2017 年 66 巻 J-STAGE-2 号 p. 74-83
認知症に対する超音波検査の中で,病態に直接的な関わり合いを持つ脳内の血流動態を観察する検査として,経頭蓋超音波検査がある。経頭蓋超音波検査には,パルスドプラ信号のみで頭蓋内の血流シグナルを捉える経頭蓋超音波ドプラ法(transcranial Doppler; TCD)と,一般的な通常の超音波断層像およびドプラ法により検査を行う経頭蓋カラードプラ法(transcranial color-flow imaging; TC-CFI)がある。TCDはくも膜下出血後の脳血管攣縮(vasospasm)のスクリーニングや脳塞栓症微小栓子シグナル(high intensity signals; HITS)の検出などに用いられている。TCD検査には,TCD専用の特殊な超音波機器が必要である。一方で,TC-CFI(TCCFIやTCCSともいう)は周波数の低いセクタプローブがあれば,通常の超音波診断装置にて検査が可能である。TC-CFIにより,中大脳動脈などの血流シグナルを捉え,波形解析を行うことで,認知症の進行度合いをみたり経過観察に用いたりすることができる。また,脳血管障害の有無を調べることで,認知症との鑑別や重複する疾患を認識できる。本章では,主にTC-CFIを用いた検査法と認知症病態への応用について述べる。
経頭蓋超音波検査の意義を一般的な病態も含めて示す(Table 1)。
疾患・評価できる病態 | 所見 | 備考 |
---|---|---|
脳血管攣縮 | 平均血流速度の上昇 | くも膜下出血後の脳血管攣縮(vasospasm)のスクリーニング,TCDで経過観察が有用 |
虚血(閉塞)性脳血管障害 | 局所の平均血流速度上昇,血流シグナルの途絶(閉塞) | TC-CFIで部位を同定できる |
短絡性脳血管障害(脳動静脈奇形等) | 動静脈奇形で両方向性の乱流パターン | TC-CFIで部位を同定できる場合がある |
モヤモヤ病 | 中大脳動脈での血流速低下,内頚動脈で血流速度亢進,主幹動脈の狭窄や,側副路発達による逆流波形(reverse flow)の存在 | スクリーニング,経過観察,血行再建前後の評価 |
頭部外傷 | 局所性脳損傷で病側大脳半球の血流速低下,頭蓋内圧や脳灌流圧の変動に依存した変化 | |
脳血管反応性,予備能 | 炭酸ガス吸入法,息こらえ法,アセタゾラミド静注法などの負荷法により,脳血管系の拡張予備能を調べる | 内頚動脈狭窄・閉塞,術後脳血管スパスムの程度,脳梗塞障害側の血管予備能の判定に有用 |
頭蓋内圧評価 | 頭蓋内圧上昇で拍動係数(pulsatility index; PI),抵抗指数(resistance index; RI)の上昇 | |
心臓血管外科の術中モニタリング | 中大脳動脈水平部平均血流速の相対的変動で評価 | TCDによる時系列的測定が有用 |
アルツハイマー型認知症 | 中大脳動脈での平均血流速度の低下,拍動指数(pulsatility index; PI)および抵抗指数(resistance index; RI)の上昇 | 疾患の鑑別に用いるのではなく,認知症の程度や経過観察の一助として用いる |
血管性認知症 | 罹患部位にもよるが,中大脳動脈での平均血流速度の低下,拍動指数(pulsatility index; PI)および抵抗指数(resistance index; RI)の上昇 | 疾患の鑑別に用いるのではなく,認知症の程度や経過観察の一助として用いる |
アルツハイマー型認知症や血管性認知症では,中大脳動脈のPIやRIの変化をみることで認知症の程度や経過観察に有用とする報告がある。
経頭蓋超音波検査は,中大脳動脈や脳底動脈の血流波形を得られることから,様々な脳血流障害の疾患に有用である。基本的に病態の経過観察や脳血流動態の経時的な変化を捉えることを主な目的とする。特に認知症では,脳血流動態の評価が病態の確定診断に繋がるわけではなく,あくまでも補助的診断やアルツハイマー型認知症の進行度合いや経過観察に用いるツールとして有用であることには留意していただきたい。以下に認知症における経頭蓋超音波検査の有用性を記す。
