医学検査
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巻頭言
認知症予防のための臨床検査および認定認知症領域検査技師の役割
深澤 恵治
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2017 年 66 巻 J-STAGE-2 号 p. 1-5

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Abstract

本特集号では,認知症予防に臨床検査がいかに役立つのかについて概説することに主眼を置いている。もちろん認知症対策において早期発見・早期治療はきわめて重要であり,その中で臨床検査も大きな役割を担っているのは明白である。日臨技においても認知症領域における臨床検査の普及や望ましい実施体制の構築に力を入れるべく,2014年度より「認定認知症領域検査技師制度」を立ち上げ,認知症の早期発見・予防・治療に臨床検査技師が多面的に参画・貢献出来るように進めているところだ。この章では認知症予防に役立つ臨床検査の紹介や認定認知症領域検査技師の役割について最新の知見も交えながら,論じてみたい。

I  はじめに:認知症予防の概念

疾病予防の概念は健康を維持し,疾病を防ぎ,疾病の進行を防ぐことであり,1次予防,2次予防,3次予防の各ステージに大別される。1次予防とは健康的な段階で行う予防である。非特異的な予防として健康増進(栄養,運動,健康相談)があり特異的な予防として病因が明らかな疾病に対する予防接種がある。2次予防とは,疾病が潜在的で不顕性のある段階で行う予防であり,早期発見・早期治療(健康診断,集団検診など)がこれに当たる。3次予防とは,疾病が顕在している段階で行う予防であり,疾病による能力低下・悪化の防止を行うことである。もちろん,認知症も一つの疾患であるからには予防の概念は同じであり,1次予防,2次予防,3次予防に分けられ,それぞれに定義されている。

II  認知症予防における各ステージと臨床検査の役割

1次予防は認知症にならないよう発症を予防することであり,生活習慣の改善,生活環境の改善,健康の増進を図ることと定義されている。この部分に当てはまる検査は糖尿病,高血圧,高脂血症などの生活習慣病を診断する一般の血液検査や主に動脈硬化を判定する頸動脈超音波検査が有用とされている。

2次予防は認知症の早期発見・早期対処であり,発生した疾病や障害を健診などにより早期に発見し,治療や保健指導などにより進行を遅らせることである。これに該当する検査は神経心理検査,経頭蓋超音波検査,近赤外分光法(near-infrared spectroscopy; NIRS),MRIなどの画像検査,髄液中のアミロイドβ蛋白,リン酸化タウ蛋白の測定,脳波検査そして嗅覚検査などである。

3次予防は認知症と診断された方が人間の尊厳をもって暮らし続けられるようパーソン・センター・ケアや地域包括ケアの下で治療,介護を行うもので,ここでは病状進行の管理目的の臨床検査に現状はとどまる。検査としては神経心理検査(ADASなど総合的認知機能を見る検査)MRIなどの画像検査,髄液中のバイオマーカーなどが考えられる。

今回のテキストでは認知症の発症予防・早期発見・進行遅延を目的に各章で認知症に特化した臨床検査の基礎的知識を解説する。

III  国および日臨技の認知症対策と認定認知症領域検査技師制度

日本は他の国に類を見ない速度で高齢化が進んでいる。厚生労働省の発表では2025年に日本の高齢者人口は3,500万人に達するとする試算を打ち出している。これまでの高齢化の問題は高齢化の進展の早さが問題とされてきたが,今後は高齢化の高さ(=高齢者の多さ)が問題となってくると予想している。もちろん高齢者が多くなるに比例して認知症の患者も増加すると予想し2025年には約800万人の認知症患者を抱える認知症大国となることも予想しているところである。厚生労働省ではその認知症対策として様々な施策を打ち出しているところだが,その一つが「認知症施策推進総合戦略(新オレンジプラン)」(Figure 1)であり,もう一つの大きな施策は「認知症疾患医療センターの整備」(Figure 2)と考えている。そのように様々な認知症対策が打ち出されている中で,他の医療職種においては,認知症への具体的対応が着々と進められているが,我々臨床検査技師においては取組みが始まったばかりである。臨床検査技師がメディカルスタッフとして確固たる立場を堅持するためには,日臨技の国家プロジェクトとして位置づけた認知症対策のもとでの取組みは喫緊の課題であり,臨床検査技師の参画を加速する必要があった。そして誕生したのが認定認知症領域検査技師制度である。この制度は2011年4月に鳥取大学医学部の浦上克哉教授を初代理事長とする日本認知症予防学会が創設した“認知症専門臨床検査技師制度”を発展的に継承した制度であり,病棟・クリニックなどの医療機関や在宅などで活躍する,一定以上の認定認知症領域検査技師の創出が,認知症の早期発見・早期治療に役立つと考えたからである。

