2017 年 66 巻 2 号 p. 117-124
近年,様々な産業で業務の標準化や透明化が求められ,医療分野でもその重要性が増している。ISO 15189は臨床検査室の国際規格であり,品質管理と技術能力に関する様々な要求事項について第三者評価機関の日本適合性認定協会が審査し認定する。しかし,ISO 15189の導入や維持には,文書や記録の作成をはじめとする膨大な事務作業を伴い,日常業務とISO 15189を両立させることが大きな課題となっている。そこで我々は煩雑な事務作業の効率化を目的として,ISO 15189に特化した独自の支援システムを開発した。支援システムを用いた文書の電子化や情報の一元化によって,文書の作成・閲覧・確認・承認作業,機器の管理,不適合業務や苦情の報告・是正・検証が迅速に行われるようになり,進捗状況の把握も容易になった。我々が開発した支援システムは事務作業の効率化に寄与し,ISO 15189の導入や維持に有効な手段と考えられた。
近年,様々な産業で業務の標準化や透明化が求められ,医療分野でもその重要性が増している。ISO 15189は臨床検査室の国際規格であり,品質管理と技術能力に関する様々な要求事項について第三者評価機関の日本適合性認定協会が審査し認定する1)。2016年10月現在,大学病院や国公立医療機関,衛生検査所を中心に99施設がISO 15189認定を取得し,その数は年々増加している。一方,ISO 15189の導入や維持には,文書や記録の作成をはじめとする膨大な事務作業を伴い,日常業務とISO 15189を両立させることが大きな課題となっている2)~6)。
当院は1年の準備期間を経て,2014年にISO 15189の認定を取得した。しかし,ISO 15189に関わる業務の大半を紙運用としたため,認定取得後も想定以上の事務作業が発生し,日を追うごとに運用が複雑となった。そこで我々は煩雑な事務作業の効率化を目指し,ISO 15189に特化した独自の支援システムを開発した。今回,支援システムの概要および導入効果について報告する。
支援システムの基本プラットフォームはMicrosoft® Access2010®(以下,Access)で構築し,複雑な処理はVisual Basic for Applications(VBA)でプログラミングすることで可能な限り自動化した。支援システムは,最大10名程度の要員が同時に利用することを想定し,情報を保管するデータ部とユーザーが操作する画面を管理するアプリケーション部の2部構成とし,システムにかかる負荷を低減した。
データ部は検査部が保有する共有ファイルサーバー「TeraStation TS-X2.0TL/R5」(BUFFALO社,以下TeraStation)に保存し,文書や検査機器等の情報に加え,各要員や部門情報を登録した。保管したデータのセキュリティは,TeraStationのアクセス管理機能を利用して,中央検査部および中央採血室以外の端末からのアクセスを制限することで保持した。また,保管データは,TeraStationのRAID機能およびミラーリングソフトウェアを利用して,二重のバックアップ体制を講じた。支援システム本体となるアプリケーション部は検査システムや電子カルテシステムとの競合を避けるため,別途用意した汎用端末から利用できるように設定し,各部門へ配布した。配布した端末はAccessの動作要件を満たすWindows XP(SP3)以降のOSを搭載し,TeraStationへのアクセス権限を付与した。
支援システムはログイン情報を元に動的なSQLを作成し,各要員は意識することなく権限に応じた操作を可能とした(Figure 1)。また,簡便な操作で作業可能となるようにシンプルな画面構成を心がけるとともに,ISO 15189の要求事項を考慮し,以下に示す機能を備えた。
支援システムの構成
全ての情報を共有サーバーに集約し,ログインユーザーの権限に応じた作業を同時に実施することが可能。
支援システムで管理する文書は,Microsoft® Word®(以下,Word)で作成し,タイトル,作成者や作成日等のキーワードとなる部分にブックマークを挿入した共通雛形を用いた(Figure 2)。
