2019 年 68 巻 1 号 p. 68-75
C型肝炎において肝線維化の進行度を診断することは臨床上極めて重要である。近年,肝線維化の程度は,剪断弾性波速度(shear wave velocity; Vs)の測定を用いた肝硬度の定量化により,非侵襲的に評価可能となってきている。肥満は,超音波検査における描出能を低下させる要因であるが,Vs値の測定に与える影響は未だ十分に明らかにされていない。本研究の目的は,Vs値測定に及ぼす肥満の影響を明らかにすることである。慢性C型肝炎患者を対象とし,BMIにより肥満群(BMI 25以上)と非肥満群(BMI 25未満)に分け,Vs値,血小板,IV型コラーゲン7s,ヒアルロン酸,APRI,FIB4 indexをF0からF4までの肝線維化進行度別に比較した。その結果,Vs値は肥満群ですべてのステージにおいて高値を示す傾向であったが,血清線維化マーカーでは有意差を認めなかった。C型肝炎肥満例におけるVs値を用いた肝線維化評価は,他の線維化マーカーも合わせ慎重に行う必要があると考えられた。
C型肝炎において,抗ウイルス療法の適応の決定や治療効果の予測,肝発癌リスクを把握するために,肝線維化の進行度を診断することは非常に重要である。肝生検は肝線維化診断のゴールデンスタンダードとされている。しかし侵襲的な検査で疼痛や出血のリスクを伴うことや,小さなサンプルでありサンプリングエラーの可能性が否めないという問題もある。非侵襲的な肝線維化診断法には血清学的な方法として,ヒアルロン酸やIV型コラーゲン7S,aspartate aminotransferase to platelet ratio index(APRI),FIB4 index等の肝線維化計算式などの有用性も報告されている。APRI,FIB4 indexは以下の式を用いて算出される。
APRI=(AST[IU/L]/ASTの正常上限値)/血小板[109/L]×100
FIB4 index=(年齢×AST[IU/L])/(血小板[109/L]×ALT[IU/L]0.5
しかし,ASTは骨格筋や心筋疾患,溶血性疾患でも上昇することは知られており,リウマチ疾患ではヒアルロン酸が有意な高値を示し1),IV型コラーゲン7Sは腎障害や膠原病で高値になる2)という報告もある。このように血清線維化マーカーは肝臓以外の要素が影響するといわれている。
近年,非侵襲的に組織弾性を測定できる装置として開発されたエラストグラフィは肝線維化が評価可能であり,肝生検に代わる非侵襲的肝線維化診断法として有用視されている。超音波エラストグラフィには,相対的歪み量を画像化するstrain imagingと剪断弾性波速度(shear wave velocity; Vs)を計測することで肝硬度を評価するshear wave imagingがある。virtual touch quantification(VTQ)は,集束超音波パルスの照射によって発生した横波の弾性波(剪断弾性波)を超音波パルスで追跡し,伝搬した剪断弾性波速度を計測することで組織硬度を評価する方法である。剪断弾性波速度は物質の持つ弾性係数と正の相関があり,速度が速いほど硬い物質であると評価される3)。
一方で,肥満は,超音波検査における描出能を低下させる要因である。本邦の肥満は増加の一途をたどっており,肝硬度測定に与える影響を無視できなくなってきている。そこで,我々はVs値の測定に及ぼす肥満の影響を検討することにした。
対象は2010年12月から2013年12月の間に当院で肝硬度の測定を行い,肝生検または肝切除により組織学的に線維化を評価したC型慢性肝炎患者640名である。なお本研究は,和歌山県立医科大学倫理委員会の承認を得ている(承認番号1579)。