1. アルツハイマー型認知症における経頭蓋超音波検査アルツハイマー型認知症では,側頭葉・頭頂葉および前頭葉などで脳萎縮が認められるが,それに伴い,病変部の血流低下を認めるようになる。頭蓋内血管の中でも中大脳動脈は側頭葉・頭頂葉および前頭葉の主となる栄養血管であり,中大脳動脈は経頭蓋超音波検査において最も描出容易な血管である。この中大脳動脈の血流所見を得ることで,アルツハイマー型認知症の程度を経過観察することができるといわれている。具体的には,中大脳動脈における超音波パルスドプラ波形から得られる血流波形を解析することで,中大脳動脈の平均血流速度や拍動指数(pulsatility index; PI)などの血流データを計測できる。アルツハイマー型認知症の脳萎縮に伴って,平均血流速度の低下を認め,特に拡張末期血流速度の低下が進むことから,中大脳動脈のPI値が上昇するとする報告が多い。また,本邦では,抵抗指数(resistance index; RI)も病態の進行に伴って上昇するとの報告がある1)。長期検討でもアルツハイマー型認知症では,PI値が徐々に上昇しているとする報告がある2)。
2. 血管性認知症における経頭蓋超音波検査血管性認知症ではアルツハイマー型認知症と同様に正常群に比し平均血流速度の低下とPIが上昇するとの報告がある。
3. アルツハイマー型認知症と血管性認知症における経頭蓋超音波検査の比較アルツハイマー型認知症と血管性認知症の比較においては,アルツハイマー型認知症に比べ,血管性認知症の方がより平均血流速度は低下し,PIは高値を呈するとする報告がある3)(Table 2)。
血管性認知症 | アルツハイマー型認知症 | コントロール群 | ||||
---|---|---|---|---|---|---|
中大脳動脈の部位(右・左) | 右 | 左 | 右 | 左 | 右 | 左 |
平均血流速度(cm/sec)[SD] | 46.1(3.2)* | 46.3(3.1)* | 39.3(3.0)* | 38.7(2.9)* | 52.1(3.2) | 54.9(3) |
拍動指数(PI)[SD] | 1.19(0.06)* | 1.1(0.05)* | 1.13(0.06)* | 1.08(0.05)** | 0.93(0.06) | 0.91(0.05) |
PI:pulsatility index(拍動指数),SD:standard deviation(標準偏差),*・**はコントロール群との平均値比較で有意差ありとしたもの;*p < 0.0001,**p < 0.05
アルツハイマー型認知症群と血管性認知症群をコントロール群と比較した報告例から抜粋。アルツハイマー型認知症群と血管性認知症群において,中大脳動脈の平均血流速度はコントロール群に比し有意に低下し,PIはコントロール群に比し有意に高値を呈している。文献3)から引用。
経頭蓋超音波による,アルツハイマー型認知症と血管性認知症およびコントロール群との比較検討した研究をまとめた報告データを記すので参考にしてほしい4)(Table 3)。
著者(発表年) | 平均血流速度(cm/sec)[SD] | 拍動指数(PI)[SD] | ||||
---|---|---|---|---|---|---|
アルツハイマー型 認知症 |
血管性認知症 | コントロール群 | アルツハイマー型 認知症 |
血管性認知症 | コントロール群 | |
Van Beek et al. (2010) | 34.4 (13) | – | 39.5 (10.7) | – | – | – |
Claasen et al. (2010) | 38 (7.1) | – | 55 (19) | – | – | – |
Lee et al. (2007) | 56.3 (12.2) | – | 57.7 (15.4) | 0.92 (0.18) | – | 0.88 (0.12) |
Vicenzini et al. (2007) | 38.7 (2.9) | 46.3 (3.1) | 54.9 (3) | 1.08 (0.05) | 1.1 (0.5) | 0.91 (0.5) |
Doepp et al. (2007) | 43 (13) | 36 (8) | 59 (13) | 1 (0.2) | 1.1 (0.2) | 0.9 (0.2) |