各部門に配布した文書の共通雛形の解説
表紙部にブックマークを挿入し,支援システムから文章情報を参照可能とした。
新規文書登録は,登録したい文書ファイルを指定することで仮登録を行えるようにした。文書の承認は,文書承認権限を有する要員が未承認文書一覧を抽出し,内容を確認後,該当文書をダブルクリックすることで完了とした。承認作業によって,承認日および承認者名を文書内に自動挿入し,正式文書として登録した。承認済み文書の周知記録となる閲覧確認は,各要員が未確認一覧に表示された文書の内容を確認し,該当文書をダブルクリックすることで完了する運用とした。
日常業務で登録文書の閲覧が必要な場合は,閲覧したい文書階層や部門を指定して文書抽出を行うことで,関連文書が一覧に表示されるようにした(Figure 3)。また,文書内容を表示する場合は,全てのページのヘッダーに「【複写】」と挿入したPDF形式の文書を出力した(Figure 4)。また,文書承認権限を有する要員がログインしている場合のみ,「【複写】」コメントの削除を可能とした。
文書管理画面
抽出条件を指定し,文書閲覧を実行することで,関連文書が一覧に表示される。
文書の改ざんおよび複製対策
PDF出力した文書のヘッダー部に【複写】のコメントを挿入することで,本編との区別を容易にした。
記録は部門毎に多様な書式や運用が存在することから,支援システムに登録可能なファイル形式は,Word,Microsoft® Excel®(以下,Excel)およびPDFファイルとした。複数のファイル形式に対応することで,検査件数や温度管理等,Excel上で管理している記録や紙媒体をスキャンした実記録,加えて記録フォーマットの管理を可能とした。また,記録は共通雛形の利用が困難なため,支援システムには,手入力でタイトルや作成者等の情報を登録する運用とした。
記録抽出時は,ファイルの内容を編集する可能性があるため,内容をPDF化して表示するのではなく,記録が保存されたフォルダを開き,該当ファイルを選択状態にしてユーザーへ提示する仕様とした。
3. 機器管理機器の登録は,機器登録画面から管理番号や機器名等,必要事項を入力する運用とした。同一機器を複数登録する場合は,管理番号を共通にして,枝番で管理した。遠心機等の校正機器は,校正日および次回校正日も入力可能とした。また,「管理対象」のチェックボックスを設け,ISO 15189適応範囲の機器とするかを判断するフラグとして利用した。さらに機器一覧から各機器の検査機器保守管理標準作業手順書を直接参照することを可能とした(Figure 5)。
機器管理画面
機器登録画面(上段),機器一覧表示画面(下段)
新規の不適合業務もしくは苦情報告は,登録画面で内容や是正措置等の必要事項を登録する運用とした。また登録時に,責任者権限を有する要員へ報告内容を自動でメール送信する機能を付加した。検証作業は,検証権限を有する要員が未検証一覧から個別の報告を選択して検証画面を表示し,報告内容を確認後,検証実行ボタンをクリックすることで処理の完了とした。承認作業は,承認権限を有する要員が未承認一覧より検証済み報告一覧の報告を選択し,一連の対応に問題がないと判断した場合,該当報告をダブルクリックすることで,承認処理の完了とした。
不適合業務および苦情処理一覧には,状況把握を容易にするため,各報告の進捗と報告内容の一部を表示した(Figure 6)。なお,責任者権限を有する要員は全ての報告を閲覧することを可能としたが,その他の要員は自部門の報告のみ閲覧可能とした。
不適合・苦情管理画面
不適合や苦情の報告日,報告者および報告内容が一覧表示され,是正措置の進捗状況も表示される。
階層別あるいは部門別の文書一覧や文書閲覧履歴,抽出条件に応じた機器一覧の帳票をワンクリックで出力できるようにした(Figure 7)。また,文書一覧や機器一覧は,Excelファイル形式でも出力可能とした。
帳票出力
支援システムの登録情報を元にして,簡便・迅速に文書や機器一覧の出力が可能。
