(承認番号H26-17)および東京慈恵会医科大学倫理委員会(受付番号27-007 (7891))の承認を得て行った。

III  結果

患者の同意を得られた検体は111例であった。そのうち,ESBL産生腸内細菌が検出されたのは32例(28.8%)であった。その内訳はEscherichia coli 31例(27.9%),Klebsiella pneumoniae 1例(0.9%)であった(Figure 1)。

Figure 1 

Prevalence of ESBL-producing Enterobacteriaceae in fecal samples collected from the outpatients

渡航歴の有無別にみると,渡航歴がない患者68例のうちESBL産生腸内細菌が検出されたのは11例で,検出率は16.2%であった(Figure 2)。渡航歴がある患者43例のうちESBL産生腸内細菌が検出されたのは21例で,検出率は48.8%であった(Figure 2)。渡航歴の有無別によるESBL産生腸内細菌の検出率をカイ二乗検定を用いて検定した結果,有意差が認められた(p < 0.05)。

Figure 2 

Prevalence of ESBL-producing Enterobacteriaceae in the feces of the outpatients with or without a history of overseas travel

今回採取した検体で渡航歴がある患者43例中35例はアジア諸国に渡航していた。渡航先はインド7例,タイ6例,フィリピン4例,インドネシアとマレーシア3例の順に多く,それ以外の国への渡航者は2例以下だった。ESBL産生腸内細菌の国別検出数はインドが5例,タイとマレーシアが2例の順で,それ以外の国は1例以下であった(Table 2)。

Table 2  Genotypes of ESBL-producing Enterobacteriaceae isolated from the feces of the outpatients at Tokyo Metropolitan Bokutoh Hospital (from July 2014 to March 2016)
Samples Isolated Enterobacteriaceae Travel areas M-1 group M-9 group SHV group
1 E. coli India CTX-M-15
2 E. coli India CTX-M-15
3 E. coli India CTX-M-15
4 E. coli India CTX-M-15
5 E. coli India CTX-M-15
6 E. coli Thailand CTX-M-27
7 E. coli Thailand SHV-12
8 E. coli Malaysia CTX-M-55
9 E. coli Malaysia CTX-M-27
10 K. pneumoniae Indonesia CTX-M-3
11 E. coli Cambodia, Vietnam CTX-M-55
12 E. coli Singapore SHV-12
13 E. coli Sri Lanka CTX-M-24
14 E. coli Bangladesh CTX-M-15
15 E. coli Philippines CTX-M-27
16 E. coli Myanmar CTX-M-14
17 E. coli Turkey, Pakistan, China CTX-M-15
18 E. coli Ethiopia CTX-M-15
19 E. coli Malawi, Mozambique CTX-M-15
20 E. coli Morocco CTX-M-1
21 E. coli Cuba CTX-M-14
22 E. coli (−) CTX-M-15
23 E. coli (−) CTX-M-14
24 E. coli (−) CTX-M-14
25 E. coli (−) CTX-M-14
26 E. coli (−) CTX-M-15
27 E. coli (−) CTX-M-14
28 E. coli (−) CTX-M-15
29 E. coli (−) CTX-M-14
30 E. coli (−) CTX-M-27
31 E. coli (−) CTX-M-55
32 E. coli (−) CTX-M-15

ESBLの型別結果は,SHV型が2例,CTX-M型が30例であり,その内訳はCTX-M-15が13例,CTX-M-14が7例,CTX-M-27が4例,CTX-M-55が3例,CTX-M-1,CTX-M-3,CTX-M-24がそれぞれ1例ずつであった。インドへの渡航者から検出されたCTX-M型遺伝子は5例あり,すべてCTX-M-15であった。また,渡航歴がない患者はCTX-M-14が5例,CTX-M-15が4例,CTX-M-27,CTX-M-55がそれぞれ1例検出された。今回の検討では,サブグループCTX-M-2 groupは検出されなかった。また,TEM型遺伝子は検体番号4,6,8,12,18,19,20,24,25,26,29で検出されたが,すべてTEM-1であった。TEM-1はBushとJacobyにより提唱されたβ-ラクタマーゼの機能分類で2bグループに属しており,ESBLに該当しないと報告10)されている。

