2018 年 67 巻 2 号 p. 233-237
ダラツムマブ(daratumumab; DARA)は多発性骨髄腫(multiple myeloma; MM)の治療のために開発されたCD38に対するIgG型ヒトモノクローナル抗体薬である。CD38は骨髄腫細胞だけでなく赤血球にも発現しているため,DARA投与患者において間接抗グロブリン試験(indirect antiglobulin test; IAT)が偽陽性となる問題がある。今回,DARAによると推測されるIAT陽性例を経験し,DARAのIATへの干渉期間,および赤血球のジチオトレイトール(dithiothreitol; DTT)処理によるDARA干渉の回避法を検討した。対象はDARAを使用したMM患者4例。赤血球のDTT処理は3~5%赤血球浮遊液100 μLをリン酸緩衝生理食塩水(phosphate buffered saline; PBS)(pH 7.0)で4回洗浄し,0.2 mol/L DTT(pH 8.0)を400 μL加え,37℃30分加温,PBSで4回洗浄した。DARAのIATへの干渉期間はDARA投与開始3日目にはIAT陽性となり,調べ得た1例では投与終了後137日目に陰性となった。DARAによるIAT陽性反応は赤血球のDTT処理により陰性化した。赤血球のDTT処理はK以外の血液型抗原を失活させず,不規則抗体同定検査も可能であり,DARA使用患者の輸血検査に有用であると考えられた。
間接抗グロブリン試験(indirect antiglobulin test; IAT)は臨床的意義のあるIgG型抗体の検出に優れた検査法である。
ダラツムマブ(daratumumab; DARA)は多発性骨髄腫(multiple myeloma; MM)の治療のために開発されたCD38に対するIgG型ヒトモノクローナル抗体薬1),2)であり,現在,臨床試験が進められている。CD38は骨髄腫細胞だけでなく,健常人においても活性化リンパ球,赤血球,血小板など多くの組織に分布している3)ため,DARA投与患者においてIATが偽陽性となる問題がある。今回,DARAによると推測されるIAT陽性例を経験し,DARAのIATへの干渉期間,および赤血球のジチオトレイトール(dithiothreitol; DTT)処理によるDARA干渉の回避法を検討したので報告する。
DARAを使用したMM患者4例を対象とした(Table 1)。全例DARA投与前3ヵ月以内に輸血歴・妊娠歴はない。DARAは16 mg/kgの用量で週1回8週間投与した後,2週ごとに16週間投与し,以降4週ごとに投与した。本研究は松山赤十字病院倫理委員会の承認を得ている(受付番号585;実施許可日2017年1月18日)。
症例 | 年齢 | 性別 | 病型 | 進行度(ISS) | 治療 |
---|---|---|---|---|---|
1 | 74 | 男 | IgM型 | Stage III | 難治性 |
2 | 73 | 女 | IgG κ型 | Stage III | 初回 |
3 | 69 | 女 | IgG λ型 | Stage II | 初回 |
4 | 93 | 男 | IgA λ型 | Stage II | 難治性 |
ISS:International Staging System(国際病期分類)
不規則抗体検査用4%赤血球試薬はBioVue Screen J(Ortho-Clinical Diagnostics社),ポリエチレングリコール(polyethylene glycol; PEG)はガンマPEG(株式会社イムコア),低イオン強度溶液(low-ionic strength solution; LISS)はオーソ オートビュー用BLISS(Ortho-Clinical Diagnostics社),抗グロブリン試薬はバイオ・ラッド クームス バイオ・ラッド 抗IgG血清(バイオ・ラッド ラボラトリーズ株式会社),カラム凝集法の測定カラムはオーソ バイオビュー クームスカセット(Ortho-Clinical Diagnostics社),DTTは(±)-ジチオトレイトール(和光純薬工業株式会社)を使用した。
3. 方法 1) 赤血球のDTT処理赤血球試薬およびドナー赤血球のDTT処理はChapuyらの方法4),および日本輸血・細胞治療学会輸血検査技術講習委員会から示された対処法5)に従い,4%赤血球浮遊液100 μLをリン酸緩衝生理食塩水(phosphate buffered saline; PBS)(pH 7.0)で4回洗浄し,0.2 mol/L DTT(pH 8.0)を400 μL加え,37℃30分加温,PBSで4回洗浄した。