Figure 1 

新オレンジプラン

Figure 2 

認知症疾患医療センターの整備

IV  医療施設での認定認知症領域検査技師の役割

前述のように認定認知症領域検査技師の役割は病棟や在宅における認知症患者への様々な検査の実施および診断,そして認知症患者への検査を行う上での対応力の向上に期待するところだ。2016年改定の診療報酬算定においては認知症ケア加算が新しく盛り込まれ「認知症ケアに係わる専門的知識を有した多職種からなる医療チームを構成し取り組む必要性」が算定要件となっている。もちろん各病院における認知症ケアチームに臨床検査技師も積極的な参加を促し,専門的な知識を駆使して積極的なチーム医療を展開してもらいたい。また,前述の認知症疾患医療センターには必ず一定以上の臨床検査技師の配置を望んでいる。認知症疾患医療センターの大きな役割(Figure 3)の中で“認知症疾患の鑑別診断・初期対応”との項目が記載されているが,“認知症疾患の鑑別診断・初期対応”には臨床検査技師が実施する多くの臨床検査が含まれており,臨床検査技師の配置がなければ実施できないのではと考えている。実際に日臨技が2015年10月に実施した認知症疾患医療センターへのアンケート(日臨技会員が所属する206のセンターへの活動状況などのアンケート調査を行い101の施設から回答)からは職員の配置状況として専従・専任の程度は“看護師・介護士”と比較して,臨床検査技師の専従・専任としての配属度合いが少ないことが分かっている(Figure 4)。チーム医療が当たり前のように実施される昨今の医療現場において,センターでの医療職種の配属状況は医療の質が問われる問題と考えている。この大きな矛盾点に対して,臨床検査技師はもっと積極的に関わっていく必要があると考えている。

Figure 3 

認知症疾患医療センターの役割

Figure 4 

認知症疾患医療センターにおける看護・介護職員および臨床検査技師の配置状況

V  運転免許と認知症領域検査技師の期待

2014年6月11日の衆議院本会議において高齢ドライバーの事故を防ぐために,道路交通法の改正がなされた。その中では75歳以上の高齢者が運転免許を取得する際「認知症の疑いがある」と判定された場合,医師の診断を義務化するというものである。そこで医師から認知症と診断された者は,免許取り消しまたは停止となる。また,警視庁によると高齢者の死亡事故の4割に記憶力低下など認知機能に衰えが疑われた。高速道路の逆走をはじめ高齢者が引き起こす人身事故の多くで,認知症の関与が示唆されている。現在の運転免許試験場では,高齢者が運転免許を取得する際に無資格者が簡便な認知症テストを実施しているのが現状である。これでは正確な認知症診断には繋がらず,結果として大惨事を引き起こす可能性を危惧している。これを打開するには運転免許試験場などにも有資格者である認定認知症領域検査技師が常駐し,認知症簡易検査[物忘れ相談プログラム,タッチパネル型認知症評価尺度(Touch Panel-type Dementia Assessment Scale; TDAS)等]を実施するなど,法整備についても日臨技として指摘していきたいと思っている。

VI  災害医療の現場での認定認知症領域検査技師の役割

2016年4月14日に熊本県熊本地方を震央とするM6.5の地震(前震)および4月16日にはM7.3の地震(本震)が発生し,熊本県各地で家屋の倒壊などの被害が広がった。当時の被害状況を重く見た日臨技は,即座に災害対策本部設置準備室を立ち上げ,各種の支援の検討を開始,そしてそれを実行してきた。今回の支援活動で一番大きな功績としては5月のGWに実施した深部静脈血栓症(deep venous thrombosis; DVT)検診である。会員270名を動員して被災県民を対象にDVTやDダイマーの測定,弾性ストッキングの説明・配布を実施(別名:がまだせ熊本ブルドーザー作戦)である。この活動は現在の熊本地震血栓栓塞症予防(Kumamoto Earthquake thrombosis and Embolism Protection; KEEP)プロジェクトへと続いている。今回の日臨技の災害支援は発災直後から仮設住宅へ移るまでの被災者の健康管理についてであるが,以前から仮設住宅に移った後での不自由な生活や,慣れない環境下での“生活不活発病”が認知症患者発症リスクと言われている。日本認知症予防学会でも,新潟中越地震や東日本大震災からの経験をもとに得られたデータから,仮設住宅における認知症患者発症リスクの高さを危惧して,認知症予防学会内に災害対策委員会を立ち上げた。今後,仮設住宅で不自由な暮らしを続けている多くの被災者に向け,認知症予防活動を広げる動きも取り組み始めた。日臨技でも認知症予防学会の動きに足並みをそろえながら,被災者への認知症予防のための簡易検査(物忘れ相談プログラム,TDASなど)の実施や予防啓発支援活動を実施する考えである。

VII  おわりに

認知症対策は日本の高齢化社会における国家プロジェクトであり,多くの第一線の研究者が取り組む課題となっており,新たなバイオマーカーの登場や検査方法の確立も期待される。それらと相まって,早期発見に伴う治療などが可能になれば,認知症予防の風景も一変することだろう。軽度認知障害(mild cognitive impairment; MCI)やアルツハイマー発症前段階などでの早期発見ができるようになるかもしれない。

本特集号は,認定認知症領域検査技師として知らなければならない臨床検査の必須知識のみならず,認知症患者への検査時の対応などについても各章で言及できればと考える。各章の執筆者には,その点も主眼に執筆依頼をお願いしている。もちろん,一般の会員が日頃の検査業務で接しうる認知症患者への理解の向上にもつなげ,臨床検査技師として病棟や在宅へ進出する場合でも,現場で混乱することなく業務を遂行するためのテキストとしている。認定認知症領域検査技師認定試験の参考書としての位置づけだけでなく,臨床検査技師として知らなければならない認知症における臨床検査技術の知識や認知症患者への対応など,幅広い見識を身につけられるよう内容も網羅したテキストになればと願っている。

COI開示

本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。

文献
  • 1)   浦上  克哉:「認知症医療における臨床検査技師の役割」,メディカルテクノロジー,2013; 41: 252–255.
  • 2)  日本認知症予防学会(監),浦上克哉,他(編):認知症予防専門士テキストブック,メディア・ケアプラス,東京,2013.
  • 3)  厚生労働省:認知症疾患医療センター運営事業.http://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-12300000-Roukenkyoku/0000116705.pdf
 
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