医学検査
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第四部 脳波検査
認知症の脳波検査
髙梨 淳子
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2017 年 66 巻 J-STAGE-2 号 p. 55-61

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Abstract

脳波検査は,脳血流障害や外傷等による脳萎縮,脳梗塞などの脳器質的障害の程度,てんかんの鑑別などを目的に実施される。記録方法はガイドラインに則り各種の導出法や賦活の反応性から異常を判定するが,年齢や各種の要因によって脳波波形は変化するためそれらの要因を考慮して評価する必要がある。認知症患者では,病態によって理解力の低下や判断力の低下,異常行動などがあり,患者の病態や行動を確認しながら臨機応変に対応することが重要である。

I  はじめに

脳には約140億個の神経細胞が存在するとされており,神経細胞を介して運動,知覚,聴覚,視覚,記憶,感情,意欲など様々な情報の伝導・伝達を行っている。認知症では個々の神経細胞の機能低下やネットワークの減少によって認知機能が障害され症状が出現する。脳波検査は脳の機能的障害を簡便かつ無侵襲に検査することができ,CTやMRIなど他の画像検査との総合判断により認知症診断への重要な役割を担っている。

II  認知症における脳波検査の意義

認知症における脳波の主な変化は,α波の徐波化,振幅低下,出現頻度の低下,不規則化などが挙げられるが,脳の障害の程度や部位により脳波が変化するため脳波検査のみでは認知症を診断することは困難である。

脳波検査は,脳の器質的障害による脳機能障害の程度の確認,てんかんなど他の認知症類似疾患との鑑別に用いられることが多い。特に高齢発症のてんかんでは非けいれん性で意識障害を起こす複雑部分発作が多く,認知症と誤認される可能性があるため脳波検査が鑑別に有用である。

III  脳波検査の概要

脳波の活動電位は,大脳皮質表面近くにある錐体細胞から伸びた樹状突起に生じるシナプス後電位の総和と考えられており,検査室で日常に行われている脳波検査では,この活動電位の変動を頭皮上から誘導し増幅して記録している。脳表から頭皮上に伝播する活動電位は髄液層で拡散し,電位の広がりをもって記録される。またインピーダンスの高い髄膜(軟膜・クモ膜・硬膜),頭蓋骨,頭皮を通過する際に波形に歪みが生じる。

1. 記録方法

脳波検査は10-20電極法に従って頭皮上に電極を配置し,紙送り速度30 mm/sec,記録感度50 μV/5 ‍mm,時定数0.3 secで脳波計を用いて記録する。脳波波形は一般的には基準電極導出法および双極導出法にて記録するが,状況によって各種導出方法を組み合わせて行う。また潜在的に存在する異常波の誘発や異常波を明瞭化するために各種の賦活法を行うことが理想的である。

2. 主な導出方法

1) 基準電極導出法(referential recording)

頭皮上の探査電極と耳朶の基準電極との2点間の電位差を記録する方法で,脳全体の電位分布が把握しやすく基礎波の判定や賦活法の施行など一般的に用いられる導出法である。

2) 双極導出法(bipolar recording)

頭皮上の2点の探査電極間の電位差を記録する方法で,局在性異常波の焦点を検索するのに適している。

3) 平均基準電極法(average potential reference electrode; AV)

頭皮上の各電極にそれぞれ1.5 MΩを通して1点に結合したものを基準として,頭皮上の探査電極との電位差を記録する方法で,耳朶活性の影響を受けにくく背景脳波が小さく記録されるため局在性の異常波を明瞭化させることができる。

4) 発生源導出法(source derivation; SD)

導出する電極の周囲を取り囲む電極の加重平均電位を基準に脳波を記録する方法で,波及する電位成分を相殺することにより導出する探査電極直下の成分だけをSN比良く検出し,局在性異常波の検出に有用である。

3. 主な賦活方法

1) 開閉眼賦活法(eyes-opening and closing)

脳波は通常閉眼で記録するが,記録中に開眼させ任意の視標を10秒程度凝視させる。基礎律動の反応性や覚醒水準や意識状態の確認など目的に行う。

正常反応:α波減衰(α-attenuation, α-blocking),squeak現象,開眼で抑制されないμ律動やκ波の明瞭化,開眼で出現するλ波がある。傾眠時やナルコレプシーでは逆説的α波減衰(paradoxical α-blocking)が見られる。

異常反応:α波減衰の欠如は軽度の脳機能低下,α波の一側性欠如(bancaud現象)は欠如側の器質的障害を疑う。また開眼で抑制されない皮質局在性異常波が明瞭化することもある。

