医学検査
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巻頭言
認知症患者への対応
狩野 賢二
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2017 年 66 巻 J-STAGE-2 号 p. 6-10

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Abstract

認知症が国民病と評される現在では,国家戦略として認知症対策が推進されるようになった。その一環として日本認知症予防学会および日本臨床衛生検査技師会が,認知症に関する専門知識を備えた臨床検査技師を育成する目的で認定認知症領域検査技師制度を構築した。認知症に関する専門知識を備えた臨床検査技師として,患者が認知症であっても安全で正確な臨床検査が実施できるように適切な対応が期待される。また,認知症という病気を知ることで患者への理解が深まり,今までできなかった対応ができるようになる。本章では,車椅子介助,歩行介助などの身体的介助,認知症特有の症状を考慮した対応,採血および生理検査の実施時に患者に負担をかけない方法で検査することを紹介した。

はじめに

2015年の日本人の平均寿命は男性が80.79歳,女性が87.05歳でともに過去最高を更新した。一方で我が国の出生率は欧米諸国と比較しても低水準であるため高齢化率が増加している。総務省統計局による高齢化率は,2000年に17.4%であったのに対し2016年は27.3%であり,今後,高齢化率はさらに増加すると予想される。高齢化における問題点の一つに認知症患者の増加が挙げられる。認知症の最大の危険因子は加齢であり,高齢化に伴い認知症および軽度認知障害(mild cognitive impairment; MCI)も増加すると推測される。認知症の高齢者数は2012年で全国に約462万人と推計されており,認知症が「国民病」と評されるようになった。そこで2012年に厚生労働者から「認知症施策推進5か年計画(オレンジプラン)」が発表され,2015年に「認知症施策推進総合戦略~認知症高齢者等にやさしい地域づくりに向けて~」(新オレンジプラン)が新たに策定された。このような認知症対策が国家戦略として推進されるようになり,認知症に対する社会資本や治療薬などの環境が整いつつあるが,医療,福祉,行政における相互連携が十分でなく患者および患者家族の様々な問題が軽減されていないのが現状である。この現状を改善するためには,認知症に携わる様々な職種が予防の観点からの認知症対策を考え,認知症への理解を深めて日常生活のあらゆる場を通して認知症の予防・進行防止を目指すことが重要であると考えられた1)。そのために日本認知症予防学会および日本臨床衛生検査技師会が,認知症に関する専門知識を備えた臨床検査技師を育成する目的で認定認知症領域検査技師制度を構築した。この認定認知症領域検査技師の重要な役割は,臨床検査に関する専門性を生かして認知症の診断および治療を行うチーム医療の一員として,認知症に関する情報提供を行うことであると考えられる。また,認定認知症領域検査技師は,認知症の症状を理解していることから,患者とのコミュニケーションにおける問題への対応も期待される。さらに,高齢による身体機能の低下,および認知症特有の症状により採血や生理検査の場面での様々な危険性を考えて対応できる知識・技術も身に着けておきたい。本章では高齢者や認知症の患者への対応として,身体的介助,認知症の症状と対応,および検査実施時における対応について述べる。

I  高齢者・認知症患者の身体的介助法

1. 車椅子での移動介助

高齢あるいは疾患による身体機能の低下により歩行が困難または転倒のリスクが高い場合には車椅子による移動が安全である。しかし,車椅子での移動を介助するときにはいくつかの注意が必要である。まず,車椅子自体の不具合がないことを確認する。例えば車輪の空気圧不足や,患者の足を置くフットレストの取り付けが緩くないか確認する。次に,移動時に患者に装着されているチューブやコード類が車輪に巻き込まれないようにする。また,酸素療法を行っている場合は,酸素ボンベの残量を確認する。車椅子で移動している間は,適宜,患者に声をかけて観察しながら進み,停止時は必ず車椅子のブレーキをかける。段差を越えるときはティッピングレバーを踏み,キャスターを浮かせる。下り坂は,後ろ向きに進み,車椅子を支えながらゆっくりと下る。

2. 車椅子からベッドへの移乗介助

検査のために車椅子からベッドへ移乗するときに,患者の転倒を防止すると同時に介助者の身体的負荷が軽減されるように工夫が必要である(Figure 1)。まず,ベッドの高さを車椅子の座面の高さと同じになるように調節する。次いで,車椅子をベッドに対して約30度の角度をつけて停めるが,患者に片麻痺がある場合は健足がベッド側になるようにする2)。患者が車椅子からベッドへ移るときは,介助者の足は片方を患者の両足の間に置き,もう片方は後方へ下げてベッドに対し90度になるように置く。患者の残存能力を利用しながら立たせて,回旋させながら誘導し,ベッドマットに患者を端座位にする。患者をベッドマットの中央に移動させ,患者の肩を支えながら仰臥位にする。患者をベッド上で座位から仰臥位にする場合に,一気に仰臥位になるのが辛いときは,座位から側臥位にしてから仰臥位にする。患者に片麻痺がある場合は健側の肩からゆっくりと寝かせるようにする。検査が終了して患者をベッドから起こすときは,座位になってから数分間座らせ,患者にめまいや気分不快が無いか確認する。異常がなければ,車椅子からベッドに移乗した逆順でベッドから車椅子へ移乗する。

