2017 年 66 巻 6 号 p. 731-737
頸部膿瘍にてヘマトイジン結晶を認めた1症例を経験した。症例は10歳男児,左耳下腺部腫脹を訴え当院耳鼻咽喉科を受診した。画像検査所見より膿瘍形成を認め,エコー下穿刺を行った。採取した検体をグラム染色及びチールネルゼン染色を施した結果,赤血球,白血球,細菌とともに色調が黄褐色から赤褐色で大部分が菱形,一部は針状の結晶を認めた。結晶の形態的特徴からヘマトイジン結晶を疑った。ベルリン青染色とスタインのヨード法がともに陰性であり95%アルコール,10%酢酸,10%塩酸に不溶,10%水酸化ナトリウムに溶解したため,ヘマトイジン結晶と同定した。ヘマトイジン結晶は閉塞的な環境で出血することで形成され,髄液や尿などで観察されることが知られている。特に,髄液では穿刺時の血液混入と陳旧性の頭蓋内出血を鑑別診断する指標となる。結晶の出現は出血時期の推定に有用な情報となり得るため,積極的に臨床側へ報告することが重要である。
ヘマトイジン結晶は赤血球が崩壊してできるヘモグロビンの分解産物であり,ビリルビンと同様な成分で,閉塞的な環境で出血すると形成され1~2ヵ月で減少する1)。また,鉄を含まない点でヘモジデリンと異なると言われている2)。ヘマトイジン結晶は1847年にVirchowによってはじめて報告された3)。しかしながら,報告例は少なく3)~8),その背景には認知度が低いことが関係していると思われる。今回,頸部膿瘍にてヘマトイジン結晶を認めた症例を経験したので報告する。
10歳,男児。
主訴:左耳下腺部腫脹。
現病歴:花粉症。
身体所見:左頸部の発赤,腫脹。
患者は近医で湿布処方を受けたが,改善不良のため2016年3月当院耳鼻咽喉科へ紹介受診となった。入院時血液検査データをTable 1に示した。
T-bil | 0.3 mg/dL | WBC | 89 × 102/μL |
D-bil | 0.1 mg/dL | Neutro | 67.1% |
AST | 27 U/L | Eosino | 1.7% |
ALT | 21 U/L | Baso | 0.2% |
LD | 187 U/L | Mono | 4.9% |
ALP | 558 U/L | Lymph | 26.1% |
GGT | 17 U/L | RBC | 506 × 104/μL |
AMY | 107 U/L | HGB | 14.2 g/dL |
UN | 15 mg/dL | HCT | 41.5% |
CRE | 0.48 mg/dL | MCV | 82.0 fL |
Na | 140 mEq/L | MCH | 28.1 pg |
K | 4.0 mEq/L | MCHC | 34.2% |
CL | 104 mEq/L | PLT | 37.4 × 104/μL |
CRP | 0.5 mg/dL |
MRI画像では,左耳下腺下方の胸鎖乳突筋の深部に複数の結節様構造が頭尾方向に並んで認められ,リンパ節の腫大が示唆された。最大の結節は3 cm大で内部に壊死が疑われた。右頸部にも複数の小結節構造が数珠状に認められ,軽度のリンパ節の腫大が示唆された(Figure 1)。
MRI画像
A:T1強調画像 B:脂肪抑制T2強調画像
左耳下腺下方の胸鎖乳突筋の深部に複数の結節様構造が頭尾方向に並んで認められ,リンパ節の腫大が疑われた。
造影CT画像では,MRI画像と同様に左頸部にリンパ節の腫大が疑われ,左耳下腺直下に位置する3 cm大のものは内部が不均一な低濃度を示しており壊死が疑われた。右頸部にも軽度のリンパ節と思われる腫大があり(Figure 2),これら画像所見より膿瘍形成を推定し,腫脹部のエコー下穿刺を行ったところ,クリーム色の膿が吸引された(Figure 3)。