2) 閃光刺激賦活法(photic stimulation; PS)

眼前30 cm前後の位置から,両視野に均等に光を照射し,刺激周波数を1~30 Hzの範囲で任意に選択して低頻度から高頻度へ順次上げて刺激する。刺激は閉眼状態で約10秒間行い次の刺激まで約10秒間休止する。

基礎律動に同調する光駆動の出現や突発性異常波の誘発などを目的に行う。

正常反応:光駆動反応(photic driving)や閃光刺激に対応して顔面の筋肉がミオクローヌスけいれんを起こす光筋原反応(photo-myogenic response)が見られる。

異常反応:ミオクロニーてんかんにおいて全般性棘徐波複合などの異常波が誘発される光突発反応(photo-paroxysmal response)。光駆動の左右差がある場合には低反応側の脳機能障害を疑う。光突発反応が出現した場合は刺激を中止し,臨床発作を誘発しないように注意が必要である。

3) 過呼吸賦活法(hyper ventilation; HV)

安静閉眼状態で20~30/分の過呼吸を3分以上続ける。突発性異常波の誘発や増強,ビルドアップ(build up)の観察を目的に行う。

ビルドアップは小児および背景にてんかんや脳器質障害がある場合に著明であり,健常者でも見られる。過呼吸終了後に1分以上持続する場合や一旦消失したビルドアップが再び出現するリビルドアップ(re-build up)は異常所見とされる。

過呼吸賦活は必須ではなく,小児や高齢者では理解度や全身状態を考慮して実施する。

急性期の心筋梗塞や脳血管障害,重篤な循環器疾患,各臓器の重症な機能障害がある場合,もやもや病と診断されている場合には過呼吸賦活を行ってはいけない(過呼吸賦活の禁忌)。

4. 睡眠賦活法(sleep activation)

睡眠中の脳波記録を行う。原則として自然睡眠を行うが,薬物誘導睡眠を行うこともある。睡眠深度によって出現する瘤波(hump)または頭頂鋭波(vertex sharp wave),紡錘波(spindle),入眠中に内的刺激や外部刺激により出現するK複合(K-complex)などの観察を行う。欠神発作以外のてんかん発作波,特に複雑部分発作の側頭部棘波の出現率が高くなるとされており,てんかんの診断に有効な賦活方法である。

突発性異常波は入眠期や覚醒前の眠りが浅い時間帯に誘発されやすく,睡眠深度に伴う波形変化が片側のみ振幅低下や欠如する怠慢活動(lazy activity)は,脳の器質的障害が疑われる。

認知症患者では覚醒期の脳波に有意な所見がなくとも睡眠時の脳波に異常所見が見つかることもある。睡眠構築の乱れが重要な所見となり得るため,可能な限り睡眠脳波記録を行うことが望ましい。レビー小体型認知症の診断基準にはREM睡眠行動障害が含まれており,通常の脳波検査より長時間睡眠脳波を記録できる終夜睡眠ポリグラフィー検査(PSG)も有効である。

5. アーチファクト

脳波以外に混入する電位をアーチファクトといい,脳波判読の妨げとなる。脳波との識別,由来の鑑別を行いできる限り除去する。認知症患者では特に体動によるアーチファクトは避けられないことが多く,記録にコメントとして記載しておく必要がある。またアーチファクトが患者の状態を知るきっかけとなることもある(Table 1)。

Table 1  アーチファクトの種類
(1)内部アーチファクト:脳波計
①脳波計の故障(コンデンサ,トランジスタなど)
②スイッチ部の故障
(2)外部アーチファクト:環境,患者,検査者
①交流障害:漏れ電流,他の電気器具など
②電極接着部:電極の接触抵抗が高い,リード線の破損など
③静電気:衣類・タオル等の摩擦など
④生理的:心電図,脈波,呼吸,発汗
⑤患者動き:体動,嚥下,眼球運動,瞬き,歯ぎしりなど
⑥その他:入れ歯,歯の詰め物,アクセサリー,光刺激パルス,心臓埋め込み型デバイス,脳深部刺激など

IV  健常人と認知症患者の脳波所見

1. 健常成人の脳波

安静覚醒時の脳波では,主に10 Hz前後,50 μV程度のα波が後頭部優位に出現し,β波が混在する。

α波振幅には漸増・漸減(waxing and waning)があり,徐波は殆ど見られず突発性異常波は出現しない。傾眠の場合にはα波の出現が広汎化し,緊張が強い場合にはα波の出現率が低下する。左右差を認めず,左右の振幅差は50%以内,周波数差は1 Hz以内である(Figure 1)。