Biedert et al. (1995) | 45.5 (8.8) | 38.2 (9.5) | 50.4 (1.2) | 0.85 (12) | 1.27 (0.15) | 0.82 (0.13) |
Caamano et al. (1990) | 42.7 (7.2) | 38.6 (13.7) | 57.5 (8.47) | 0.93 (0.27) | 1.5 (0.22) | 0.78 (0.15) |
Ries et al. (1993) | 46.7 (10.6) | 41.9 (8) | 53.1 (13.5) | – | – | – |
Biedret et al. (1990) | 47.6 (9.8) | 39.1 (10.2) | 50.7 (1.3) | – | – | – |
Proviciali et al. (1990) | 56.3 (11.6) | 41.8 (13.9) | 53.7 (5.8) | 0.88 (0.14) | 1.06 (0.13) | 0.73 (0.15) |
Marcos et al. (1997) | 40.7 (7.5) | 42.2 (9.7) | 45.5 (8.13) | – | – | – |
Forestel et al. (1989) | 47.6 (9.8) | 39.1 (10.2) | 50.7 (1.3) | 0.95 (0.13) | 1.27 (0.17) | 0.86 (0.17) |
PI:pulsatility index(拍動指数),SD:standard deviation(標準偏差)
アルツハイマー型認知症と血管性認知症において,中大脳動脈の平均血流速度はコントロール群に比し有意に低下し,PIはコントロール群に比し有意に高値を呈しているとする報告が多い。また,アルツハイマー群と血管性認知症との比較では,PIは血管性認知症の方が高値であり,平均血流速度は血管性認知症の方が低下傾向にあるとする報告が多い。文献4)から引用。
〈参考〉
パルスドプラ波形の解析で得られる主な計測値(Figure 1)
パルスドプラ波形の解析
収縮期最高血流速度(peak systolic flow velocity; PSV)
拡張末期血流速度(end-diastolic flow velocity; EDV)
時間平均最高血流速度(time-averaged maximum flow velocity; TAMX)
拍動指数(pulsatility index; PI)の計算式
PI = (PSV − EDV)/TAMX
抵抗指数(resistance index; RI)の計算式
RI = (PSV − EDV)/PSV
ピットフォール
アルツハイマー型認知症と血管性認知症が合併している症例も多く,経頭蓋超音波検査の血流データでは明確な区別がつかない場合が多いことに留意することが肝要である。
頭蓋内血管の解剖
経頭蓋超音波検査では,中大脳動脈および脳底動脈などの検出が可能である。アルツハイマー型認知症での経頭蓋超音波検査では,中大脳動脈の血流計測が主体となる。ウィリス動脈輪は,頭蓋内内頚動脈(internal carotid artery; ICA),中大脳動脈(middle cerebral artery; MCA),前大脳動脈(anterior cerebral artery; ACA),後大脳動脈(posterior cerebral artery; PCA),後交通動脈(posterior communicating artery; Pcom),前交通動脈(anterior communicating artery; Acom),および脳底動脈(basilar artery; BA)から構成される。
経頭蓋超音波検査に必要な頭蓋内血管の解剖を解説する5)。
1) ウィリス動脈輪頭蓋内では,頭蓋内内頸動脈(internal carotid artery; ICA),前大脳動脈(anterior cerebral artery; ACA),後大脳動脈(posterior cerebral artery; PCA),後交通動脈(posterior communicating artery; Pcom),前交通動脈(anterior communicating artery; Acom),脳底動脈(basilar artery; BA)により,血管が輪状に交通し還流している。これをウィリス動脈輪とよび,全体の血流が維持されるしくみとなっている。