文書管理によって,これまで2週間以上要していた文書の承認および閲覧確認作業が数日で完了するようになり,承認や閲覧確認漏れの防止にもつながった。各部門から全ての文書の迅速な閲覧が可能となり,文書のPDF化による改ざん防止,さらにヘッダーへの「【複写】」コメント挿入によって,本編と複写を容易に区別することが可能となった。また,情報の一元化によって,実際の文書と帳票出力した一覧との整合性がとれ,最新版の把握も容易となった。文書に共通雛形を採用したことによって,各部門で統一された書式の文書を作成することが可能となった。記録も支援システムに登録することで,一覧の作成が容易となり,運用している記録の把握に有用であった。
機器管理では,校正機器や使用中機器の状況把握が容易となった。さらに支援システムから直接,検査機器保守管理標準作業手順書を検索・閲覧を可能にしたことで,トラブル対応の迅速化につながった。
不適合業務および苦情処理では,責任者権限を有する要員へ報告を素早く周知するとともに,検証や承認漏れを防止し,是正措置を円滑に進めることが可能となった。また,ISO 15189の認定を取得した2014年度以降,不適合業務の報告件数は低下傾向を示していたが,苦情の報告件数は年度によって差があり,特に支援システムを導入した2016年は報告件数の増加が顕著であった(Table 1)。
年度 | 2014 | 2015 | 2016(4~9月) | 2016(予想) |
---|---|---|---|---|
不適合業務件数 | 36 | 28 | 13 | 26 |
苦情件数 | 14 | 2 | 26 | 52 |
帳票作成では,簡便に現行の文書や記録に合致した一覧作製が可能となり,各種サーベイランスを受審する際も迅速な資料作成が可能であった。さらにExcel出力した機器一覧とラベルプリンターの連携によって,簡便に共通フォーマットの機器ラベルを作成することが可能となった。
当院では支援システムを利用して,2012年度版ISO 15189の移行審査を含む2度の中間サーベイランスを受審しているが,審査は問題なく行われ,システムに起因する不適合は受けなかった。
当院は2014年3月にISO 15189の認定を取得したが,認定取得の準備段階から現在に至るまで最も苦しんでいるのは文書の管理を中心とした事務作業である。我々が管理しているISO 15189関連文書や記録は現行で450,旧版を含めると既に1,000を超え,それぞれに作成者,承認者,作成日,承認日,開始日,バージョン等の情報を管理している。これら文書は文書階層に応じて,適切な権限を有する要員の承認作業が必要であり,さらに承認された文書を周知した記録として,業務に関与する要員の閲覧確認を行っている。中でも1次および2次文書はISO 15189適応範囲全体の管理体制に関する文書のため,閲覧確認を全要員にあたる中央検査部職員と中央採血室看護師の合計60名に行う必要があった。以前実施していた紙媒体による文書の閲覧確認作業では,病院特有の複雑な勤務体系も重なり,全員の閲覧確認が終了するまでに2週間以上かかることも珍しくなかった。また閲覧後,戻ってきた文書には相応の傷みがみられ,原本としての保管に適している状態とは言い難かった。さらにISO 15189を運用していく中で,機器の管理,不適合業務や苦情に対する是正,検証,承認作業による膨大な事務作業が発生し,文書管理と同様に大きな負担となっていった。
我々は,これら事務作業の効率化を目的として,市販の文書管理システムの導入を検討した。しかし,既に施設や機器・機材の改修に多額の費用を投じており,新たな予算的措置を講じるのが難しい状況であった。また,市販システムは文書管理機能が主体で,我々が求めるISO 15189の運用に則したシステムとはいえなかったことから,満足いく費用対効果が得られるかが疑問であった。そこで我々は,煩雑な事務作業を軽減させるために,ISO 15189に特化した独自の支援システムの構築を試みた。支援システムの構築にあたっては,事務作業の効率化,情報の共有と一元化,周知の迅速化および簡便な操作を開発コンセプトとした。
