2018 年 67 巻 2 号 p. 243-248
Mycobacterium abscessus complexによる慢性中耳炎の症例を経験したので報告する。患者は耳痛,耳漏を主訴とする72歳女性。前医でofloxacin(OFLX)耳科用液とgarenoxacin(GRNX)を処方されていたが,症状が改善せず当院紹介となった。来院時に採取した耳漏のグラム染色で難染性を示す陽性桿菌を認めたため,抗酸菌を疑い,チール・ネルゼン染色を実施した。その結果,抗酸菌をGaffky 4号認めた。さらに,5%ヒツジ血液寒天培地/チョコレート寒天培地とドリガルスキー改良型BTB寒天培地の培養48時間後に抗酸菌の発育を認めたため,迅速発育抗酸菌の可能性があることを主治医に報告した。培地上に発育した菌株は,DDH(DNA-DNA hybridization)法でM. abscessusと同定され,ブロスミックNTMを用いた薬剤感受性検査では,多くの薬剤が耐性,clarithromycin(CAM)は感性であった。本症例では,GRNXとCAMの併用療法により,1ヶ月後には症状は改善傾向を示した。その後,後者のみの内服治療に変更となり,耳漏は消失して伝音性難聴もほぼ改善した。本症例から,詳細なグラム染色標本の観察および48時間培養後の培地と臭気観察の重要性を再認識した。
Mycobacterium abscessus complexはM. abscessus subsp. abscessus,M. abscessus subsp. massiliense,M. abscessus subsp. bolletiiの3亜種からなり,土壌や水など自然環境に広く分布している迅速発育抗酸菌である。本菌による皮膚・軟部組織感染は,外傷性損傷,外科的創傷または環境曝露による汚染物質や水との直接接触,および播種性疾患における二次的関与に起因する1)。難治性を呈する場合が多く,一般的に抗菌薬治療および外科的治療が行われる。今回,我々は慢性中耳炎患者の耳漏よりM. abscessus complexを検出したので,その詳細について報告する。
患者:72歳女性。
主訴:耳痛,耳漏。
既往歴:脂質異常症(HMG-CoA還元酵素阻害薬内服中),骨粗鬆症(ビスホスホネート製剤内服中)。
現病歴:数年前より右耳が難聴となり,2014年3月頃から耳痛・耳漏を生じるようになった。近医を受診したが軽快せず,その後も耳漏と耳痛を繰り返すため,同年6月18日に当院へ紹介受診となった。
来院時検査所見:血液検査および生化学検査の結果,白血球およびCRPは基準範囲を示し,播種性感染症を疑う炎症反応の上昇は認めなかった(Table 1)。標準純音聴力検査の結果,右耳に4分法47.5 dBのAir-Bone-gap(A-Bgap)を伴う伝音性難聴を認めた(Figure 1)。さらに,右耳は鼓膜穿孔,発赤および耳漏を示した。よって,耳漏をシードスワブγ1号(栄研)で採取後,一般細菌と嫌気性菌の分離培養検査が提出された。
血液算定検査 | 生化学検査 | ||||
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項目 | 測定値 | 単位 | 項目 | 測定値 | 単位 |
WBC | 5.1 | 103/μL | AST | 26 | U/L |
HGB | 14.1 | g/dL | ALT | 22 | U/L |
PLT | 16.6 | 104/μL | BUN | 14.1 | mg/dL |
Neutrophil | 66.3 | % | CRE | 0.75 | mg/dL |
Lymphocyte | 26.3 | % | TP | 6.8 | g/dL |
Monocyte | 6 | % | ALB | 4.6 | g/dL |
Eosinophil | 1 | % | GLU | 81 | mg/dL |
Basophil | 0.4 | % | CRP | 0.04 | mg/dL |
来院時検査所見(標準純音聴力検査)
臨床経過:来院時,前医よりofloxacin(OFLX)耳科用液(2回/日)およびgarenoxacin(GRNX)(400 mg × 2回/日,7日間)が処方されていた。来院時に採取した耳漏のグラム染色では,酵母様真菌と背景中に菌体を疑わせる無色透明の桿菌を認めた。本所見から抗酸菌を推定し,直ちに抗酸菌染色であるチール・ネルゼン染色(メルク・ジャパン)を実施した。その結果,陽性菌体(抗酸菌)を認めたため,主治医にその旨を速報した。主治医は,培養検査より同時に検出された酵母様真菌は起炎菌として判断せず,抗酸菌が起炎菌であると判断したため,抗酸菌検査を依頼された。分離培養検査の48時間培養後の培地上に抗酸菌の発育を認め,迅速発育抗酸菌の可能性が高いことを主治医に速報した。なお,同年6月30日の胸部レントゲン検査では異常所見は認められず,T-SPOT.TBも陰性であった。
7月22日に同定結果がM. abscessus complexであり,本菌の第一選択薬はclarithromycin(CAM)であることを主治医に直接報告した1)。7月28日の耳洗浄後よりGRNX(400 mg × 2回/日,14日間)に加えてCAM(400 mg × 2回/日,14日間)の内服治療が開始され,7月31日に,本菌の薬剤感受性結果を報告した。8月11日に症状の改善傾向を認め,翌日よりCAM(400 mg × 2回/日,28日間)のみの内服治療に変更となった。その後,耳漏は消失して伝音性難聴もほぼ改善した。
