医学検査
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症例報告
肝膿瘍液中に検出されたシャルコ・ライデン結晶が診断の発端となったアメーバ赤痢の1症例
宮川 清隆清田 千草佐々木 康雄
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2017 年 66 巻 3 号 p. 273-276

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Abstract

全身倦怠感および吐気を主訴とする患者の肝膿瘍液中に見られた,シャルコ・ライデン結晶の検出が発端となり,大腸内視鏡下採取便より赤痢アメーバを検出した1症例を経験したので報告する。来院時のCT検査で,肝右葉に膿瘍形成が認められ,穿刺により得られた膿瘍液は,黄褐色膿性にも関わらず無臭であった。グラム染色標本では,白血球が多数認められたものの細菌は認められなかったが,生標本の観察でシャルコ・ライデン結晶が確認されたため,大腸内視鏡検査が追加され便検体が提出された。ヨード染色を行い直接鏡検したところ,赤痢アメーバの嚢子が確認された。肝膿瘍検体において,シャルコ・ライデン結晶の存在は本症を疑ううえで重要な意義を持つことが再認識された。

序文

Entamoeba histolytica(以下,E. histolytica)は嫌気性アメーバで,根足虫網エンドアメーバ科に属する原虫で人畜に寄生し,熱帯や亜熱帯の衛生状態の悪い地域にのみならず全世界に分布し,世界の人口の1%,5千万人の患者がいると推定されている。我が国では1950年頃までよくみられ,その後減少した。近年,輸入感染症として,性的接触,飲食物による経口感染,また,AIDS発症後の感染症として問題になっている原虫感染症1)である。

近年,E. histolyticaと形態的特徴が近似する非病原性のE. disparの鑑別が重要であることが指摘されており,PCR法による鑑別2)が必要と考えられるようになった。しかし,一般の施設では実施できないという問題が指摘3)されている。

シャルコ・ライデン結晶はThakralら4)が指摘しているように,気管支喘息の時だけではなく,赤痢アメーバなどで,寄生虫感染症の間接的証拠となるものである。本症例では,肝膿瘍液中にシャルコ・ライデン結晶を検出したことにより,アメーバ赤痢診断の発端となったものであり,貴重な経験と考えられたので報告する。

I  症例

患者:50歳,男性。

主訴:倦怠感,吐気。

既往歴:高血圧。

現病歴:2012年1月頃より,腰痛と眼球黄染が見られ排尿も麦茶色を呈していたことに気づき,近医を受診したが,原因不明のため熊本再春荘病院に紹介入院となった。

II  入院時検査所見

1. 血液検査所見

血液検査所見をTable 1に示し,基準値外の値には*のマークを付与した。特に高値であったWBC 14,760/μL,CRP 23.64 mg/dLなどの結果から重症な感染症が考えられ,また,T-bil 3.13 mg/dL,AST 59 IU/L,ALT 154 IU/Lの結果より,肝胆道系の異常が示唆された。

Table 1  血液検査所見(*は異常値)
Hematology Biochemistry
RBC 419 × 104/μL TP 5.6 g/dL Cl 102 mEq/L
Hb 13.8 mg/mL ALB 2.4 g/dL CRP* 23.64 mg/dL
Plt 27.5 × 104/μL T-Bil* 3.13 mg/dL PCT* 0.5 ng/mL
WBC* 14,760/μL D-Bil* 2.23 mg/dL
Ne 77.5% AST* 59 IU/L
Ly 12.5% ALT* 154 IU/L
Mo 5.5% LDH 304 IU/L
Eo 2.5% CPK 91 IU/L
Ba 0.0% CRE 0.25 mg/dL
Meta 0.5% Na 139 mEq/L
異型Ly 1.5% K 3.65 mEq/L

2. CT検査所見

肝右葉に,辺縁不整で直径が約7 cmの造影効果を呈さないSpace occupying lesionが認められたため,肝膿瘍が考えられた。肺,縦隔,脾臓,および膵臓に特記すべき異常は無かった。

3. 一般検査

1) 肝膿瘍検査

肝膿瘍液の穿刺により,混濁した黄褐色の内容液が得られた。顕微鏡所見でアメーバ様の原虫は認めず,多数の白血球を背景にシャルコ・ライデン結晶(Figure 1)を確認した。