支援システム構築の事前準備として,はじめに共通文書雛形の作成を行った。Wordにはブックマークと呼ばれる機能があり,キーワードとなる部分にブックマークを挿入することで,他のアプリケーションからも情報の取得が可能となる。作成者,作成日やバージョン等,文書の表紙やヘッダーに記載された文書情報にブックマークを挿入することで,ユーザーが改めて文書情報を入力しなくても,自動的に支援システムへ取り込むことが可能となった。加えて,Wordのページ番号や目次の自動挿入など,文書作成に便利な機能を周知することで,文書作成の労力を軽減し,統一書式の文書を作成することが可能となった。また,既存文書の流用を考慮し,共通雛形に関わる修正は表紙とヘッダーのみとしたため,文書改変に関わる労力を最低限とすることができた。
支援システムの開発を開始し,最も基本となる文書の登録,承認,閲覧確認,閲覧機能を稼働させるまでに2ヶ月ほど要した。その後,記録管理,機器管理,不適合業務・苦情処理機能を順次追加し,約1年で構想した支援システムが完成した。支援システムが稼働したことで情報が一元化され,紙運用では停滞しがちだった事務作業が,円滑に進められるようになった。また,不適合業務・苦情処理機能が稼働した2016年度は,苦情報告件数の増加が著明であった。苦情は不適合業務とは異なり,それほど深刻ではない事例も含まれるため,これまで報告には至らなかった潜在的な苦情も報告されるようになった結果と考えられた。
支援システムはAccess上でVBAと呼ばれるプログラミング言語を利用することによって,単なるデータベースではなく,煩雑な作業を自動化するアプリケーションとして動作するように開発した。VBAによるプログラミングはある程度の専門的知識が必要であるが,インターネットの普及によって,プログラミングに関する情報は豊富にあり,参考となるコードやサンプルアプリケーションが無償で公開されている。データベースの知識がある者であれば,これら情報を有効に活用することによって,自施設の運用に合わせた独自のシステムを構築することが可能と思われた。
近年の臨床検査は標準化が進み,自家調整試薬ではなく,精度が保証された市販試薬の利用が推奨されており,システムに関しても専用の市販システムの導入が理想的といえる7)。市販システムは,セキュリティや日常のメンテナンスを意識せずに利用できる利点があり,トラブルが発生した場合も基本的にユーザーが対応する必要はない。しかし,市販システムは,セキュリティと利便性の両立や運用に合わせたシステム変更が難しい場合があり,費用的な問題も発生することから,システムを導入したにも関わらず,期待した効果が得られない場合がある。
システムの独自開発は,全ての動作責任を施設側で負う必要があり,情報漏洩や改ざんに対するセキュリティ対策には細心の注意を払わなければならない。しかし,新しいアイデアを柔軟に取り入れ,少ない費用で迅速に利便性の高いシステムを構築することが可能であり,ISO 15189の運用と日常業務の一体化に大きな効果が期待できると考える。
ISO 15189に付随する煩雑な事務作業は,単純な反復作業とその作業量に起因するところが大きい。臨床検査技師は検査の傍ら,文書や記録を作成し,押印やサインをするのが業務ではなく,臨床へ信頼してもらえる検査結果を提供し,知識や技術を向上させ,現在苦しんでいる患者の治療に寄与するのが本来の業務である。ISO 15189は臨床検査の品質向上に重要な概念であり,グローバル化を考える上でも積極的に導入するべきである8),9)。しかし,ISO 15189の導入にあたり,冗長な超過勤務を要し,検査業務が疎かになることがあれば,本来の理念とはかけ離れてものになってしまう。臨床検査技師が検査業務に集中できる環境を構築するためにも,ISO 15189に関わる事務作業の効率化は必須であり,我々が開発した支援システムは,問題を解決する手段として有用と思われた。
ISO 15189は治験や国際標準検査管理加算の要件となったことで,多くの施設がその動向を注目している。しかし,ISO 15189の仕組みは日本人には理解しづらく,具体的な情報も乏しいことから,各施設は手探りで対応しているのが現状と思われる。我々の取り組みが,これから認定取得を目指す施設や維持管理に課題を抱えている施設の一助となれば幸いである。
本研究は,業務の管理・運営システムの開発に関するもので,患者情報や検体を取り扱わないため,倫理委員会の承認を得ていない。