Figure 1 

健常成人の脳波の1例

40歳男性。安静覚醒時。10 Hz程度のα波が後頭部優位にwaxing and waningを伴って出現している。

2. 高齢者の脳波

成人脳波に比較して,α波の周波数低下と出現量の低下,α波の出現部位の広汎化などの変化が見られ,徐波の出現量が増加する。開眼によるα波減衰の低下や光駆動反応の低下,過呼吸に対するビルドアップが減弱あるいは出現時間や回復時間の遅延などの反応性も低下する。高齢者の睡眠脳波では,瘤波・頭蓋頂鋭波の鈍化,振幅の低下,出現頻度の低下あるいは消失,睡眠紡錘波の周波数や出現頻度および持続時間の減少や出現間隔の延長,中等度睡眠期や深睡眠期の特徴であるδ波の振幅低下や出現頻度が低下を認めることがある(Figure 2)。

Figure 2 

健常高齢者の脳波の1例

72歳男性。安静覚醒時。8~9 Hzのα波がほぼ全般性に出現している。

3. 認知症患者の脳波

認知症疾患の種類は多く,アルツハイマー型認知症,血管性認知症,前頭側頭型認知症,レビー小体型認知症が比較的高頻度に認められる。脳波所見のみで認知症を診断することは困難であるが脳波異常が診断に役立つことも少なくはない。

1) アルツハイマー型認知症(Alzheimer’s dementia; AD)

初期には脳波異常が指摘されないことが多い。睡眠脳波で前頭部優位の高電位なδ波が出現する頻度は有意差をもって健常高齢者<軽度認知症<アルツハイマー型認知症の順に高い。ADが進行すると全患者の数%の割合でけいれん発作を生じる症例がある。このような症例ではてんかん性の症状であるか否かの鑑別に脳波所見が有用である(Figure 3)。

Figure 3 

アルツハイマー型認知症の脳波の1例

84歳女性,入眠初期の波形であるが,前頭部優位に2~3 Hzのδ波が出現している。

2) 血管性認知症(vascular dementia; VaD)

血管性認知症は脳梗塞や脳出血に伴って発症したもので,病変部位に一致して脳波の振幅低下や徐波が認められる。ADと比較して,限局性徐波の出現率が高い。

3) 前頭側頭型認知症(frontotemporal dementia; FTD)

初期には脳波異常が認められないことが多いが進行すると,萎縮した脳葉近傍の電極部位では徐波化が著しくそれ以外の部位では徐波化が目立たないという脳波像を呈するようになる(Figure 4)。

Figure 4 

前頭側頭型認知症の脳波の1例

81歳男性,8 Hz程度のα波が後頭部優位に出現しているが前頭~中心部に6 Hz前後のθ波が出現している。

4) レビー小体型認知症(dementia with Lewy bodies; DLB)

ADと比較して脳波の徐波化を呈する患者の割合が高く,軽度認知障害(MCI)の時期から基礎波の異常が高率に見られる。

5) クロイツフェルト・ヤコブ病(CJD)

病初期では脳波は正常像を呈し自覚症状(注意力減衰や健忘,歩行の不安定感など)があるのみである。他覚的症状や神経学的徴候が出現する時期には基礎波に高振幅徐波が混在するようになり,意識混濁が明らかになる頃にはα波は消失し基礎波は徐波のみとなる。更に進行すると基礎波が低振幅となり広汎性の鋭波が目立つようになる。やがて基礎波が消失して広汎性の鋭波が周期的に出現する周期性同期性放電(PSD)という特徴的な脳波を呈するようになる。