提出された耳漏をバーミー法®(和光純薬)を用いてグラム染色を行った結果,高倍率1視野中に扁平上皮細胞は3~5個,WBCは0~1個およびグラム陽性桿菌と酵母様真菌を6~30個認めた。さらに,注意深く観察した結果,背景が透明に抜けた抗酸菌を疑わせる桿菌を認めた。チール・ネルゼン法を用いて抗酸菌染色を行った結果,高倍率1視野中に2~3個(Gaffky 4号)の抗酸菌を認めた(Figure 2)。
耳漏のグラム染色像,チール・ネルゼン染色像
一般細菌と嫌気性菌の分離培養には,5%ヒツジ血液寒天培地/チョコレート寒天培地(BA/CHO,ベクトン・ディッキンソン),ドリガルスキー改良型BTB寒天培地(BTB,ベクトン・ディッキンソン)およびABHK寒天培地(ABHK,極東製薬)を用いた。各培地の培養条件は,BA/CHO培地は5% CO2環境下で35℃24時間,BTB培地は好気環境下で35℃24時間,ABHK培地は嫌気環境下で35℃48時間とした。さらに,真菌の分離培養には,クロモアガーカンジダ培地(関東化学)およびDifcoTM Sabouraud Dextrose Agar(ベクトン・ディッキンソン)を用いた。両培地の培養条件は,好気環境下で35℃48時間とし,その後室温にて1週間培養継続した。
24時間後の培地観察ではBA/CHO培地,BTB培地に集落の発育を認めなかった。さらにBA/CHO培地は5% CO2環境下,BTB培地は室温にて培養継続した。48時間培養後の培地観察では,BA/CHO培地,BTB培地上にCorynebacterium sp.様の微細なR型の白色集落,臭気観察では土臭を認めた(Figure 3)。本集落のグラム染色ではやや難染性を呈するグラム陽性桿菌,チール・ネルゼン染色にて抗酸性を認めた。本集落を2%小川培地に接種し,好気環境下で35℃8週間培養を開始した結果,培養3日目で2%小川培地上に微細なR型の白色集落を認めた。なお,クロモアガーカンジダ培地上にはピンク色を呈する集落を認め,アピCオクサノグラム(シスメックス・ビオメリュー)にてCandida parapsilosisと同定した。
各培地上に発育した集落の形態(48時間培養)
抗酸菌の菌種同定はCobas TaqMan PCR(TaqMan PCR, Roshe)およびDDHマイコバクテリア‘極東’(DDH,極東製薬)を用いた。なお,操作法は添付文書の指示に従った。BA/CHO培地上に発育した抗酸菌の集落を用いたTaqMan PCRでは,結核菌群(MTB),Mycobacterium avium(MAV),Mycobacterium intracellulare(MIN)のいずれも陰性であったが,DDHではM. abscessusと同定された。薬剤感受性検査にはブロスミックNTM(NTM,極東製薬)を用いた。なお,使用したブロスミックNTMはMycobacterium avium ATCC25291,Mycobacterium intracellulare ATCC13950にて精度管理したものを使用した。2%小川培地上に発育した集落を用いて,36℃3日後に薬剤感受性結果を判定した結果,多くの薬剤が耐性であったが,CAMは感性であった(Table 2)。
薬剤 | MIC(μg/mL) |
---|---|
streptomycin SM | >128 |
ethambutol EB | 128 |
kanamycin KM | 32 |
rifampicin RFP | >32 |
rifabutin RBT | 16 |
levofloxacin LVFX | 32 |
clarithromycin CAM | 1 |
ethionamide TH | >16 |
amikacin AMK | >16 |
中耳非結核性抗酸菌症の多くは局所感染であり,一般的な抗菌薬療法や鼓膜換気チューブによる治療の既往を認める場合が多い2)。また,結核性中耳炎では顔面神経麻痺,中耳症状,肺病変などを呈する場合があるが,非結核性抗酸菌症では殆ど認められない3),4)。なお,結核性中耳炎の抗菌薬療法は比較的良好であるが,非結核性抗酸菌症の抗菌薬療法に関してはCAMを中心とした多剤併用療法でも難治性を示し,外科的治療が併用される場合が多い5),6)。
今回,詳細なグラム染色標本の観察で抗酸菌の存在を疑い,チール・ネルゼン染色を行った。48時間培養後のBA/CHO培地,BTB培地上に発育したCorynebacterium sp.様の微細なR型の白色集落は安易に皮膚常在菌と判定するのではなく,迅速発育抗酸菌の可能性があるため注意が必要である。また,臭気観察では土臭を認めたが,集落の臭気を観察する場合は感染予防上,注意が必要である。本症例から,詳細なグラム染色標本の観察および48時間培養後の分離培地の丁寧な観察と臭気に注意することは迅速発育抗酸菌の検出に必須と考えられた。さらに,一般細菌の培養日数を2日間としている場合は,迅速発育抗酸菌の微細な集落を見落とす可能性があるため,3日間以上の培養継続が必要と報告されている7)。したがって,当検査室において今後検討が必要な課題と考えられた。また,抗菌薬療法が難治性な症例では,抗酸菌検査が必要不可欠であることを再認識した。