造影CT画像
MRI画像と同様に左頸部にリンパ節の腫大が疑われ,左耳下腺直下に位置する3 cm大のものは内部が不均一な低濃度を示しており壊死が疑われた。
エコー下穿刺検体
腫脹部のエコー下穿刺より吸引された膿
採取された検体でグラム染色標本(Figure 4)とチールネルゼン染色標本(Figure 5)を作製し鏡検したところ,赤血球と白血球を背景に,グラム陽性連鎖球菌とともに多数の結晶を認めた。結晶の色調は黄褐色から赤褐色で,形状は大部分が菱形,一部は針状を呈していた。試料を用いて無染色標本(Figure 6)とギムザ染色標本(Figure 7)を作製し鏡検したところ,これらの標本でも黄褐色から赤褐色で大部分は菱形,一部は針状の結晶を認めた。
ヘマトイジン結晶(1,000倍)グラム染色
エコー下穿刺より採取した検体で作製したグラム染色標本の鏡検像。
A:菱形のヘマトイジン結晶(1,000倍)
B:菱形のヘマトイジン結晶(拡大像)
C:針状のヘマトイジン結晶(1,000倍)
D:針状のヘマトイジン結晶(拡大像)
ヘマトイジン結晶(1,000倍)チールネルゼン染色
エコー下穿刺より採取した検体で作製したチールネルゼン染色標本の鏡検像。
A:菱形のヘマトイジン結晶(1,000倍)
B:菱形のヘマトイジン結晶(拡大像)
C:針状のヘマトイジン結晶(1,000倍)
D:針状のヘマトイジン結晶(拡大像)
ヘマトイジン結晶(1,000倍)無染色
エコー下穿刺より採取した検体で作製した無染色標本の鏡検像。
A:菱形と針状のヘマトイジン結晶(1,000倍)
B:菱形と針状のヘマトイジン結晶(拡大像)
C:針状のヘマトイジン結晶(1,000倍)
D:針状のヘマトジン結晶(拡大像)
ヘマトイジン結晶(1,000倍)ギムザ染色
エコー下穿刺より採取した検体で作製したギムザ染色標本の鏡検像。
A:菱形のヘマトイジン結晶(1,000倍)
B:菱形のヘマトイジン結晶(拡大像)
C:針状のヘマトイジン結晶(1,000倍)
D:針状のヘマトイジン結晶(拡大像)
また,試料を35℃,18時間炭酸ガス培養したところ,5%羊血液寒天培地上にβ溶血した白色のコロニーが確認され,A群溶血性連鎖球菌と同定された。そして,細菌と共に観察された結晶の形態的特徴からヘマトイジン結晶を疑い,同定を試みた。
未染色標本を作製してベルリン青染色およびスタインのヨード法を行った。また,結晶の溶解の有無を95%アルコール,10%酢酸,10%塩酸,10%水酸化ナトリウムの各溶液で試みた。
染色結果はベルリン青染色,スタインのヨード法ともに陰性であった(Figure 8, 9)。また,95%アルコール,10%酢酸および10%塩酸には不溶で,10%水酸化ナトリウムでは溶解した(Table 2)。一方,患者の血清総ビリルビン値は0.3 mg/dLで正常範囲内であったことによりヘマトイジン結晶と同定した。
本症例 | ヘマトイジン結晶 | ビリルビン結晶 | ヘモジデリン | |
---|---|---|---|---|
色調 | 黄褐色,赤褐色 | 黄褐色,赤褐色 | 黄褐色,褐色 | 暗褐色 |
形状 | 菱形,針状,顆粒状 | 菱形,針状,顆粒状 | 針状 | 顆粒状 |
ベルリン青染色 | 陰性 | 陰性 | 陰性 | 陽性 |
スタインのヨード法 | 陰性 | 陰性 | 陽性 | 陰性 |
アルコール | 不溶 | 不溶 | 不溶 | 不溶 |
10%酢酸 | 不溶 | 不溶 | 不溶 | 溶解 |
10%塩酸 | 不溶 | 不溶 | 不溶 | 溶解 |
10%NaOH | 溶解 | 溶解 | 溶解 | 不溶 |