Figure 1 

車椅子からベッドへ移乗

3. 歩行介助

歩行介助する場合は,患者の側方に立ち脇と腰部を支える。しかし,前方に倒れやすい患者の場合は向かい合わせに立ち,患者の肘を支えて,患者にも自分の肘を持ってもらって歩行を介助する。杖を使用する患者の介助は,杖を持たない側の斜め後方に立ち,杖のない方向に身体が傾くことに備える。また,どの方向への転倒も心配な患者は,必ず腰に手を添えて支えるか安全ベルトを利用する。なお,片麻痺のある患者の歩行介助は,麻痺側に立ち,自分の腕を患者の腰に回し身体を支えるが,麻痺の無い側に重心が傾き過ぎないように注意する。また,手すりを使用するときは,手すりの反対側に立つようにする。

II  認知症型別による症状と対応

認知症は原因によってアルツハイマー型認知症,血管性認知症,レビー小体型認知症,前頭葉側頭葉型認知症,およびその他の認知症に分類される。それぞれの認知症の症状は,病因によって現れる「中核症状」と,その中核症状と本人が持ち合わせた性格や環境によって現れる「行動・心理症状」がある。検査室で患者と接するのは短時間であるため,少しでも認知症患者の不安や混乱を軽減して良好なコミュニケーションをとるには,認知症の中核症状および行動・心理症状を理解して対応することが重要である。また,認知症が進行してくると物事の事実関係は忘れてしまうが,その時感じた感情は心に長く残っていると考えられる。認知症患者は,自分ができなかった事柄は忘れてしまい,検査技師から怒られたという感情だけが残る。また,患者の理解を得るためにあれこれ説明しても忘れられることが多い。患者に説明するときは要点を絞って優しく分かり易く説明することが大切である。

1. アルツハイマー型認知症患者への対応

アルツハイマー型認知症の中核症状は,記憶障害,理解力の低下,判断力の低下,実行機能障害,失語,失行,失認がある1)。初期症状は記憶障害であり,少し前の事を完全に忘れていて,あとで思い出すことができない。理解力の低下により何度も同じことを言わないとわかってくれない場合もある。記憶障害や理解力低下の患者に検査の説明を行う場合は,言語による説明だけでなく視覚で理解できるように図やイラストを用いたパンフレットやパネルを作成することも有効である。アルツハイマー型認知症の行動・心理症状は,興奮,易怒性,幻覚,妄想,抑うつ,不安などがある。他者から強要された行動はかえって混乱を招き,行動・心理症状が現れることがある。患者本人の内発的な動機が起こるような雰囲気や関わりを行うことで行動・心理症状を回避できる。しかし,行動・心理症状が現れた場合は,実行しようとしている行動を急性に促すよりは,いったん仕切り直して,自的動作をはじめからやり直すようにすると良い1)

2. 血管性認知症患者への対応

血管性認知症は,原因となる脳血管の障害部位・程度によって出現する症状が異なる。脳血管疾患の後遺症には,片麻痺,嚥下困難,失語,失認,半盲などがある1)。血管性認知症患者で身体的障害がある場合は,移動や移乗の際に転倒のリスクが高くなるため,健側と患側を意識した介助が重要である。また,血管性認知症は,起立性低血圧などを起こしやすいので,体位変換などにより頭の位置を急激に移動するような動作を避けるように注意する。

3. レビー小体型認知症患者への対応

レビー小体型認知症は,パーキンソニズムにより身体の動きが悪くなり,意識の変動,自律神経障害に伴う失神などにより転倒するリスクが非常に高い1)。したがって,床のわずかな段差やコード類などが歩行する経路にある場合は,手すりを使った歩行や臨床検査技師による歩行介助を行うようにする。また,失神は食後に起こることが比較的多いので,食後の時間帯では特に注意をして,患者の行動範囲に転倒時にけがをするような家具や機材がある場合はクッション材などでカバーをしておく。レビー小体型認知症のもう一つの特徴として,鮮明で具体的な幻覚が繰り返し出現する1)。患者は,幻視を幻視として自覚できていない場合もあるが,見えているものが実在していないことを自覚している場合もある。しかし,いずれにしても,幻視が出現すると精神的に不安となるので対応を慎重にする必要がある。患者が幻視を訴えるときは,患者の訴えを否定せずに,患者の訴えをオウム返しする。例えば,患者が「椅子に子供が座っている」と訴えた場合には,「椅子に子供が座っているのですね」というように,患者が言った言葉をそのまま使用して患者の訴えに同調する。また,患者がおびえているようであれば,手を握って話をよく聞くようにすると安心感が与えられる1)

