2017 年 66 巻 2 号 p. 96-102
シスメックス社のXE2100(以下XE)を使用した白血球分類において,新生児検体のDIFFスキャタグラムは側方蛍光が低い位置に分布すること(低SFL現象)が知られているが,当検査部では成人で明らかな低SFL現象を呈した症例を5年間で6症例認めた。今回我々はこの6症例のうち承諾を得られた4症例について検討を行った。DIFFスキャタグラムの分布位置をNEUT-Yを用いて比較したところ4症例は正常検体,新生児検体の平均と比較して有意に分布位置が低かった。また,正常検体,新生児検体,症例検体をそれぞれ赤血球と白血球に分離して,正常赤血球+新生児白血球,新生児赤血球+正常白血球,正常赤血球+症例白血球,症例赤血球+正常白血球の混合液を作成しXEで測定したところ,新生児赤血球,症例赤血球が存在するときにのみ低SFL現象が再現されたため,原因は赤血球側にあると推測した。我々はXEの前機種であるNE7000(シスメックス)の使用時に,白血球スキャタグラムに異常がみられる検体のうち赤血球側に原因があった症例の中から異常ヘモグロビンのHbC,HbEを見出し報告している。そこで今回の4症例が異常ヘモグロビン症であることを疑い,遺伝子解析を行った。その結果3症例がHbJ-Calabria,1症例がHb-Yamagataの変異と一致した。低SFL現象の機序は解析できなかったが,DIFFスキャタグラムの観察により異常ヘモグロビン症が見出せることは非常に興味深いことである。
当検査部ではシスメックス社のXE2100(以下XE)を使用して2003 年から2013年まで血算,白血球分類の日常検査を行っていた。白血球分類はDIFFチャンネルで測定され,結果はDIFFスキャタグラム(以下スキャタグラム)として表示される(Figure 1)。縦軸の側方蛍光(SFL)は白血球の核酸量を反映するパラメータであるため1),骨髄異形成症候群で好中球の集団のSFLが低くなるとの報告もある2)。しかし,本装置導入当初から新生児検体のスキャタグラムは好中球,リンパ球,単球すべてのSFLが低い位置に分布すること(以下低SFL現象)(Figure 1B)が知られていたがその原因は明らかにされていない3)。さらに当検査部では2008年から2012年までの5年間に日常検査で血球形態に異常を認めないにもかかわらずスキャタグラムの目視から低SFL現象と思われた成人検体(Figure 1C)を6症例認めた。今回我々は低SFL現象症例のうち解析できた4症例がいずれも異常ヘモグロビン症であることを確認したので報告する。
DIFF scattergram on XE2100
SFL: Side Fluorescence Light SSC: Side Scatter
A. Normal B. Newborn C. Case 1
XEのDIFFチャンネルでは全血18 μLにストマトライザー4DL(以下4DL)882 μLとストマトライザー4DS(以下4DS)18 μLを添加した後633 nmのレーザー光を使用してフローサイトメトリー方式で白血球の解析,分類を行っている。4DL中の界面活性剤により赤血球は溶血し,膜透過性の亢進した白血球内に4DS中のポリメチン系色素が入り核酸と結合する。核酸量に応じた側方蛍光660 nm(SFL)の信号を縦軸,側方散乱光(SSC)の情報を横軸に表示して白血球の分類を行っている1)。なお白血球数はWBC/BaチャンネルとDIFFチャンネルの両方で測定されるが,WBC/Baチャンネルでの計測値が採用される。
2. 検討対象上記の成人低SFL現象症例のうち承諾の得られた4症例(Table 1)について検討を行った。また比較検討として日常血算検査目的で当検査部に提出された新生児検体および異常細胞のない成人検体(以下 正常検体)を使用した。検体はいずれもEDTA2K血である。本研究は信州大学医学部遺伝子解析倫理委員会の承認を得て行った(承認番号378)。
Case | 1 | 2 | 3 | 4 | |
---|---|---|---|---|---|
Age | 76 | 61 | 51 | 58 | |
Gender | M | M | F | F | |
Underlying disease | Laryngeal C | Lung C | Ovarian C | Polycytemia | |
WBC(×109/L) | 5.40 | 5.74 | 6.52 | 7.60 | |