迅速発育抗酸菌の治療に関して,American Thoracic Society(ATS)/Infectious Diseases Society of America(IDSA)のガイドライン8)は,菌種レベルまで同定すること,コンタミネーションが多いため診断基準を満たした症例を治療対象とすること,薬剤感受性検査の成績に基づいて複数の治療薬を選択すること,治療期間,予後は菌種および感染部位により異なることなどに留意することが重要と定めている。また,M. abscessus complexによる非結核性抗酸菌感染症の診断基準8)は,喀痰の分離培養検査で2回,気管支洗浄あるいは気管支肺胞洗浄液の分離培養検査で1回は陽性であること,肺生検組織に肉芽腫,あるいは抗酸菌染色が陽性および喀痰の分離培養検査で1回は陽性であること,血液,リンパ節,膿,皮膚,皮下組織などの分離培養検査が陽性であることなどを定めている。本症例では耳漏の分離培養検査でM. abscessus complexを検出したことより,非結核性抗酸菌感染症の診断基準を満たしていると考えられた。
M. abscessusは1952年に初めて膝膿瘍から分離された。M. abscessusとM. chelonaeはもともと同じ種に属していたと考えられていたが,1992年,M. abscessusが独立した種として認識された。2006年,M. massilienseおよびM. bolletiiを含む新たな亜種が発見されたが,2011年,M. abscessus subsp. abscessusおよびM. massilienseとM. bolletiiが再結合してM. abscessus subsp. bolletii の2亜種となった。また,2013年より,M. abscessus subsp. abscessus,M. abscessus subsp. massiliense,M. abscessus subsp. bolletiiの3亜種に分類された1)。当検査室は,抗酸菌同定検査としてMTB,MAV,MINについてはTaqMan PCRを実施している。なお,前者の方法で陰性を示した場合はDDHを用いて同定を行っている。DDHは迅速発育抗酸菌のうち,M. fortuitum,M. abscessus,M. chelonae,M. peregrinumの同定が可能である。迅速発育抗酸菌感染症の80%程度はM. fortuitum,M. abscessus,M. chelonaeであることより10),本法は有用な検査法と考えられた。しかし,DDH法にてM. abscessusと同定された菌株を16S rRNA遺伝子およびrpoB遺伝子解析の結果,M. massilienseも含まれていたと報告されており11),主となる治療薬であるCAMに対する薬剤感受性に違いがあるため,M. abscessusとM. massilienseを区別することは非常に重要である。現状では,通常行われる16S rRNA遺伝子解析,相同性の高い菌種では更にhsp65,rpoBなどのハウスキーピング遺伝子解析が必要となり10),時間的にも経済的にも負担が大きいため検討が必要であると考えられる。
当検査室では非結核性抗酸菌の薬剤感受性検査にブロスミックNTMを用いている。M. abscessus complexなどの迅速発育菌は対象外菌種とされているが,本法による薬剤感受性検査結果による治療が有用であったとの報告もあり12),更なる有用性の検討が望まれる。本症例ではCAMなどの薬剤感受性検査を行い,得られた結果を報告したがClinical and Laboratory Standard Institute(CLSI)13)に準拠した方法で行わなければならない。CLSIではCa,Mgイオン濃度補正したミューラーヒントンブロスを用いて30℃・3日後に判定し,erm遺伝子による誘導耐性を確認するため,CAMの感受性については14日まで培養延長し判定することを推奨している。Leeら9)はM. abscessus subsp. abscessusについて,CAMは15.4%,amikacin(AMK)は68.3%,ciprofloxacin(CPFX)は2.0%の感受性があったと報告している。また,M. massiliense(M. abscessus subsp. Bolletii)はCAMは92.5%,AMKは69.9%,CPFXは4.5%の感受性があったと報告している。本邦では,迅速発育抗酸菌の薬剤感受性検査方法の標準法が確立していないため,早期の確立を望みたい。
なお,本症例では,CAMを中心としたGRNXとの併用療法による治療が有効であった。
本症例から難治性且つ稀な症例では,主治医と緊密な情報交換を行い必要に応じて追加検査を実施することにより,感染症の早期診断および治療に貢献できると考えられた。
慢性中耳炎患者の耳漏よりM. abscessus complexを検出したので報告した。難治性で抗菌薬療法が不良な症例では,抗酸菌感染症を含めた培養検査が必要である。また,依頼医と密に連絡を取りながら薬剤感受性検査を実施することで,今回の様な稀な症例でも早期に適切な抗菌薬治療が可能と考えられた。
なお,本症例については北里大学医学部・病院倫理委員会にて「人を対象とする医学系研究」ではないため,審議対象外となった。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。