2) 中大脳動脈(middle cerebral artery; MCA)中大脳動脈(MCA)は大脳基底核,前頭葉,頭頂葉,そして側頭葉の外側面を潅流する。M1からM4まで4つの部分に分けられる。M1の直径は2.2~2.8 mmほどである。MCAは側頭部より35~60 mmの深さで測定でき,M2は30~40 mm,M1は45~60 mm付近にある。認知症における経頭蓋超音波で計測する血管は,主に中大脳動脈である。
3) 脳底動脈,椎骨動脈左右椎骨動脈が頭蓋後部で合流すると脳底動脈(BA)となる。長さ26~32 mm,太さ2.6~3.5 mmの血管であり,上小脳動脈(superior cerebellar artery; SCA),前下小脳動脈(anterior inferior cerebellar artery; AICA)などの分枝があり,左右の後大脳動脈(PCA)に分かれる。経頭蓋超音波検査では,後頸部から深度70~120 mm付近で検出され,比較的描出容易な血管である。
2. 使用機器経頭蓋カラードプラ法(transcranial color-flow imaging; TC-CFI)で使用する機器は,腹部・体表領域や心臓・血管領域などで用いられる一般的な超音波診断装置である。留意点としては,経頭蓋超音波は,硬い頭蓋部分を超音波が透過しなければならず,超音波透過性に優れた中心周波数の低い(おおよそ3 MHz以下)セクタプローブが使用可能であることである。また,カラードプラのみならずパワードプラなど,感度の高い血流表示が可能な機器であることなどが,TC-CFIに適した機器の特性としてあげられる(Figure 3)。
経頭蓋超音波検査に使用する機器と超音波プローブ
a:TC-CFI(経頭蓋カラードプラ法)は,通常の超音波診断装置にて検査施行可能である。
b:中心周波数が2~3 MHz前後の低い周波数帯域をもったセクタプローブを用いる。
超音波機器の位置と,検者および被検者の検査体位を示す。経頭蓋超音波検査の場合,通常の腹部超音波検査などと同じような配置から,機器と検者が,被検者の頭近くに移動したような位置で検査を行うパターンと,検者が被検者の頭上に位置し,被検者の足側が検査の前側(遠位)に位置させる方法などがある(Figure 4)。
頭蓋内血管の解剖
a:超音波機器が被検者に対して左側に設置し,被検者の足側が検者の背側に位置させた場合の検査風景。
b:超音波機器が被検者に対して左側に設置し,被検者の足側が検査の前側(遠位)に位置させ,検者が被検者の頭上から走査する手技。
側頭骨アプローチのプローブ位置と観察可能な血管
a:耳介上部前方付近や側頭窩(こめかみ)部分からプローブを当てる側頭骨アプローチの位置;1は耳介上部前方,2は耳介上方,3は側頭窩付近のアプローチ位置。おおよそこの3箇所が音響窓となる。
b:側頭骨アプローチでの観察血管模式図;中大脳動脈,前大脳動脈,後大脳動脈,およびウィリス動脈輪などが描出できる。
頬骨弓の上方でこめかみ(側頭窩)や耳介上部前方の側頭骨部分は,一般的に骨が薄く超音波が透過しやすい部位である。側頭窩や耳介上部前方などからアプローチすると,観察のメインとなる中大脳動脈が観察される。側頭骨アプローチではその他に,前大脳動脈,後大脳動脈,およびウィリス動脈輪などが描出できる。
① 中大脳動脈(側頭骨アプローチ)の描出手順a.被検者は仰臥位で頭部を検査側と対側に回旋してもらう。耳介上部前方付近にプローブを当て任意に移動・調整し,断層像(Bモード)上で対側の側頭骨(線状高輝度像)が出るように観察深度(depth)を調整する(おおよそ17 cm前後)。ついで中脳(中心部付近の無~低輝度域),蝶形骨稜の構造(高輝度)が描出できることを確認する。脳実質の充実性成分が明瞭に認識できる程度にゲイン調整する(Figure 6)。
側頭骨アプローチでの頭蓋内観察例