RBC(×1012/L) | 5.11 | 4.77 | 4.96 | 5.88 | |
Hb(g/dL) | 16.5 | 14.8 | 15.3 | 17.1 | |
Hct(%) | 48.9 | 44.2 | 46.1 | 51.9 | |
Plt(×109/L) | 15.8 | 24.7 | 19.9 | 15.4 | |
MCV(fL) | 95.7 | 92.7 | 92.9 | 88.3 | |
MCH(pg) | 32.3 | 31.0 | 30.8 | 29.1 | |
MCHC(g/dL) | 33.7 | 33.5 | 33.2 | 32.9 | |
Ret(%) | 1.72 | 1.06 | 1.97 | 1.53 | |
5-Diff | Ne(%) | 77.3 | 74.8 | 54.6 | 78.4 |
Ly(%) | 13.9 | 19.7 | 35.3 | 17.6 | |
Mo(%) | 6.9 | 4.5 | 6.4 | 3.0 | |
Eo(%) | 1.7 | 0.7 | 2.9 | 0.5 | |
Ba(%) | 0.2 | 0.3 | 0.8 | 0.5 | |
Hemogram | Ne(%) | 78 | — | 52 | 78 |
Ly(%) | 14 | — | 39 | 20 | |
Mo(%) | 6 | — | 4 | 1 | |
Eo(%) | 1 | — | 4 | 0 | |
Ba(%) | 1 | — | 1 | 1 | |
Other(%) | 0 | — | 0 | 0 |
対象症例のスキャタグラムの観察を詳細に行い,症例1,3,4については血液像での白血球分類とXEでの白血球分類の比較を行った。
4. スキャタグラムの分布位置の比較SFLの分布位置はXEにリサーチ項目として搭載されているNEUT-Yの数値を用いることで比較した(Figure 2)。NEUT-Yは好中球のクラスターを構成する各プロットの側方蛍光強度を平均した数値である。正常検体(n = 270),新生児検体(n = 26)のNEUT-Yの平均値を症例検体のNEUT-Yと比較した。なお日常検査のスキャタグラム目視観察で検体のヘモグロビン濃度が高いほうがSFLが低くなる傾向があると推測されたため,正常検体についてはヘモグロビン濃度を9 g/dL未満から16 g/dL以上まで9段階に分けて比較した。統計学的検定はTukey-Kramer法による多重比較検定を有意水準1%で行った。
Evaluation of side fluorescence intensity
SFL: Side Fluorescence Light SSC: Side Scatter
Ly: Lymphocyte Mo: Monocyte Eo: Eosinocyte Ne: Neutrophil
NEUT-Y of this scattergram is 491.
正常検体,新生児検体,症例検体(症例1)のEDTA-2K血をそれぞれ遠心して血漿を除去した後,スポイトでバッフィーコートを回収し,回収したバッフィーコートを白血球層,残りを赤血球層とした。白血球層に約10倍量の溶血剤(NH4CL 8.26 g,EDTA 4Na 0.037 g,KHCO3 1 g,H2O 1,000 mL)を添加して室温15分放置後遠心し上清を除去した。さらに,生理食塩水を添加して混和後遠心し上清を除去し,もとの白血球層と等量まで生理食塩水を添加したものを白血球とした。赤血球層は約10倍量の生理食塩水を添加後,遠心し上清を除去したものを赤血球とした。遠心はいずれも3,200回転3分間行った。正常赤血球+新生児白血球,新生児赤血球+正常白血球,正常赤血球+症例白血球,症例赤血球+正常白血球の混合液をXEで測定してスキャタグラムを観察した。なお,調整した白血球と赤血球の混合比はすべて1:1で実施した。
6. ヘモグロビン遺伝子解析ヘモグロビン遺伝子解析は4症例のEDTA-2K血のバフィーコートから抽出したDNAを使用した。抽出したDNAは藤原らの報告4)に従い,5'-ACATTTGCTTCTGACACAAC-3',5'-TGACATGAACTTAACCATAG-3',5'-TGTATCATGCCTATTTGCACCATT-3',5'-ATTAGGCAGAATCCAGATGCTCAAG-3' の4種類のプライマーを用いてPCRを行い,βグロビン領域を増幅した。PCR産物の塩基配列はBigDyeTM Terminetor cycle Sequencing Ready Reation Kit(V1.1)(Thermo Fisher Scientific)によりシーケンス反応し,3500 genetic Analyzer(Thermo Fisher Scientific)で解析した。今回はαグロビンの解析は行っていない。
