2019 年 68 巻 1 号 p. 144-149
患者から採血した血液検体は,速やかに検査室へ搬入し,適切な前処理の後検査を実施すべきである。しかし病棟採血検体は全血で長時間保存され検査部へ提出されることがある。我々は検査室で受付されてから報告までのturn around time(TAT)より,採血から結果報告までのTATが精度保証に重要であると考え,病棟検体の採血から検査室への到着までの時間を調査した。その結果,平均時間は91 ± 51分であり,想定よりも長時間であった。そこで,全血検体の保存時間による測定値への影響について室温24℃と冷蔵4℃にて検討を行った。対象は血糖測定値・hANP測定値・生化学測定値とした。血糖測定の検体は,室温で採血2時間後には5.6~15.4%低下し,その後も徐々に低下した。hANP測定の検体は,6時間後に冷蔵で8.4~24.4%,室温で18.9~41.3%低下した。生化学項目で大きな変化を確認したのは,K,LD,IPであり,Kは冷蔵で6時間後に26.8~28.2%上昇した。LDは,室温・冷蔵共に上昇傾向を認め,最大19.9%の上昇を確認した。IPは,室温6時間後に9.1~16.7%低下した。今回の検討により,病棟採血は検体が検査室に到着するまで長時間,時間を要することがあり,検査値へ影響することが懸念された。検査の精度保証のためには検体採取からの時間管理が必要と考えられる。
つくばi-Laboratory LLPは筑波大学附属病院とLSIメディエンスによる産学連携事業の検体検査業務を担う検査センターであり,院内生化学検査,免疫検査,血液検査の他,外注委託検査の検体前処理を行っている。本検査センターは筑波大学附属病院からおよそ100 m離れた場所に位置しており,Figure 1の様な搬送経路で検体が搬入されている。まず,病棟で採血された検体は院内メッセンジャーにより1時間周期で回収され,一旦筑波大学附属病院の検査部へ集められる。そこから本検査センターのメッセンジャーにより10分周期で搬入される。また,外来採血室にも本検査センターのメッセンジャーが常駐しており,10分周期で検体が搬入される。つまり外来採血に比べ病棟採血の方が採血から測定までの時間を要している現状がある。病棟のベッド数は800床であり,各病棟に設置された合計21箇所の検体置き場を1人の院内メッセンジャーが回収をする体制となっている。そのため,実際には院内メッセンジャーによる検体回収は,検体の多い朝の場合,全ての病棟検体を回収するのに1時間近く要してしまう場合もある。
Patient specimen transport route from the hospital to the laboratory
そもそも患者から採血された血液は検査目的に沿って,適切な遠心分離等の前処理の後,血清及び血漿検体とし速やかに検査が実施されるべきであるが,現在の搬送体制には限界があり病棟採血検体は全血で長時間保存され検査部へ提出されることがある。検査の報告時間は,検体受付から報告までの時間をTAT(turn around time)として当施設では管理しているが,検体採取から検体受付までの管理も非常に重要である。そこで我々は筑波大学附属病院と連携し実施しているプレアナリシス委員会にて,より実際に則した情報提供をすることを目的とし,病棟検体の採血から検査センター到着までの時間を調査した。全血保存による測定値の影響については既知の事実ではあるが,血糖,hANP,生化学項目について自施設で用いている採血管での保存時間による測定値への影響がどの程度あるのか,保管温度毎に検討をしたので報告する。
実際に採血された検体が検査センターに届くまでにどのくらいの時間を要しているかを調査するために,朝採血を行う病棟看護師を対象に採血を実施した時間を調査し,本センターに到着した時間と照合することで所要時間を割り出した。対象病棟は代謝内科病棟とし,期間は2016年7月7日~13日に朝採血が行われた41検体について調査した。なお,1時間に1回の定期便搬送の他に,その都度メッセンジャーを呼び出し搬送する緊急搬送の体制もあるが,今回の集計では両者を区別していない。
2. 検査前時間の結果へ与える影響 1) 血糖測定値採血管はフッ化ナトリウム/EDTA 2Na入り採血管(BD社製)を使用し,測定機器はGA08 II(A&T社製)を用いた。対象は健常人3名(連名著者)とし採血を行った後,それぞれ室温(24℃)と冷蔵(4℃)に全血のまま保存し,直後の測定値~1,2,3,4,5,6時間後の測定値の変化を確認した。
2) hANP検査測定値採血管はEDTA2Na+アプロチニン採血管(ニプロ社製)を使用し,測定機器はAIA2000ST(東ソー社製)を用いた。対象は健常人3名とし採血を行った後,それぞれ室温(24℃)と冷蔵(4℃)に全血のまま保存し,直後の測定値から1,2,4,6時間後の測定値の変化を確認した。
3) 血清生化学検査測定値採血管は血清分離剤入り採血管(テルモ社製)を使用し,測定機器はLABOSPECT 008(日立社製)を用いた。対象及びその他の条件は2)の検討と同様である。対象項目は自施設で測定している41項目の内,予備検討で変化を確認したK,IP,LDとした。
なお,1),2),3)における検体は実際を反映させるために,各時間,温度毎に全血で保存し,遠心分離を行った直後に測定した。
病棟検体の採血から検査センターに到着するまでの時間を調査した結果,平均時間は91 ± 51分(最短16分,最長で3時間27分)となった。これにより,院内メッセンジャーの定期回収のタイミングによって,かなり時間の差が生じていた。