V  脳波検査実施上の説明と注意点

(1)検査当日は,洗髪し整髪料等は使用しない状態で来院してもらう。

(2)検査時はウィッグ(かつら),ヘアピン,ヘアゴム,メガネ,イヤリング,ピアス等の頭部への装着物は外してもらう。

(3)検査所要時間:電極装着20分程度,記録30分程度。状況により時間が変動することも伝えておくと良い。

(4)電極を装着すると手洗いに行くことが難しくなるので,検査前に手洗いは済ませてもらう。

(5)検査の説明:頭部に電極を装着することや検査の流れ,賦活法を行う際にはどの様な賦活を行うのか説明する。

(6)検査時の室温調節:長時間の検査でも不快にならない温度。上着を脱ぐ,タオルを掛けるなどで調節する。

(7)検査後は,電極装着に使用したペースト(電極糊)を拭き取るが,完全に拭き取れないことが多いため洗髪してもらう。

(8)患者の記憶力・理解力が低下している場合には,家族等の介助者にも一緒に説明を聴いてもらい検査がスムーズに行えるように協力していただく。

(9)脳波記録および賦活法の実施などについて技師のみで対応が困難な場合には,依頼医などに指示を仰ぐ。

(10)けいれん発作や異常行動などで1人では対応が難しい場合に他の技師・看護師・医師などに応援を呼べる体制作りなどを各検査室で話し合い,マニュアルを作成しておくことが望ましい。

VI  認知症患者への対応

認知症の進行度にもよるが,患者自身に疾患の自覚がなく家族が心配してあるいは家族が希望して受診している背景もあることを考慮して対応する。また病態により認知症症状は様々であるため,患者の状態を把握し,個々に合わせた対応が必要となる。特に賦活脳波記録では指示に従えないことも少なくはない。開閉眼賦活では患者が関心を向けるような物を見せたり,閃光刺激賦活などではその都度声を掛けながら施行することもある。

1. アルツハイマー型認知症(AD)

記憶障害や理解力が低下しているために検査の説明をしても理解してもらえない,説明や注意したことを忘れてしまうなどがある。根気よく何度も説明し,目を閉じてもらう,身体を動かさないなどその都度注意をする。

2. 血管性認知症(VaD)

麻痺や歩行障害がある場合には,ベッド移動などの際に介助を必要とすることもある。感情失禁のため,突然泣いたり怒ったりすることもあるので言葉をかける際に注意を要する。

3. レビー小体型認知症(DLB)

幻覚やパーキンソニズムが特徴的である。振戦や筋強剛,無動などが認められる場合には,ベッド移動や歩行開始時などに注意し必要に応じて介助する。

4. その他

検査中にずっと何かを話している,暴言を吐かれる,突然ベッドから起き上がり動いたりすることもあるため,脳波検査は短時間に可能な範囲で記録するという対応も必要である。

VII  診療報酬点数など

1. D235 脳波検査(過呼吸,光及び音刺激による負荷検査を含む) 600点

注:睡眠賦活検査または薬物賦活検査を行った場合は,250 点を加算する。

2. D238 脳波検査判断料

脳波検査判断料1 350点

脳波検査判断料2 180点

3. D236 脳誘発電位検査(脳波検査を含む)

1) 体性感覚誘発電位 670点

2) 視覚誘発電位 670点

3) 聴性誘発反応検査,脳波聴力検査,脳幹反応,聴力検査,中間潜時反応聴力検査 670点

注:2種類以上行った場合は,主たるもののみ算定する。

4) 聴性定常反応 800点

VIII  まとめ

認知症の診断において認知症類似疾患を除外診断するために脳波検査は必須である。認知症原因疾患のうち早期から脳波異常を呈する病態では認知症の早期診断に脳波検査が役立つ。その他の認知症でも脳機能障害の程度と脳波の異常所見にはある程度の相関があり脳波検査は有用である。原因疾患の続発症として出現するてんかんの診断にも役立つ。

また,脳波検査に関連して誘発電位検査の1つである事象関連電位(event-related potential; ERP)による認知症診断も研究されている。P300は高次の認知機能を反映していると考えられており,特にADでは,P300の振幅低下や潜時延長など報告されている。脳波検査同様に定期的かつ継続的に検査を行うことでその病状進行や変化を継時的に観察できる可能性がある。

 

本論文の画像データ使用について,北里大学メディカルセンターの承認を得ています(承認番号29-40)。

COI開示

本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。

文献
  • 1)  日本認知症予防学会(監修):認知症予防専門士テキストブック,徳間書店,2013.
  • 2)  大熊 輝雄,他:臨床脳波学 第6版,医学書院,2016.
  • 3)  日本臨床衛生検査技師会(編):「脳波検査」,脳波・筋電図検査の実際,1999.
  • 4)  日本臨床衛生検査技師会(監修):「脳波検査」,神経生理検査技術教本,2015.
  • 5)   齋藤  正範:「認知症の早期診断に役立つ脳波」,機器・試薬,2015; 38: 295–299.
  • 6)   黒須  貞利:「軽度~中等度のアルツハイマー病患者におけるP300潜時の性差の検討」,臨床神経生理学,2008; 36: 102–109.
 
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