4症例のXEによる測定結果と血液像による白血球分類の結果をTable 1に示した。4症例とも低SFL現象のため赤芽球のエリアにドットが存在し,NRBC?のサスペクトメッセージが表示されたがNRBC測定モード3)使用で再検したところNRBCの測定値は0.00 × 109/Lであった。症例1,3,4のXEの白血球5分類は血液像での白血球分類とほぼ一致しており,標本を観察する限りにおいては赤芽球は認められず,その他の異常細胞,形態異常もなかった。症例2は血液像検査の依頼がなかったため塗抹標本の作製がされておらず,血液像での確認ができなかった。なお白血球数はWBC/Baチャンネルでの計測値が採用されるため1)正確に測定されていたと考え,他法での確認は行ってない。
2. スキャタグラムの分布位置の比較結果はTable 2に示した。正常検体のNEUT-Yはヘモグロビン 9 g/dL以下(457 ± 52)から12≤~<13(419 ± 33)まではヘモグロビン濃度が高くなるほどNEUT-Yが低値になる傾向がみられたが,多重比較検定を行った結果,各ヘモグロビン濃度群の間では有意差は認められなかった。新生児検体群のNEUT-Yは326 ± 34で正常検体のどのヘモグロビン濃度群と比較しても有意に低値であった。また症例検体のNEUT-Yは219~256で新生児検体群の平均値より明らかに低値であった。
Hb(g/dL) | n | NEUT-Y ± 1SD | |
---|---|---|---|
Normal | < 9 | 30 | 457 ± 52 |
9–10 | 30 | 444 ± 45 | |
10–11 | 30 | 439 ± 43 | |
11–12 | 30 | 438 ± 56 | |
12–13 | 30 | 419 ± 33 | |
13–14 | 30 | 426 ± 48 | |
14–15 | 30 | 422 ± 52 | |
15–16 | 30 | 426 ± 45 | |
≥ 16 | 30 | 425 ± 48 | |
Newborns | 10.1–16.6 | 26 | 326 ± 34 |
Case 1 | 16.5 | 236 | |
Case 2 | 14.8 | 256 | |
Case 3 | 15.3 | 233 | |
Case 4 | 17.1 | 219 |
Normal: Blood samples from adult patients (absent from abnormal leukocytes)
新生児赤血球+正常白血球および症例1赤血球+正常白血球の組み合わせで低SFL現象が再現されたが,正常赤血球+新生児白血球,正常赤血球+症例1白血球の組み合わせでは低SFL現象が再現されなかった(Figure 3, 4)。
Mixing test for newborn RBC or WBC
A: Normal B: Newborn C: Normal RBC + Newborn WBC D: Newborn RBC + Normal WBC
Mixing test for case 1 RBC or WBC
A: Normal B: Case 1 C: Normal RBC + Case 1 WBC D: Case 1 RBC + Normal WBC
遺伝子解析の結果,症例1,3,4でβグロビンの64番アミノ酸がグリシンからアスパラギン酸への置換が検出され,HbJ-Calabriaとして報告されている異常と一致した5)。症例2はβグロビンの132番アミノ酸が リジンからアスパラギンへの置換が検出され,Hb-Yamagataとして報告されている異常と一致した6)。
XEのスキャタグラムの目視による低SFL現象はNEUT-Yを用いることにより数値で比較することが可能である。低SFL現象は新生児検体のほぼ全例に観察され3),さらに成人で明らかな低SFL現象を呈した症例が5年間で6症例認められた。磯野ら2)は50例のMDS患者のNEUT-Yを平均値±1SDで430 ± 61と報告としているが,今回報告の4症例のNEUT-Yは219~256とMDS症例より著しく低値であり,MDS症例より容易に目視で気がつく異常と思われる。
