2018 年 67 巻 1 号 p. 78-83
細菌性腸炎の診断には,糞便検体の培養検査による原因細菌の検出が必須であるが,培養結果確定までには3~5日の時間を要することが多い。今回,我々は小児科と連携し,小児における代表的な細菌性腸炎である腸管出血性大腸炎,サルモネラ腸炎,カンピロバクター腸炎について糞便からの直接PCR法による早期迅速診断を行うこととした。2015年3月から2016年11月までに当院の小児科において細菌性腸炎が疑われ入院管理となった症例8例(迅速法群)について糞便検体から直接PCR法と培養検査を行った。2011年から2015年までのPCRを行わず培養検査のみで診断した症例9例(従来法群)を対象とした。迅速法群,従来法群の培養による診断時間はそれぞれ平均3.68日と平均4.22日であった。これに対してPCRによる診断時間はすべての症例で3~5時間以内(平均0.20日)であった。迅速法群と従来法群の培養による診断時間には有意差は認められなかったが,PCRの診断時間と培養の診断時間には有意な差を認めた(p < 0.001)。さらに迅速法群と従来法群の入院期間の比較を行ったところ有意差が認められた(p < 0.005)。このことにより結果に数日を要する培養法に加えて数時間で結果の出る糞便からの直接PCR法を用いることにより診断時間と入院期間の短縮に貢献することができたといえる。
小児における代表的な細菌性腸炎として腸管出血性大腸炎,サルモネラ腸炎およびカンピロバクター腸炎があるが,それらを臨床症状,血液検査所見から鑑別することは難しく,確定診断には3~5日を要する糞便検体の培養検査による同定が必須である。
近年,感染症において早期診断のためpolymerase chain reaction(PCR)法による分子生物学的手法を用いた診断が行われるようになってきた。今回,我々は小児における細菌性腸炎の糞便から直接PCR法を行い,早期に鑑別診断し得た症例を診断時間,治療,入院期間について従来の培養法のみの症例と比較検討を行ったので文献的考察を加えて報告する。
2015年3月から2016年11月までに当院の小児科において細菌性腸炎が疑われ入院管理となった8例(迅速法群)をPCR法による迅速診断対象とし,すべての症例の糞便検体から直接PCR法と培養を行った。また,2011年から2015年までのPCRを行わず培養のみで診断した症例9例(従来法群)を比較対象グループとした。
2. 培養培養検査は腸管出血性大腸菌(enterohemorrhagic Escherichia coli; EHEC)O157に対してはCT-SMAC寒天培地(日水製薬),Salmonella sp.に対してはDHL寒天培地(栄研化学),Campylobacter jejuni(C. jejuni)に対しては変法スキロー培地EX(日水製薬)を用いて行った。CT-SMAC寒天培地とDHL寒天培地は37℃好気条件下で24時間培養を行い,疑わしいコロニーを釣菌しTSI寒天培地(栄研化学),LIM培地(日水製薬),VP半流動培地(栄研化学),シモンズ・クエン酸ナトリウム培地(栄研化学)を用いて菌種の確定をした。O157についてはデュオパス・ベロトキシン(メルク株式会社)を用いてVero毒素の検出を確認し確定した。変法スキロー培地EXは37℃微好気条件下で48時間培養を行い,疑わしいコロニーをグラム染色によりらせん菌であることと,馬尿酸加水分解試験が陽性であることを確認し確定した。遅発育菌の存在も考慮し,CT-SMAC寒天培地とDHL寒天培地は48時間,変法スキロー培地EXは72時間で発育を認めないものを陰性と診断した。
3. PCRDNAの取り出しは糞便検体を綿棒で採取し,滅菌精製水400 μLに浮遊させ,2 MのNaOHを10 μL加えアルカリ熱抽出法後,酢酸カリウムで中性にもどし14,000 rpmで10分間遠心分離した上澄み350 μLに等量の5 Mグアニジンおよび0.5 M酢酸カリウム溶液を混合し,DNA抽出用カラム(チヨダサイエンス)を用いて精製し,最後に50 μLのTE(10 mM Tris-HCl, 1 mM EDTA-NaOH)溶液で溶出した1)。PCRはVero毒素にはLinら2)が報告したVero毒素共通プライマーを,Salmonella sp.にはYangら3)が報告したSipB/C領域のユニバーサルプライマーを,C. jejuniにはMisawaら4)が報告したC. jejuniに特異的なプライマーを使用した(Table 1)。Vero毒素ではDenaturationは94℃15秒,Annealingは47℃15秒,Extensionは68℃30秒を40サイクル,Salmonella sp.,C. jejuniではDenaturationは94℃15秒,Annealingは58℃15秒,Extensionは68℃30秒を40サイクルで実行した。PCR産物は2%アガロースゲルで泳動し,Midori green stainにより確認した。またこれらのバンドはdirectシークエンスで目的遺伝子配列であることを確認した。