a:耳介上部前方付近にプローブを当て任意に微調整する。b:断層像(Bモード)にて,対側の側頭骨(頭蓋の形状;弧状の高エコー)が出るように観察深度(depth)を設定。蝶形骨稜(線状高エコー),中脳(無~低輝度像),が出るようにプローブ位置を調整し,脳実質の充実性成分がでるようにゲインを調整する。
b.中脳や蝶形骨稜が描出できたら,カラードプラまたはパワードプラ表示に切り替える。カラードプラの流速レンジは初期値を20~30 cm/sec程度とし,血流シグナルが乏しければ,カラードプラゲインを大きくすることや流速レンジを下げるなどして調整する。反対に中大脳動脈の血流が速いため,カラードプラシグナルが折り返してモザイクシグナルを呈する場合は,カラードプラの流速レンジを上げるなどして適宜調整する。蝶形骨稜に沿ってプローブに向かって立ち上がってくる血流シグナルが,同側の中大脳動脈による血流像である。
中大脳動脈の前方には,前大脳動脈が,後方には後大脳動脈の血流シグナルが描出される(Figure 7)。
カラー(パワー)ドプラによる側頭骨アプローチ観察例
パワードプラにて中大脳動脈,前代脳動脈,後大脳動脈および,それらをつなぐ後交通動脈などが描出されている。
c.カラードプラ(もしくはパワードプラ)下で,描出されている中大脳動脈の比較的血流シグナルが明瞭に描出されている部分に,パルスドプラのサンプルゲートを置く。サンプルボリュームのサイズは,血流シグナルの幅とほぼ同程度とする。角度補正のアングルは血流シグナルの走行と同方向になるよう調整する。角度補正は60°を超えると誤差が生じる。そのため,角度補正は60°以内になるようにパルスドプラの位置やプローブ角度などを調整する。得られたパルスドプラ波形からは,収縮期最高血流速度(peak systolic flow velocity; PSV)や拡張末期血流速度(end-diastolic flow velocity; EDV),およびRIなどが算出できる。さらに,波形全体の頂点をトレースすることで,時間平均最高血流速度(time-averaged maximum flow velocity; TAMX)が算出できる。得られたTAMXとPSVおよびEDVからPIが算出できる。現在の機器はオートトレース機能が搭載されているため,波形を任意で選べば,自動的に上記のPSV,EDV,PI,RIなどが算出される(Figure 8)。
パルスドプラによる中大脳動脈の血流解析例
カラードプラ下で描出されている中大脳動脈にパルスドプラのサンプルゲートを置く。サンプルボリュームのサイズは,血流シグナルの幅とほぼ同程度とする。血管の走行に合わせて角度補正のアングルを調整する。このとき,角度補正は60°以内になるように調整する(本例30°)。得られた血流波形からPSV,EDV,TAMX,PI,RIなどが算出されている。
PSV:peak systolic flow velocity(収縮期最高血流速度)
EDV:end-diastolic flow velocity(拡張末期血流速度)
TAMX:time-averaged maximum flow velocity(時間平均最高血流速度)
PI:pulsatility index(拍動指数)
RI:resistance index(抵抗指数)
ワンポイントアドバイス
経頭蓋超音波検査における中大脳動脈の検出率について
経頭蓋超音波検査では,高齢者および女性で描出困難となり,特に70歳代以上の女性では検出率はおよそ2~4割程度であるとする報告がある6)。ちなみに70歳代以上の男性の検出率は7~8割程度である。また,描出の範囲(中大脳動脈の血流シグナル範囲)も高齢であるほど狭くなってくる(Figure 9)。若年者と比べて血流シグナルが乏しいからといって異常所見とは考えず,あくまでも検出されるドプラ波形解析などで比較検討すべきである。
中大脳動脈の検出例(年齢による違い)
a:30歳代男性の中大脳動脈カラードプラ血流検出例。
b:70歳代男性の中大脳動脈カラードプラ血流検出例。高齢者であるほど,検出範囲は小さくなってくる。70歳代以上の高齢者では検出できない場合も少なくなく,特に高齢の女性では検出率はさらに低下してくる。