4. 前頭葉側頭葉型認知症患者への対応

前頭葉側頭葉型認知症は,知的機能の障害よりも人格変化や得意行動などの脱抑制的な言動が目立つことが特徴とされており,行動を抑制されたときに衝動的な暴力が出現する場合がある1)。しかし,一方で,他者の真似をする模倣行動が亢進する特徴もあることから,直接的な行動を指示するのではなく,自分が先に実行して模範を見せるなどの方法を試すことが有効である。また,常同行動が目立つことも多く,特定のことに強くこだわったり時刻表的な行動をすることもあり,「室内を歩き回る」,「常同的に言葉を発する」,「順番が待てない」などの行動をすることがある1)。前頭葉側頭葉型認知症は,アルツハイマー型認知症とは異なり,エピソード記憶が保たれ,また行為そのものの解体も少ないことから,相性の良い職員・臨床検査技師の助言が功を奏する場合もある。

III  検査対応

認知症に見られる様々な症状は,全身の身体機能への影響も考えられ,採血および生理検査を実施されることも多い。採血時は患者の安全性を確保したうえで必要量の血液を採取する。生理検査における結果の正確性は,患者の協力によるところが多い。患者との良好なコミュニケーションを行い,できるだけ患者に負担をかけない方法で検査を実施する。

1. 採血時の対応

高齢になると皮膚の弾性が低下し脂肪層が薄く,血管が蛇行していることがある。この様な高齢者は,表面に見える血管が穿刺時に動いてしまうことがあるので,採血に適する血管を慎重に選ぶ必要がある。採血に適する血管は,駆血時に怒張して弾力がある血管であることと,その血管を触りながら駆血解除した時に血管の怒張が完全に消えることである。また,高齢者は血管壁の脆弱化や血小板数減少などにより,穿刺時に血管が破れて皮下出血することがある。このような場合は,真空採血管では吸引圧が強すぎるのでシリンジ採血が適している。また,認知症の患者は急に動くことも予想されるので,翼状針を用いるほうが安全である。

2. 心電図検査時の対応

片麻痺による上下肢の硬直やパーキンソニズムによる手足の震えは,心電図の四肢誘導の装着が困難でありノイズの発生が問題である。このようなときは,両肩口および腰部に電極を装着するとよい。また,衣服の脱ぎ着が困難な場合や,極端な厚着をしていて手足が出しにくい場合も両肩口および腰部に電極を装着するとよい。但し,四肢誘導をクリップ電極からシール電極にする場合は,全て同じタイプの電極に交換する。尚,痩せていて胸部電極が外れやすい場合に吸盤電極からシール電極に交換するが,このときも6つの胸部電極を全て同じものにする。

3. 呼吸検査時の対応

認知症の患者は呼吸機能のやり方が理解できない場合がある。しかし,何度も大きな呼吸をすると疲れてしまい余計にできなくなる。できる限り少ない回数で測定できるように,患者にマウスピースだけをくわえさせて練習するなどの工夫をする。また,検査中に患者の体調が悪くなっていないか,呼吸数,SPO2,顔色などをよく観察することも必要である。

4. 脳波検査時の対応

脳波電極を装着するときに,患者と会話しながら患者の状態を把握する。認知症の患者は,通常の会話が成り立たないことが多いが,小学校や中学校の時の話題や,若いころの仕事などの話題は会話が進むことがある。脳波を継続的に測定する場合は,一度成立した会話の話題を毎回持ち出すとよい。

おわりに

日本では平安時代以降,脚気が発生するようになって,明治時代には脚気が国民病と評されるようになった。この頃,海軍軍医であった高木兼寛は,実際に病人を診て,病人が置かれた状況を調べることによって脚気が栄養不足によって引き起こされると考え,食事改善で脚気の予防と治療を行った。後に,高木兼寛の言葉として「病気を診ずして病人を診よ」が紹介された。この言葉を考えてみると,医学の進歩のために病気に注目して科学的に研究することは重要であるが,医学は病人の苦痛や不安を和らげることが最も大切であるということが示されていると理解しなければならない。臨床検査技師は,検査の正確性,迅速性,経済性を優先してはいないだろうか?患者の状態を把握せずに採血や生理検査を行おうとすると,患者の協力が得られずに検査ができなくなってしまう。病気を知ることで患者への理解が深まり,今までできなかった対応ができるようになる。また,検査報告書に検査データのみを報告するだけではなく,検査時の患者の状況も併せて報告することで,チーム医療の一員として認知症に関する情報提供を行って頂きたい。

COI開示

本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。

文献
  • 1)  日本認知症予防学会(監),浦上 克哉,他(編):認知症予防専門士テキストブック,メディア・ケアプラス,東京,2013.
  • 2)  木村 哲彦(編):イラストによる安全な動作介助のてびき,医歯薬出版,東京,2004.
 
© 2017 一般社団法人 日本臨床衛生検査技師会
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