目的遺伝子 | プライマーの配列(5' → 3') | PCR産物のサイズ | |
---|---|---|---|
Vero毒素 | F | GAACGAAATAATTTATATGT | 905 bp |
R | TTTGATTGTTACAGTCAT | ||
Salmonella sp. | F | ACAGCAAAATGCGGATGCTT | 232 bp |
R | GCGCGCTCAGTGTAGGACTC | ||
C. jejuni | F | CAAATAAAGTTAGAGGTAGAATGT | 159 bp |
R | GGATAAGCACTAGCTAGCTGAT |
迅速法群と従来法群の発熱期間,迅速法群と従来法群の培養時間とPCRの診断時間,迅速法群と従来法群の入院期間について有意水準5%としてMann-Whitney検定を行った。なお,統計解析ソフトウェアはSPSS Statisticsを使用した。
迅速法群 | 従来法群 | |
---|---|---|
腹痛 | 8/8(100%) | 9/9(100%) |
倦怠感 | 8/8(100%) | 9/9(100%) |
下痢 | 8/8(100%) | 9/9(100%) |
血便 | 1/8(12.5%) | 3/9(30%) |
発熱 | 7/8(87.5%) | 7/9(77.8%) |
WBC(/μL) | 11,000 ± 2,943 | 9,422 ± 4,670 |
CRP(mg/dL) | 7.59 ± 4.72 | 6.84 ± 5.01 |
迅速法群と従来法群を含めたすべての症例17例の内訳は男児9名,女児8名で年齢は3~15歳で平均は10.7歳であった。臨床症状である腹痛,倦怠感,下痢は糞便からの直接PCR群である迅速法群と培養のみである群従来法群ともに全例に認めた。血便を認めた症例は迅速法群では1例のみであり,サルモネラ腸炎であった。従来法群では3例に認め,1例はサルモネラ腸炎であり,残り2例はカンピロバクター腸炎であった。発熱はどちらのグループにおいても約80%の症例に認められ,WBC,CRPはどちらも高い値を示した。
2. 検査および診断結果(Table 3)迅速法群 | 従来法群 | |
---|---|---|
腸管出血性大腸炎 | 0/8(0.0%) | 0/9(0.0%) |
サルモネラ腸炎 | 1/8(12.5%) | 3/9(30%) |
カンピロバクター腸炎 | 7/8(87.5%) | 6/9(66.7%) |
迅速法群の結果は,PCR法では,腸管出血性大腸炎と診断した症例は8例中0例,サルモネラ腸炎が1例,カンピロバクター腸炎が7例であった。これに対し培養の結果は,腸管出血性大腸炎と診断した症例は8例中0例,サルモネラ腸炎は1例,カンピロバクター腸炎は7例であった。PCR法の結果と培養の結果はすべて一致し,偽陽性,偽陰性ともに認めなかった。従来法群の培養の結果は腸管出血性大腸炎と診断した症例は9例中0例,サルモネラ腸炎は3例,カンピロバクター腸炎は6例であった。
3. 診断までの時間および入院期間(Table 4)迅速法群 | 従来法群 | |
---|---|---|
発熱期間(日) | 0.88 ± 0.33 | 1.00 ± 0.67 |
PCR診断時間(日) | 0.20 ± 0.00 | none |
培養診断時間(日) | 3.63 ± 1.11 | 4.22 ± 1.23 |
入院期間(日) | 2.50 ± 0.71 | 4.44 ± 1.57 |
PCRを施行した症例は全例5時間以内に結果が判明し,Salmonella sp.に対してはホスホマイシンを,C. jejuniに対してはクラリスロマイシンの内服をすぐに処方した。迅速法群と従来法群の発熱期間,迅速法群と従来法群の培養時間に有意差は認めなかったが,PCRの診断時間とは有意差を認めた(Figure 1)。また迅速法群の入院期間と従来法群の入院期間に有意差を認めた(Figure 2)。
迅速法群と従来法群の診断時間
有意水準5%としてMann-whitney検定を行った。
迅速法群と従来法群の培養時間の間に有意差は認めなかったが,PCRの診断時間とは有意差を認めた。