後頭部下方(大後頭孔ウィンドウ)が椎骨動脈と脳底動脈を観察するのに用いられる。さらに経頭蓋超音波検査(TCD)では前頭骨眼窩上部(前頭孔ウィンドウ)が,前大脳動脈と中大脳動脈の観察に用いられるが,これらの描出法は,現状では認知症の検査には用いられていないのが一般的である。
健常例と認知症と診断された経頭蓋超音波データを提示するが,経頭蓋超音波検査の血流データは,認知症の確定診断に用いるツールではないので,数値データのみにとらわれないことが肝要であり,提示例はあくまでも参考症例として捉えていただきたい。
1. 健常例(Figure 10)健常例(非認知症例)
症例:60歳代女性,認知症を疑ったが問診,各種検査にて認知症は否定されている。
a:右中大脳動脈血流データ:TAMX = 34 cm/sec,PI = 0.87,RI = 0.57
b:左中大脳動脈血流データ:TAMX = 64 cm/sec,PI = 0.97,RI = 0.61
TAMX:time-averaged maximum flow velocity(時間平均最高血流速度)
PI:pulsatility index(拍動指数)
RI:resistance index(抵抗指数)
症例は60歳代女性,症状は物忘れやめまいがある。外来診察および血液生化学検査,MRI所見などから認知症は否定されている。TC-CFIにて,右中大脳動脈のTAMXは34 cm/sec,PIは0.87,左中大脳動脈のTAMXは64 cm/sec,PIは0.97であった。特にPIの異常高値などは認めず,また,明らかな中大脳動脈の狭窄所見などは認めなかった。
2. アルツハイマー型認知症例(Figure 11)アルツハイマー型認知症例
症例:80歳代男性,アルツハイマー型認知症認知症
a:右中大脳動脈血流データ:TAMX = 41 cm/sec,PI = 1.17,RI = 0.67
b:左中大脳動脈血流データ:TAMX = 44 cm/sec,PI = 1.05,RI = 0.62
TAMX:time-averaged maximum flow velocity(時間平均最高血流速度)
PI:pulsatility index(拍動指数)
RI:resistance index(抵抗指数)
症例は80歳代男性,症状は記憶障害および幻視である。Mini-Mental State Examinaton(MMSE)は17点であり,MRIでは前頭葉・側頭葉の萎縮を認めている。中等度のアルツハイマー型認知症と診断されている。TC-CFI検査での,ドプラ波形解析では,中大脳動脈のPIは,右が1.15,左は1.05とやや高値を示している。
3. 血管性認知症例(Figure 12)血管性認知症例
症例:70歳代男性,血管性認知症
a:右中大脳動脈血流データ:TAMX = 37 cm/sec,PI = 1.38,RI = 0.71
b:左中大脳動脈血流データ:TAMX = 23 cm/sec,PI = 1.22,RI = 0.67
TAMX:time-averaged maximum flow velocity(時間平均最高血流速度)
PI:pulsatility index(拍動指数)
RI:resistance index(抵抗指数)
症例は70歳代男性,症状は見当識障害,失語,失行などがある。脳梗塞の既往があり,脳梗塞発症から認知症の症状が顕著となった。MRIでは側頭部,頭頂皮質に萎縮,脳溝拡大を認め,脳血流SPECTにて,多発脳梗塞および血管性認知症に伴った血流低下分布を示していた。TC-CFI検査では,全体的に血流シグナルが乏しく,中大脳動脈の血流波形解析は困難であったが,両側の中大脳動脈で,PI値は非認知症例に比べ高値である(右:1.38,左:1.22)。
ピットフォール
中大脳動脈の狭窄所見に注意する(Figure 13)
中大脳動脈狭窄例
症例:70歳代男性,既往;脳梗塞,内頸動脈高度狭窄
パルスドプラにて,右中大脳動脈にPSV = 207 cm/secの高速血流を認め,狭窄が疑われる所見である。
PSV:peak systolic flow velocity(収縮期最高血流速度)