IV  考察

ESBL産生腸内細菌は,1983年にKnotheら11)により初めて報告された。我が国では1995年にIshiiら12)により初めて分離され,2000年頃より急増している13)。また,ESBL産生腸内細菌は多くの国々と地域で検出されているが,その検出頻度は異なっている。ESBL産生腸内細菌の検出頻度は東南アジアや地中海東岸で高く,ヨーロッパで低い傾向があり14),ESBL産生腸内細菌の検出頻度が高い地域への渡航者から高頻度でESBL産生腸内細菌が検出されたという報告15)がある。近年ESBLの主流はCTX-M型になりつつあり,院内感染症のみならず市中感染症の原因菌としても分離されている2)。2011年の報告では,ある市中病院外来患者の糞便検体の5.6%からESBL産生腸内細菌が検出されたという報告16)があるが,当院感染症科外来のESBL産生腸内細菌の検出率は28.8%であり,一般的な市中病院に比べて高い値であった。この高い検出率の理由として,世界的にESBL産生腸内細菌の保菌率は上昇傾向である14)ことに加え,当院の感染症科外来の受診者で渡航歴がある患者はESBL産生腸内細菌の検出頻度が高いとされる東南アジアへの渡航歴が多いことが原因であると考えられる。

今回の調査では111例中43例に渡航歴があった。渡航歴の有無別にESBL産生腸内細菌の検出率を見てみると,渡航歴がないグループにおけるESBL産生腸内細菌の検出率は16.2%であるのに対し,渡航歴があるグループにおけるESBL産生腸内細菌の検出率は48.8%であり,渡航歴がないグループに比べ非常に高い検出率であった。インドへの渡航者のESBL産生腸内細菌の検出頻度は78.6%と高い値であったとする報告17)があるが,当院においてもインドは渡航者数とESBL産生腸内細菌の検出数共に最も多く,インド渡航歴のある外来患者7例中5例(71.4%)でESBL産生腸内細菌が検出されており,CTX-M型遺伝子はすべてCTX-M-15であった。

CTX-M-15産生遺伝子を保有するプラスミドは,伝達頻度が高いだけでなく,キノロン系薬やアミノ配糖体系薬などに多剤耐性を示し18),近年世界各国より分離され,拡散していることが明らかとなっている2),19)。今回の調査でもESBL遺伝子は32件検出されたが,そのうち13例(40.6%)がCTX-M-15であった。渡航歴があるグループにおいて,CTX-M-15は21例中9例(42.9%)検出され,また,渡航歴がないグループにおいてもCTX-M-15は11例中4例(36.4%)検出されおり,今後本邦においてもCTX-M-15がさらに広がっていく可能性がある。

ESBL産生腸内細菌のアウトブレイクを疑う事例は本邦においても散見されるため20),21),ESBL産生腸内細菌の検出率が高い地域への渡航歴を有する患者が入院した場合には積極的な院内感染対策を考慮することが必要である。

V  結語

2014年7月から2016年3月において,当院の感染症科外来を受診した患者の糞便からESBL産生腸内細菌の検出状況を調査した。院内感染対策上,重要なESBL産生腸内細菌は外来患者の28.8%から検出された。また,ESBL産生腸内細菌の検出率は渡航歴がない患者が16.2%,渡航歴がある患者が48.8%となり,その検出率は渡航歴がある患者の方が有意に高かった(p < 0.05)。ESBL産生腸内細菌の検出率が高い地域への渡航歴を有する患者が入院した場合には院内感染に注意する必要がある。

謝辞

今回,投稿するにあたりご協力くださいました健康長寿医療セ‍ンター臨床検査科 田内絢子様に深謝いたします。また,この研究の一部は東京都立墨東病院の臨床研究費(研究番号H260403024)で行いました。

文献
 
© 2017 一般社団法人 日本臨床衛生検査技師会
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