2018 年 67 巻 1 号 p. 119-123
血液腫瘍性の高γグロブリン血症では,抗原抗体反応を原理とする検査項目においてしばしば非特異反応を示すことが報告されている。今回我々は,血管免疫芽球性T細胞リンパ腫(AITL)の患者において,FDPとD-Dが偽高値を示した症例を経験したので報告する。患者は60歳代女性。多発性のリンパ節腫大,皮疹,肝肺浸潤の症状で発症し,AITLと診断された。入院後9病日目に,D-Dが「プロゾン」というエラーメッセージと共に高値を示した。レンジオーバーを考え希釈測定を行ったところ,D-Dは予想値よりも著明に低値を示したため,非特異反応を疑い精査を行った。FDPとD-Dが偽高値となった時期に免疫グロブリン値が上昇していたことや,DTT処理によって測定値の低下が見られたことから,偽高値の原因はIgMが関与しているものと推測された。また,Western blotting像からも,希釈測定値が真値に近いと考えられた。本症例のように,臨床的な出血症状や血栓症状がなく,FDPやD-Dが偽高値を示す場合,非特異反応かどうかを判別するための確認法として,希釈測定が簡便でかつ有用な方法の一つであることが示唆された。
フィブリン・フィブリノゲン分解産物(FDP)とDダイマー(D-D)は,線溶系のマーカーとして日常的に測定が行われているが,これらの測定には抗原抗体反応が用いられている。血液腫瘍性の高γグロブリン血症では,しばしば抗原抗体反応を原理とする検査項目において非特異反応を示すことが報告されている1)~3)。しかし,M蛋白を有するB細胞性腫瘍の報告が中心であり4),5),T細胞性腫瘍の報告は我々が検索した限りでは見当たらない。
今回我々はFDPとD-Dが偽高値を示した血管免疫芽球性T細胞リンパ腫(AITL)の症例を経験したので報告する。
60歳代の女性。腹部違和感を主訴として,胆嚢炎疑いにて入院した。入院後の検査で多発性リンパ節腫大,皮疹,肝肺浸潤の症状が認められた。左腋窩リンパ節生検より,AITLと診断された。臨床的に出血症状や血栓症状は認められなかった。
測定装置には血液凝固自動分析装置コアプレスタ3000(積水メディカル),測定試薬はナノピアP-FDP(積水メディカル)とナノピアDダイマー(積水メディカル)を用いた。
主な入院時の検査所見として,プロトロンビン時間(PT)の延長(PT-INR 1.28),肝機能マーカーの上昇,CRPの上昇が認められた(Table 1)。
WBC | 7.6 × 109/L | AST | 86 U/L |
RBC | 4.30 × 1012/L | ALT | 89 U/L |
HGB | 129 g/L | LDH | 352 U/L |
PLT | 188 × 109/L | γGTP | 228 U/L |
ALP | 867 U/L | ||
PT-S | 15.0 sec | TP | 7.4 g/dL |
PT-% | 62% | ALB | 3.7 g/dL |
PT-INR | 1.28 | BUN | 12 mg/dL |
CRE | 0.5 mg/dL | ||
CRP | 5.7 mg/dL |
9病日目にD-D(測定範囲:0.5~60 μg/mL)が63.1 μg/mLと高値を示し,同時に「プロゾン」というエラーメッセージが表示された。5倍希釈による測定では,3.2 μg/mLと極端に低下した。FDP(測定範囲:2.5~120 μg/mL)の測定値には,エラーメッセージは表示されなかったが,原液血漿で58.3 μg/mL,5倍希釈測定では8.5 μg/mLと低下し,D-Dと同様に原液測定値と希釈測定値に乖離が認められた。以降数日間にわたってFDP,D-Dともに原液測定値と希釈測定値との乖離が認められたが,13病日目をピークに徐々に両者の乖離はみられなくなっていった(Figure 1, 2)。5病日目と7病日目の検体については,報告した値が正確かどうか確認するため後日再測定を行った。5病日目の検体では原液血漿測定値と希釈測定値の乖離はみられなかったが,7病日目の検体ではすでに両者が乖離していたことが判明した。
FDPの経時的変化
9病日目から13病日目の期間で,原液測定値と5倍希釈値の間に大きな数値の乖離がみられた。5病日目,7病日目,9病日目は後日測定した値。
D-Dの経時的変化
9病日目から13病日目の期間で,原液測定値と5倍希釈値の間に大きな数値の乖離がみられた。5病日目,7病日目は後日測定した値。
9病日目の検体をトリス塩酸緩衝液(TC buffer)で10段階希釈して測定したところ,FDP,D-Dともに直線性は認められず,予想値よりも著明な低値を示した(Figure 3)。
希釈直線性
A:FDP B:D-D
横軸は希釈率(TC buffer:血漿)を示す。
FDP,D-Dともに予想値との乖離が認められた。
FDPとD-Dが偽高値を示した時期(7病日目から14病日目)の血清免疫グロブリン値は高値を示し,特にIgMは1,000 mg/dL前後の値(基準値:46~260 mg/dL)を示した(Figure 4)。その後,IgMの低下とともにFDPとD-Dは低下傾向を示し,しだいに原液血漿と希釈測定値との乖離がなくなった。