平均年齢は66.6 ± 11.4歳で,男性332例,女性308例であった。平均BMI(body mass index)は23.1 ± 3.5であり,肝炎の線維化分類には新犬山分類4)を用いた。組織学的線維化進行度は,F0;20例,F1;53例,F2;136例,F3;186例,F4;245例であった。肝線維化の評価には,血小板,FIB4 index,血清IV型コラーゲン7s値,血清ヒアルロン酸値,APRIといった線維化マーカーを用いて行った。
肥満の評価はBMI 25以上を肥満群とし,25未満を非肥満群とした5)。肥満群173例,非肥満群467例であった。患者背景については(Table 1)に示す。
肥満群N = 173 | 非肥満群N = 467 | p値 | |
---|---|---|---|
年齢(歳,mean) | 66.3 | 66.8 | N.S |
性別(男/女) | 106/67 | 226/241 | 0.004 |
BMI(mean) | 27.4 | 21.5 | ― |
評価組織(肝生検/切除標本) | 156/17 | 411/56 | N.S |
線維化進行度(F0-2/3-4) | 53/120 | 156/311 | N.S |
ALT値(IU/L, mean) | 44 | 42 | N.S |
血小板数(104/μL, mean) | 13.7 | 13.7 | N.S |
IV型コラーゲン7S値(ng/mL, mean) | 5.1 | 5.1 | N.S |
ヒアルロン酸値(ng/mL, mean) | 128 | 125 | N.S |
APRI(mean) | 0.81 | 0.79 | N.S |
FIB4 index(mean) | 3.32 | 3.55 | N.S |
Vs値の測定には超音波診断装置:シーメンス社Acuson S2000のVTQを用い,プローブは4C1コンベックスを使用した。測定方法は右肋間から仰臥位で自然呼吸停止下にてBモードを参照しながら,太い血管などを避けて肝表から約2 cmの部位にregion of interest(ROI)を設定した。Vs値は10回測定後に平均値を算出し,測定値とした。
肥満群と非肥満群の2群に分け,Vs値,血小板,IV型コラーゲン7s,ヒアルロン酸,APRI,FIB4 indexを組織学的線維化進行度別にF0からF4まで比較検討した。統計処理にはマン・ホイットニーのU検定を用い,p値0.05未満を有意差ありと判定した。
組織学的線維化進行度別に肥満群と非肥満群を比すると,F0例における平均Vs値は肥満群1.26 ± 0.22 m/s,非肥満群1.05 ± 0.13 m/sであり,肥満群のほうが有意に高値(p = 0.029)であった。F1例における平均Vs値は肥満群1.37 ± 0.42 m/s,非肥満群1.21 ± 0.31 m/sであり,肥満群のほうが高値であったが有意差はなかった(p = 0.193)。F2例における平均Vs値は肥満群1.45 ± 0.71 m/s,非肥満群1.36 ± 0.51 m/sであり,肥満群のほうが高値であったが有意差はなかった(p = 0.990)。F3例における平均Vs値は肥満群2.10 ± 0.84 m/s,非肥満群1.77 ± 0.64 m/sであり,肥満群のほうが有意に高値(p = 0.022)であった。F4例における平均Vs値は肥満群2.67 ± 0.80 m/s,非肥満群2.31 ± 0.69 m/sであり,肥満群のほうが有意に高値(p = 0.001)であった。Vs値はすべての線維化ステージで,肥満群の方が高値であった(Figure 1)。
肥満群と非肥満群のVs値比較
組織学的線維化進行度別に肥満群と非肥満群を比較すると,血小板(Figure 2),IV型コラーゲン7s(Figure 3),ヒアルロン酸(Figure 4),FIB4 index(Figure 5),APRI(Figure 6)で,どの線維化ステージにおいても有意差は認めなかった。
肥満群と非肥満群の血小板比較
肥満群と非肥満群のIV型コラーゲン7S比較
肥満群と非肥満群のヒアルロン酸比較
肥満群と非肥満群のFIB4 index比較
肥満群と非肥満群のAPRI比較