2) 検討内容 ① DARAの輸血検査への干渉期間DARA干渉の開始時期の検討はDARA投与前からIATを実施し得た3例(症例2,3,4),干渉の終了時期の検討はDARA投与終了直後からIATを実施し得た1例(症例1)を対象とし,試験管法による生理食塩液法(Sal),Sal-IAT,PEG-IAT,直接抗グロブリン試験(direct antiglobulin test; DAT),およびカラム凝集法によるLISS-IATを実施した。Salは試験管に被検血清100 μL,4%赤血球試薬またはドナー赤血球50 μLを分注し,3,400 rpm 15秒間遠心,判定,Sal-IATは引き続き,37℃60分間加温後,3回洗浄,抗グロブリン試薬を100 μL分注し,3,400 rpm 15秒間遠心,判定した。PEG-IATは試験管に被検血清100 μL,4%赤血球試薬50 μL,PEG 100 μLを分注,37℃15分間加温後,3回洗浄,抗グロブリン試薬を100 μL分注し,3,400 rpm 15秒間遠心,判定した。DATは試験管に4%被検赤血球50 μLを分注し,3回洗浄,抗グロブリン試薬100 μL分注し,3,400 rpm 15秒間遠心,判定した。また,干渉開始時期の対象1例,および終了時期の対象例については被検血清を生理食塩液にて2倍連続希釈し,O型ドナープール赤血球を用いてSal-IATによる抗体価を測定した。LISS-IATは測定カラムにBLISS 50 μL,被検血清40 μL,4%赤血球試薬またはドナー赤血球10 μLを分注,37℃15分加温後,5分遠心(55 g 2分,199 g 3分)し,判定した。
② 赤血球のDTT処理によるDARA干渉回避法の評価赤血球のDTT処理を行い,DARA投与4例に対しSal-IAT,およびPEG-IATを実施した。また,DTT処理による血液型抗原への影響の有無を4%赤血球試薬を用いて検討した。血液型抗原の強さは市販の抗体試薬との反応を添付文書に従い精査した。さらに,DARAと不規則抗体との共存モデルを対象に不規則抗体の同定検査をPEG-IATで実施した。共存モデル1はDARA投与検体(症例1)に抗E陽性患者検体を,共存モデル2は抗Fyb陽性患者検体を各々等量混合した。対照は不規則抗体陽性検体を生理食塩液で2倍希釈した。
3例全例,DARA投与前はSal,Sal-IAT,PEG-IAT,LISS-IAT,およびDAT陰性であったが,DARA投与3日目には全ての赤血球に対しSal陰性,Sal-IAT 1+~2+,PEG-IAT 1+~2+,LISS-IAT w+~1+,DAT w+~1+となった。1例のSal-IATにおける抗体価は投与後3日目には2,048倍,score 60と高力価を認め,17日目以降は4,096倍,score 65で持続した(Figure 1A)。DARA投与終了後,抗体価は50日目まで9,192倍,score 70からほとんど低下しなかったが,106日目には512倍,score 50と低下し,137日目に陰性となった(Figure 1B)。なお,DARA投与終了後から陰性となるまでに赤血球輸血を合計30単位行った。
DARAのIATへの干渉期間
A:投与開始時,B:投与終了時
DARA投与例のSal-IAT,PEG-IATにおける陽性反応は,赤血球のDTT処理によりいずれも陰性化した。また,赤血球のDTT処理によりK抗原は失活していたが,Rh,Duffy,Kidd,Lewis,MNS,P1,Diego抗原の強さには変化を認めなかった(Table 2)。
D | C | c | E | e | K | |
---|---|---|---|---|---|---|
未処理 | 4+ | 4+ | 4+ | 4+ | 4+ | 2+ |
DTT処理 | 4+ | 4+ | 4+ | 4+ | 4+ | 0 |
Fya | Fyb | Jka | Jkb | Lea | Leb | |
---|---|---|---|---|---|---|
未処理 | 3+ | 2+ | 2+ | 3+ | 2+ | 2+ |
DTT処理 | 3+ | 2+ | 2+ | 2+ | 3+ | 2+ |
S | M | N | P1 | Dia | Dib | |
---|---|---|---|---|---|---|
未処理 | 2+ | 4+ | 2+ | 2+ | 2+ | 2+ |