マイクロチューブに0.01 M DTTと9病日目の血漿を等量混合し,37℃で30分インキュベーション後,超遠心機(Himac CT15D, HITACHI)にて13,000 rpmで10分間遠心分離し,上清のFDPとD-Dを測定した。対照として血漿とリン酸緩衝液(PBS)を等量混合した試料を用いて,同様の操作を行った。再測定した原液血漿の測定値はFDPが56.2 μg/mL,D-Dが84.6 μg/mLであったが,DTT処理検体ではFDP 7.8 μg/mL,D-D 3.8 μg/mL,PBS対照はFDP 9.6 μg/mL,D-D 15.8 μg/mLであった。2倍に希釈されたことによりDTT処理検体と対照検体の双方でFDPとD-Dの測定値は低下したが,DTT処理の方がPBS対照に比べさらに測定値は低下した。
2. 他社試薬との比較他社試薬によるFDPとD-Dの測定では,9病日目の検体はFDP 8.0 μg/mL,D-D 4.0 μg/mLを示し,今回用いた積水メディカル試薬による希釈測定値とほぼ同じ数値を示した。
3. Western blotting像による解析Western blotting検査結果を示す(Figure 5)。経過を追った各検体のFDPとD-Dのバンド像を観察すると,すでに濃度が判明している対照検体よりも薄いDD分画のバンドが認められた。したがって,対照検体のFDPとD-D濃度よりも各検体のFDPとD-D濃度は低値であることが推測され,本症例におけるFDPとD-Dの値は,希釈測定値が真値に近いと考えられた。
Western blotting像
A:抗Fibrinogen抗体(ポリクローナル)
B:抗D抗体(モノクローナル)
Lane 1.分子量マーカー
Lane 2.FDP精製品
Lane 3.正常ヒト血清
Lane 4.対照検体(FDP:20 μg/mL,Dダイマー: 10 μg/mL)
Lane 5.5病日目検体
Lane 6.7病日目検体
Lane 7.9病日目検体
Lane 8.17病日目検体
AITLは非ホジキンリンパ腫の1.2~2.5%に認められ,全身のリンパ節腫脹,肝脾腫,発熱,皮疹,自己免疫性溶血性貧血,高γグロブリン血症などを症状とする6)。増加するγグロブリンは,B細胞性腫瘍の単クローン性と異なり,多クローン性である。
抗原抗体反応で偽高値を示す原因として,①ヒト抗マウス抗体(HAMA)などの異好抗体による反応7),②検査試薬の反応性の違い8),9),③高γグロブリンの非特異反応が考えられている10)。
今回使用したFDPとD-D両者の第2試薬には,抗FDPマウスモノクローナル抗体感作ラテックス,抗ヒトDダイマーマウスモノクローナル抗体感作ラテックスがそれぞれ使用されているため,HAMAの存在を疑いマウス血清による吸収試験を実施したが,検体の希釈によって測定値が過度に低下したため,HAMAを証明するには至らなかった。
一方,Western blotting像からは,抗Fibrinogen抗体,抗D抗体ともにD-D分画にのみバンドが出現していたことから,測定試薬の反応性によってD-D分画以外の分画が検出されて生じた偽高値は否定的であった。
本症例では免疫グロブリン,特にIgMの増加した時期に一致して,FDPとD-Dは偽高値を示していたことより(Figure 4),増加した免疫グロブリンが測定試薬中の物質と非特異的に抗原抗体反応をおこし,偽高値となった可能性が高い。
貞谷ら4)はB細胞性リンパ腫(病型は不明)でFDPが偽高値となった症例を,下山ら5)は脾リンパ腫(SLVL)でFDPとD-Dが偽高値となった症例を報告している。これらはいずれもB細胞性腫瘍であり,単クローン性のM蛋白が影響しているとされるが,今回,T細胞性腫瘍における多クローン性の抗体でも非特異反応の原因になり得ることが示唆された。
DTTはIgM分子のジスルフィド結合を還元により切断する作用を持つため,DTT処理を行うとIgMは不活化されるが,IgGは処理後も活性を維持する11),12)。今回DTT処理により測定値が低値を示したことから,FDPとD-Dの偽高値は患者血漿中のIgMによる非特異反応によるものであると推測された。
本症例のように,出血や血栓症状が認められない高γグロブリン血症では,FDPやD-Dが高値を示した場合,真値か偽高値かを見分けることが臨床的にも重要である。9病日目の検体のように,測定範囲の広いFDPではエラーメッセージが表示されない限り偽高値が見逃されている可能性があり,注意が必要である。D-DはFDPの1分画であるため,一般的にはFDPがD-Dより高値となる11)が,本症例では非特異反応が認められた時期に実測値ですべてD-Dの方がFDPよりも高値となっており,このような逆転現象からも異常反応を疑うことが可能である。DTTによる処理や,Western blottingは精度の高い確認方法ではあるが,専用の試薬や設備が必要で,結果が出るまでには時間もかかる。今回の症例において10段階希釈測定(Figure 3)より,2倍希釈(IgMは500 mg/dL程度)でもFDPとD-Dの著明な測定値の低下が認められることから,簡便に偽高値を証明する方法として希釈測定が有用な手段の一つであると考えられた。
他社試薬による測定およびWestern blottingの解析にご協力いただいた積水メディカル株式会社に深謝致します。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。