迅速法群と従来法群の入院期間
有意水準5%としてMann-whitney検定を行った。
迅速法群の入院期間と従来法群の入院期間に有意差を認めた。
小児における細菌性腸炎の中で,腸管出血性大腸炎はVero毒素を産生する大腸菌による感染症であり,代表的な血清型にはO157,O26,O111などがある。Vero毒素産生大腸菌に汚染された飲食物を摂取するか,患者の糞便で汚染されたものを口にすることで感染し,無症候性から軽度の下痢,激しい腹痛,頻回の水様便,さらに,著しい血便とともに重篤な溶血性尿毒症症候群(hemolytic uremic syndrome; HUS)などの合併症を起こす場合もある。HUSは赤血球の破壊による溶血性貧血,血小板減少,急性腎不全をきたす症候群であり,重症化すると脳症を呈し死亡することもある5)。サルモネラ腸炎は食肉や卵料理などの飲食物を介して感染し,大人では摂取しても発症せず通過するだけとなる場合や,保菌してしまい健康保菌者となる場合もあり食品従事者の保菌検査においては重要な菌となる。小児においては血流感染や髄膜炎を呈することがあり重要である6)。カンピロバクター腸炎は,主にC. jejuniにより引き起こされる。ニワトリなど家畜の腸管に保菌されており,保菌動物の排泄物で汚染された食肉,牛乳,飲料水が感染源となり近年増加傾向にある。一般的には潜伏期間が2~11日程度と長く予後は良好である。近年,感染後に発症するギラン・バレー症候群との関連に関心が集まっている7)。今回,当院においてもカンピロバクター腸炎が全体の76%を占め,近年の動向と一致するといえる。その中で原因がはっきりしたのは13例中6件だけであり,すべてが鶏肉の喫食であった。潜伏期間は2~7日と長く範囲も広かった。カンピロバクター腸炎においては潜伏期間の長さが原因不明となる要因となっていると言える。
細菌性腸炎の診断には培養による菌の検出が必須であり,現在でもgold standardである。培養により菌を検出することによって確実な検査結果となり,発育した菌を用いて薬剤感受性試験を行うことができる。菌を検出するための分離培地もメーカー各社が競い合って開発しており,常在細菌の多い便検体より目的の菌を検出するために様々な抑制剤を用いて目的菌の検出を容易としているが,このことにより目的菌ごとの培地が存在し,的確な培地を選んで用いる必要がある。しかし,抑制剤を用いても目的以外の菌の発育を完全に抑制できるわけではない。また,分離培地に発育したコロニーより生化学的性状の確認を行うため,分離培養からさらに日単位の時間がかかってしまう。さらに,1999年に乾燥イカ製品による食中毒患者から分離されたSalmonella sp.はリジン脱炭酸反応陰性株であり8),このような非典型的な株の存在があり注意を要する。このように培養検査は工程が煩雑であり,結果が完全に確定するまでに時間がかかる要因となっている。これらを補完すべく,近年,細菌検査の分野においてPCRを用いた診断が行われるようになってきた。
今回我々は,従来の培養法に加えて糞便から直接PCR法を行うことで検体処理の時間を含めても4時間程度で目的遺伝子を検出することができ早期に診断することができた。さらにこの診断結果によって直ちに適切な抗菌薬投与により入院期間も短縮することができた。また,PCRの結果をもとに的確な培地への接種を可能とするとともに,腸管出血性大腸炎とサルモネラ腸炎の疑いとなったものは培養翌日に疑わしいコロニーを抗血清により鑑別し中間報告を行うことができる。特に腸管出血性大腸炎を疑うものはO157,O26,O111といった検出率の高い血清型を優先的に疑い使用することにより,多数ある大腸菌抗血清すべてを検査せずに済む可能性など,検査の効率化を図れる可能性も示唆された。
今回,小児における細菌性腸炎において培養検査に加えて直接糞便からのPCR法を組み合わせることで,従来よりも早期診断を可能とし早期に治療を開始することができた。PCR法を積極的に活用することにより,早期診断や検査の効率化,抗菌薬の適正使用を図ることにより診断,治療,検査室および病院運営への貢献が期待される。
本症例はヒト遺伝子の検索は行っておらず細菌遺伝子のみの検索であり,検索したDNAは適切な方法により廃棄したため倫理委員会の判断として審議不要となった。また,インフォームドコンセントにより糞便からの各種細菌DNAの取り出しは患者本人と家族の同意を得た。それらのDNAは本検査以外には使用せず廃棄した。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。