肥満群と非肥満群のVs値の測定因子を比較すると,プローブから肝表までの距離は肥満群では19 ± 4 mmで非肥満群では16 ± 3 mmで肥満群のほうが有意に高値(p < 0.001)であった。また,ROIの深度は肥満群では39 ± 7 mm,非肥満群では35 ± 7 mmで,肥満群のほうが有意に高値(p < 0.001)であった(Table 2)。
肥満群N = 173 | 非肥満群N = 467 | p値 | |
---|---|---|---|
プローブから肝表面までの距離(mm) | 19 | 16 | < 0.001 |
ROIの深度:表示値(mm) | 39 | 35 | < 0.001 |
今回我々は肥満がVs値の測定に影響を及ぼすことを明らかにした。各線維化ステージにおいて,肥満群(BMI 25以上)と非肥満群(BMI 25未満)を比較すると,肥満群のVs値は非肥満群のVs値よりも高値となった。健常者では肝表からROIの距離が短いほどVs値は高くなる傾向があると報告されており6),Vs値測定時におけるROIの設定深度の影響は無視できないことがわかる。肥満群と非肥満群間のROIの位置の比較では,肥満群のほうが皮下脂肪によりプローブから肝表までの距離が遠くなり,ROIの設定深度が非肥満郡と比べ,深くなる傾向があった。安定した剪断弾性波を発生させるROIの深度は8 cmまでと言われており3),深度が深くなるにつれてVs値の測定値が低くなったり7),ばらつきが大きくなると報告されている。今回の解析では,ROIの深度が8 cmを超える症例は含まれていなかった。
通常の超音波検査に用いられる音波と比較し,Vs値を測定するshear waveはおよそ10,000倍減衰が強いとの報告もあり8),Vs値測定は超音波減衰の影響を強く受けると考えられる。超音波での深部減衰率は表皮から肝表までの距離と有意な正の相関があると言われており9),腹壁が厚いほど深部超音波減衰が増強する傾向がある。過度な肥満では十分な測定ができないこともあり3),結果の信頼性が低い場合は,X.XX m/sと数値が表示されないが,それはROI内部の不均一性に起因する。それは肥満例に多く見受けられるが,今回の研究では測定値が表示された値のみを採用し,X.XX m/sと表示されたものは除外している。
適切なVs値計測条件として,肝区域セグメント5または8を目標に右肋間からプローブを当て,ROIを肝被膜に垂直におき,肝被膜から1から2 cm下方に設置することを提唱されているが,我々の研究では肝被膜から1 cmのROI深度設定では有意に高いVs値を示し,肝硬変診断能が低下していたので,肝表から1 cmにROIを設定すべきではないと考える10)。よって今回の研究ではROIの設定位置を肝表から約2 cmに設定し,測定した値を用いて検討を行った。
Vs値に影響を与える要因として,計測時の長時間の息止めによりVs値が高くなると言われている11)。今回の測定では自然呼吸停止下にて測定しており,中心静脈圧の上昇を起こしVs値が高値となった例も含まれている可能性はある。ただし,その場合肥満群と非肥満群の両群に影響を与えており,その要因で今回の有意差は生じないと考えられた。
また,操作テクニックの要因として,プローブで押し付ける初期圧が強いと計測結果に影響し,剪断弾性速度が高くなると言われている12)。IRS社製の弾性ファントム049型を用いて剪断弾性波速度測定におけるプローブの初期圧の影響を調べたところ,0%から30%に圧縮を増加させたとき,剪断弾性波平均速度は±20%の範囲に収まっていたが,30%を超えると20%以上に高値となった(Figure 7)。被検者が肥満の場合,皮下脂肪によりプローブを強く押し当てて測定することが多い。しかし直接肝臓にまで影響を及ぼすほど,圧迫をかけていたとは考え難く,プローブによる圧痛を伴った検者のいきみにより中心静脈圧の上昇がおこり,Vs値が上昇したことが要因の一つと考えられる。