2. 血糖測定値の経時変化血糖測定値91~126 mg/dLの経時的変化をFigure 2に示す。NaFは解糖系の反応の中で後半に位置するエノラーゼを阻害することによって解糖を阻止するため,室温で採血後2時間までに7~14 mg/dL(5.6~15.4%),冷蔵で1~8 mg/dL(0.8~8.8%)低下し,その後も徐々に低下した。この傾向は室温でより顕著であった。
Time course of blood glucose levels of specimens collected in fluoride-containing tubes
hANP測定値10.9~47.7 pg/mLの経時変化をFigure 3に示す。その結果,室温・冷蔵共に採血直後からデータの低下を認め,冷蔵では6時間後に2.4~4.0 pg/mL(8.4~24.4%),室温では4.5~9.0 pg/mL(18.9~41.3%)低下し,室温保存の方が大きく低下した。
Time course of hANP values of whole blood specimens
血清生化学項目のうち,明らかな変化を認めたK,LD,IPの結果をFigure 4に示す。K測定値3.9~4.1 mmol/Lの検体は,室温では安定であったが,冷蔵で6時間後に1.0~1.1 mmol/L(26.8~28.2%)上昇した。LD測定値149~196 U/Lの検体は,個人差の大きい結果となったが,室温・冷蔵共に上昇傾向を認め,最大39 U/L(19.9%)の上昇を確認した。IP測定値2.4~3.0 mg/dLの検体は,冷蔵で安定であったが,室温6時間後に0.3~0.4 mg/dL(9.1~16.7%)低下した。
Time course of IP, LD, and K values of whole blood specimens
検査センターでは中山らの報告1)にあるように採血後60分以内に遠心操作を行えることが望ましいと考えている。しかし,今回の調査では,採血からかなり時間が経過している検体が多く,60分以内に遠心操作が行えている検体は3分の1程度であった。その要因として考えられるのは2つあり,1つは病棟メッセンジャーの人員不足により,全ての病棟の回収に60分以上必要であること,2つ目は早朝の病棟メッセンジャー定期便の運用が開始される前や,患者が起床した直後に採血を実施し全血のまま保存されていることなどがある。この2つの要因はプレアナリシス精度管理委員会で看護師から聞き取り調査を行い判明したものである。今回の調査は代謝内科病棟に限ったものであり一概には論じられないが,少なからず他の病棟でも同様の事象が確認できると考えられる。
GLU測定値はChanらの報告2)にあるようにフッ化ソーダによる解糖阻止が行われる1~2時間まで低下を認めたが,その後も検体によっては緩やかに低下していた。従来血糖は冷蔵保存されていればその影響を回避できると考えられていたが,室温に比べ低下率は低いものの必ずしも影響は回避出来ていなかった。
hANP測定値は,Tsujiらの報告3)の通り全血状態では赤血球膜酵素の働きにより分解されたため著しく低下した。冷蔵では影響が軽減されるものの安定性は確保できなかった。したがって採血直後に分離し測定することが必要である。
K測定値は冷蔵保存では赤血球膜上のNa+/K+-ATPaseの活性が失活し,膜の透過性が変化して赤血球中Kが血清中に漏出するため測定値が増加することが知られている。今回の検討でも高木4)の報告と同等の傾向を確認した。
LD測定値は血餅退縮,溶血などの影響により時間経過と共に増加傾向にあり,採血から測定までの過程による影響を受けやすいと言われている1),5)。今回の検討でもこの傾向を認め,各保存時間の採血管が別であることも影響して,個人差の大きい結果となったと考えられる。実際にSample Cの検体においては冷蔵保存しておいた検体の一部で弱い溶血を認めたが,Sample A,Bでは肉眼的な溶血は認めなかった。また,LDのアイソザイムLD4,5は室温では非常に安定であるが,冷蔵保存では失活しやすく総活性にも影響を及ぼす可能性があると言われており6),今回,個人差の大きい結果となった要因の一つであると考えられた。
IP測定値は全血長時間での保存で,有機リンの分解により上昇するとの報告がある7)。また,短時間の場合,解糖系によるATP産生により消費され,採血後室温放置で12時間程度までは低下するという報告もある5),7)。今回の検討でも解糖系が働く室温放置の条件で6時間まで低下を認めた。
今回行った測定値の経時変化は既存の報告とほぼ同様の結果が得られた。生化学検査は項目によって室温が適しているものもあれば冷蔵が適しているものもあり,採血から短時間で搬送されることが必要であると考えられる。全国的にTAT管理は検体受付から報告までの施設が多いと思われるが,今回の調査によって検体受付から報告までのTAT管理の重要性が確認できた。当施設においても今後そうした対応を検討していきたいと考えている。
採血から検査室到着までの時間を調査することは非常に意義のあることである。現在報告されているTAT管理の多くは検体受付から報告までの時間であり,採血から検査までの実時間は不明であることが多い。今回の検討により,病棟採血の場合,保存時間が予想より長時間であり,それによる検査値への影響を実際に確認した。このような検討を行うことはプレアナリシスの精度管理向上に資すると思われる。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。