正常白血球と新生児および症例赤血球の混合試験においてのみ低SFL現象が再現され,新生児および症例白血球と正常赤血球の混合試験では低SFL現象は再現されなかった。この結果により新生児検体,症例検体ともに低SFL現象の原因が赤血球側にあることが強く疑われた。
我々はXEの前機種であるNE7000(シスメックス)(以下NE)の使用時に,白血球スキャタグラムに異常がみられる検体のうち赤血球側に原因があった症例の中から異常ヘモグロビンのHbC,HbEを見出している7),8)。今回は新生児検体ではHbFの含有量が多いことから,症例検体に異常ヘモグロビン症を疑い遺伝子解析を実施した。その結果症例1,3,4はHbJ-Calabria(HbAヘテロ),症例2はHb-Yamagata(HbAヘテロ)と同定された。HbJ-Calabriaは酸素親和性が高く多血傾向を示し,Hb-Yamagataは酸素親和性がやや低いが,いずれも安定した構造で無害の異常ヘモグロビンとされている5),6),9)。
XEでHbF,HbJ-Calabria,Hb-Yamagataが低SFL現象を呈する原因を考えたとき,633 nmレーザー光の散乱,減衰または660 nm蛍光の散乱,減衰などがあげられる。我々はNEでHbCが異常スキャタグラムを示す原因としてHbCの析出しやすい性質が影響しているのではないかと推測した。HbCを含む赤血球はK+およびH2Oを失いMCHCが著しく高くなるうえに,正常HbAよりも溶解度が低く,赤血球内で析出しうるとされている10)。このような赤血球がNEの白血球測定チャンネル内で溶血不良をおこし,白血球スキャタグラムが異常となったと考えた。XEでも同様にDIFFチャンネル内でヘモグロビンの析出,溶血不良などがおこり,レーザー光またはレーザー光で励起された蛍光を妨げているのではないかとも考えられる。
HbF,HbJ-Calabria,Hb-YamagataがHbCのように析出しやすい性質を持つかどうかは文献を検索した限りでは不明であった。XEの測定系の特殊な条件下で析出しているとも考えられるが,影響を受けているのはSFLのみでSSCには変化がないなど低SFL現象の機序を説明するにはまだ十分ではない。DIFFチャンネル内に存在する異常ヘモグロビンそのものがレーザー光や蛍光の信号の大きさに影響を与えている可能性も考えられるが今回は原因の究明には至らなかった。しかしXEでもスキャタグラムの観察により異常ヘモグロビン症が見出せることは非常に興味深いことである。なお,正常検体でもヘモグロビン濃度がSFLに影響していると思われたが,今回の検討ではヘモグロビン濃度が高いほうがSFLが低い傾向はあるものの統計学的有意差は認められなかった。
日本人の異常ヘモグロビン症の頻度は3,000人に1人でその種類は約180種と報告されている11)。異常症の頻度から推測するとすべての異常症がXEの測定で低SFL現象がみられるわけではなく,ごく一部の異常症に限られると思われる。HbJ-Calabria,Hb-Yamagtaは無害の異常ヘモグロビン症とされているが症例4は多血を主訴に外来受診した患者であり,血算検査のスキャタグラムから異常ヘモグロビン症の診断に結び付いたことは大変有用であった。
現在当検査部では日常血算検査にXEの次世代機種であるXN9000(以下XN)を使用している。この機器の白血球分類の原理はXEとほぼ同じであり,同様なスキャタグラムが表示される。新生児検体すべてと症例1,症例3はXNでの測定においてもXEと同様な低SFL現象が認められた。今後はXNを使用して新たな異常ヘモグロビン症を検出できる可能性がある。また,今回実施した混合試験の試料のうち赤血球を溶血液に替えて実施することにより溶血不良が低SFL現象の原因となっているのかを明確にできる可能性がある。さらにDIFFチャンネル内に存在する異常ヘモグロビンそのものが蛍光の信号の大きさに影響を与えている可能性を考え,測定試薬中のポリメチン系色素の蛍光量がヘモグロビンの共存で変化するかを実験的に確認することも必要と思われる。
XEのスキャタグラムで低SFL現象が認められた4症例はいずれも異常ヘモグロビン症であった。低SFL現象の機序の詳細は不明であるが,日常検査でのスキャタグラムの注意深い観察は重要であると考える。