Effect of pre-compression on shear wave velocity measurements(文献12)より引用)
今回研究は右肋間走査で,肝右葉の肝表から約2 cmの部位にROIを設定し,Vs値の測定を行った。超音波のアーチファクトの一つである多重反射は強い反射体に反射した音波が,プローブの表面で再度反射して生体内に入射し,反射エコー信号が受信される現象である。肝表でも多重反射は生じており,多重反射はプローブから反射源までの距離に等間隔で表示される13)。プローブから肝表までの距離は肥満群では非肥満群より有意に高値であったため,ROI位置を肝表から約2 cmと固定した場合,肥満群は非肥満群と比べ,多重反射の影響を受けやすいと考えられる。今回の研究で,慢性C型肝炎患者のVs値測定において肥満の影響で高値を呈したのは,多重反射のアーチファクトが最も影響したと考える。Vs値を測定するときは多重反射の影響を受けないようにROIの位置を設定する必要がある。
Vs値の計測により非侵襲的に肝線維化を評価できるようになったが,肥満といった被検者の体質や体型,測定方法により測定値への影響があることを十分に理解し,検査すべきである。
血清線維化マーカーには,細胞外マトリックスに直接関連する物質を血清で測定する結合織代謝マーカーと血液検査や肝機能検査として行われている項目を組み合わせてインデックスあるいはスコアとして評価する結合織代謝マーカーがある。今回比較に用いた結合織代謝マーカーとしては,IV型コラーゲン7s,ヒアルロン酸等があり,肝硬変の診断能が高いと言われている。IV型コラーゲンは基底膜の主成分であり,正常肝では類洞に基底膜は存在しないが,線維化の進展とともに類洞周囲に基底膜が形成され(類洞の毛細血管化),肝硬変では線維隔壁にもIV型コラーゲンが沈着する。このIV型コラーゲンが分解され血中に遊出されるが,組織に沈着する量と相関している。IV型コラーゲン7sはIV型コラーゲンとほぼ同様に変化を呈し,肝硬変においてIV型コラーゲンよりも高い診断能を示す。一方,ヒアルロン酸は肝星細胞によって生成されるグリコサミノグリカンであり,肝類洞細胞によって分解される。類洞の毛細血管化によりクリアランスが低下し,血管内皮機能の低下に伴ってヒアルロン酸の分解が減少し,血中に増加してくる。最も肝硬変の診断能が高い結合織代謝マーカーである。ただし,食事によって上昇し,胃切除後の患者も高値となるので注意が必要である。C型肝硬変に対する結合織代謝マーカーにはFIB4 index,APRIがあり,area under receiver operating(AUROC)が0.9を超える報告もあり14),簡便で信頼性も高いことがわかる。
今回の研究では,VTQを用いた肝線維化評価は肥満において高値を示す結果となった。しかし,非侵襲的な肝線維化診断法として有用であると多くの文献で報告されており15),測定値からの線維化評価において,測定値に与える影響を理解することで,十分に線維化を評価できると考えられる。また,血小板,IV型コラーゲン7s,ヒアルロン酸,FIB4 index,APRIといった線維化マーカーでは線維化の程度に関わらず,肥満群と非肥満群の間に有意な差は認めず,臨床評価に十分有用であると示唆されたが,血清学的検査は他の影響も反映されることを念頭におき線維化の評価をする必要がある。
C型慢性肝炎患者におけるVs値の測定での肥満の影響は非肥満と比べると高値を示す傾向があり,肥満は測定値に影響を及ぼすことがわかった。C型肝炎肥満例におけるVs値を用いた肝線維化評価は過大評価される恐れがあり,他の線維化マーカーも合わせ慎重に行う必要があると考える。今後,肥満の影響を受けにくいVs値の測定深度を検討していく必要がある。
本論文の要旨は第54回日臨技近畿支部医学検査学会にて発表した。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。