認知症患者では,動脈硬化性変化を伴っている場合が非常に多く,特に血管性認知症では,脳血流障害が動脈硬化によって引きおこされており,脳血管そのものの狭窄・閉塞を有する症例に遭遇する機会が少なくない。閉塞に関しては,ワンポイントアドバイスでも記したとおり,中大脳動脈の検出率が乏しい場合もあるので,経頭蓋超音波検査で診断することは困難である。狭窄所見に関しては,狭窄部に一致して血流速度の上昇が見られる。狭窄の定義としては,50% 以上の中大脳動脈狭窄と診断された症例の狭窄部血流速度は,収縮期最高血流速度(PSV)が180 cm/sec以上であることが,本邦で報告されている7)。欧米では,TC-CFIにて中大脳動脈のPSVが220 cm/sec以上で,50%以上の狭窄を有するとの報告がある8)。
中大脳動脈の狭窄・閉塞所見自体は,認知症と間接的に関わる所見である可能性はあるものの,直接所見ではないことに留意すべきである。
認知症の幻覚症状は暗い部屋など,脳の活動が弱くなると発生しやすくなる。超音波検査室の明るさは,画像が不鮮明にならない程度で調整する(極端に部屋が暗い状況にはしない)。最近の超音波機器においては液晶モニターが高精細になり,グレア対策も施され,部屋が比較的明るい状況でも観察が容易となった。日本超音波医学会では,検査室の明るさは300ルクス程度が検者にとっても疲労が少なく推奨されている9)。
2. 血流データの検出率について経頭蓋超音波の機器設定における要点の1つに,側頭骨を透過できる周波数の低いプローブを使用することがあげられるが,最近の機器は,任意で周波数をある程度調整し画像構築できる。また,断層像の周波数とカラードプラおよびパルスドプラの設定周波数はそれぞれ違うため,各々調整する必要がある。この調整が高周波寄りの設定になっていると中大脳動脈の検出率は低下する。かならず,機器設定を確認しておき,比較的明瞭に経頭蓋内が描出できるように設定周波数を調整しておくことが肝要である。
経頭蓋超音波検査においては,脳血流を観察するため,検査自体に懐疑心をいだく患者もいる。かといって,説明不十分で検査を行うことは,認知症患者にとってはさらに不安や被害妄想を煽ることとなる。脳血流を測定する簡単な検査であること,こめかみ付近にゼリーを塗って検査をすることなどを家族や付き添いの方も含め,簡潔にゆっくりと説明する。
2. 転倒の注意認知症の程度にもよるが,経頭蓋超音波検査においては,ベッド上での検査が基本となるため,転倒の危険性が常に生じる。特に検査終了後の起き上がるときなどは注意が必要である。付き添っている家族の方などには,移動時の注意点を聞いておく。また,手すり付きのベッドを使用することや,壁沿いにベッドを置くなど転倒を防止する対策を施しておくことが肝要である。また,認知症関連の経頭蓋超音波検査は,中大脳動脈のドプラ計測が主体なので,検査時間は短時間で済む。頭部の固定も長時間ではないので,ベッド移動が困難な場合は座位で検査するなどして対応することも可能である。
3. 幻覚・失語など認知症に関連する症状への対応検査中に幻覚の症状を伴う場合もある。家族へのヒアリングでどのような症状があるのかを事前に確認しておくと良い。カルテでも確認しておく。幻覚の対応では,本人の訴えに対し不安を取り除くようにゆっくり話を聞くなど,患者の症状に寄り添うように検査を進行していく。失語に対しては,基本的なことではあるが,身振りや動作によって経頭蓋超音波検査への進行を促すなどの対応が必要である。失認や半盲なども事前に症状を確認しておき対応する。経頭蓋超音波検査では,頭の向きを変えながら検査をするので,例えば半盲の症状では,患者は今どちら側が見えているのかを常に意識してコミュニケーションをとることなどが必要である。
経頭蓋超音波検査は,TC-CFIであれば,頭頸部超音波検査の保険点数に,パルスドプラ加算を追加した診療報酬点数となる。病名としては,脳血流障害などである。なお,専用の機器を要するTCDにおいては,保険診療報酬上はドプラ法 脳動脈血流速度連続測定の検査項目となる。
〈参考〉(2017年1月時点)
1)超音波検査 断層撮影法 頭頸部;350点,パルスドプラ法加算;200点。合計550点
2)ドプラ法 脳動脈血流速度連続測定;150点
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。