Figure 1 

シャルコ・ライデン結晶(無染色)400倍

細菌検査において,グラム染色標本では白血球が多数みられたが,細菌は観察されなかった。培養検査結果でも,嫌気性菌を含め細菌の発育を認めなかった。

2) 寄生虫検査

肝膿瘍からは原虫が認められなかったため,大腸内視鏡下採取の糞便の寄生虫検査を実施した。直接法でアメーバ赤痢の嚢子が見られたため,集シストは行わなかった。

ヨード染色にて,カリオソームを中心に持つ核が4個観察された為,赤痢アメーバの嚢子(Figure 2)と判定された。

Figure 2 

赤痢アメーバ嚢子(ヨード染色)400倍

カリオソームを中心にもつ核が4個観察された。

非病原性のE. disparとは形態的鑑別が困難であるが,今回の症例では臨床症状や病理組織侵入性などから病理学的5)に否定された。また,組織から本原虫が認められたため,血清抗体価測定は実施されなかった。

4. 病理検査

検体:大腸粘膜。

所見:大腸粘膜のびらん,好中球を含む高度の炎症細胞浸潤の所見とともに,赤痢アメーバ虫体(栄養型)が観察された(Figure 3)。

Figure 3 

赤痢アメーバ虫体栄養型(HE染色)400倍

高度の炎症細胞浸潤があり虫体も観察された。

5. 経過

膿瘍の経皮経肝ドレナージおよび原虫薬(メトロニダゾール1 g/日,10日間)投与により,症状は改善し軽快退院した。

III  考察

シャルコ・ライデン結晶は,好酸球に由来しホスホリパーゼBから成り,アレルギー疾患や寄生虫感染症において出現すると言われている。赤尾ら6)は,シャルコ・ライデン結晶の検出が赤痢アメーバなどの寄生虫感染症の存在を強く疑わせると指摘している。また,Mokhtariら7)は,アメーバ性肝膿瘍の穿刺吸引診断で,赤痢アメーバの栄養型とシャルコ・ライデン結晶が観察できたと報告している。

今回の症例は,海外渡航歴もなく,保健所の聞き取り調査でも感染経路は明らかにできなかった。

そこで,肝膿瘍の穿刺が行われ,細菌検査等が実施されたが,起因菌となる細菌は見つからなかったため,一般検査が検査され,シャルコ・ライデン結晶が確認された。

一般に,シャルコ・ライデン結晶は,気管支喘息または寄生虫感染時に見られるものであるため,肝膿瘍からの観察による今回の症例では,赤痢アメーバ感染が疑われた。しかし,膿瘍からの原虫検索では陰性であったため,大腸内視鏡検査および病理学的検査が実施され,大腸組織にて赤痢アメーバの検出に繋がった。肝膿瘍検体において,白血球多数でシャルコ・ライデン結晶を認めた場合は,本症を考慮することが重要と考えられた。

アメーバ性赤痢は先進国では少ない感染症ではあるが,輸入感染症や性感染症などで問題となっている感染症1)である。本症の診断には,便検体からの栄養型や嚢子の検出が重要である。また,今日ではPCR法による確定検査も可能8)であるが,一般的な検査室では行われていないのが現状である。我々の施設ではPCR検査法を実施していなかったため,寄生虫学的検査および組織診により,赤痢アメーバの検索がなされ,病理医による総合的な判断で今回の症例はアメーバ赤痢と診断された。

IV  結語

肝膿瘍検体におけるシャルコ・ライデン結晶の存在は,本症を疑うに際し十分な手がかりとなることが,再認識できた貴重な症例であった。

 

本論文の要旨は第46回熊本県臨床検査学会(2014年,菊池)において発表した。

なお,本症例は熊本再春荘病院倫理委員会にて承認(28-27)を得ている。

謝辞

ご指導いただいた宮古南静園の川崎達也技師長,熊本保健科学大学の正木孝幸教授,時吉幸男教授に深謝いたします。

COI開示

本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。

文献
 
© 2017 一般社団法人 日本臨床衛生検査技師会
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