DTT処理 | 2+ | 4+ | 2+ | 2+ | 2+ | 2+ |
PEG-IATによる同定検査は共存モデル1,2ともに未処理赤血球では全ての赤血球に対し1+~2+と同程度の凝集を認めたが,DTT処理赤血球では共存モデル1はE陽性赤血球とのみ,共存モデル2はFyb陽性赤血球とのみ,対照検体と同等の強さの凝集を認め,抗体同定が可能であった(Table 3)。
DTT処理赤血球を用いた同定検査
赤血球 | 未処理 | DTT処理 | |
---|---|---|---|
検体 | 共存モデル1 | 共存モデル1 | 対照(抗E検体×2) |
PEG-IAT | 全ての赤血球(2+) | E(+)赤血球とのみ(2+) (同定:抗E) | E(+)赤血球とのみ(2+) |
赤血球 | 未処理 | DTT処理 | |
---|---|---|---|
検体 | 共存モデル2 | 共存モデル2 | 対照(抗Fyb検体×2) |
PEG-IAT | 全ての赤血球 (1+~2+) | Fy(b+)赤血球とのみ(2+) (同定:抗Fyb) | Fy(b+)赤血球とのみ(2+) |
IATは溶血性輸血副作用や胎児・新生児溶血性疾患などの原因となる37℃反応性IgG型抗体の検出に優れた検査法であるが,寒冷凝集素など低温反応性の抗体や反応増強剤,試薬赤血球の保存溶液の成分に対する抗体,患者に投与されている薬剤により偽陽性反応を示すことがある6),7)。本検討の契機となった最初の症例は3ヵ月以内に輸血歴・妊娠歴がなく,不規則抗体検査でSal陰性,Sal-IAT陽性,ドナー赤血球に対してもIAT陽性,およびDAT陽性であり,高頻度抗原に対する抗体,もしくは自己抗体や薬剤による偽陽性反応が疑われた。さらに,患者がDARAを投与されており,DARA投与前はIAT,DAT陰性,投与後に両法陽性となったことが確認され,DARA中の抗CD38と赤血球のCD38による偽陽性反応と判明した。
DARA投与例を対象とした検討の結果,DARAのIATへの干渉期間と反応の強さはDARA投与開始後3日目からIAT陽性となり,その強さは1+~2+と弱かったが,抗体価は2,048倍と高力価であった。また,投与終了後50日目まで抗体価は9,192倍からほとんど低下せず,その後徐々に低下し,137日目に陰性となった。DARAの添付文書によればDARA中の抗CD38の半減期は約20日であり,Oostendorpら8)はIATにおける偽陽性反応は抗CD38の投与が中断されたとしても,2~6ヶ月後まで検出されると報告している。今回の検討でも干渉期間は投与終了後5ヶ月弱と同程度であった。また,DARAによる偽陽性反応は高力価低凝集力(high titer-low avidity; HTLA)抗体の特徴を示したが,これは赤血球のCD38の発現が弱いため5)と考えられた。
DARAによる偽陽性反応の回避法は2015年に初めてChapuyら4)によって報告され,2016年10月に日本輸血・細胞治療学会 輸血検査技術講習委員会5)からも対処法が示された。Chapuyらの方法,およびAABBテクニカルマニュアルに示されている赤血球のDTT処理方法9)では洗浄にpH 7.3のPBSを用いるのに対し,本邦の対処法では生理食塩液を用いるため操作が簡便である。本例のIATにおける偽陽性反応はDTT処理赤血球では全例陰性化したことから,DTT処理によりCD38が失活したと推測された。DTT処理による血液型抗原への影響の検討では,赤血球型検査(赤血球系検査)ガイドライン10)で赤血球試薬に抗原陽性が求められている血液型のうちK以外は処理後も変化を認めなかった。また,DARAと不規則抗体が共存したモデルの抗体同定も可能であった。抗Kは溶血性輸血副作用,胎児新生児溶血性疾患を引き起こす抗体であるが,日本人は多型性がほとんどみられずK−k+であるため,抗体に遭遇することは極めて稀であり,臨床上問題となることは少ない11)。以上より,赤血球のDTT処理は簡便であり,不規則抗体の検出に影響なくDARAの干渉を回避できることから,DARA使用患者の輸血検査に有用であると考えられた。
分子標的治療薬によるIATの偽陽性反応を初めて経験したが,様々な治療薬の開発によりこの種の偽陽性反応の増加が危惧される。IAT陽性例に際しては患者の臨床的背景に留意し,薬剤が原因であることも念頭に置き,精査することが重要である。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。