血清総ビリルビン | 正常 | 正常 | 高値 | 正常 |
ヘマトイジン結晶(1,000倍)ベルリン青染色
顆粒状のヘマトイジン結晶
ヘマトイジン結晶(1,000倍)スタインのヨード法
菱形のヘマトイジン結晶
外来受診の翌日に入院となり,体温は38℃でドリペネム0.5 g × 3/dayが投与された。2病日目に頸部を切開しドレーンが留置され,8病日目に原因菌がA群溶血性連鎖球菌と判明したため,抗生剤がスルバクタム・アンピシリン0.75 × 3/dayに変更された。その後,頸部の腫脹が改善されて解熱し,9病日目にドレーンが抜去された。そして11病日目に退院し経過観察となった(Figure 10)。退院から約1年間3ヵ月毎にエコー検査を実施したが,両側の頸部リンパ節腫脹は残存するも大きな変化は認められてはいない。
臨床経過
入院時から退院までの臨床経過
本症例の患者は当院を受診する2週間前に左頸部をソフトボールで打撲しており,その際に内出血したことで膿瘍内に結晶が形成されたと考えられた。ヘマトイジン結晶は,しばしば瘢痕組織や壊死巣,出血性梗塞巣などで観察され,組織での陳旧性の出血を示唆する成分である。色調は黄褐色から赤褐色を呈し,形状は菱形,針状,顆粒状など多彩であり,以下の性状を持つとされる。すなわち,ベルリン青染色とスタインのヨード法は陰性,性状はアルコール,酸に不溶でアルカリに溶解する5)。また,血清総ビリルビン値はビリルビン結晶が出現する検体とは異なり正常である4)。
本結晶は閉塞的な環境下で出血を来たし,一定の条件が満たされれば数日で形成され,様々な部位に出現する可能性をもつ。髄液や尿中に出現することは知られているが4),6),特に血性髄液の場合,穿刺時の血液混入と陳旧性の頭蓋内出血を鑑別診断する指標になるとされる3)。また,膀胱がんや前立腺がん,結石など出血を伴う疾患およびTUR-BT(経尿道的膀胱腫瘍切除術),そしてTUR-P(経尿道的前立腺切除術)などの術後患者尿でも認められる。当院でも前立腺肥大でTUR-Pを行った術後の尿で,ヘマトイジン結晶を認めた症例を経験したことがある。尿中に認められるヘマトイジン結晶は,ビリルビン結晶やヘモジデリン顆粒などの類似物質との鑑別が必要になる。ヘマトイジンとビリルビンは同様の成分だが,ヘマトイジン結晶は陳旧性の出血を示唆し,ビリルビン結晶は肝機能障害を意味する。このためヘマトイジン結晶と類似物質との鑑別には,血液及び尿中のビリルビンや赤血球の出現が重要となる。本症例でも,エコー下穿刺で得られた培養用検体の染色標本鏡検時に結晶を発見し,直ちに担当医に報告したところ,当院を受診する2週間前に頸部を打撲していたことが分かった。また,血中総ビリルビン値も正常値であったため,ヘマトイジン結晶を疑うきっかけとなった。これらより,本結晶の出現は出血時期を推定する有用な情報になると考えられた。
今回,ヘマトイジン結晶を認めた頸部膿瘍の症例について報告した。ヘマトイジン結晶は一定の条件が満たされれば様々な部位に出現する可能性があり,一方では陳旧性の出血を意味するため,疾患によっては重要な臨床的意義を持つ。ヘマトイジン結晶を認めた場合,出血時期が推定可能で,病態把握の補助的役割を果たすため,臨床側への報告が不可欠であると考える。
本症例報告の要旨は,2016年10月第53回日本臨床検査技師会関甲信支部・首都圏支部医学検査学会で発表した。
本報告にあたり,ご指導を賜りました東海大学医学部付属病院臨床検査技術科 野崎司先生に深謝申し上げます。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。